◆出てくる人達
その一 『アズィーザとピーター』
バツーの歓迎会は大成功だった。主賓のバツーは珍しく終始笑顔で、店の雰囲気も良く、一同大満足だという表情で帰路についた。
一番の功労者であるハクヤクはピーターの背中ですやすやと寝息を立てている。アズィーザが王宮の客室のドアを音を立てないように開けた。客室に入り、アズィーザが背中を受け止めながら、二人で豪奢な寝台にそっと寝かせた。歳の割に体の成長が遅いのか、軽い体を支えるのは全く苦にならなかった。
仰向けに寝かせて静かに掛布団をかけた。時折寝言が出ているが、目覚めることなく眠り続けているようだ。
普段は見開かれている大きな目は閉じられており、眉も心なしか下がっているように見える。その安らかな寝顔に、ピーターとアズィーザは思わず顔を見合わせ微笑んだ。
「可愛いわね
……ずっとこのままだったらいいのに」
「そうですね。あ、髪解いた方が良いでしょうか」
髪を上で結ったままでは寝辛いかと、二人で頭を支えて髪紐を解いた。癖のない真っ直ぐな紅色の髪は本人の性格をそのまま表しているようだ。
「意外と髪長いのね
……」
「そういえば、陛下は見る機会なかったですよね」
「そうね。でも私、聞いちゃったのよ
……」
「
……何がです?」
声色が深刻な空気を纏い、何か重大なことかと、ピーターは前のめりになった。
「軍師になったら、この子
……玉ねぎみたいなオールバックにするんですって」
「た、玉ねぎ
……?」
想像したような深刻な話題ではないようで、ピーターは拍子抜けしてしまった。
「しかもあの変な眼鏡も掛けるって。私反対したのよ、絶対今のままが良いでしょう?」
「ええ、私もそう思います」
「でも意外と頑固なのよこの子。『もうそういうことになってますので!』って、聞かないのよ」
「そうですね
……でも、そこは本人の自由ですし
……」
「
……あなた、今のままがいいって言ったじゃない」
アズィーザは冷ややかな視線をピーターに向けた。
「す、すみません、確かにそうなんですけど
……」
心なしか、ちょっとあたふたしている。この青年が反発する気など毛頭ないのは分かり切っていたのに、諦念が自然と嘆息を誘う。
「はぁ~
……悪かったわ、仕方ないって分かってるのよ私も」
「でも陛下、シゲン様とハクヤク君、オールバックになった二人が並ぶのも威厳があっていいと思いませんか?」
「
……」
斜め上の提案にアズィーザは無言で天井を眺めた。脳内にもくもくと二人の人影が浮かんでくる。
帝国の戦略を担う重要な二人が肩を並べている。ハート型のシゲンと、おそらく玉ねぎのハクヤク。
……威厳の欠片もなくない?
「ぶ、ちょっと、笑かさないでよ
……っ」
「ふふっ、私も想像したら、お腹が
……」
「駄目よ笑っちゃ、起きちゃう、ぶふっ」
二人して必死に口を押さえて、寝台の下に隠れるように声を潜めた。
「は~もう
……ほんとあなたって天然よね」
「そうですか?」
「そうよ! よく考えたらアガタっちもそうだわ。やっぱり姉弟だわよあなた達」
カンバーランド女王であるアガタ。ピーターの腹違いの姉である彼女も独特な感性を持っていると、アズィーザは前々から思っていたのだ。
「そうでしょうか
……あまり言われたことはありませんし、姉上も普通だと思ってました」
「
……あなた、あの人が普通に見えてるの?」
「え? 普通じゃないんですか?」
睫毛をしばたかせながらぱちくりさせている。その目には一片の疑いも存在しない。アズィーザは二度目の溜息を吐いた。
「そういうとこよ」
「? 何というか
……すみません」
「謝ることじゃないわ。そういうところが
……その
……」
「
……何ですか?」
「い、いえ! 何でもない」
「うぅ~ん
……バツー様ぁ
……」
少年から寝言がまろび出た。しまったと、アズィーザは口に手を当てる。
「じゃんじゃん飲んで
……くだ
……」
「ふふ、夢の中まで
……働き者ですね」
「
……」
アズィーザはこっそり隣の顔を覗き見た。言いながら目を細めているその表情はいつも優しい。
宴会の帰り、てっきりバツーを送り届けるのかと思ったが、一向に目覚めないハクヤクを放っておけないのか、ピーターの方から王宮に運ぶと提案してきた。
ハクヤクだけではない。街の子供達がじゃれてきても嫌な顔一つせず、時間の許す限りは遊んでやっているのも知っている。
その姿を見て、ずっと夢見ていた。もうずっと前から決めていたのに、皇帝の身分を引き合いに出しては先送りしている。
「ピーター、私
……」
「何でしょう?」
しゃがんだままぽつりと声が出て、呼ばれた彼はこちらを振り向いた。
……あなたとなら。違う、あなただから。
「私
……あなたの子ど
――」
「ひっっぷし!!」
突然響いた破裂音に二人は肩を震わせた。呻きながら、鼻をすする音が静かな空間に尾を引くように残る。
寒かったのだろうかと、ピーターが布団を首元までしっかりかけ直した。
「陛下、何か
……」
「やっぱり何でもない、気にしないで!」
「? そうですか
……。そろそろ私達も部屋に戻りましょうか?」
「そ、そうね
……」
(あ~~もうバカ!! 結婚すっ飛ばしていきなり子供が欲しいなんて何考えてるの!?)
隣で立ち上がったピーターに手を差し出され、己のそれをゆっくり重ねた。いつもこうして、美しい所作で優しく導いてくれる。
自分には勿体ないのでは、といつも考えてしまう。けれどもっとちゃんとした所で告白しようと、静かに決意して部屋を後にした。
その二 『アリエス、ガマ、シゲン』
星が輝く闇夜の下。バツーの歓迎会が終わり、三人はもう一軒ハシゴしようと街を歩いていた。先帝と共によく顔を出していた店に向かおうと、まだ灯りの絶えない商業区域を歩き続ける。
「アリエス、大丈夫か? やっぱりおぶった方が
……」
「大丈夫ですよガマ殿~いつまでも子供扱いして~~何歳だと思ってるんですかぁ」
「はは、悪かったな。ていうかいくつだっけ?」
「もう四十一ですぅ~おじさんですよ~」
「そっか
……みんな年取っちまったなぁ」
「お二人とも、歳の割に若く見えるので羨ましいですよ。というかアリエスさん、お店に着くまで倒れないで下さいね?」
「平気ですよ~~酔っ払い扱いしないで下さい~~」
一番酔いが回っていると思われるアリエスは、念のため他の二人に保護されるような立ち位置で、ガマとシゲンの間に挟まれている。夜も更けたとは言え、パブの立ち並ぶこの通りでは人通りが多く、通りすがりに人とぶつからないよう配慮しているためだ。当の本人はそのことには気付いていないのだが。
先帝時代から酔いつぶれる順番は身に染み付いており、おそらく次の店でアリエスが寝てしまうことは二人とも分かっていた。シゲンは酔いはするもののなかなかしぶとく、ガマも耐性が強い自覚があり、アリエスが潰れてもおぶって帰る心構えでいた。
「そんなこと言っても足元ふらついてますよ? ああ、ほら危ない」
「んん~~?」
石畳の少しの段差に躓きそうになり、慌てて二人が両脇を支えた。
「ははっ、何かこうしてると陛下を思い出すな」
「ガマさんは陛下を運ぶ係でしたもんね」
「懐かしいな
……アルタンと飲み比べの時はいっつも負けてたっけ。結局一回も勝てなかったよな」
「
……陛下
……」
ぽつりと漏らし、これまでとは違う弱い語気に二人は顔を見合わせた。
「ぐすっ、陛下
……どこにいるんですかぁ
……」
「あ、悪い。禁句だったわこれ」
ガマはやっちまったと顔をしかめた。
バツーの歓迎会でアリエスは泣き上戸を発動している。会がお開きになり、やっと平常に戻った矢先だったのに。
「早く帰って来てください~~
……ずび」
「こうなれば枯れるまで泣けばいいでしょう。アリエスさん、好きなだけ泣いちゃって下さいねぇ? ガマさんが全部受け止めてくれますから~」
「おい、丸投げするなよ」
「うっ、うぅ~~
……」
「
……なあ、エイリークから連絡は?」
再び泣き始めたアリエスをよそにガマはシゲンに尋ねた。問われたシゲンは首だけ振って応える。
「そっか
……早く出てきてくれるといいんだけどな」
「ここ数年は寒波が酷かったみたいですしね
……今年は少しでも雪解けすれば良いんですが」
七英雄ダンターグとの戦いで命を落としたアキリーズの亡骸は、未だあの氷の山の中に眠っている。戦闘時の衝撃で山ごと崩落し、遺体があると予測される地までの道は塞がれたままだ。そのため新たな道を探す必要があるのだが、なかなかその機会が訪れない。数年か数十年に一度訪れるという暖季で雪解けが起これば、埋まっている他の道も見つかるかもしれないとのことだった。
アズィーザの命で捜索隊も度々出しているものの、ルドン高原の先、また極寒の地ということで、帝国兵は大した活動もできず成果を上げられずにいる。
皇帝の命と引き換えにサイゴ族とは強い信頼関係を築き、生活の合間に遺体発見まで協力すると申し出てくれた。自然の猛威に手も足も出ない帝国は断る理由もなく、いずれ予算も捻出できなくなるため、彼らに一縷の望みを託している状態が続いていた。
「今日の飲み会、陛下もいたら面白そうだったんだけどな」
「ははは、バツーさんと殴り合いが始まりそうで見ものですねぇ」
シゲンの言葉に俯いていたアリエスがピクリと反応した。
「殴り合い
……? 陛下と
……??」
嗚咽が収まったと思いきや豹変し、急に冷静な声音になった。談笑していた二人は何事かと顔を覗き込んだ。
「そんなことさせませんよ
……!」
「
……アリエスさん?」
「お前、あの時のことまだ怒ってんのか?」
あの時というのは地上戦艦を討伐した直後、アルタンの集落での一悶着のことを差している。バツーがアキリーズに食って掛かり、アリエスがそれを阻止した時のことだ。
「はぁ!? 怒ってない訳ないじゃないですか!! 私はねぇ~! 陛下に手を上げる輩は誰だって許しませんからね~~!?」
「お、おい声がデカいって!」
「アリエスさん、どうどう」
突然両手を上げて叫び出したアリエスを二人は宥めようとするが、泣き上戸の反動で今度は怒りに火が着いたのかなかなか収まらない。声を荒げるその姿に、何事かと通行人の視線が集まる。宮廷魔術士統括の立場にあるアリエスの醜態は、あまり住民に晒さない方が良いだろう。
「シゲン殿、私は馬じゃありません!! 大体ねぇ~? あれもそれも、陛下が早く帰って来ないのが悪いんですからね!?」
「お、おう
……?」
論点が飛躍している。バツーのことはもうどうでも良くなっているようだ。
「もぉっ! 陛下のバカァーーー! 私とアルタン殿をこんなに悲しませて
……!! ヒック。早く帰って来いこの男泣かせーー!!」
「んん
……? 男泣かせ、男泣かせ
……その使い方は合ってるんですかね。どこかに辞書ないです?」
「いやいや突っ込むとこ違うだろ! おいアリエスそっち行くな落ちるぞ!」
暴れる術士にマイペースな軍師。無事に店に辿り着けるだろうかと不安に駆られたが、懐かしい掛け合いは皇帝と野を駆けた時代を想起させた。走り出そうとするアリエスの袖を掴みながら、少しだけ頬が緩むガマであった。
その三 『ピーターとハクヤク』
バツーがアバロンを去ってから数日が経った。
市街地のど真ん中、最近できた話題のカフェがある。今日は快晴で午後ということもあり、甘味も取り揃えている店のテラス席は満席だった。
そこに金髪の青年と、紅色の髪の少年が向かい合って腰かけている。
「ハクヤク君、何を注文しますか?」
「ええっと
……ではこのスペシャルアバロンパフェを! ミルクティーも一緒にお願いします! ピーター様の紅茶はお砂糖無しでよろしいでしょうか?」
「ええ、それでお願いします」
ハクヤクはてきぱきと店員に注文を伝えると、スッと袖を正してピーターに向き直った。
「本日はお呼び立てしてしまい申し訳ありません。実は大事なお話がありまして」
「ふふ、あなたからのお誘いなんて初めてなので、とても気になってますよ」
「ご期待頂き恐縮です! 実は
……バツー様とテリー様のことについてなのですが」
これまでニコニコとしていたピーターの目が開かれ、真顔になった。ハクヤクの予想通り効果は覿面のようだ。この様子であれば、欲しい情報を引き出すことは容易だろう。
「ピーター様もお気付きなのではありませんか?」
「
……何がでしょう?」
「お二人の距離感についてです。私の観察によるところ、以前よりもぐっと距離が近くなっているように思えます。私達の知らない間に、お二人の間に何かあったのではないでしょうか。ピーター様は何かご存知ありませんか?」
「
……」
ピーターは先日まで滞在していたバツーと、護衛兼荷物持ちとして付き添っているテリーのことを思い返した。テリーはソーモンまでバツーを送り届けており、そろそろ戻ってくる頃だろう。
思えば、こちらで初めてバツーを目にした時も、側にあの仮面が寄り添っていたような気がしないでもない。ハクヤクに指摘されて、あやふやだった事実が輪郭をはっきり形作る。
「そういえば、ハクヤク君は中庭の回廊であのお二人と一緒にいましたよね。私達が血抜きしている時
……」
「ええ。最初はバツー様がこんなところにいるなんて思ってもみませんでしたので、気にする余裕がなかったんです。でもよく考えると、お二人で仲良さそうに歩いていらっしゃって
……まるで昔からのお友達のように見えたんです」
ピーターはあの時のことを思い出した。何かに憑りつかれたようにアズィーザと共に走り出した時、バツーと一緒にテリーも逃げる素振りを見せていたと。
「バツー様、咄嗟に叫ばれたんですよ。私の聞き間違いでなければ『テリー、逃げるぞ』と」
「
……」
「あの時、何故か違和感があったんです。ステップでお泊りした時は、お互いに肩書で呼ばれていました。それなのに、あの時はもう名前で呼び合っていた」
「
……でも名前で呼び掛けたのはおじさんだけでは?」
「その時はそうですね。しかし
……あ、すみませんパフェはこちらにお願いします」
注文した品が運ばれると一旦会話が途切れてしまった。
テーブルに飲み物や食器が運ばれる間、ピーターの頭はフル回転している。
(あの警戒心の強いおじさんが付き合いの浅い帝国人を名前呼び? 確かずっと格闘家と呼んでいたはず
……それに以前から面識のあったシゲン様や、ガマ様達も肩書で呼んでいるくらいなのに
……)
「そう、その時はそうだったんです。しかし、もぐもぐ
……王宮のお泊り体験の時のことです。私はしっかりと聞いたんですよ、テリー様が『バツー』と呼び捨てにされたのを
……むぐ」
それは絵札遊びの時。バツーに対して、テリーがステップには似たような遊びはないのかと聞いた時のことだ。早い段階で違和感を感じていたハクヤクは証拠を掴もうとアンテナを立てており、その甲斐あって現場を押さえることができたという訳だ。
「ぴーはー様はほういう見解をおほちですか? もぐもぐ」
「
……聞き間違い、という訳でもないのですよね
……」
「はい、はちがひはいまへん
……ごくん」
「気まぐれな人ですが、名前呼びするのは家族に等しい人や、アルタンおじ様やおば様、村の子供達くらいですよ。族長代理として他部族の方は名前呼びすることもありますが
……肩書から名前呼びに昇格するとなると、余程信頼関係が深まらない限り有り得ないと思います」
「意見が一致しましたね。私もそのように考えています」
「つまり
……あの二人は相当仲良くなったと?」
「ほういうほほへす
……もぐ」
ピーターは運ばれたティーカップの取っ手を持ったまま、ある光景を思い返していた。
眼前で止まったあの拳。直前で止められたものの、敵意が剥き出しになっていた、あの一撃を。
あれは確か、お泊り体験が終わった後ではなかっただろうか。
王様ゲームで人目も憚らずに頬に口付けをさせてしまったことを思い出す。今になって冷静に考えれば過剰なスキンシップだったかもしれない。
もし仮に、あの二人が親密な仲であるとしたら。あの拳は、自分への明らかな警告だったのでは。
〝手を出すな〟
直感的に浮かんだ言葉に、背筋を悪寒が走った。
これまでの情報を整理すればこれほど相応しい言葉はないだろう。そしてその言葉の意味するところ。それはつまり
……
「ピーター様、私達はどうやらテリー様に遅れをとっているようです。もうお分かりですよね?」
「
……ええ。ハクヤク君も
……」
「はい、正直言って試験よりもそっちの方が危機感を感じています。可及的速やかに対処する必要があるかと」
「
……対処って
……?」
「共同戦線を張るのです。私達で情報共有し、包囲網を張ってテリー様に対抗するしかありません」
「そ、そんな
……」
既に二人がそういう仲なのであれば、外野がどうこうする話ではない。ここはあたたかく見守るのが筋なのでは。
「何もためらうことはないでしょう。こうでもしないと、私達はテリー様には手も足も出ません。もうそういうところまで進んでしまっているんです」
「そ、それは分かりますけど
……」
「ですから私達で協力しましょう。まずはバツー様の好みから習慣から、全てを把握しなければ」
「いえ、でも
……人の恋路を
……」
「そうすればきっと、私達もテリー様と同じ土俵に上がれる筈です。ピーター様、覚悟を決めてください!」
「ハクヤク君
……あの
……言ってる意味が分かってますか?」
「勿論です! 目指しましょう、共に
……バツー様のマブダチってやつを
……!!」
斜め上の単語に、肘がズルっと滑ってしまった。あやうく紅茶が零れそうになる。
スプーンを持っていない方の手をぐっと握って意気込んでいたが、ハクヤクは大きな目を瞬かせた。
「どうかされました?」
「い、いえ
……」
どうやらこの軍師見習いは本気で言っているようだ。一人でずっこけているピーターを不思議そうに眺めながら、なおもパフェを口へと運んでいる。
そういえばこの少年は元服したとは言え、まだ十六歳だ。男同士でもそういう仲になり得るという概念が頭にないのかもしれない。
「ということで手始めに、手持ちの札を交換といきましょう」
「手持ちの札って
……?」
「デートの時に収拾した情報ですよ。私からはバツー様の好みのアバロン料理の情報を。ピーター様も同等の情報をご提示頂きたいです。あの日、バツー様と何か一緒に食べられたのでは? 午後のおやつの時間でしたし」
「そ、そうですね
……隣の区画のお店で、飲み物とプリンを
……」
「それです! 私はおかずの情報を提供しますので、甘味の詳細を教えて下さい! 何味のプリンでしたか!?」
「え、ただのプリンですけど
……」
ハクヤクは眉根を寄せて目を閉じた。すると大きく息を吐きながらスプーンを前後に振り、まるで説教するように構える。
「いいですかピーター様。たかがプリン、されどプリン! お相手に近付きたくば、細やかな点を押さえ積み上げていく他ないのです! 確か隣の区画と言えば、きっとあの有名店
……そしてプリンの種類は沢山あったはずです、記憶を掘り起こして下さい! ついでに私も食べに行きたいので味の感想も聞かせてください!!」
「え、えっと
……」
(そんなに沢山あったっけ??)
このあとハクヤクの尋問は長時間続き、かつてない疲労に襲われるピーターだった。
その四 『トパーズとテリー』
「テリー! お帰りなさい、無事任務完了ね」
「ああ、留守にしてすまなかったな」
アバロンの城下町でトパーズとテリーは鉢合わせた。トパーズは非番で私物の買い物に、テリーはバツーをソーモンまで送り届けた帰りだった。丁度店から出てきたトパーズと見合う形になり、その場で立ち話を始める。
「その様子だと仲直りできたみたいね」
「ああ
……えッ!?」
普通に挨拶を返そうとしていたが、思わぬ言葉に間抜けな声が出てしまった。
「何驚いてるの。バツーさんと喧嘩してたんでしょ?」
「い、いや、喧嘩という訳では
……というより何故そう思うんだ?」
「分かるわよ、あなたとは長い付き合いなんだから」
二人はアズィーザが即位してから行動を共にしている。パーティの年長者として相談し合うことも多く、相棒と呼んでも差し支えない仲だった。
それでも常に仮面を付け、冷静に行動しようとしているテリーの微細な変化を読み取るのは並大抵のことではない。女性というものがそうなのか、彼女だけがそうなのかは分からないが、観察眼が鋭いとテリーは事あるごとに思い知らされる。
「仮面を付けてるのに、よく分かるな
……」
「ふふ、やっぱり当たりだったわね。隠してても、あなたのことなら分かるわ」
「そ、そうか
……恐れ入る」
少し意図を含んだ言い方をしてみたのだが気付いていない。相変らず鈍い男だと、トパーズは短く息を吐いた。
「喧嘩の原因、聞いてもいい?」
「い、いや、だから喧嘩という訳では
……ただ俺が不甲斐ないだけ
……の、些細なことなんだ」
歯切れ悪い口振りは仔細を隠そうと努めた結果だった。テリーは発言を反芻し、言い訳がましくなったと頭を振る。
これまでの自分なら流せていたかもしれない。でも今はもう、それすら許せなくなっていた。
「いや
……些細なことじゃない。俺のせいで傷付けてしまった。だから俺は強くならねばならない。そう決めたんだ
……」
重しを抱えながら故郷へと帰って行ったバツーのことを想う。掌を握り締め、再び決意を固くした。
「
……ふぅ~ん、そうなの」
「あっ
……すまない、ちょっとこれ以上は話せなくてだな
……」
「いいのよ。真剣なのね」
詳細も語らぬまま決意表明をされても対応に困るだろう。テリーは一度突き進むと周りが見えなくなる性格を改めたくなった。ここ数日、己の欠点に気付いてばかりだ。
トパーズはなかなか言葉を返せないテリーを見かねたのか、行きましょう、と歩き始めた。彼女も王宮の敷地内の兵舎で暮らしており、護衛の仕事を終えた報告へ向かうテリーと目的地は一緒だった。
「俺の留守中、変わりはなかったか?」
「そうね、そんな長期間でもないし、特には
――――」
「
……どうした?」
言葉が途切れたトパーズを怪訝に思い、テリーは彼女の横顔を見やる。顎に人差し指を当てて少し上向いて、遠くを見ている。
迷っていたような彼女だったが、ややあって口を開いた。
「一つだけあったわ。大したことじゃないんだけど
……」
「何だ?」
「私、結婚するの」
「へっ!?」
驚きのあまり声が裏返り、体格に似合わない高音が出てしまった。
「けっ、結婚!?」
「そんなに驚くことないでしょう。私だって年頃の女よ。遅いくらいだわ」
「いや、そうかもしれないが
……」
テリーは再び言葉に詰まった。
確かにそうですね、と返せばそれはそれで失礼だし、とは言え自分と同年代の彼女であればそんな話題が出るのも何ら不思議はない。
しかし全くの予想外だった。うら若く美しい彼女だが、ともすれば仕事一筋で、そんな気配を一切感じさせなかったのだ。
いや、もしかして気付いてないのは自分だけで、既に周知の事実で
……
「話すのはあなたが初めてだから、まだ誰にも言わないでね」
「
……わ、わかった」
心を読まれたようなタイミングで口止めされ、どこか得体の知れない恐ろしさを感じた。
「結婚、ということは
……帝国兵は」
「
……もしかしたら辞めるかも、ね」
「そうか
……」
「そうなった時は皆のこと、よろしくね」
「ああ。しかしお前が抜けるとなるとかなりの痛手だ。素直に頷けないが
……」
「
……痛手って言ってくれるのは嬉しいけど、それは戦力的にってこと?」
「? ああ、そうだが」
「は~~
……やっぱりそうよね」
「な、なにが?」
疑問符ばかり浮かべるテリーに愛想をつかしたように、トパーズは盛大に溜息を吐いた。
「分かってるのよ、散々あなたと一緒にいたんだから、そういう反応だろうって
……ねぇ、何であなただけに話したと思う?」
「え? い、いや
……」
「私ね、あなたのこと好きだったのよ」
「っ!?」
今回は驚き過ぎて声すら出なかった。体が硬直し、歩んでいた足が地に縫い付けられたように止まってしまう。自然と先を歩く形になったトパーズは振り返った。
「ぷっ、驚きすぎよ、やっぱり全然気づいてなかったのね」
何が何だか分からないと挙動不審になるテリーを見て、吹き出し肩をすくめた。
「
……冗談じゃ、ないんだよな?」
「生憎、あなたは真面目すぎてからかうのは気が引けるくらいだから。嘘は言わないわ」
「そ、そうか
……」
「でも安心して、もう昔のことよ」
「
……」
それはつまり、今は好きではないという意味なのか。
告白され、混乱も収まらないうちに振られてしまった。こんな時どういう反応をすればいいんだろう。
何も浮かばないまま、足がらめを喰らったようにその場から動けない。
「相変らず鈍いし、全然誘いに乗って来ないし
……はっきり伝えた方が良かったのかもね」
「それは、その
……申し訳ないことをした」
「やっぱり真面目ね。あなたが謝ることないわ。それに
……脈なしって分かって、逃げちゃっただけだから」
「
……」
彼女はどこかで自分に見切りをつけた、ということは分かった。けれどもいくら記憶を掘り起こそうと思い当たる節が見つけられない。
「ごめんなさい、ちょっとイライラをぶつけちゃっただけかも。マリッジブルーってやつかしら」
「
……そんなのがあるのか」
「そうよ、女は大変なんだから。
……ねえ、バツーさんとは付き合ってるの?」
ああ、今日は何という日なのだろう。こんなに肝が冷えるのはバツーを窒息させた時くらいだと思っていたのに。
もはや声すら上げられず目が回り、フラフラし始めたテリーに気付かないのか、構わず話を続けられる。
「一緒に街で買い物してたでしょ。偶然見ちゃったのよね。すごく
……楽しそうだった。飲み会の時もこっそり耳打ちしてたし、多分そうなんだろうって」
テリーのことを諦めかけていた時に、ある男性に想いを伝えられた。とんとん拍子に話が進み、婚約までしてしまった。もう吹っ切れたと思っていた矢先に飛び込んできたその光景に、束の間の嫉妬心が顔を覗かせた。
それでも自然に笑い合う二人を見て、きっと自分の選択は間違ってなかったと思えた。
顔は隠れていても、全身から喜びが滲み出ている。長い間共にいたトパーズにはそれが分かった。
「その
……」
「大丈夫よ、誰にも言わないから。結婚の前祝いだと思って教えてくれない? 付き合ってるんでしょ?」
「すまない、こればかりは
……」
「
……どうしても駄目?」
「
……どうしても
……」
「
……」
射抜くように、じっと仮面を見つめた。目の焦点は影に隠れている双眸に合っているはずだ。
まごまごとしながらも姿勢は崩れない。こうまで秘密にするということは暗に肯定しているのも同じことなのに。
トパーズは再び盛大な溜息を吐いた。
「はぁ~~
……分かったわよ、もういいわ。苛めてごめんなさいね」
虚しさが胸を包み、全身が重くなる。
こんなことをしても意味は無いと分かっているのに、どうしても望む通りの言葉を引き出したかった。暖簾に腕押しだったこの男を、少しでも意のままにしてみたいと願っているなんて。
(
……何を期待してるのよ私は)
トパーズは踵を返すと王宮を目指して歩き始めた。未練の糸を断ち切るように、一歩一歩しっかり踏み出した。どこからか心に吹き荒ぶ蕭々とした風は気のせいだ。
「待ってくれ!
……お前の言った通りだ。彼とは
……そういう仲だ」
トパーズは耳を疑った。ぴたりと足を止めて振り返る。
「え、え? 言っちゃっていいの?」
「お前は俺への想いを打ち明けてくれた。たとえ過去のことであっても、秘めていた気持ちを伝えるのは勇気がいることだ。俺は以前、それがなかなか出来なかった。だから俺はお前を尊敬するし、応援したい。堂々と送り出せる男になりたい。そう考えたら
……正直に話すべきだと思った。バツーには謝らなくてはいけないが
……多分叱られると思うが、俺も頑張るから
……」
次第に語尾が小さくなっていく。それでも最後まで振り絞った。
「だから
……おめでとう」
「
……!」
これから結婚すると伝えた、この場に最も相応しい賛辞。さもあらん言葉が燦然と輝き、こんなにも胸をくすぐるのは何故だろう。
まだ恋心が貼り付いていると思っていたのに、この胸は確かに喜んでいる。
きっと全部話してくれたから。だからやっと納得できたのかもしれない。かつて愛した男からの、全力の祝福を受け取って良いのだと。
「
……ふふっ、ありがと!」
光風が吹き、トパーズの長い髪をなびかせた。
もしかしたら自分は今、これまでにない飛び切りの笑顔になっているかもしれない。
一方のテリーは余程意気込んでいたのか、全てを伝えてふにゃふにゃと脱力しているように見える。
長く相棒を務めたのだから、今どんな顔をしているのか想像はつく。それくらい朝飯前だ。その仮面の下で、きっと少しは笑ってくれていることだろう。
トパーズは同人誌の延長線ではテリーと引っ付く予定だったので、NLルートでは二人は結婚します
▶
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