夜明 奈央
2026-01-02 12:58:33
3293文字
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五年 額面より大事なもの

芸能パロ時空の五年がご祝儀の金額を議論する話(くくあやはほぼ出てこない)
2026年1月2日初出

 勘右衛門が自宅でひとりおやつのカップ麺を啜っていると、スマートホンに1件の通知が届いた。それをノータイムで開くと、三郎から兵助を除いた4人のグループへのメッセージだった。
「ご祝儀どうする?」
「どうするって?」
 啜った麺を咀嚼しながら返信する。
 おそらく数週間後に迫った兵助の結婚式のことだろう。それ以外でこのグループに問いかけるような結婚式の予定はない。
「いくらにするんだ」
「3万でいんじゃねぇの?」
 ずるずると麺を啜りながら、片手間に返信する。
 友人の結婚式といったらそのくらいが相場のはずだ。お互いにそれなりに歳を重ね、多くはなくとも結婚式への参加経験はある。仮になかったとしてもネットで検索するなり親に聞くなりすれば簡単にわかる。
 なんでわざわざそんなことを聞いてくるのだろうと不思議に思っていると、若干遅れて雷蔵からも「僕もそのつもりだったけど」と同意のメッセージが届く。
「ご祝儀の内訳って普通2万は食事代だろ?」「あいつらの結婚式の食事代が2万で済むと思うか?」
 しかし、三郎から続けて届いたメッセージですぐに事態を理解した。“同級生の結婚式に参加する”なんていう軽い考えでいてはならない。相手は芸能人――それも今をときめく売れっ子俳優だ。そしてそのお相手も国民的アイドル。一般人より派手にやるに決まっている。当の本人は勘右衛門たちの前ではそんな気配を見せず、数多の友人たちのうちのひとりと同じ扱いだったのですっかり忘れていた。
「思わない」「意味わかんないくらい旨い肉出てきそう」
「確かにそうかも」
 勘右衛門と雷蔵が続けて賛同すると、三郎から無言でいくつかのリンクが送られてきた。
 残った汁を飲みながらざっと確認すると「芸能人のご祝儀は10万円くらいが相場」といった内容でぎょっとする。出せるか出せないか、という話なら出せる。真っ当に働いていればそこまで難しい額ではない。が、それなりに怯む値段であることは確かだ。
 一方で「後輩にはご祝儀なしで参加してもらう」なんて話もあり、ますますわからなくなる。一般人の友達は芸能界におけるランク付けならどのくらいのポジションだ。まさか手ぶらで参加する気はないが、きっと来るだろう他の芸能人たちと同列に扱われては困る。
 兵助からご祝儀を貰った奴がいればそれと同額にするのが最も無難だろうが、生憎と今のところ共通の友人たちの間ではそういった縁がある者はいない。
 5万くらいか……? 勘右衛門が当たりを付けて返信しようとしたところで、各々リンク先を確認するために一時停止していたトーク画面が動き出した。
「俺は15万いきます」
 15!? あの記事に従うならそこまでじゃなくても……と思ってよくよく確認すると、差出人は今まで未読だった八左ヱ門だ。
 勘右衛門が驚いた顔のスタンプを送ると、三郎からも「やめろ」「正気か」と立て続けにメッセージが届く。
「ライブならそれくらい積んでる」「確定VIPチケットなら妥当」と八左ヱ門は何やら覚悟が決まっている。
「これは結婚式であってライブではない」「落ち着け」「友達の嫁に会うのに金は必要ない」「八左ヱ門が勝手に払うのは止めなくてもいいんじゃ?」「落ち着け」「俺らの間では揃えた方がいい」「お前が払う相手はあやちゃんじゃない 兵助だ」
 各々思い思いの説得を試みるが、八左ヱ門からの返答は「実質あやちゃんに払ったのと同じでしょ?」だった。これではダメだ。埒が開かない。勘右衛門がグループ通話に切り替えようとすると、どうやら同じ考えらしい三郎が先に通話を開始した。
「ご祝儀なんて気持ちだろ? 俺が払いたい額を払うのが正解じゃないのか?」
 八左ヱ門はどうにも不服そうだ。
「世の中そんなに簡単じゃない。俺たちにも体裁というものがある」
「じゃあお前らも同じ額払えばいいだろ」
「払えるかっ! 一般サラリーマン舐めるな」
 三郎が必死に八左ヱ門を説得している。時折雷蔵が合いの手に入るので、説得はあのふたりに任せることにして、勘右衛門は結局いくらが妥当なのかを考えることにする。友人のお祝いにあまりけち臭いことを言いたくはないが、日々の生活にそう余裕があるわけでもない。かといって適当な額を渡して非常識だと思われたくもない。あの記事にどれだけ信憑性があるのかわからないし、芸能界に知り合いがいて教えてもらえたとしても、それが真実だという保証はない。完全に空気の読み合いである。
 空っぽになったカップの底を眺めながら、どうしたものかと首を捻る。
「わかったよ。しょうがないな。で、じゃあ結局いくらにするんだ」
 勘右衛門が考えを巡らせている間に、八左ヱ門の説得は完了したようだった。
「さっきの感じだと、やっぱり5万くらいが妥当なんじゃないかな」
「そうだな、それくらいで……
 雷蔵と三郎も概ね勘右衛門と同じ意見のようだった。それくらいなら親しい友人の結婚に少し色を乗せたといえる額だし、今後他のメンバーが結婚することになっても平等に同額を渡すことに躊躇する程でもない。が、やはり出席者の中で最低額の可能性は十分考えられる。兵助がそんなことを気にするとは思えないが、こちらとて見栄やプライドといった感情が全くないわけでもない。となれば、金額の多寡以外の部分で差異を出したいところだ。
「なあ、俺名案があるんだけど」
「なんだ?」
 勘右衛門が思いついたアイディアを話すと、その案は満場一致で採択された。

□ □ □

 結婚式は準備も大変だが、式が終わればそこで終わりというわけではない。終了後も細々としたやるべきことがたくさんある。後片付けや各所へのお礼、式場への追加の支払い。スケジュールを調整して前後ともに数日の休みをもらっていて本当に良かった。せっかくならもう数日増やして新婚夫婦で仲睦まじく過ごす時間を取りたいところだったが、あまり無理を言って業界を干されてしまっては困る。
 兵助たちがご祝儀の確認に取り掛かったのは、その慌ただしい後片付けが少し落ち着いた頃だった。ひとつひとつの袋を開封し、差出人と金額を確認、それを簡易的なリストに記入する。出席者全員からのご祝儀の束を事務的に処理していると、「十萬弐仟圓」というどうにも中途半端なものが出てきた。くるりとひっくり返すと差出人は「友人一同」となっており、勘右衛門、八左ヱ門、三郎、雷蔵の連名であった。先程もこの名前を見たような気がしてリストを確認するとやはり気の所為ではなく、チェック済みの一覧の中には既に勘右衛門と八左ヱ門の名前がある。この調子だと、まだチェックしていない山の中に三郎と雷蔵の個人名義のものもあるだろう。当たり前だが表書きは嘘ではなく、渋沢栄一が10枚と、この作業を開始してから初めて目にする北里柴三郎が2枚。
「何かあった?」
 金額の意味がわからず兵助が首を傾げていると、横で同じ作業をしていたあやが兵助の手が止まっていることに気づき、同じように首を傾げた。
「うん、変な金額のがあって」
 言いながらリストに「102,000」と算用数字で記入したところではっと気がつく。
「あいつら、ふざけすぎだろ」
 横から覗き込んでいたあやもしばらくして気がついたようで、ぽつりと呟く。
「とうふ?」
 語呂合わせで10とう2。兵助のことをよくわかっているといえば聞こえはいいが、面白半分にしか思えない。2といえば通常ご祝儀ではタブーとされている数字だ。
……たぶん」
「ふふ、愛されてるじゃない」
「ネタに走りたかっただけだろ」
「でも、わざわざ連名でこんなの用意してくれるなんてお茶目じゃない?」
「それは、……そうなんだけど」
 そりゃあ、まあ、こんな仕込みをしてくれる友人を持ったことを嬉しいと思わないことはない。照れ臭くて、絶対に本人たちには言えないけれど。たぶんあっちはあっちで礼なんて求めてはいないので、友人たちの気遣いはそっと心の奥にしまっておくのだった。


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