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酔拳
2026-01-02 10:01:41
12254文字
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白騎士トリオ+ちょこっとマドシュヴァ(再掲)
白騎士トリオ(🌟🥞🎀)が書きたくて考えていたネタ。マドシュヴァはかなり要素薄めです。
格好いいシュヴァが書きたかった。反対にマドソはちょい気弱です。なお戦闘シーンはモン◯ンのプレイ動画を参考にしています。
※🥞が🌟に対して結構重めの感情を抱いていますが、後輩から先輩に向ける友愛的な感情であり、カプ要素は🎈🌟のみのつもりで書いています。ただし筆者は🥞🌟もいけるタイプなので、ガチガチ固定派の方は危険を感じたらブラウザバックをお願いします。
※流血を伴う酷めの怪我の描写あり。🌟が肉体的にかなり弱ります。(死にはしません)
※いつにも増してオチが雑
(ポイピク再掲・初出2025/6/5)
「団長、それなんですか」
剣の自主練を終えて休憩室で休んでいた矢先、やってきた騎士団長が抱えていた丸い物体を指してアキトは尋ねた。丸いといっても完全な球体ではない。片側の先がやや尖っていて、サイズは両の手のひらにちょうど収まるほど。淡く黄味がかったカラーリングは、それを抱えている本人──ツカサの髪色に少し似ていた。
「おおアキト、今日も鍛錬とは偉いな! そしてこれは卵だ!」
「いや、なんの卵かって聞いてんですよ」
「それはわからん!」
「元いたところに返して来てください」
「あはは! 弟くん、お母さんみたーい」
絶妙に腹の立つ合いの手を入れてきたのは同輩のミズキだった。オレはお母さんじゃねえ。つーかその呼び方やめろって何回言えばわかるんだ。
「うるせえアキヤマ、お前もなんとか言え」
「えー、別に卵くらいいいじゃん、かわいい小鳥とかが孵るかもしれないよ?」
可愛いものに目がないミズキは、人差し指を立ててぱちりとウインクをしながらそう言った。そんなふうにキメたってオレにはなんの意味もねえぞ。
「どう考えても小鳥のサイズじゃねえだろうが、なんでこんなモン拾ってきたんですか」
「魔物討伐の帰りに道端に転がっていたんだ。明らかに周囲に巣はなかったし、可哀想だと思ってな」
「今頃親が血眼になって探し回ってたらどうするんですか。魔物の卵かもしれねえのに」
「その点については大丈夫だと思うよ! 邪悪な魔力は感じられないし〜?」
「お前、そこまでわかるならなんの卵か調べられねえのかよ」
「うーん、ボクもそこまで魔力が強い方じゃないしね。それは無理!」
「使えねえ
……
」
この国には三つの騎士団がある。王族の身辺警護を担当し、儀式や式典で剣舞を披露することもある赤の騎士団。少数精鋭、各々がそれぞれの分野のプロフェッショナルで、個人仕事の多い黒の騎士団。そして自分たちが所属しているのが、国境警備や魔物退治に当たる白の騎士団だ。肉体労働が多く団員の数も三騎士団の中では最多で、魔力の有無にかかわらず入団できる唯一の騎士団であることから、民衆からすれば一番身近だろう。団長を務めるツカサも副団長を務めるアキトも、魔力を持たない人間だった。
「というわけで、これはしばらく様子を見たいと思う」
「アンタ面倒見られるんですか? 卵を孵すなら温めなきゃでしょ、そんなヒマあります?」
騎士団長というのはとにかく忙しいポジションだ。三騎士団の揃った定例会議や大臣・王族との会合に呼ばれることもあるし、出動要請があれば団を率いて現場にも駆けつける。それなりに地位の高い役職ゆえに、もちろん報告書や始末書にも目を通してサインをしなければならない。それらをこなしたうえで毎日剣の鍛錬も欠かさず行っているツカサのことを、アキトは内心では尊敬していた。口に出したら調子に乗ること間違いなしなので、絶対に本人には言ってやらないが。
「ううむ、それを言われると苦しいな
……
。ハッ、ほぼ一日中卵の様子を見ていられる人物として、ひとり適任がいるではないか!」
「はあ? ッおい、どこ行くんすか、団長!」
「走って行っちゃったねえ
……
」
「ホント、嵐のような人だな
……
」
青いマントを翻して遠ざかっていく背中を、ふたりは半ば呆れ顔で見つめていた。
*****
「ルイ!」
ツカサが駆け込んだのは城敷地内の外れに位置するとある研究室。そこかしこに魔法薬の入った瓶やらその材料となる植物やらレシピを殴り書いた紙切れやらが散乱していて、お世辞にも綺麗とは言い難い部屋だ。部屋の主は、自らの名前を呼ぶ元気な声に実験の手を止めて振り返った。
「おやツカサくん、そんなに急いでどうしたんだい?」
「ルイに預かってほしいものがあるんだ!」
先ほどからずっと手のひらに抱えていた卵をルイの目の前に差し出す。植物だけでなく動物にも造詣が深い好奇心旺盛な魔術師は、一瞬きらりと目を輝かせ、ふむ、と呟いた。
「これは
……
卵だねえ?」
「ああ、魔物討伐の帰りに拾ったんだ。なんの卵かはわからんが、邪悪な魔力が感じられないことはアキヤマに確かめてもらった」
「うん、確かに魔物の卵ではなさそうだ」
「本来なら、拾ったオレが責任を持って面倒を見るべきなのだろうが、このとおり城を空けることも多い身だ。この卵を温めつつ、様子を見てくれる人を探していてな
……
」
「それで僕に、というわけだね」
「ああ! ルイなら基本的に城の外には出ないし、生き物の知識も豊富だ。それに、心優しいお前なら、きっとこの卵を大切にしてくれると思ったんだ」
歳に似合わぬ膨大な知識量と豊富な魔力量、生み出す魔法の奇抜さと正確さから天才と称されるルイは、「敵に回すと危険すぎる」という理由からこの部屋で自由に研究を許されている代わりに行動を制限されている。身分としては黒の騎士団所属になってはいるのだが、騎士団員の付き添いがなければ城の敷地の外に出ることすらできない身の上は、卵を預ける先としてはうってつけだった。
「
……
わかったよ。そこまで言われては、僕に断る理由はないからね」
「本当か! ありがとう、ルイ!」
「ただし、僕はあくまで『卵を預かる』だけだ。この卵が孵ったら、生まれたのがなんであろうと、僕はツカサくんに返却する。それが条件だよ」
「ああ、わかった」
「あと、たまには卵の様子を見に来てくれると嬉しいな」
「もちろんだ!」
交渉が成立したちょうどそのとき、カランカランと高い鐘の音が響き渡った。二度衝いて一拍休むこのリズムは、白の騎士団の招集の合図だ。
最近この鐘をほとんど毎日聞いているような気がする。原因はわかっていないが、森の奥に棲むはずの魔物が街に下りてくる頻度がかなり増えていて、白の騎士団は連日討伐に引っ張りだこだった。
鐘の音に素早く反応し研究室から出て行こうとするツカサを、ルイは一瞬引き留める。
「ツカサくん、これを持って行って」
「む?」
「最近出動が増えているだろう? 君がもし、万が一窮地に陥るようなことがあれば、これが役に立つはずだ」
「おお、感謝する、ルイ! オレは必ず帰ってくるぞ!」
にかりと笑って研究室を飛び出していくツカサを見送りながら、ルイはひらひらと軽く手を振った。
ツカサに渡したのは魔法石のペンダントだ。トップには菫色の小さな石が嵌っている。どうかあの魔法が発動する日が来ませんように。祈りを込めて、卵を優しく撫でた。
*****
ツカサが詰所へ着くと、アキトとミズキ、そして団員たちが既に出発の準備を終えていた。
「皆準備が早いな!」
「今日の当番はもう全員揃ってますよ。
……
アキヤマ」
「はいはーい! さっき入った情報だと、また魔猪の群れが出現したみたい。この前は北だったけど、今度は西の方だね」
ミズキがさっと指を振ると、ふわりと地図が空中に浮かび上がり、魔物の目撃情報があった地点に印がついた。魔法の使えないツカサとアキトに代わって、こうして地図や作戦を説明するのはいつもミズキの役割だ。
目的地と最寄りの村までの距離や地形を確認しながら愛馬に跨り、「今日も頼んだぞ」と声をかける。仔馬の頃からツカサが世話をして育てた白い毛並みの美しく利口な相棒は、軽くいなないて返事をした。
「よし、白の騎士団、これより魔猪退治のため出陣する!」
十数頭の蹄の音が、城門をくぐって街の西を目指して駆けて行った。
*****
「くそっ、いくらなんでも多すぎだろ!」
「倒しても倒してもキリがないんだけど〜!」
無事に目的地へ着いた騎士団一行は、想定よりも数の多い魔物に苦戦していた。いくら日頃から鍛錬に励んでいる団員たちといえども、あまりの多さに疲労が見え始めている。実力的には問題ないと思われた相手だったが、このまま長期戦になれば物量で押し切られる可能性も考えられた。一頭倒しても息つく暇もなくまた次の一頭を相手にしなければならず、ツカサが自ら鍛えてきた自慢の団員たちの中にも、白い団服のあちこちに返り血ではない赤色が滲んでいる者がちらほらと出てきている。しかし、ここを耐えて群れを退治しなければ、背後にある村が魔物の餌食になってしまう。それだけは絶対に避けなければならなかった。
右手に握った剣で次々に敵を薙ぎ払いながら分析する。こいつらはおそらく群れの下っ端だろうから、どこかに親玉がいるはず。これだけの数の魔物を含む大きな群れを率いるボスだ。相当の強さであるに違いない。ボスを仕留めなければこの状況は打開できないだろうと考え、ツカサは斜め後ろで応戦中の部下に向かって指示を出した。
「アキト! アキヤマ! お前たちはこのまま応戦しろ。絶対に村へは近づかせるな」
「わかってますよ!
……
アンタ、何する気ですか」
「オレは一人で群れのボスを探す」
「え、一人で!?」
「何考えてんだ!」
こんな数の魔物を率いるボスを一人で探して退治しようだなんて、いくらツカサでも無茶が過ぎる。森の奥へ走っていく背中を追いかけようとしたアキトに、振り返ったツカサが白銀に光る切先を向けて制した。
「お前は来るな。ここで応戦しろと言っただろう」
「一人で行くなんて正気じゃねえだろ、オレを連れて行ってください」
「お前が抜けたら戦力が落ちる。副団長としてここに残れ」
「いや、でも
……
!」
「
……
アキト。オレたちの護るべきものはなんだ」
「
……
!」
あの卵を拾ってきた人物と同じ人間とは思えない、よく研いだ刃のように鋭く真剣な表情。冷たい顔に見えるが、その瞳には正義の炎が煌々と灯っているのがわかる。刃先をひたりと首筋に当てられたかのような緊張感が走った。
「オレたちはなんのために在る? 白の騎士団の、存在意義は」
「
……
白は、民衆のために」
「そうだ。わかったなら早く行け。お前が今やるべきことを為せ」
「
……
死ぬんじゃねえぞ」
……
悔しい。今すぐにあの群れを片付けてこの人の背中を追いたいのに、そうすることができない自分の弱さが悔しい。場を任されることも一つの信頼だと頭ではわかっているけれど、追いかけることを許してくれないことも悔しい。背中を預けてもらえないことが、何より悔しい。
苦々しさが混じったアキトの捨てぜりふに、ツカサは一瞬ふっと頬を緩めた。
「大丈夫だ。オレを誰だと思っている」
*****
部下たちが未だ身体を張って交戦を続けている魔物の群れが今しがた通ってきたであろう大きな獣道をたどって、ツカサは山の奥へと進んでいった。あのたぐいの魔物は遠く離れていても群れのボスを感知しており、ボスが討たれれば群れも自然と闘争心を失い、やがて瓦解していく習性にある。今このときだけ凌いだとしても、あれだけ大きな群れがこの山中を棲家としているならば、遅かれ早かれまた村が襲われるに違いない。だからこそ、なんとしてもボスを見つけ出して討伐する必要があった。
やがて獣道が途絶え、少し開けた場所に出た。そこには朽ちた巨木が何本も倒れていて、大きな樹洞(うろ)がいくつもできている。そしてその巨木の向こうに、さらに大きな魔猪が腰を下ろしていた。
(──あいつか!)
嫌な顔ひとつせずこの山道を歩いてくれた愛馬に感謝を伝え、少し離れたところで待機するよう言いつけ手綱を木にくくりつけた。自分は周囲の木に咄嗟に身を隠し、様子を伺う。朽ちた巨木が邪魔をして全身は見えないが、群れの個体より遥かに大きく、座っている状態での体高でもゆうにツカサの身長の三倍はあると思われた。ふー、ふー、と荒い息遣いが聞こえている。
正面からまともに相手をするのはどう考えても得策ではないので、気付かれないように風下をまわって周囲にいくつか罠を仕掛ける。魔力を持たない白の騎士団員でも扱えるよう開発された、対魔物用の雷魔法が込められた痺れ罠だ。少々土を掛けてカモフラージュし、腰に提げた剣を抜く。気配を殺して巨体に背後から近づき、ぐっと力を込めてその脇腹を突き刺した。硬く厚い毛皮と脂肪を押し切ると、傷口からは鮮血があふれ出した。
「
……
!!」
グオオオ、と地響きのような咆哮が轟いた。魔猪は唸りながら立ち上がり、敵の姿を探して辺りを見渡す。
「こっちだ!」
魔猪が自分を認識したことを確認してから、ツカサは先ほど自分で罠を仕掛けた方向に向かって走り出した。ドスドスと地面を揺らしながら、巨体がまっすぐこちらへ向かってくる。ここまでは作戦どおり。どれか一つでも罠にかかってくれれば、あとはこちらのものだ。
ばちばちと弾ける音がした。雷魔法が発動した証だ。またグオオ、と大きな咆哮。よし、と後ろを振り返ると──魔猪の大きな牙が、すぐそこまで迫ってきていた。
「
……
っ!?」
咄嗟に身を逸らして避けたが、衝撃を殺しきれずに山の斜面を転がった。なんとか立ち上がって距離を取り、体勢を立て直す。正面衝突は避けられたものの、太く硬い牙が掠めた脇腹がじくじくと痛んだ。青いマントはざっくりと裂けて、ただの布切れに成り下がっていた。
雷魔法は確かに発動したはずだが、想定よりもターゲットが大きすぎるために捕縛には至らなかったようだ。しかし、並サイズの魔物であれば一撃で失神するほど強力な電撃を受けた後ろ脚をやや引きずっているので、確実にダメージは入っている。早く仕留めなければ。痛みを無理やり無視して剣を構え、敵を見据える。巨木に隠れて見えなかった全身が顕になると、ツカサはあることに気がついた。
(魔猪なのに尾が長すぎる。しかも尾にだけ鱗がある
……
? まさかこいつ、キメラか)
種族の異なる生物同士を組み合わせて作られるのが合成獣(キメラ)だ。ある程度近しい種族同士であれば自然交配で生み出されることもあるが、大抵は魔法によって無理やり掛け合わせて作られることが多い。生物同士を合成する魔法は難易度が高くその内容から高い技術と倫理規範が求められるため、国からの許可がなければ行うことができないことになっているのだが、密かに無許可で生み出されたさまざまなキメラたちが高値で取引され、希少なペットとして秘密裏に流行していることは問題となっていた。騎士団でも何度か、無責任な飼い主に捨てられて暴走し人を襲うようになってしまったキメラの討伐依頼を受けたことがある。
キメラたち自身は何も悪くない。悪いのは無責任に種族を掛け合わせキメラを生み出した人間と、これまた無責任にキメラを野に放した人間だ。あの巨大な魔猪も、元は無害な普通の個体だったのかもしれない。ツカサに刺された腹から血を流し、雷魔法のかかった後ろ脚を引きずっている巨躯でさえも、元を辿れば無責任な人間の行いによる被害者なのかもしれない。
(
……
それでもオレは、民衆を守らなければならない)
それが使命であり、生きる理由だから。アキトに言いつけたばかりの、白の騎士団の存在意義。
「白は、民衆のために
……
!」
剣の柄を握り直して駆け出す。まだ罠は残っているから、もう一度掛かればさらに弱体化させられるはずだ。
鱗に覆われた長い尾はおそらくドラゴンと掛け合わされているようだが、知能はそこまで高くないらしい。魔猪は再びツカサを追いかけて走り出し、先ほどとは違う場所に仕掛けられた雷魔法が発動した。
魔猪の足が止まり、グアアア、と苦しそうな雄叫びがあたりにこだまする。キメラであることを知って少しだけ情が湧いたものの、この機を逃すわけにはいかない。ツカサは近くに倒れていた巨木の幹に登り、頸を狙って飛びかかり、上から剣を突き刺した。致命傷となるように、なるべく深く。返り血が白い団服を汚してゆく。
痛みと苦しみから逃れようと魔猪が巨躯を捩ると、背中に乗っていたツカサは地面に振り落とされた。剣は頸に突き刺さったままだ。なんとか受け身をとったものの、牙でやられた傷がまた痛み出し思わず手で押さえる。一瞬うずくまったその隙に、鱗で埋め尽くされた長い尾がじたばたと暴れ狂いこちらへ向かってくる。
「ぐっ
……
!」
勢いのついた尾の先端が、ツカサを遠くまで弾き飛ばした。無防備な体勢のまま、背中が激しく木の幹に打ち付けられる。強い衝撃を受けた肺が機能を止めてしまったかのように息ができない。苦しい。重力に従ってずるずると座り込んだ。
「
……
っ、ハ、っ」
かろうじて息を吐き出す。吸っても吐いても全身が痛い。利き手は感覚を失って、全く動かすことができなかった。熱いのか冷たいのか、それ以外もなにも感じない。代わりに脇腹がずきずきと激しく痛んだ。なんとか動かせる左手で痛む部分を押さえる。
……
熱い。傷から感じる温度なのか手のひらから感じる温度なのかも定かではないが、とにかく熱かった。それなのに、頭は寒いと感じている。乾いた唇が震えて、掠れた音を絞り出した。
「まもら、ないと
……
おれは
……
」
そのとき、首に掛かった小さな石がぼろぼろの団服の下で淡く光ったような気がした。
*****
あれだけ苦戦させられていた魔物たちが突然戦意を失って弱体化し始めたので、群れと応戦していた団員たちは戸惑いつつも安堵していた。なんとかぎりぎりのところで持ちこたえることができたようだ。さっと見渡す限り、自力で城まで帰れないような大きな怪我をした者は見当たらないし、村への被害も最小限に押さえることができた。現場の片付けには別部隊の応援を呼ぶとして、怪我の程度が軽そうな団員に城への使い走りを頼む。残った団員たちは互いに傷の応急処置を始めていた。
アキトとミズキも剣に付いた魔物の血を払う。さっと拭いて鞘におさめると、アキトはぴゅう、と口笛を吹いて自分の馬を呼んだ。
「応急処置が終わったらお前たちはここで後始末な。終わったら城に戻ってちゃんと手当を受けろよ」
「了解です、副団長!」
同じように自分の馬に跨ったミズキと顔を合わせて頷く。言葉にしなくとも、次の行動は決まっている。手綱を握り直して軽く馬の腹を蹴り、山の奥の方向へと駆け出した。
少し進んだところで、二人は前方から走ってくる影を視界にとらえた。かなりのスピードでこちらにまっすぐ向かってくる。もし敵であれば迎えうつことも想定して、一旦馬を止め剣の柄に手をかける。
「
……
あれ、リリィ号?」
横のミズキが呟く。よく目を凝らすと、確かにあれはツカサの愛馬のようだった。ツカサが名付けた本名は「スターペガサスホワイトリリィ号」なのだが、長い上にダサいので皆「リリィ号」と呼んでいる。
リリィ号は一心不乱に走っていたようだが、見知った二人の姿を見つけて速度を落としこちらへ駆け寄ってきた。
「お前、綱を噛みちぎって逃げてきたのか?」
ツカサが毎朝丁寧にブラシをかけている白い毛皮には、綱が擦れて傷ができ血が滲んでいた。美しいたてがみも血と土で汚れてしまっている。
アキトの質問には答えずにぶるると身震いして、リリィ号は来た道を逆走するようにまた走り出した。少し進んでこちらを振り返り、また走り出す。
「これ、『ついて来い』ってことじゃない?」
「そうかもな。オレたちも急ぐぞ!」
リリィ号に導かれるまま馬を走らせていると、やがて少し開けた場所に出た。その中央に、奇妙な長い尾の生えた巨大な魔猪が血を流して倒れている。周囲の地面には、白の騎士団員ならよく知っている雷魔法が発動した跡が残っていた。
「こいつが、あの群れのボスなのか
……
?」
「見て! あの頸に刺さってる剣、団長のじゃない!?」
「
……
マジかよ」
この巨体をツカサがたった一人で討伐したとはにわかに信じがたいが、今はそんなことを言っている場合ではない。切なげな細い鳴き声を上げながらとぼとぼと歩くリリィ号の後をついていく。
巨大魔猪が倒れていた場所から少し離れた小さな池のほとりに、探していたそのひとは立っていた。
「
……
っセンパイ!!」
慌てて馬を降り駆け寄る。青いマントは引きちぎれてただの布切れと化しているし、白いはずの団服は返り血なのか自身の血なのかはわからないが赤黒く染まっていた。二人の声に反応して、ツカサがゆっくりと振り返る。顔にも激しく返り血が付いていたが、その間から覗く皮膚はひどく青白い。いつもの溌剌としたそれとは180度異なる生気のない瞳に、ミズキは内心ぞっとした。
「
……
アキト、ミズキ
……
お前たちは無事か」
「ボクたちは大丈夫。みんな大怪我はないし、村も無事だよ」
「それよりもアンタのほうが無事じゃないでしょ、今応急処置しますから、」
「
……
オレは大丈夫だ。帰るぞ」
どこかぼうっとした様子でツカサは利き腕をだらりと下げたまま、リリィ号の鞍に血塗れの左手を掛けて乗ろうとする。アキトが咄嗟にその腕を掴み止めに入った。
「その状態で一人で馬に乗れるわけないでしょうが、バカなんですかアンタ!」
「アキト、オレは大丈夫だ」
「そんな怪我してて大丈夫なわけねえだろ、それでよく普通に動けますね!?」
「
……
団長が倒れたら、団の士気が下がるだろう」
この後に及んでまだそんなことを言うのか。オレたちがどれだけアンタのことを心配してると思ってるんだ。一人山奥へ向かう背中を見送ったときの悔しさが蘇る。しかし、ここで感情任せに怒鳴ってもこの人の心には響かないことをアキトは身をもって知っていた。
「
……
そのくらいで折れるほど、オレたちヤワじゃないんで。アンタに普段からしこたま鍛えられてますから」
「そうそう、たまにはボクたちのこと、もう少し頼ってくれてもいいんじゃない?」
ミズキが機転を効かせて助け舟を出してくれた。こういうときの頭の回転の速さはかなわないと思う。剣術もそこそここなし白の騎士団員には珍しく魔法を使えるだけでなく、要領がよく賢いのだ。これもまた、本人に直接伝えると絶対に調子に乗るので言ってやらないが。
「
……
いいのか」
「いいもなにも、アンタを支えるためにオレたちここにいるんすけど。たまには仕事させてくださいよ」
ツカサは乾いた血が付いてひび割れた唇をかすかに動かし、そうか、と呟いた。
「
…………
すまん、頼む」
「ッ、センパイ!」
ふっと力が抜けた身体ががくりと倒れ込むのを二人がかりで支える。腕の中のツカサはひどく発熱しているのか燃えるように熱い。早く手当をしなければ、命にかかわるのは明白だった。
(
……
死ぬんじゃねえぞ)
あのとき己が吐いた台詞を、もう一度心の中で繰り返した。
*****
城に戻ってから三日が経った。怪我をした団員たちも治癒魔法による手当を受けて徐々に任務に復帰する頃──ツカサはまだ、あれから一度も目を覚ましていなかった。
団長不在により多忙な任務の合間を縫って、アキトとミズキは今日も見舞いに訪れていた。今朝替えられたばかりの包帯の白が目に痛い。
「
……
あのとき、さ」
ベッドサイドの椅子に腰掛けたミズキがぽつぽつと語り出した。アキトはその隣に立ったまま、視線をツカサから外すことなく黙って聞いている。
「団長の胸元で、なにか光ってたんだ。血まみれだったからよーく見なきゃわからないくらいの小さい光だったんだけど
……
あれ、多分魔法石だよ」
「
……
魔法石?」
「うん。
……
これ、団長の手当をしてくれた医務班から預かったんだけど」
ミズキの手にはなにやらアクセサリーが握られていた。長めのチェーンを見るに、ペンダントのようだ。トップには紫色の石が嵌っている。
「これ、ルイの魔法石だよ。しかも、ものすごく強力な。ボクもそこまで詳しくはないけど、この石に込められたルイの魔法が、団長の命を救ってくれたんだと思う」
「その本人は、全然見舞いに来てねえみたいだが」
「
……
まあ、ルイがあの塔から出るには騎士団員の付き添いが必要だしねー? あ、ボク書類仕事が苦手などこかの副団長さんの代わりに頼まれてた仕事があるんだった! じゃあ先に戻るね〜!」
ツカサの枕元にペンダントを置いて、ぱたぱたとミズキが部屋から出ていく。一人残されたアキトはそれを拾い上げた。紫色の石が、窓から差し込む陽光を受けてきらりと光った。
*****
数日ぶりの来客者の気配に、ルイは沈む気持ちと重い体を引きずって立ち上がった。しかし、ドアの前に立っているのは待ち人の気配ではない。
──こわい。もしこの人が、ツカサの死を告げにきた誰かだったらどうしよう。僕には、彼のいない世界なんて耐えられないのに。
ツカサに渡したペンダントに嵌められた魔法石には、ありったけの魔力を籠めて編み出した魔法を一つだけ封じ込めていた。発動できるのはたった一度きり、身につけた人間が瀕死状態に陥ったときだけ。攻撃を防ぐことはできず、魔法を弾く力もないが、持ち主が命の危険にさらされたときに一度だけ死を回避することができる、禁忌すれすれの魔法だった。
死者を蘇らせる魔法など、この世には存在しない。あるとしたらそれは大禁忌だ。それに手を出した者は、闇の魔力に染まり死神に見初められるのだという。死の世界へ連れ去られ、二度と常世には帰ってこられないのだと、そう言い伝えられていた。
ゴンゴン、という強めのノックを三度ほど受けて、仕方なく扉を開ける。やってきたのは、暁色の髪をしたツカサの右腕だった。彼自身も怪我をしているのか、頬にはガーゼが当てられている。
「
……
アキヤマから聞きました。アンタの魔法が、団長を助けてくれたって」
「僕は礼を言われるほどのことはしていないよ。どれだけ大きな魔力を持っていても、難しい魔法を使えても、僕は無力だ。魔法は万能じゃない」
「それでも、アンタが団長の命を救ったって事実は変わらないでしょう。
……
だから、ありがとうございます」
アキトは意志の強い真っ直ぐな瞳でルイを見据えると、深く頭を下げた。顔を上げて、悔しそうに唇を噛む。
「オレがもっとしっかりしていたら、あの人を一人で行かせずに済んだ。オレはきっとまだ、あの人から全幅の信頼を得られてない。それが悔しいんです」
「そんなこと
……
」
ないだろう、と言いかけたのを遮るようにアキトがまた続ける。その拳はぎゅっとかたく握られていた。
「こんなこと言ったら、センパイはきっと否定するでしょう。そんなことないって、オレたちのことをちゃんと信じてるって。でもオレは、それじゃ満足できないんです。だからもっと強くなります。今度はちゃんと、連れて行ってもらえるように。置いていかれないように。背中を預けてもらえるように」
「
……
シノノメくん
……
」
「突然すみません。でも、アンタには言っておきたかったんで」
「ああ、
……
こちらこそありがとう。ツカサくんを、よろしく頼むよ」
「それはこちらの台詞です。センパイのこと、これからもよろしくお願いします」
見かけによらず礼儀正しい後輩は、ルイに向かってまた深々と頭を下げた。
*****
さらに三日が経った。ツカサはまだ目覚めない。
見舞いに来たベッドサイドで椅子に腰掛けたルイは、膝に乗せた子犬ほどの大きさの生き物の頭を優しく撫でた。塔から出るために付添人になってくれたアキトは病室には入らず、廊下で待機している。
「キュ、きゅああ!」
この小さな命は、ツカサが拾ってきたあの卵から孵ったドラゴンの雛だった。親とはぐれたドラゴンの卵が人間の元で孵化するのはたいそう珍しくほとんど例がないらしいが、ルイが毎日丁寧に様子を観察して温め続けたおかげか、はたまた拾ってきたツカサの幸運か、この雛は無事元気に産まれ、今のところ支障なく成長している。ドラゴンは永い時を生きる生物だが幼少期の成長スピードは凄まじく、生後数日だというのにもうすっかり目が開いて、飛べはしないもののぱたぱたと翼を動かすようになっていた。近いうちに、黒竜使いの後輩に見てもらおうと思っているところだった。
「ツカサくん、僕はこの子を君に返さなければいけないんだ。だから早く、目を覚まして
……
」
祈るように呟くルイに、小さな竜はきゃうきゃう鳴きながらじゃれついている。ルイの腕の中で身体を伸ばして、その唇をぺろりと舐めた。
「ん、くすぐったいよ
……
」
いたずらっ子はルイの膝からツカサの枕元へひょいとジャンプして飛び移った。危ないよ、とルイがその身体を持ち上げる前に、眠るツカサの唇をも同じように舌先で触れる。ルイの頬は少しだけ赤くなった。こんな初心なティーンのような、たったこれだけで。
……
でも、間接キスには違いなかった。
「
…………
、」
ずっと伏せられたままだった長い睫毛がかすかに震える。見間違いかと思ったが、それはゆっくりと押し上げられ、まぶたが開き──
「
……
ル、イ?」
「ツカサくん!!」
ルイの大声を聞いたアキトが病室に駆け込んでくる。はっと息を呑み、ぐっと拳を握って唇を噛んだ。まるで、涙をこらえているかのように。
「きゅああ、きゃあ!」
小さな竜はルイの腕から飛び出して、おぼつかないながらもぱたぱたと部屋の中を飛び回った。事態をわかっているのかいないのか、きゃ、きゃ、と楽しげな鳴き声が上がる。
「るい、あきと
……
」
「
……
ッ、オレ、医者を呼んできます!」
ぐすりと鼻を鳴らしたアキトが走って出ていく。
数日ぶりに見る蜂蜜色の瞳に、ルイは目が離せなくなった。ああ、僕はやっぱりツカサくんが好きだ。この瞳を失わなくてよかった。
「ツカサくん、」
「
……
すまん。迷惑を、かけたな」
「ちがう、違うよ。僕は、きみが生きていてくれるだけで、うれしいんだ
……
」
長い眠りから覚めたばかりで掠れた声のツカサが、泣くなよ、とやわらかに笑う。
ツカサの髪色によく似た色の翼が生えた小さなキューピッドが、ふたりの頭上を飛び回りながらきゃうきゃうと鳴き声を上げた。
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