【平均的な聖人】

シナリオネタバレなし

兄メルヘカと弟ザナメルのあれこれ

 優れたカリスマ性とは、一種の洗脳技術ではなかろうか。

 弟の映像をパソコンで眺めながら、自室で一人メルヘカはそう思った。画面の中で弟は……ザナメルは、教典を手に信者へ演説を行っている。彼はとある小さな宗教の教祖、そして司祭であるためだ。この映像はネットに公開されており、信者や物好きによって僅かながらだが拡散されつつある。

 まるで遅効性の毒だと、ため息を一つ兄であるメルヘカは吐いた。ザナメルの行為、信仰心にとやかく言うつもりはない。人が信じるものは千差万別、星の数よりもあるのだ。他人に迷惑をかけるような活動も、犯罪行為も彼らは手段としていない。咎める理由はなかった。

 だがそれでも、彼らは正常ではない。


『ザナメル様! ザナメル様!』


 その眼を狂気の色で鮮やかに彩った信者たちが、純白の司祭服に身を包んだザナメルを崇めた。讃えられた教祖は聖人のように柔らかく微笑み、ステンドグラスから透ける月光を背に手を広げる。その姿を見た信者たちは、一斉に手を組み祈祷の姿勢へ移った。統率された信者は、機械よりも人間性が感じられない。


『ええ、ええ。皆様、本日もよく愛し愛されましたね』


 ザナメルが広げた手を持ち上げ、虚空を掲げた。何が視えているのか、信者たちはそれに感嘆と歓喜の声を漏らす。誰もが頬に赤を散らし、瞳から雫を漏らした。小さな小さな宗教と言うには、余りにも異常で隔絶された空間。


『ご存知の通り、愛とは素晴らしいものです。愛はどんな理由にもなる。愛はどんな贖罪にもなる』


 甘美で蠱惑的な囁きが、動画を通じて世界へ伝えられた。愛を信じ、愛に信じられている。それを疑わないよう、ゆっくり、徐々に、弟は平凡を侵していった。


『貴方も、彼も、彼女も、誰かも、神も、怪物も。万象は愛から産まれ、愛へと還るのです』


 話術とは、言葉の内容がどれほど極められているかで決まる訳ではない。声の抑圧、細かな動作、心理誘導……様々な要素が重なった技術の真髄を、人はカリスマと称していた。ザナメルはその技術が異様に高く、人心の隙間に入り込むのが上手い。


『さぁ。明日も愛し、愛されましょう』


 愛を謳い熱心に語る弟は、神に跪く天使の如く祈祷した。それは本心から溢れる善意と、押し付けない程度の誘惑。これに一度でも心が揺れてしまえば、その震えは中々止まらない。
 揺蕩い向かう先は、ザナメルの言う『愛』のどん底だった。ある者はそれを破滅と呼び、ある者はそれを極楽と呼び、ある者はそれを真理と名付けている。


「平等の愛は、均一化された無関心にも思うがな」


 届かない言葉は、世界に融けて失われた。弟が生きていることを確認した兄は、動画を閉じてパソコンの電源を切る。薄暗い室内でメルヘカの瞳に滲んだのは、理解できない概念への同情、そして微かな兄弟に対する心配だった。




【平均的な聖人】



 それでも貴方は、愛を愛するのでしょう。