しお
2026-01-02 00:17:50
3809文字
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ささろ 新年

年が明けて久しぶりに盧笙に会った簓が、なぜかやたらと盧笙に優しくされる話
行為の描写はほとんどありませんが事後描写あり。
(全年齢で問題ないと思っていますが、気になる点がありましたらコメントやXのリプライ等でご指摘いただけると嬉しいです)

 年末年始の過密スケジュールを走りきり、一月三日の夕方にようやく盧笙の家の敷居を跨ぐことのできた簓は、リビングで小さく首を傾げている。
 暮れからろくに顔を合わせることもできなかった恋人は、昨年から引き続いての合鍵での不法侵入も今日ばかりは咎めることをせず、微笑みすら浮かべて迎えてくれた。
「明けましておめでとう。今年もよろしゅうな」
 既にメッセージとスタンプで済ませていた挨拶を、実際に向き合って交わした時には理由のよくわからない涙が出るかと思った。目を潤ませた簓を見て、盧笙は「何泣いとんねん」と笑いながら背中を叩いてくれた。
 その後も盧笙はずっと優しく、会えていなかった間に仕事中やプライベートで起こったことを伝える簓の話に相槌を打ち、適度なツッコミを入れてくれ、合間に簓のテレビ出演の感想をくれた。さらにはリビングに腰を下ろした簓に、正月やから特別な、という前置きとともにお手製のクリームソーダまで振る舞ってくれる始末。
 年末年始の忙しさは体力面では大変だったが、簓は基本的にどんな仕事であってもやっている間は幸福だと感じている。立て続けに大きな仕事をやらせてもらって幸せだったのに、その後でさらにこんな幸せまであるなんて、こんなに満たされていていいのかと不安になるくらいだったが、遠慮をする理由はないので、盧笙の家でクリームソーダを飲みながら盧笙に好き放題に話し続けるという贅沢を享受した。惜しむらくはここに零がいないことだが、年始は挨拶回りがあって忙しいとかで、明日盧笙の家にやってくる予定になっている。
 時にツッコミ、時に爆笑しながら話し相手をしてくれていた盧笙は、簓がクリームソーダを飲み終わりそうなところで時計を見上げた。
「ちょっと早いけど、そろそろ飯食うか? おせちはいろんなとこでええもん食うてきたやろうから、お好みでも作ろうかと思てるけど、それでええ? 一応おせちも簡単なのはあるけど」
「え! そんなんええの!?」
 飛びはねるようにして喜ぶ簓の姿に、盧笙が呆れたように笑う。
「散々ええもん食うてきた後で、お好み程度でそないに喜ぶやつがあるか」
「嬉しいんやもん、ええやんかぁ! なんか今日むっちゃサービス良ぅない? 正月やから!?」
「せや。正月で、めでたいからや」
 立ち上がりながらそう返してきた盧笙は、微笑を浮かべたままキッチンに向かった。簓は盧笙の後を追おうと、グラスに残っている薄くなったソーダを吸い上げる。お好み焼きを作るなら具材を切ったり、粉を混ぜたりという工程がある。それを手伝おうと思ったのだが、簓が一杯目を飲み干す前に、二杯目のクリームソーダを手にした盧笙が現れた。
 盧笙は簓のグラスを新しいものに取り替えながら言う。
「タネは作ってあって、あと焼くだけやからそんな時間かからん。これでも飲んで待っとって」
 そして、簓の返事を聞かずに空のグラスを持って、またキッチンの方へと戻っていった。
 取り残された簓は、二杯目のクリームソーダをまじまじと見つめ、冒頭の通りに首を傾げた。嬉しいことに間違いはないが、盧笙の歓待は少し度が過ぎているような気がする。正月だからだと言うが、本当にそれだけが理由なのだとしたら、正月のパワーがあまりにも強すぎるのではないだろうか。
 不思議には思いつつ、簓はそれを口に出さないことに決めた。正月の魔法がどれほど強いものか、はたまた儚いものかわからない以上、盧笙に言ってしまったらボーナスタイムが終わってしまうかもしれない。それは惜しい。盧笙に甘やかしてもらえる限りは甘え倒そうと、少し胸に引っかかった疑問は飲み込んだ。


 数時間後。一つの布団を二人で分け合いながら、簓はぼんやりとこのボーナスタイムはいつ終わるのだろうと考えた。
 少なくとも、今現在まで続いているのは確かだ。だって、今夜の盧笙はなんだかすごかった。身体をすっかり綺麗にして、火照りの収まってきた肌を寄せあってそろそろ眠ろうという今の段階になってもまだ余韻が抜けないくらい、気を抜けば濃密な時間を反芻してうっとりしてしまうくらい、すごかった。
 単に積極的だったというだけではない。盧笙は元からわりと積極的に自分から動くタイプだ。おそらく、やられっぱなしは性に合わない、という性格だからだろうと簓は考えている。そういう理由で、普段のセックスはお互いに相手を出し抜こうとして、仕掛け合いになることも多い。
 でも今夜は、言うなれば『ご奉仕』だった。盧笙はとにかく簓の求めることを汲み取って、叶えてくれようとしていた。盧笙に触るのも、盧笙から触られるのも、キスのタイミングも、身体を揺らすリズムも、全部簓の思うままだった。それでいて盧笙はただ受け入れるだけではなく、感じていること、悦んでいることをストレートに言葉で、言葉にならずに漏れた声で、表情で、震える肌で、全身で伝えてくれた。甘いシロップに二人して爪先から頭のてっぺんまで浸かったようだった。
 とにかく幸せだった。普段のセックスも刺激的で好きだが、そもそも相手が盧笙ならどんなセックスだって最高に違いないが、それはそれとして今夜はよかった。簓に組み敷かれ、悩ましげに身を捩る今夜の盧笙の姿を、これから何度も思い返すだろうと確信する。
 けれど、満たされた心の中には一点の曇りがある。『何故?』という疑問が解消されず、むしろ大きくなってきている。盧笙は、正月だからだと言う。確かに盧笙は暦の節目や行事なんかを大切にしているが、このサービス加減はさすがにめでたい正月だから、というだけでは説明がつかない気がする。
 夢のような時間が終わってしまうのが惜しくてさっきは飲み込むことにしたが、もう十分に満喫した気がする。簓は思い切って直接聞いてみることにした。
「なぁ。今日の盧笙、なんか俺にむっちゃ優しない?」
 話を振ると、盧笙は半分くらい閉じた目で簓を見た。鮮やかな色彩の瞳を覆う水の膜は、まだ平常時よりも少し厚い。揺らめく視線が簓を捉えると、盧笙の口元が幸せそうに緩む。今日だけで何度も目にした表情なのに、また心臓が高鳴る。
「俺な、お前に感謝してんねん」
 夜の静寂を壊すことを恐れるような掠れた声で、盧笙がそう呟いた。
「感謝?」
 右の頬を枕に埋めたまま、盧笙が頷く。それから、再び口を開いた。
「お前、暮れぐらいから洗剤のCMに出とるやろ」
……洗剤?」
「せや」
 話題が急旋回する。事後で鈍った頭はすぐに切り替えられず、簓はこの場にそぐわない気がするワードを復唱することしかできなかった。だが盧笙は、平然と頷いてみせる。それから、快楽の余韻が滲む声で静かに、けれど熱を込めて語りだした。
「あの洗剤な、むっちゃええで」

 ちょっと前にな、台所のシンクにでかい水アカがついてもうてるのに気づいてん。気づいてすぐにいつもの洗剤でシンクの掃除して、それで九割方は綺麗にできたんやけど、フチの線みたいなもんがうっすら残ってもうてな。時間を置いて何度か掃除しても一向に取れへんかった。
 もっと強い洗剤やったら落ちるかな、って思て何種類か試してみたんやけど、どれもダメやった。CMで『こすらずピカピカ!』とか言うてるやつも全くダメや。いろんなメーカーのを試して、ネットで見つけた裏技みたいなんもやってみたけど、全然落ちん。思いつく手段がどれも効果なくて、お手上げになってもうた。
 まあ、このアパートも古いし、俺自身がこの部屋に住んで結構長いし、だんだん汚れが染みついてくんのはしゃあないかな、って諦めようとしたんや。その頃やった。お前の出とるCMがテレビで流れるようになったんは。
 その頃の俺は、どんな洗剤も信じられへんくなってた。CMでどんだけでかいこと言うてても、実際はちゃうやろ、って思ててん。けどあの水アカが落ちるかどうかは置いておいて、大掃除はせなあかんやろ。もう洗剤なんて何でもええっちゅう気分やったから、せっかくならと思ってお前の顔のポップが出とるやつ買うたんや。
 そしたらな、――落ちたんや。数ヶ月手こずったあの水アカが。綺麗さっぱり。ほんまのピカピカ。朝になったらシンク見せたるわ、ちょっと感動するで。
 そういうわけで、お前には感謝してもしきれんねん。いや、わかってるで。あの洗剤を作ったメーカーさんにまず感謝すべきってことはな。ただ、俺があの洗剤を手に取ったのは簓のおかげや。お前がCMに出てへんかったら、まず買おうとは思わんかった。せやから俺とあの洗剤を引き合わせてくれたお前に、どうにかして感謝を示したいねん。

 一気に話し終えた盧笙は、眠たげに目を擦った。話してしまってすっきりしたのか、平和そうに欠伸をしている。
「盧笙がそない喜んでくれて、俺も嬉しいわ。ええ仕事が出来てよかった」
「ほんまやで。あんな商品のCMに抜擢されるなんて、お前はやっぱりすごい奴や」
 盧笙は嬉しそうに簓の肩にすり寄ると、そこで目を完全に閉じた。満ち足りた表情を浮かべる盧笙の口からは、すぐに穏やかな寝息が漏れ始める。
 簓は盧笙がはみ出してしまわないよう、二人の身体に布団をかけ直した。それから盧笙の寝顔を眺めて、あの洗剤のCMを今年も絶対キープしようと固く誓った。