やまだ
2026-01-01 23:30:52
1631文字
Public 羅小黑戦記
 

No title

秋の師弟 映画無印時代

「小黑。座りなさい」
 赤や黄の葉がほろりほろりと降り積もる露台は天上の湖へ大きく張り出している。関係者たちからは単に館、と呼ばわれるこの施設は各地に点在しており、そのどれもがそれぞれに美しい。妖精たちの桃源郷は共通して非常に自然豊かだ。
 その美しい景観に目もくれず、露台に胡坐の无限は、膨れっ面でよそを向く子どもをじっと見据えている。
「小黑」
 小黑が、館で出会った妖精に術を用いて乱暴を働いた。
 幸い周囲の妖精や駆けつけた无限の制止で大事にはならなかったものの、相手に負傷させてしまったのだ。
 かすり傷程度とはいえ小黑の明確な害意でもってつけられた傷だ。冷静さを保とうとしてはいても、実のところ无限も動揺している。
 小黑は確かに勝気な子だ。だが同時に道理を知る子だ。自分よりも弱い相手をいたぶったりはしない。実際これまで一度もそんなことはなかったし、そしてこれからもそうだと思いこんでいた。
……小黑。自分で座るか、私に座らせられるか、どちらがいい」
……これでいいでしょっ」
 手首の金属板を見せつけるように掲げてようやく小黑に効果があった。どしんと露台に尻をついて、けれどやはり不機嫌顔は館の外を見ている。
「ぼく、捕まるの」
「いいや。だが、半年ほどこの館への立ち入りを禁じられた」
「別にいい。ぼく嫌いだ、こんな所」
「小黑」
 无限は、小黑に館という場所を気に入ってほしかった。妖精にとって館は重要な施設、組織だ。龍遊では若水に連れられて楽しそうにしていたのに、一転してこの館はいやだと吐き捨てる。
「何があった?」
 問う无限にも、かたくなな沈黙を守る小黑にも、ほろほろと錦秋のかけらが降りそそぐ。
「おまえは理由もなく他者を傷つけたりしないだろう。妖精が自由に過ごす場所を無闇に嫌ったりもしない」
 小黑の横顔からつんと覗く小さな鼻が赤いようだ。唇がわななき、まるい頬が震えている。
「小黑」
 无限の嘆息で、いとけない輪郭の肩がびくりと跳ねた。
「私はそう信じているんだよ」
 ずびっと子どもの鼻が鳴り、次の瞬間には无限の懐に小黑の体があった。
「し……師父は、危なくなんか、ない! 怖くないし、お、おかしいやつでもないんだ!」
 泣き声を聞いてそっと息を詰める。胸底に湧く納得と諦念を押さえつけることには慣れていても、小黑の暴走の理由を察してさざなみ立つ感情の扱いかたは知らない。とっくに忘れてしまった。
「あいつ師父のことなんにも、なんにも知らないくせに、勝手なことばっか! 師父のこと馬鹿にして、い、嫌なこと、ばっかり」
「そうか」
「そ、それで、それで頭に来て、ぼく、それで!」
「そうか。嫌な思いをさせたな。すまない」
 自分が多くの妖精から疎んじられていることを理解している。
 面と向かって謗られる機会こそほとんどないが、こういう場所では腫れ物扱いされるのが常だ。これまで无限ひとりに向かっていたものが幼く頼りない見た目の弟子に降りかかる可能性も、考えておくべきだった。泣きじゃくる小黑の背を撫で撫で目を伏せる。
……し、師父が、謝らないでよ。いけないの、ぼくじゃん」
「では、小黑は何を謝りたい?」
「信じるよって、言ってもらったのに、それをだめにしちゃったこと……
「うん」
 ぐすんぐすんやりながらの懸命な呟きは无限を安堵させた。やはり小黑は无限が信じる通りの子だ。
「師父」
「うん?」
「ぼく、強くなりたい……
「ああ」
「師父と同じくらい強くなる。そしたら、変な話されるの師父だけじゃなくなるよね?」
 泣き腫らした目だ。汚れた鼻だ。
 ほんの子どもの妖精だ。
 小黑だ。
……おまえは強くなるよ」
 はらはらと秋が降りそそぐ、妖精の郷の美しい露台で、无限はそう呟くのが精一杯だ。
 もしも再びこの地を訪れる機会があれば、きっとそのとき妖精たちの口端に昇る名は无限だけではなくなっている。