【スタゼノ】運命

年末年始のスタンリーとゼノの話。
本年もどうぞよろしくお願いいたします!

 幾度かの話し合いを経て、俺達は結局それぞれの実家でクリスマス休暇から続く、長い年末を過ごすことにした。お互いをお互いの家に招くこともなく、ただの親友として別れの言葉を交わして離れて。
 そう、俺とゼノは表面上はただの親友だったので、そんなに深くはお互いの生活に関われなかったのだ。お互いの両親にカムアウトもしていない現状じゃあ(自分でも臆病だとは思ったが、もし受け入れて貰えなかったらと考えると一ミリも動けやしなかった)、いくら幼馴染だからといって、恋人でもない人間を家に招くことは出来なかった。
 そんな臆病な俺は今、年末を一人寂しく過ごしている。クリスマスには久しぶりに教会に行き、お袋が世話をしているらしい聖歌隊の歌を聞き、家に戻るとお袋手製のローストターキーやパイナップルグレーズドハムを食い、クリスマスを終えれば、いつもの休暇と同じく、親父に連れられて地元の射撃場に行って腕を磨いた。親父は俺の射撃を見て、この時初めてぽつりと、「もうお前に教えることはない」と言った。そりゃあそうだろう、と俺は思ったものの(俺は俺の腕を誇っていた)、それでも何となく寂しかった。親父に撃ち方を習ったのはつい最近のように思えるのに、俺はもう、彼と離れねばならなかったからだ。それくらい、俺が軍に入る時期は近づいて来ていた。ゼノと離れてもまた引き合う引力みたいな予感はあったが、自分が親から巣立つ時が近づいて来ているってことは、ちょっとこたえた。おまけに、親父は俺を乗せたピックアップトラックの中で、「お前は良いスナイパーになるよ」とまで言ったのだ。俺の人生を予言してみせた。しわの刻まれた、人生を噛み締めてきたそんな目元を細めながら。俺はそれにあんがと、って言って、それ以上何も言えなくて、窓の外を眺めた。
 クリスマスを終えた夕陽の差す住宅街からはイルミネーションが消えつつあり、祝日が消えつつある寂しさみたいなものがそこにはあった。俺はそれを見て、あぁ、ゼノに会いたいって思った。クリスマスにあいつがここにいたら、どれだけいいだろうって思った。でも、俺達はお互いの両親の前じゃあただの幼馴染で、ただの親友で、恋人同士じゃなかった。キスもファックもとうの昔にすませているっていうのに、俺達はまだ『ノーマルな』人間のふりをしていた。でも、いつか両親には言いたい。俺達を祝福して欲しい。それが今じゃないことは分かってはいたけれど、それでも分かって欲しかった。
「あの坊やは最近どうしてるんだ? 近頃見ねぇが、お前、ついに捨てられちまったのか?」
 そんなことを考えていた時、親父は笑ってそんなジョークを言った。俺は自分の心情を見透かされた気がしてちょっと戸惑い、でもそれを悟られないようにカーラジオから流れる古い歌に被せて答えた。相変わらず外を見ながら。
「そうかもね。ゼノは今も研究で忙しいからさ。ほら、NASAの入局が決まって家でパーティーしたじゃん? あれ以来俺に構ってくれねぇの。忙しい、忙しいって言ってさ」
「お前もじきに忙しくなるさ。軍に入って勲章でも貰えば恋人なんてすぐ出来る。寂しいのは今のうちだけだ。あぁ、避妊はしろよ。俺みたいな人生になっちまう」
 親父は煙草でしゃがれた声でそう笑って、カーラジオのボリュームを上げた。俺の答えなんて、聞きたくないっていうみたいに。俺が今、『あの坊や』に入れ込んで夢中になって、この人生をあの男のために生きてゆきたいと思っていることを見透かしているように。
 ずっと、親父の期待にこたえたいと思って生きて来た。いや、それが当たり前だと思って生きて来た。精密射撃大会で何度も賞を取って、いつかは軍人になる。でも、その先は? 軍人になって勲章を貰って、昇進して、退役して、そしてその先は?
 ラジオは歌を鳴らす。新年を祝う、そんな歌を流す。俺はそれを聞きながら、今にでも親父にカムアウトしたいって思った。でも、親父がそんなこと望んじゃいないだろうことも分かっていた。親父は俺に普通の幸せを望んでいる。お袋も多分そうだ。俺がゼノとの関係を忙しい時間の中で忘れて、軍で矯正されて、そこらへんの女と結ばれる未来を夢見ている。ゼノを大切に思いながら、俺が彼と引き離される未来を望んでいる。相反するのその感情を彼らが持ってしまうのは、きっと仕方のないことだ。そして、俺が結局は親を捨てるだろうことも、彼らは分かっているのだ。分かっていて、時間を引き延ばしている。いつか自分達を捨てる我が子に、つかの間の夢を託している。
 
 
「あぁ、ようやく帰って来たのね」
 夕暮れ時に俺と親父が家に戻ると、お袋はテーブルに座ったまま、タブロイド紙の料理ページから顔を上げてそう言った。俺はジャケットを脱ぎ、そんなお袋の頬にキスをして、ただいまって挨拶をした。そしてそれから家族で食事を取って、今年最後のシャワーを浴びた後には、早く寝るのよってお袋の声を尻目に自分の部屋に引きこもった。
 親父が何となく俺とゼノとの関係に勘付いているんなら、お袋も知っているんだろう。でも俺を普通に出迎え、今までと同じように振る舞う。それくらいしか、俺が子供のままでいられる方法はないから。
 俺はベッドに沈み込み、ジーンズに突っ込んでたスマホをいじった。するとその時、待っていたみたいにスマホが鳴った。俺はぱちぱちとまばたきをして、冷えたそれを耳に当てる。こんな時間にかけてくるのは一人しかいない。そもそも、俺の番号を知ってる奴なんて、そんなにはいなかったのだが。
 でも、何日ぶりだろう? 彼の声を聞くのは、一体何日ぶりだろう?
「ハイ、ダーリン、ちょうどシャワーを浴びたとこだぜ。どっかから観察してたん?」
「さぁ、どうだろう? 僕はようやく研究がひと段落ついたところで……
 何、年末まであんた研究してたん? ワーカーホリックすぎん? 俺はそんなふうにちょっと呆れて、でも、それがゼノらしいと思った。恋人より科学にお熱な男は少し憎らしかったけれど、俺は久しぶりの彼の声を何よりも嬉しく思った。そしてお袋の料理が美味かったこととか、射撃場で親父に褒められたこととかを一方的に喋った。ゼノも俺の分かりっこない研究について楽しそうに喋った。俺達は今年最後の夜を、お喋りで過ごした。まるで、沈黙が怖いみたいに。
「声が疲れてるね。ベイビーはもう眠いのかい?」
 そろそろ年も変わろうという頃、ゼノが言った。
「あんたのおしゃべりに付き合ってっとどうしてもね」
「おや、君は楽しんでいるとばかり思っていたが」
 思ってもないからかいを口にして、俺はゼノとくだらない言葉でじゃれる。久しぶりの声に、自然と目を閉じて、彼の顔を思い浮かべながら。
「そろそろ、僕達の街にも花火が上がるよ。窓から見る準備はオーケー?」
「あんた、祝い事に興味があるタイプだったっけ?」
 俺は笑いながら、でもそれでもベッドから立ち上がり、窓に近付く。新年の花火は、俺たちの街の名物だった。彼とは、まだ一緒に見ることは出来ていないけれど。まだおおっぴらに恋人らしいことは出来ていないけれど。
「五、四、三、二、一……
 ゼノがカウントを取る。そして、それと寸分の狂いもなく空が花火で染まる。ゼノは俺に今年もよろしくって笑う。俺はそれに、今年はあんたなしで過ごす時間が増えるんだろうなって思いつつ、よろしくって答える。
 今年俺は軍に入り、あんたはNASAに入る。そしたら、俺達はしばらく会えない。でも、親父達が期待するようにはならず、俺達は忙しなさの中でもお互いを思うことだろう。何なら、あんたが望むんなら、基地を抜け出してでも会いに行くことだろう。そう、今みたいにあんたが欲しくてたまらなくなったら、どんな手段を使っても、あんたを自分のものにするよ。
 俺は多分、いつかあの飲んだくれだが俺を愛し、銃の手ほどきをしてくれた親父や、退屈な人生の中、穏やかな信仰に救いを求めるお袋を捨てるんだろう。ゼノのために、自分の愛する男のために。それは決まった運命のように思えた。俺はそれくらい強烈な運命に、十一の頃に出会ってしまったから、もうどうにもならないのだ。
 俺はスマホを握り締める。俺達は、ほとんど何も喋らない。ただ電波で繋がっているってそれだけで、それだけで満足している。それくらい、俺は何よりも彼を愛している。自分を愛し育ててくれた人々を捨ててもいいと思えるくらい、強く強く、運命ってやつを愛している。



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