めーぷるしべりあ
2026-01-01 21:53:29
3404文字
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返礼

新年あけおめなりかいおです。「こたつ」から色々妄想しました。

 依央利が家中の部屋掃除を終えて共有スペースに入ると、炬燵には一人しかいなかった。いつも満員かそれ以上の人で膨れ上がりそうになるのに珍しい。
 ちょうど大掃除も一区切りついたし少し温まろうと依央利が近寄ると、その人は何やら考え事をしているらしくうーんと唸り続けている。依央利が傍に来ても気付かないらしく、真っ白な四角い紙と筆ペンを前にして尚も腕を組んでいる。
「りーかーいくん」
「わあっ⁉ あぁ、依央利さんか」
 ずり落ちた眼鏡を掛け直しながら、理解は「大掃除お疲れ様です」と居住まいを正した。自室でさえ掃除の手伝いをさせてもらえなかった彼の、せめてもの労いだった。
「何してたの? あ、これまさか年賀状?」
「そうです」
「ほんとに出すんだ……
 いつだったか皆の年末年始の予定が話題になった際、理解は年賀状を書くと話していた。前にも依央利たちに出したというが、そんなの覚えているわけがなかった。依央利の部屋では『方丈記』と共に箪笥の肥しになっているだろうか。
 相変わらずな理解の行動に再び引きつった顔を見せつつも、依央利は炬燵の布団を捲り、ごく自然な様子で理解の真横に座ろうとした。
「ちょっと、なんでわざわざこっちに来るんですか。他が空いてるでしょう」
「いいじゃん。こっちの方が奉仕しやすいの。はい詰めて詰めてー」
「全く……
 と言いつつ理解も年賀はがきとペンをずらしながら隣を空けた。そして今度はペンを取り、キャップを付けたまま紙面の上を踊らせた。炬燵の中に身を落ち着かせると、依央利は机にある皿から蜜柑を手に取った。へたの方から丁寧に、一枚繋がったまま剥いていく。
「理解くんは白いとこ取る派?」
「白いとこ? あぁ蜜柑のですか。私はそのまま食べますが」
「そう、じゃああーん」
「あーんってえっ、私が食べるんですか? てっきり依央利さんが食べるのかと」
「そんなわけないでしょー。理解くんは手が塞がってるから代わりに食べさせてあげようと思って」
 そう言って依央利は、摘まんだ一房を理解の口元に持っていく。理解が「自分で食べますから」と避けようとしても執拗に追う。とうとう冷たい果実が理解の唇に触れ、反射的に開かざるを得なかった。噛み締める度に不本意な甘味が口に広がる。
「どう? 美味しいでしょ?」
「ええ、まあ……
「まだまだあるからね! どんどん食べさせてあげるから遠慮せずいーっぱい食べて!」
「依央利さん!」
 次の実を運ぼうとする手を理解は制した。
「全くあなたという人は! そういうところを私はっ」
 しまった、とでも言うような顔で、理解は言葉を飲み込んだ。
「違うんです。何もあなたを否定するつもりはなくて」
 一方的に話を切られたのに、そんなことを言われても依央利は首を傾げるしかなかった。彼はただ、温まるついでに理解に奉仕しようとしただけだった。
「えぇっ? 僕何も理解できてないんだけど……あ、もしかして蜜柑苦手だった?」
「いえ、蜜柑は好きですよ。でもそういうことは軽々しく行うものではありません」
「なにそれー。別にいつもの奴隷としての仕事なんだけどな。ところでさ、これは誰宛てなの? 家族? それともこの家の人たち?」
 依央利は白紙の年賀はがきに手を伸ばした。指が触れる寸前に理解が両手ではがきを押さえ、鋭利な視線を依央利に向けた。
「ちょっ、何、いいじゃん教えてくれても。どうせこっちはまだ白紙なんだし」
「ダメです、こんな優柔不断なものを見せるわけには……
 消え入るような声だったので、依央利の耳には届かなかった。
 ペンを握ったまま頬杖をつく理解の目は、間近なものを見つめているようでずっと遠くの景色を眺めているようでもあった。この様子だと教えてくれそうもなかったので、依央利もそれ以上踏み込むこともしなかった。あわよくば年賀状の代筆も引き受けるつもりでいたが、そんなことを言わせない雰囲気を理解がまとっていた。
……日頃の感謝やこれからのことについて、年賀状なら淀みなく真っ直ぐ伝えられるかと思ったのに。どうしてこんなに悩んでしまうのだろうか。やはりこんな紙一枚きりじゃとても……
 依央利の横でブツブツと、理解は思いに耽り唸り始めた。体も十分温まった、し、これ以上彼に奉仕しても詮ないとみて、仕方なく依央利は炬燵から抜け出した。大掃除はまだ終わっていない。それが終われば今度は正月飾りの作成、おせち料理の仕込み、年越しそばの材料集め……依央利にもやるべきことはたくさんある。理解がそんなに悩む程の年賀状の中身も、それを受け取る相手も気にはなったが、台所の換気扇掃除に取り掛かった頃には忘れていた。

 元旦。年越しそばに顔面から突っ込みそうになっていた理解が今や誰よりも活発で、それぞれに年賀状を渡して回った。ある者はその場でいらねぇと床に叩きつけ、ある者はお年玉をせびり、またある者はその年賀状を抱いたまま薄く積もった雪に飛び込もうとした。
「はいテラさん。明けましておめでとうございます!」
「うわっ、本当に書いてたんだ」
「天彦さんも、明けましておめでとうございます!」
「理解さん、これは流石にセクシーが過ぎます。裏を覗いただけでお腹いっぱいです」
「ええっとあとは……
 残りの紙を両手でしっかりと掴んで、理解は家を探した。目当ての人物は洗面所にいた。
「依央利さん」
「ん? 何か用……あ、それ」
 依央利が手元のはがきを認めると、理解はわざとらしく咳払いをして一歩ずつ近寄る。そして両手で持ったまま、仰々しくはがきを差し出した。
「あっ、明けましておめでとうございます……今年もよろしくお願いします」
「ありがとう。こちらこそよろしくお願いします」
 しかし依央利が受け取ろうとしても、理解はなかなか離さない。「あの、理解くん……?」と依央利が困惑したように見上げる。
「年賀状を受け取ったら必ず返信を書くこと。いいですね?」
 いつも以上に真剣な面持ちで言うので、依央利も内心面倒だなと思いつつ「わかってるって」と返した。
「そ、それから、さっきは今年もと言いましたが、正確には……いえ、これ以上言うのは野暮ですね」
「へ?」
「と、とにかく必ず返信を書いて私に出す! それが礼儀ですからね!」
 理解はびしっと指を突き出して言い放つと、そそくさと出て行ってしまった。依央利の気のせいでなければ、彼の耳の先は紅く見えていた。
 洗濯機の稼働音を背にして、依央利は一人自室に戻った。あんなに強く言われては無碍にすることもできない。とりあえず読もうと思い「本橋依央利様」と書かれた面を返すが、何故か白紙のままだった。しかしよく見ると年賀状は二枚重ねになっており、めくると一枚は宛先も書かれていないまっさらな状態だった。
「理解くんからの命令だとしてもなー。『今後とも奴隷をご贔屓に』くらいしか書くことないけど。えーっとどれどれ……
 部屋の扉に凭れたまま、依央利は達筆な字で綴られた年賀状を目で追い始めた。新年を祝す文言から始まり、後は依央利に対する感謝の気持ちや気遣いの言葉が延々と続く。嬉しさよりも恥じらいや鬱陶しさが勝ってきた頃になって、最後の締め括りに差しかかった。
「『今年に限らず来年も再来年も、いや十年後もその先もずっと、依央利さんの傍に居させてください。奴隷としてではなく、本橋依央利のあなたの傍に。これからもよろしくお願いします。 草薙理解』、ねぇ。年賀状ってこんな感じなんだっけ? もう何年も書いてないから忘れちゃったなー」
 洗濯機が止まるまで、ひとまず返信を考えようと依央利はデスクに向かった。年賀状を見返して一人考える、なんで僕が奴隷でないことになってるんだろうと。ふと、記憶は二人きりの炬燵へと飛んだ。あの時理解が悩んでいた言葉は? 誰に何と伝えようとしていた? 今更そんなことを思い出しても依央利には分かりっこないし、どのみち関係のないことだ。
 依央利はその辺に転がっていたボールペンで、白紙の年賀状に最低限の新年の挨拶と「今後とも奴隷の本橋依央利をご贔屓に」とササっと、しかし理解に劣らぬ整った字で書いた。最後に「草薙理解様」と宛名も記すと、部屋を飛び出して理解を探しに行った。