接客商売だと休日が合わせにくいから友人を無くしやすいと言うが。元々友人なんてものがそんないなきゃ、気にするモンでもないだろう。
世間一般の休日とずれ込んでるほうが役所も銀行も行き放題でありがたいこった。
おまけに店が開くのはお役所が閉まった後なんだから、空いてる時に好き勝手ご挨拶で事は済む。
ただし、都合を合わせようとしなきゃいけない時は。やはり合わせるのに苦労することはあれど。
相手も似たような生活習慣であればそれほど苦労することはない。
「いらっしゃい。適当に靴脱いで座ってよ」
定休日の昼下がり。色々と都合がつかなくて、私の家に女を招くのは久しぶりだ。
会社やお役所勤めの連中が仕事に追われて定時の時間の針を待ちわびる中。私は気ままに楽しませてもらおう。
「外寒かったけど、大丈夫だった?」
急に冷え込んできたせいで風邪っぴきが増えて来たと聞くので、体調を気遣い声を掛ける。
気を付けていても電車に乗るだけで色んな菌を貰ってきてしまうこの環境じゃ、どこの阿呆が巻き散らしてるかも分からない。
「はい。今日の体調は万全ですよ」
玄関のドアを開けた時の表情などで、体調は悪くないとは分かっていても。急に何か来ることもある。
色々こっちで準備しているにしても医療従事者の技術には敵いっこないのだ。
今日うちに遊びに来た相手―魅須丸はスーパーの袋片手に玄関で靴を脱いだ。
夏場はやたらサンダルばかり履いてるが、流石に秋を過ぎればショートブーツになるか。
全然私の店に姿をみかけなくなって大分経っていたと思ったが。夏にひょっこり姿を現したかと思えばすぐにまた来なくなったりするから。
とうとう私がメッセージをスマートフォンで送りつけて、うちに遊びに来ないかと誘ったのが最近のことだ。
スリッパのような気の利いたものなどはなく。そのまま廊下を歩かせるのは申し訳ないが、うちには私の必要最低限のものしか置かないようにしている。
廊下といってもただの台所と流しを分けるための通路程度で、その向こうのドアを開けるとベッドと卓袱台程度の机と座布団があるのみだ。
下宿の学生だって昨今はもっといい部屋住んでるだろうと言われそうだが。どうせ根なし草に近い店主、物に縛られるのは癪でしかない。
「飲み物とか持ってくるけど、頼んだものは買って来てくれた?」
「はい、言われたものは」
あとでちゃんと精算しますからね、と言われたのでレシートは後で受け取るにして。
私が頼んだものをちゃんと買って来るのは意外だった。折角店主と客以上の仲になったのだからそれらしい事もしたいとは思っても。
どうも、私が魅須丸に頼むのが慣れてないこともあり。今回の買い物もなかなか頼むのに時間がかかったのである。
「ありがとね」
魅須丸はスーパーの袋から肴になりそうな乾きものやチョコレートを出す。
予算はこれくらいで最低限この肴は買って来てくれ、あとは好きに買っていいからということで買って来てもらったが。
ちゃっかりお気に入りのチョコレートは購入しているあたり抜け目はない。それは散々うちの店で食ってる奴だろう。
冷蔵庫から出したのは、一升瓶と、酔い覚ましのミネラルウォーターと、鹿の干し肉。
この前やってきたとんでもない来客、阿梨夜とユイマンから詫びでもらった酒を独りで飲むのも忍びないため魅須丸を呼び寄せたのだった。
龍さんにご馳走も考えたが。あまり贔屓をさせてるのが他の客にバレると面倒だし。
あの人悪酔いすると典ちゃんの自慢話が加速してうざ絡みになるので、正直それは避けたいトラブルであった。
その点魅須丸はいつもうちの強い酒を涼しい顔で飲んでる奴だから、日本酒もいけるだろう。
酔わせた所で私の家で酔わせる分には安全だし。色々都合も良い。そっちの準備も一応ベッドの中に忍ばせてはある。
忘れないようにと近所の和菓子屋さんで買った饅頭も腕に乗せて、魅須丸が行儀よく座ってる卓袱台の方に歩いていく。
「お待たせ。魅須丸日本酒もいけるよね?」
卓袱台の真ん中に阿梨夜達からもらった酒をどんと構え。酒盛りの始まりを穏やかな声で告げる。
カクテルを作ってるから自宅にも洒落た酒瓶をいろいろ揃えていると思われがちだが。仕事は仕事で私事は私事。
酒の研究の為に酒は買ったりはするが、あんな大量に酒を保管できるほど私の家は広くない。
「ええ……この地域のお酒がこちらで手に入るなんて珍しいですね」
「うちのお客さんから頂いてさ」
瓶のラベルを眺めながら魅須丸が言う。酒蔵の所在地を見て、あまりこちらで出回ってないと理解したのだろう。
鹿の干し肉にも興味があったようだが。それよりも私が用意した饅頭に心躍らせて、すぐにそれを手に取ってうっとりと眺めている。
「あと、このお菓子は初めてです」
「これ?ちょっと離れた所に和菓子屋さんがあるの最近地図アプリで見つけてさ。地元じゃ馴染みのあるとこらしい」
甘い物が苦手で菓子屋なんて目もくれない生活を送っていたため、全く気付いてなかったが。
魅須丸が来るようになって色々と探して見ると案外この地域にも菓子屋は多いようで。
試しに買いに行ってみると、人の良さそうな老年の店員が接客してくれる良い店だった。
饅頭以外にも地元に因んだ菓子も作ってるらしく、是非どうぞと言われたので次回は魅須丸を連れて行っても良いだろう。
「地元に根付くと言うのは良い職人がいる証拠です」
包装を解いて食べようとするので、酒は私の方で用意してやるか。水もたっぷりとついでやろう。
私も酒があるからと言って肴ばかり食べていてはいけない。酒を一杯飲んだら水を一杯くらい飲まないと危険だ。
夜型の生活ってだけで肌に悪い上に、飲み過ぎは体に良くないし。
日本酒用のグラスは二つ用意し、チョコレートをはじめ甘ったるいものを飽きるほどに置いた皿も前に置いてやる。
饅頭を頬張る魅須丸は、漉し餡の上品な甘さに感激しているようだが。
日本酒と和菓子の組み合わせも意外と合うだろう、グラスに酒を注ぎ飲んでみなよと促す。
「良いお菓子と良いお酒、職人同士の技の組み合わせは実に素晴らしい!」
包装の上に食べかけの饅頭を乗せ、猪口を一口。その味はなかなか悦に入るもののようだ。
洋酒入りのチョコレートがある以上、甘いモンが酒と合うとは分かっていても。私にはどうしても試す気にはなれないのだが。
手酌で酒を注ぎ透明な液体を眺めると。貰った酒は大吟醸なのか、良い香りが鼻腔を擽った。
匂いのままに口に含むと少し甘味があるが、耐えられない味とは全く違う。すっきりと飲める味だ。
「こんな酒をくれる客というのは中々ですね」
「まあね……でも、わざわざこんなでっかいやつにしなくてもいいのに」
カクテルに使えれば嬉しいけど。日本酒はカクテルに使いづらい酒なのは事実なのだ。
一升瓶用意して鹿肉もご丁寧になんて。育ちがいいのか、なんなのか。
公務員ってのはああいうもんなのか?本当あいつら何者なんだ。
「誠意というものでしょう」
「誠意ねえ……」
あれくらいのやらかしで、こんな誠意見せなくてもいいだろう。
もっと酷い事してる輩なんて腐るほどいるって言うのに。
酒をもう一口含みながら煙草を吸ってよいかと聞くと、構いませんと返されたので電子タバコのカートリッジを取り出す。
「山如の店に良い客が付いたのであれば祝うべきです」
あの二人は態度も礼儀も弁えており。謂わば良い客、なんだろうが。
手放しで安心できるとはどうしても思えないのだ。勘みたいなものではあるが。誰の紹介で来たかも分からないが。
あいつらがうちの店に来始めたら魅須丸は戻って来た。それに関連性があるなんて思えないけど。
あの二人が昔からそういう関係なら、そういう店に入った時に偶然見たりもありそうだが。ユイマンって奴の美人ぶりならその界隈で噂にならないわけないだろう。
阿梨夜ってやつがまず嫌がるだろうし。お互いがいれば出会いも必要はない。
「……まあ、そうだね。問題起こすような奴が入り浸るよりかはマシだ」
火を着けた煙草を吸い煙をほうと吐く。間抜けなくらいに空は穏やかで、変哲もない日常がそこにある。
「同じ客が来るのも大事ですが。不変過ぎては腐るだけでしょう」
自営業同士、経営の理念みたいなものはあるが。魅須丸が私の店の事について言うのは珍しく、でもその言葉はもっともだった。
変化がなければいずれ腐っていく。厄介事は変化ではあるが、何もないと私も新しい店を探したり、新しい酒を作ろうなどとは思わないだろう。
「そりゃ、ありがたいお言葉だ。魅須丸も何か最近は新しいもの作ったりしてるの?」
指輪が作れると言ったのは意外ではあったが、それ以外にも挑戦していることはあるのだろうか。
私たちの関係の変化は少し前に一気に起きてしまった分、緩やかにはなってきているが。いまだにコイツの住所は分からずじまいである。
どこに住んでいるのだと何度聞いても一族の決まりで教えられないと言うし。
こっそり後をつけて同じ駅で降りてやろうと思った時も、いつの間にか終点まで私が居眠りしてしまい駅員に心配された始末である。
あの時は別に眠たくも何もなかったのに気がついたら眠っていて。それ以降、私は魅須丸の住所を調べるのをやめたのだった。
事を急ぎ過ぎても意味はない。私の住んでいる場所を特定しようとする輩はいなくはないのだから、同じ愚かな行為を魅須丸にしてどうする。
「ええ。この前の仕事は慣れない作品を沢山作ったので本当に骨が折れました」
その作品は一体何なのかとは聞けないが。表情を見るに非常に誇らし気という事は、何かしら難易度の高いものだったのだろうか。
自分の腕には絶対的な自信を持っていて、貶されれば鞄でぶん殴るなどの暴力行為に出るこの女だが。
話していい仕事と、そうでない仕事の線引きと言うのは出来ているとは思うのだ。
話していい仕事というのは、雑誌などでモデルがそれを付けていて製作元も明かしている時などであり。
そういうのは知って貰うための情報だから、魅須丸も積極的に語るが。話してはいけない仕事の時は本当に、一切、語らない。
それはこのご時世に当然の行為であるため。私も客の情報は語ったりはできない。それは、お互いが仕事にプライドを持っているからだ。
あの阿梨夜が化石だの鉱石だの気になる言葉を言ってようが。その話は、口にできない。
だからいつかこの三人が店で鉢合わせるのを待って、その時の会話を眺めるだけだ。
「じゃあ今は、納期近いやつとかはないんだね」
「ありませんよ。あるにしてもこの私が納期を破るとでも?」
その自信たっぷりの台詞に苦笑しつつも。煙草を吸い切ったので、また酒を味わう方に戻る。この酒は本当に美味い。
肉に合わせてもどうかとユイマンがくれた鹿の干し肉を開けて一切れ噛んでみた。
鹿の肉なんてそんな食べたことはなかったけど。さっぱりとしてしつこくない味だ。
「その鹿肉も貰い物ですか」
「え?うん、一緒に食べてくれって言われてさ」
「……良い物を貰いましたね」
私も食べていいですかと聞いてきたので、勿論と答え食べるように促すと。
魅須丸はその鹿肉を一枚掴み、はむはむと齧り始めた。甘い物ばかり食べるので肉を食べるのは意外だったが、そりゃ肉くらい食うだろう。
「やはり一仕事終えた後の酒は良いものです」
そう言って魅須丸は嬉しそうに酒を飲み干すと、今度は私に飲むように瓶を持ち上げる。
こんな上機嫌になるのも珍しいな。一仕事終えたのって少し前だと思うんだが、よほどその仕事に重圧でも感じてたのだろうか。
グラスに酒を受ける。なみなみ注がれるその液体に、血は少しずつ沸くような感覚がする。ご無沙汰だもんな。
「その一仕事ってやつ、是非ともお目にかかりたいモンだね」
「もう私の手元にありませんから。渡した相手がどうするか次第ですよ」
魅須丸の仕事は相手に作品を納めることだしな。相手が芸能人とかなら、SNSで自慢するだろうけど。守秘義務がある所だったらそういうのは一般に見せないだろう。
それだけの労力をかけるような相手って言うのは何だっていうんだ。何だって、バーの店主である私には関係ないか。
酒が回って来たせいで思考が少し阿呆になってるのか。私はそれ以上は考えるのはやめて、また酒を口に含む。
なんだか、知りたいのに矜持を守って知ろうとしないことに固執してると。蚊帳の外のままで終わってしまう。
磐永阿梨夜に私の店を教えたのは魅須丸なんでしょう。どうして姿を現さなかったのか、どうして姿を現すようになったら阿梨夜とユイマンが現れたのか。
偶然しては出来過ぎているのだ。だけど、私はそれを知る術は自分からは掴めない。
「そういや、魅須丸。明日って予定あるの?」
「いいえ。特にはありませんよ」
その答えはそのままの額面通りに捉えていいのかは分からないが。
少なくともすぐに帰るってことではないだろう。もしも話がいろいろできるなら、この前相談したネックレスの事も話そうか。
「……だったらこの前相談したアクセサリーの件とかも話したいかなーって」
酒が入った状態でそんな相談上手くいくわけはなく。建前で探りを入れているのだが。
「デザインの相談は時間がかかりますが」
「大丈夫だよ」
そう言ってグラスを置くと、様子を伺うように顔を覗き込む。相手は口元に笑みを浮かべており。
長い間私をほったらかした割には別に申し訳なさも何もないというのは、明らかすぎて拗ねる気にもならない。
会いたいとメッセージを送らなかったから私と会おうとしなかったと言われれば、それまでのことだ。
「……要望次第では今日中には終わらないかもしれません」
「明日も店は夜からだから」
何かが変わっている。何かは変わっている。でもその何かを知ってるのはきっと、魅須丸だけで。
私に抱かれたくらいで教える軽率な女でもないだろう。それが悔しいから、それを確かめたいから、たっぷりと味わってやる。
続く
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