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みがきにしん
2026-01-01 20:19:46
5059文字
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彼方のあなたへ/目映さに焼かれる
ヒカセンに焼かれた人って多いですけど、正直闘士たちもそうだよな~と思って書いたお話です。
CPなしで書いたはずがめちゃくちゃ…ザ・タイラントの感情が重たいため、タイ光/光タイとして読んだ方が違和感がないかもしれません。
ヒカセンはしゃべりますが、容姿の描写はしておらず、口調も本編程度にしています。
――
名誉統一王者がそろそろこの国を離れるのだという。
教えてくれたのはかの人と最も縁の深いブラックキャットで、つい先程ジムを訪れた本人から直接聞いたそうだ。
それを共有した場所は闘士全員が参加しているグループチャットであったから、あっという間にチャット内は(ハニー・Bがいるからなどではなく)蜂の巣を突いたかのような大騒ぎになり、凄まじい早さでメッセージが飛び交う事態になった。
何せ、かの人はアルカディアの、そして闘士たち全員の恩人だ。魂蝕症が治ったのも、アルカディアが存続し変わらず人気を博しているのも、オーナーの意図の上でメテムに勧誘されアルカディアに参加した、かの人がいたからに他ならない。
かの人の本職は『冒険者』と呼ばれる立場であり、元来旅の中で暮らし、ひとところには長く留まらないのだとその人自身から聞いていても、そもそもかの人はいつも新生アレクサンドリア連王国にいるわけではなく、外の国で過ごしている時間もまたあることを知っていても、しばらく
――
その人が「生身の挑戦者」と呼ばれLH級に挑み始めた頃から、新生したアルカディアで「名誉統一王者」と呼ばれてからも
――
ずっと、アルカディアと関わりを持ってくれていた相手がいなくなるという事態は、闘士たちに少なくない驚きと動揺をもたらしたらしかった。
ザ・タイラントもまた、そのメッセージを見た瞬間は理解ができず、持ち上げていたダンベルを知らずのうちに下ろしてしまっていた。幸いだったのは、重いそれが手から滑り落ちることなく床に下ろせたことだったが、タイラント自身はそれに気付いてはいなかった。
「
……
いなくなるのか、貴様も
……
」
未だ発言が多く、流れの速いチャット画面を眺めてはいたが、それらの言葉の意味は頭に残らない。
ただ口から、らしくもない弱気な声がこぼれ落ちた。
「生身の挑戦者」こと名誉統一王者は、その座についてから試合にこそ出なかったが(出たところで全く勝負にならないからだ)、闘士たちのトレーニングや非公式のスパーリングによく姿を見せては、手合わせや指導をしてくれていた。
魔物の力に頼らず生身で、更にレギュレーターも付けずに闘うには技術がいる。
元駆除人であるザ・タイラントやハウリングブレード、ブルートボンバーのように、闘士になる以前にそういった経験をしている人間ならばいざ知らず、そうでない闘士たちは、一から戦闘技術を磨かなければならなかった(とはいえ、ブラックキャットを初めとしたクルーザー級までの闘士たちは、オーナーに誘拐されたユトロープとネユニを助けるために、かの人やハウリングブレードの指導の元戦闘訓練をしていたらしいが)。
だからかもしれないが、急に生身で闘うこととなった闘士たちの元には、名誉統一王者が出向き、向いている武器の選定から戦い方の指南まで、およそ生身の戦闘に必要な技術の伝授がここしばらく行われていた。
思えばそれは、かの人の責任感からの行動でもあったのだろうとタイラントは思う。経緯からすれば、ただオーナーの筋書きに巻き込まれただけとも言える。けれど、だからといって関わった人を放置しきれないのがまた、かの人らしいところでもあった。
そしてその指導の日々の中で、おそらく最も手合わせをしてもらったのは自分だろう、とザ・タイラントは確信を持って言える。
そしてかの人の力量を、その背の遠さを最も知っているのもまた、自分だろうと思うのだ。
ザ・タイラントは元駆除人であった頃から、ずっと複数の武器を使い分けて闘ってきたし、腕を当時から評価されていた。だからというわけではないが、魔物の魂に頼らなくなった今もそれなりに腕が立つという自負があるし、実際に新生したアルカディアでも未だ黒星を付けていない。
だが、そんなタイラントを以てしても、かの人の力量は測りきれずにいる。
正確に言えば、自分よりもずっと強いのだろうということははっきり分かる。が、それがどの程度なのか、どれほど努力すればそこにたどり着けるのか、それには何ヶ月、あるいは何年かかるのか
――
全く見当が付かない。
アルカディアの事件が解決したとき、ブラックキャットは無邪気に「いつか闘えるように必死で強くなる」と言っていた。その気概には心から同意する。かの人と肩を並べ、また闘えたらとタイラントも夢想する。が、同時に「それは何時になるのか?」と自問する心もまた強くある。
そしてこの思いは、おそらく他の闘士たちは未だ誰も抱いていない。力量が離れすぎていて気付けていないのだ。自分たちとかの統一王者との距離がどれほど離れているのか、その背がどれほど絶望的に遠いのか。
ある程度の戦闘経験があったが故に、ザ・タイラントだけがただ一人気付いている。
――
これから全ての時間を生身で闘う技術を磨くことに賭しても、それでも尚届くか分からない、かの人のことを。
生身で闘うというのは、魔物の魂を利用していた時に比べればとにかく制限が多い、とタイラントでさえ感じる。攻撃をするにしても防御を選ぶにしても、回避行動を取るにしても、魔物のそれには全てが圧倒的に劣るからだ。
武器を振るう力は魔物のそれに比較できないほど弱く、防御をしたとして守り切れる攻撃は少なく、回避をするにしても体力を消耗する。だから生身で闘う時に雑な攻撃や回避行動は許されない。常に正しい選択をし続けた先に勝利がある。
それはまるで、終わりの見えない細い棒の上をひたすらに歩き続けるようなものだ。落ちれば途端に負ける。それどころか、下手をすれば死ぬ。そんな背筋が冷えるような世界で、ずっとあの統一王者はレギュレーターもなく生きてきたのだ。
だから筋力、肉体が持つエーテルの性質、皮膚の厚さといった生得的なもの、それらを外的な装置で埋めていたその年月を、今となってザ・タイラントは少し後悔する。
かつてアルカディアの王者として生きていた日々にも努力はしていたし、その日々自体に後悔はない。が、もう少しだけ手が伸ばせなかったのかとは思う。いつか自身の力だけで闘う日が来るのだと、その日を目指すのだとオーナーから聞いていたのだから。
だがその頃は、例えその日が来ても自分は十分に闘えると思っていた。かつてそうしていたのだからと。今もトレーニングを欠かしていないのだからと。けれどそれは結局、ひどい自惚れだった。
タイラントはもう知ってしまった。かの人を。その闘いの目映さを。そして軽やかに先を行くその背の、とてつもない遠さを。
それでもまだ時間があると勝手に思い込んでいた。まだ努力する時間は十分にあるのだと、明日も明後日もその先もかの人は居てくれるのだと、独りよがりにもそう思っていた。
あの頃と同じだ、とザ・タイラントは自嘲する。オーナーに筋書きを明かされ、協力を申し出た時もどこか、オーナーがそれによって死ぬことを、アルカディアが大きく変わることを、心から納得しきっていたとは言い難い。
結局その実感が押し寄せてきたのはオーナーと闘っている時だった。だからこそ動揺し、攻撃の手が止まり、そして何度も負けた。そして「生身の挑戦者」と出会った後、かの人と闘っている時に、これまでの日々が終わることをようやく理解した。
自分はいつも遅すぎる。理解も、努力も、足りないうちに全ては動いていく。
そしてかの人もまた、もうすぐ去って行く。アルカディアに名前と伝説だけを残して。
それでも、いや、だからこそ努力を怠るわけにはいかない。グループチャットが大騒ぎになった翌日、ザ・タイラントはいつも通りにヘリテージファウンドへと向かった。かの人がもうすぐ居なくなり、そして今日明日には決して追いつけないとして、努力を辞める理由にはならない。
これまでと同じトレーニングでは何時まで経ってもかの人には追いつけない。それが分かっているから、生身の統一王者が誕生した日からずっとタイラントは、生身の駆除人として魔物を狩り続けていた。
今日もまた蓄雷増幅施設に行くか、それともユーペ円形農場の周辺の魔物を狩るか。いずれにせよ一度アウトスカーツに寄って、増えてしまった魔物や、新たに討伐対象になった魔物や機械がいないか、住民に確認した方がいいだろう。
そう思ってソリューション9を出たところだった。
「ザ・タイラント?」
不思議な騎獣に乗った渦中の人が、声を掛けてきたのは。
そういえばかの人はそういう人間だった。アウトスカーツまでの道のりを並んで歩きながら、ザ・タイラントは内心思った。壁にぶつかった時、困っている時、不思議と向こうから訪ねてきてくれる。これまでも自分の実力がどれくらい伸びたのか分からず焦っていた日や、思うように動けず消沈した日などにやってきて、何度も手合わせをしてくれた。
「貴様は
……
なぜここに?」
尋ねれば相手は少し笑って『挨拶をしに』と言った。
「また旅に出るから」
何か返事をしなければと思ったが、タイラントの口から出たのは、溜息のような『ああ
……
』という相槌だけだった。
ブラックキャットの情報に嘘があるとは思っていなかったが、やはりそうなのかと分かれば胸が重くなる。
「生身の統一王者」はもうすぐいなくなる。その輝きだけを残して、この国を去る。
「もう
…
新生アレクサンドリア連王国に
…
ソリューション9には、来ないのか?」
そしてアルカディアにも。言外にそう滲ませれば、かの人はそんなことはない、と首を振る。その様子に少し心が軽くなったが、続く言葉にすぐまた落ち込んだ。
「ただ、しばらくは来れないかもしれない」
どれだけ長い冒険になるのか分からないから、との返事に、タイラントはどうにか『そうか
……
』とだけ呟いた。
ザ・タイラントは知らない。
目の前の相手がどう生きてきたのか。どんな道のりの中で、あれほどの強さを身につけたのか。そしてこれから、どんな道をどう生きていくのか。
「
…………
」
そして、聞くだけの権利がないこともまた知っていた。
もちろん、あるいは聞けば教えてくれるのかもしれない、これまであったことを。けれどきっとそれらに対し、自分はただ圧倒されるばかりだろうということもよく分かっていた。
何せ相手は、レギュレーターもなしにいくつもの国を渡り歩き、生身で闘い生きてきた人で、こちらはこの国を出たことすらなく、少し前まで魂というリソースに頼って生きていた。その経験には、おそらく天と地ほどの差がある。
ザ・タイラントは自分に内心ひどく腹を立てた。
情けなく、悔しい。オーナーがこの人を選び、そして見事打ち倒したときも同じように思ったのに、自分は全く追いつけてもいないし、この人がいなくなる日までに追いつける気もしない。いや、いなくなった後だってきっと同じだ。
生身の駆除人としてここしばらくずっと闘ってきた。何度もこの人にも手合わせして貰った。その度に思い知らされる。
――
この人の背はどこまでも遠い。そしてこちらはどこまでも未熟だ。
それを思えば、知らず下を向いており、足も止まっていた。
少し先を行くかの人の足もまた止まっている。
追いつきたいのに、足は岩のように重い。大丈夫だと答えたいのに、唇は硬直したかのように動かない。
行かないでくれと言いたくなると同時に、もう放っておいてくれとも言いたくなった。それなのに追いつきたくてたまらない。遠くて、眩しくて、眩しすぎて、苦しい。生身の挑戦者という人に負けた日から、ずっとあの目映さが脳裏に宿って消えてくれない。
「タイラント」
かの人が自分を呼ぶ。ゆっくりと顔を上げれば、相手は微笑んでいた。
「大丈夫、また来るよ」
その遠い彼方からはっきりと声が届く。
いつまでも、自分を待っていると言うように。
どうにか足を動かしアウトスカーツに着いてから、ザ・タイラントは手合わせを申し込んだ。かの人は軽やかに笑い、そしてもちろん、と引き受けてくれた。
手加減をしてもらっても当然負けたが、もうタイラントがそれを思い悩むことはない。
――
かの人の背中は目もくらむほどに遠い。けれど、その彼方で相手は待ってくれている。ならば、行かない理由などない。
あの輝きこそが、自分の道しるべなのだから。
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