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月希
2026-01-01 15:00:04
3788文字
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夢小説
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優しく苦しい、小さな世界
荀彧・荀攸に囲われる話。
※夢主はアプリ女主、トリップ設定あり
※軟禁、(共)依存など不穏不健全
※pixivにも載せてます
2025/04/22
格子窓から差す微かな曙光で目が覚める。
まるで冷たい水底に沈殿した泥のなかから浮上するように、意識は明瞭さを得て、やがて”わたし”を形どった。
――
朝か
……
。
のろのろと重い身体を起こし、大人三人が優に眠れる広々とした寝台の上で独り、薄闇を見回す。
住人の数に見合わぬ広々とした部屋、設えられた品の良い調度の数々。窓辺には常に外の季節を感じられる草花が飾られ、書も衣服も宝飾品も、十二分なほどあった。
――
昔よく遊んでた、お人形さんの家みたい。
少女だった時分、欲しいものや憧れを詰め込んで作った、自分だけの理想のお家。大人になった今その只中にあっても、心は満たされない。ただ虚しい箱庭だ。
今日もまたこの部屋で、代わり映えのない一日が始まる。漏れそうになった溜息を飲み込んで、寝台から下りるべく足を下ろす。
だいぶ白くなった自分の足首に黒鉄の枷が絡みつく夢を見るようになったのは、いつからだったろう
――
夢の中、重く冷たい枷に繋がれたわたしは満足に歩く事すらできなかった。
黒鉄は肉に食い込み、骨が悲鳴を上げるがごとく軋む。戒めから逃れようとも、融接された金属を解く術はない。
それでもどうにか地べたを這いずり、自由を求めて手をのばす。そんなわたしをあざ笑うかのように枷から伸びる太い鎖がじゃらじゃらと大きな音をたて、焦燥を煽る。
――
あのひとたちに気付かれてしまう。連れ戻されてしまう。
……
二人にまた、あんな顔はさせたくない。
どくどくと早鐘を打つ心音が、よけいに冷静さを奪っていく。早く逃げなきゃ。気付かれてはいけない。でもわたしがいなくなったら、彼らはどう思うだろう
――
頭のなかは支離滅裂で、激しい動悸から、は、はっ、と獣のような喘ぎが喉から絞り出される。
訳の分からないまま必死にのばした手が、不意に骨張った男の手に掴まれる。その手は一つではなく、二つ。
「「どこへいかれるのですか?」」
片や清く涼やかで、片や低く泰然とした、しかしどちらも感情を含まない男の声が聞こえた瞬間、夢の世界からはじき出されるのだ。
「傭兵殿。起きていらっしゃいますか?」
「っ!?」
かけられた清涼な声
――
荀彧殿の声と扉を叩く音にはっとして、顔を上げる。
知らず、敷布を強く握りしめていたらしい。汗ばんだ手のひらに触れる絹のひんやりとした滑らかさが、少しばかりの冷静さを与えてくれた。
「朝餉の用意が出来ました」
扉越しの荀攸殿の声も夢と同じ、いつも通り淡々としている。
そう、二人は普段と何ら変わりない。わたしだけがこの毎日に違和を感じている。
「
……
起きてます。今行きます」
靴を履き、上着を羽織って扉を開ける。荀彧殿も荀攸殿も柔和な笑顔でわたしを迎え、食卓まで手を引いてくれた。わたしは介添えが必要なほど偉くも、幼くもないというのに。
「今日も良い天気ですよ」
「食事を終えたら庭に出ましょう。ちょうど藤が見ごろです」
道すがら、二人は外の様子や最近の出来事を話して聞かせてくれる。
春の陽光めいた温かな、それでいて愛おし気な眼差しに幸福を感じないわけじゃない。大切にされているのはわかるし、守られているのもわかる。
でも
――
「どうされました?」
「傭兵殿、どこか具合でも悪いのですか」
考えに耽り返事をしなかったからか、心配そうに表情を曇らせた二人がわたしの顔を覗き込んでくる。
荀彧殿は憂い顔でも綺麗だなとか、荀攸殿が感情を露わにするのは珍しいなとか。頭の片隅でそんなことを思いながら笑顔を作り、首を横に振った。
「だいじょうぶです。朝ごはんのことを考えていただけなので」
「ふふ、あなたらしいですね」
「あなたのお好きな物を用意してあります」
「ありがとうございます。楽しみです」
大好きな二人に本音を取り繕う歪さを覚えながら「どうしてこうなってしまったんだろう」と、飽きるほど繰り返した問いをまた、自問する。
荀彧殿とも荀攸殿とも、同志として良好な関係を築いていたはずだ。乱世を終わらせるべく曹操殿のもと協力し合い、幾つもの戦いを経て来た。
常に命の危機と隣り合わせの時代で緊張感は尽きなかったけど、充足はしていた。元の世界にいた時よりもずっと生きている実感はあったし、誰かのために行動したいという意義も感じていた。それなのに。
――
なにがいけなかったのかな。
下手を打って大けがをしてから、元より過保護だった二人がよりいっそうわたしを危険から遠ざけるようになった気はする。
それとも政治的ないざこざに巻き込まれそうになって、足を引っ張ったから?
傭兵として他の武将に随行することが増えて、軍師である二人と行動することが減ったから?
わたしがこの時代の人間ではない
――
遠い未来の別の国から来たと、いつかは帰りたいと打ち明けたから?
切っ掛けになり得る事象を並べ立ててみても、わたしには憶測しか出来ない。答えは荀彧殿と荀攸殿しか持ちえないのだ。
『我々が必ずこの乱世を終わらせます。ですからあなたにはここで、私たちを待っていて欲しいのです』
切実な様子の荀彧殿にそう切り出されてから、一体何日経ったのだろう。
『今日からここがあなたの居場所です。金科玉律
……
あなたは俺たちが守ります。絶対に』
強い決意を宿した荀攸殿の目は、いまでもはっきりと覚えている。
二人の申し出を断り切れず受け入れたのは、わたしだ。今更不満や文句を言える立場ではないのはわかっている。けどやっぱり、邸の奥深くに幽閉される日々は退屈だった。
荀彧殿と荀攸殿以外に話し相手になってくれる人はいない。人を雇っていないのかわたしと出会わないようにしているのか、下男下女の姿は見た事がない。
外出も直接的に禁じられたわけではなかったが、やんわりと否を示唆されていた。
一度暇に耐えられずこっそり邸を抜け出したことがあったけど、戻った時に劣勢の戦場でも見た事がないくらいに取り乱した荀彧殿と荀攸殿に強く強く抱きしめられた。震える声で無事を喜ばれた時に、もう二度と二人にこんな思いをさせたくないと思った。
あれ以来、大人しく邸で籠の鳥に甘んじている。
どちらか在宅であれば庭には出してくれるし、求めれば好きな物を買ってきてくれる。ただ、どれだけ請うても戦場には連れて行ってもらえなかった。
――
戦いに戻ったところで、もう武器は振れないかも。勘も鈍っているし、体力だって衰えてる。このままここで、二人とずっと暮らすのかな
……
。
ふと庭に目をやれば、自由に空を飛ぶ小鳥たちが目に入った。戯れるように鳴き、踊るように中空に輪を描いている。
――
いいなぁ
……
。
思わず漏れそうになった声を、慌てて飲み込んだ。
邸内と外界とを隔てる高い壁越しに聞こえた噂話によれば、わたしは荀家に娶られたことになっているらしい。その相手が荀彧殿なのか荀攸殿なのかはわからない。それとなく二人に話を振っても、はっきりとした答えはくれなかった。
この状況を享受し、心の底から受け入れてしまえば、楽になるのかもしれない。
庭を彩る数々の花を愛で、夜には月を肴に酒を酌み交わす。希少なはちみつを用いた甘味に舌鼓をうち、豪奢な装身具に身を包んで、至れり尽くせりの日々を送る。
まるで、大切に大切に可愛がられる愛玩動物の心地だ。今日も明日も知れない爪に火を点すような暮らしを強いられている民が多いことを鑑みれば、この状況を不満に思うことは罰当たりなのだろう。
でも、二人からの好意に溺れ甘い甘い暮らしを良しとしてしまえば、わたしの存在意義はどうなる? ただ安寧と日々を過ごし、荀彧殿と荀攸殿からの愛を注がれるだけの存在になることを、そんな自分を、わたしはまだ許せない。
「
――
こちらにお座りください」
いつの間にか、目の前には羹や蒸した魚、果物等が並んだ卓があった。食欲をそそる良い匂いに惹かれるままに、荀彧殿が引いてくれた椅子に腰かける。
「好きなだけ召し上がってください。あなたの幸せが、俺たちにとっても幸福なのです」
「公達殿の仰る通りです。冷めないうちに、どうぞ」
荀攸殿が食べ物をよそってくれた皿を受け取り、勧められるまま荀彧殿から手渡された箸をつける。
柔らかくほぐされた魚の身は口の中でほろほろと崩れ、わたし好みの味付けが舌の上に広がった。
「おいしい、です」
思わず頬が緩んだわたしを見て、二人が嬉しそうに目を細める。そんな些細な事が、嬉しい。そう感じてしまうわたしも、もう引き返せないところまで来てしまっているのかもしれない。
ぼんやりと思考しながら、ひたすらに咀嚼を繰り返す。
本当は、荀彧殿と荀攸殿を説得して元の関係に戻りたい。また戦場を駆けて、乱世を終息するため力を振るいたい。
何も出来ないままただ待つのは性に合わないけど
……
わたしは軍師二人を説得できる言葉も策も、持ち合わせていなかった。
果たしてどれが”わたしの本音”なのか。ぬるま湯に浸り続けるための言い訳ではないのか?
だんだんと、自分の考えが鈍っていっている気はする。でもこの状況を脱する術がないから
……
諦観からそう帰結して、また今日も同じ毎日が繰り返されていく。
*終わり
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