Mary37memo
2026-01-01 13:01:40
3022文字
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変わりゆく世界

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
ムトイフ書き納め出来なかったので、新しい年を迎えるときエピソードを書いてみようと思って、つらつら書きました。勝手に婚約しています。心の底から自己満足しました。

まだ暗い夜空が世界を包み込み人々の眠りを守る頃、少しだけ目を覚ましたイファは、自分を温めるぬくもりを自覚して小さく驚いた。
途中から記憶が曖昧だが、一緒に年を越す約束をしていた恋人と、まあそういうことになって、多分自分が途中で気を失ったのだろうと推測する。燃え上がった愛の痕跡はきれいに整えられて、これまた記憶にないがちゃんと清潔な寝巻きを着せられて、その腕の中に大事そうに収められて目覚める朝。過剰な幸福感と恥ずかしさに、表情筋は迷子になっている。誰に見られているわけでもないが、イファは両手で顔を覆って、一度長く息を吐き出した。

「一年の終わりと始まりを、イファの一番近くですごしたい。これから先もずっと」

などと、ロマンチックを装ったムトタの誘い文句。一応、ムトタとはただの恋人ではなく、婚約をしている仲だ。これから結婚して一緒に暮らすことになれば必然的にそうなるだろうとは思っていたのだが、物理的にこんなにも近くという意味だったとは……。その意図に気づいた頃には、イファも引き返せないくらいその気になっていたので、結果的に素晴らしい夜を過ごしたのだが。

背中に感じる自分よりも少し高い体温が、夜明けが近いひやりとした空気の中で心地よく、昨夜、火傷しそうな熱さで触れられた時とはまた違う幸福が、じわりじわりと肌から染み込んでくる。もう一度瞼を閉じてこのまま眠りに誘われてしまおうかとも思ったが、時計を見ると、朝の五時半を過ぎたあたり。もうすぐ、今年最初の黎明が訪れる時間だ。

背後から聞こえる寝息は規則的で、ムトタはまだぐっすりと眠っているようだ。もともと寝起きも良い方ではないし、昨日も記憶にあるだけで三回はした。意識のない時のことはわからないが、その上イファのお世話も完璧にこなしてくれた恋人の健やかな眠りを妨げるのは忍びない。イファは起こさないようにムトタの腕をすり抜けて、羽織物を手に取ると外へ出た。

まだうっすらと星が瞬き、時計を見なければ夜だと認識するような暗さ。族長邸のある高台から見下ろす花翼の集も今は静まり返っていて、いつもの賑やかさが恋しく思う。

この部族の賑やかな人々に祝福されて、イファはムトタと結婚する。今年は、そういう記念の年になるのだ。恋人の時間が終わって『家族』になる。同じ家に帰り、同じものを食べて、一緒に眠る。忙しく働いて寂しさを我慢する夜も、離れがたく帰路につく朝も、これからはなくなるのだ。二人でいることが当たり前になって、目覚めた時に自分を包む温もりにも驚かなくなっていく……はず。

徐々に空が白んできて、朝日を迎えるように小鳥たちが鳴き始める。明るくなっていく空を見つめながら、イファはその瞬間を待った。
今はムトタの一挙一動に翻弄されてばかりだ。婚約者になってからは、ムトタは人前でも愛情を隠さずに触れてくる。姿を見つければ甘く微笑まれ、近くにいる時は必ず腰か肩にその腕を回す。そのまま髪に口付けられるか、至近距離で頬に手を伸ばし隈の確認をされるのだが、どれも未だに意識してしまって、受け止めるだけで精一杯だ。若干の挙動不審を伴った反応しか返せなくて情けない。本当はもっとスマートに受け止めたいし、自分だって愛情表現を返したい。俺を選んで良かったと、ムトタが感じられるくらいには。

濃紺の夜空に混ざり始める白が、その色を薄く、でも確かに滲ませていく。やがてグラデーションにあたたかな暖色が混ざり、紫からオレンジがかったピンク色へ。刻一刻と色を変えていく空を飽きることなく眺めていると、ついに力強い赤が、水平線を燃やして現れた。夜と朝はしばらくの間だけ混ざり合うことなく、お互いの境界線を曖昧に保ちながら赤と青に空を分けて寄り添っていた。そのコントラストの美しさに息を飲む。何だか、重大な分かれ目に自分が立っているように感じた。

「この時間の空が一番好きだな」

急に言われて後ろを振り返ると、いつの間にそこにいたのか、ムトタもこの黎明を真っ直ぐに見つめて立っていた。

イファも、この空が好きだと思った。夜から朝へと変化する空が、まだお互いの色に染まりきらずに同時に存在するこの時間は長くはない。この短い時間にしか味わえない、心を揺らすような景色を愛しく思う。
『恋人』と『家族』の境界線も、こんなふうに曖昧で、そして今しかない美しさがあるのだろうか。いつまで経っても翻弄されてばかりの俺だけど、このソワソワと落ち着かない、こそばゆい時間を嫌いだと思ったことはない。嬉しくて、どこまでも浮ついてしまいそうな心を持て余して、どんな顔をしたらいいのかわからなくて、それでも満ちていく幸福を余す事なく食べ尽くしたい。ムトタが俺に向ける愛を、ひとつも取りこぼしたくないんだ。
目線を朝焼けの空から俺に向けて、ムトタがこちらへ歩み寄る。そのままギュッと抱きしめられて、冷えた体にその体温を分けてくれる。ムトタの匂いに包まれて、聞こえるはずのないキュウと胸が鳴る音が聞こえた気がした。

「私の腕の中に閉じ込めておいたはずなのに、黙って抜け出すなんて寂しいな」

また、キュウと音が鳴る。拗ねたような口調と、頭に口付けている気配。族長の顔とは違う、甘えたがりの恋人の顔に、また俺の表情筋が迷子になり始めた。

「わ、悪い、よく寝てたから……

ムトタのこういう一面も、結婚して、家族になったら変わるのだろうか?心臓への負担は軽減されるだろうが、何だか寂しい気もする。俺もムトタも、これから少しずつ変わって、いつか両親のような静かにお互いを尊敬し慈しみ合うような姿になれるのだろうか。そんな未来も早く見てみたいような気もする。

……ムトタ」

呼びかけると、ムトタが少し体を離して俺の顔を覗き込んでくる。よく見ると、その頬には枕の跡らしきものが残っていた。いつもの凛々しい族長姿とのギャップに思わずフッと笑ってしまった。この無防備な姿をこれから数えきれないくらい目の当たりにして、俺たちは『家族』になっていく。ムトタが隠さずに見せてくれる全部を、恥ずかしがらずに受け止められるようになるにはまだ少し待ってほしい。甘く揺らされるこの時間も、まだ味わっていたいんだ。
キョトンとする顔の枕の跡に手を当てて、その唇の端にキスをする。多分唇にキスをもらえると思ったのだろう。ムトタが顔を傾ける動きを回避して唇の端を狙ったから、キョトン顔に焦れたような色が浮かぶ。

「今年もよろしくな、ぁっ」

そう言い終わらないうちに俺の足は地面から離れ、逞しい腕に抱きかかえられて体が宙に浮く。

「うん、今年はこれまで以上によろしくしたいから、覚悟しておくように。手始めに、さっきのキスはベッドでもう一度やり直してもらおうかな」

そう言いながらスタスタと部屋に戻ろうと歩き出す。

「えっ、あ、待ってくれ、昨日散々……っ」

「私たちにとって記念となる年が始まったんだ、今年のイファには去年以上に愛を伝えると誓うよ」

ドアをくぐる時、昇り始めた朝日が眩しく集落を照らし始めた。温かい祝福を浴びながら抱かれた腕の中は、まだまだ落ち着く気配のない翻弄の日々とその幸福の匂いがしていた。
黎明はいつしか朝日の色に溶けて、そこにはまた刻一刻と変化する、美しい空が広がるばかりだった。