ある年の大晦日、奇跡的に簓の生放送出演が無かった。
十二月の始めに簓が喜び勇んで盧笙に報告した時、盧笙は「まさか何かで干されてたりするんとちゃうか?」と大層心配したが、そうではないとのこと。
「某歌合戦には出るんやけど、いっちゃん最初の方の出番で、通天閣からの曲紹介と御当地キャラとの絡みで終わりやねん! 今年は
時短で応
じたんだ~! 言うて!」
「部屋の温度下がったんやけど」
「いけずぅ! まあせやからロケ終わったら、そのまま合流できるで!」
冷たい返しにも満面の笑みでダブルピースだ。ほかの出演番組も録画で完了させるらしい。
ほんなら
…と盧笙は安堵したが、そのための根回しに費やした簓の労力と己の少しの助力に思いを馳せ、横で聞いていた零は日本酒を多めにひとくち含んで味わった。
「もう寿司屋の前にいるぞ
…っと」
裏ナンバで零と落ち合い、簓から連絡が来るまで立ち飲み屋ですこし前哨戦。今日の朝から簡単に終わらせた大掃除の最終工程について話し、零からは洋館の掃除の大変さについて語られた。今年は数年ぶりに真面目に取りかかったらしく、他人を入れられるところには業者を呼んだが2日かかってしまったそうだ。そうこうしているうちに簓からグループメッセージが来たので、彼贔屓の美味い寿司屋に移動することになった。
立ち飲み屋を出て零がメッセージを送った直後くらいに、賑やかな声が聞こえてくる。
「ろしょー! れぇー!」
ほっぺたを赤くして走って来た簓は、そのままの勢いで盧笙にしがみついた。通行人は振り返りはするものの、みな大晦日の忙しなさと興奮に浮かれ、緑のニット帽をかぶった緑の髪の男が誰かまでは詮索せずに歩き去っていく。
「ダッコちゃんかおのれは」
「今日もうぎょ〜さん喋ったから、あとは黙って盧笙のダッコちゃんなるわ」
「無理だろうなあ」
「無理や〜! ふたりと飲んで喋るためにはよ終わらしてきたのに〜!」
嬉しそうな顔を肩口にぐりぐり擦り付けてくる簓の頭を雑に撫でると、元気なやっちゃと笑いがこぼれる。怒りでも、呆れでもない。それを見とめて簓もひときわ嬉しそうに微笑んだ、ように盧笙には見えた。
「
……まあ、お疲れさん」
「うん! ただいま!」
予約の天谷奴だ、と店に入っていく零をふたりでゆっくり追いかける。
簓の冷えた指が盧笙の親指を握った。年が変わる前のこの時間に、簓に好きなようにさせてやれることを、盧笙はじんわりと噛みしめて喜んだ。
盧笙には多少珍しい薄赤茶の酢飯に、大将が選んだ特別新鮮で小洒落たネタを堪能し、日本酒をちびちびやりながら隅っこの席でいろんな話をした。
くだらないネタから、海外情勢、国内の胡散臭い動き。先日生徒が相談したいとカラフルなタブレットを持ち込んできた話をしたときは、零にまた別日に俺の家で聞かせろとウインクされた。
たっぷり数時間居座って、盧笙の終電30分前、揃って店を出た。店自体は元旦の朝まで開けているらしく、まだ注文している人間もちらほら。元気だねぇと楽しそうに笑う零に、盧笙は声をかける。
「今日はどこに帰るんや?」
「ん〜? まあ最寄りの館だな、あそこが一番落ち着くまであるしな」
「大掃除もしたし、か?」
「え、あっこ大掃除したん? 零ひとりで?」
「おいちゃんも師走にゃ走らされる方の人間でなあ、そんな時間はねぇのよ」
「詐欺師は数年前に返上したやろが」
零はわははと笑ってコートのポケットに手を入れ、しまった煙草切らしたわ、と呟いた。
「コンビニ寄って帰るからよ、お前さん達はふたりで愛の巣に帰りな」
「なっ
… あ
……ほ!」
真っ赤になって絶句する盧笙に嬉しそうに笑って、簓がふたりの腕を組む。
「れぇ、寂しないんか? 俺らは初日の出まで一緒に見るつもりやったけど!」
「せ、せや、なんやったらこのまま三人で近所の神社行ったらええやないか」
「おいちゃんももう年なのよ、徹夜は辛くてな〜。また改めて誘ってくれや」
嘘つけ、こないだ夜中の3時に誤メッセージ送ってきたのはどこの酔っ払いや。盧笙は口から出しかけた文句を、賢明にもぐっと飲み込んだ。
三人腕は組んだまま、のらりくらりと躱され歩いている間に駅に着いてしまった。
確かに、少し前から盧笙と簓が何年か越しの両片思いを実らせて付き合い始めたのは事実だったが、だからといって零をはぶるつもりも無い。しかし「付き合い始めの時期は今しかねーんだから、堪能しろ堪能」と言われてしまうと、ふたりに返す言葉はなかった。
さっさとタクシーを呼んで帰宅してしまう零に大きく手を振って、黒い車体が見えなくなってしまってから、簓はふうっとため息をついた。
ため息だろうか? 呼吸を整えたようにも聞こえる。
「
……さて、ほな俺らも帰りますかね。愛の巣に」
「あほ」
「んへへ
……俺ん家でええ?」
「お前しばらく家帰ってへんのちゃう? 地獄みたいになってへんやろな」
「わっからん! やから着いてきて!」
ああ、また、あのひときわ嬉しそうな笑顔だ。
骨ばった長い指に手首を取られて足早に歩き出す。駅に続く商業施設は全て閉まっていて、開放されている通路をぱらぱらと人が歩いている。白い光が視界を焼いて、簓の髪の色素の薄い部分をきらきらと光らせた。何年後かに、この見慣れたナンバの風景を特別大切に思い出すのだろうとぼんやり考える。
じっとりと冷えた空気に晒されていた鼻と耳が痛い。簓に触れている左腕だけがぬくい。
簓のマンションに着いたら、湯船を洗って、お湯を張って、それから
……
「簓」
「うん?」
簓は盧笙を少し見上げて小首をかしげた。
「簓。これからずっと、よろしくな」
自分が気持ちをぶつけると、簓がぴかぴかと笑う。
隣でその光を浴びていたい、願わくば、ではなく、そうしてみせるという誓いをこめて。
来年も、その次の年も、ずっと先も、一緒にいられますように。
謹賀新年
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