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モノクロ
2025-12-31 23:15:11
5676文字
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素敵なクリスマスディナー
大遅刻なクリスマスな老カウ、しかもまだ書き切れていません。
どうにか12月にすべりこませたくて切りがいいとこまで載せました。残りは年明けの自分に頑張ってもらいます。
ちゃんとパッピーエンドになるのでご安心ください。
俺は今、全速力で走っている。
……
なんでかって? そりゃ目的地に今すぐにでも辿り着きたいからだ。だからマスク越しで上手く酸素が吸えなくても、そのせいで肺がツキリと痛んでも足を動かすことを辞めようとは思わない。むしろもっと早く動けと舌打ちをした。目的の場所が目と鼻の先になってようやく強張っていた身体の力を抜いて緩やかに走るスピードを落としていく。そうしてやっと辿り着いた花屋の前で息を整えるためにゆっくりと深呼吸をした。
町の外れにある小さな花屋、ここが俺の目指していた場所だ。はやる気持ちを抑えつつドアを開ける。
「いらっしゃい」
柔らかな声に出迎えられ、ほんのりと甘い香りが鼻をくすぐる。俺は沢山の花たちに囲まれながらこちらを笑顔を向ける女主人にトレードマークのカウボーイハットを脱いで頭を下げた。
「マーサ、俺にケーキ作りを教えてくれねぇか」
~~~
俺がジイさんに話しを持ち掛けたのは十二月に入ってすぐだった。
「
……
今月の二十四日って空いてんのか」
「なんだ、藪から棒に」
「俺が急に話し出すのはいつものことだろうが。で、空いてんのか空いてないのかどっちなんだよ」
「
……
別にこれといって用事はないが」
「よっしゃ!
…………
あー、違う。別に喜んでなんかない。これはただの掛け声だから気にするな。でもそうか、空いてんのか」
「だったらどうした」
「俺が晩飯作ってやるよ! こう見えても料理作るの好きだし得意なんだぜ。グラタンに、マッシュポテトに、七面鳥に
……
ジイさんって七面鳥派? それとも鶏派? 俺は七面鳥推しだけどアンタが鶏の方が好みだって言うんなら、」
「待て、勝手に話しをすすめるな」
「予定ないんだろ? ならいいじゃねぇか。なんだよ、期待だけさせといて実は駄目でしたってことか? おいおい、そりゃあんまりだろ。言って良い冗談と悪い冗談の区別がつかないくらいボケちまったってのか?」
「はぁ、
……
好きにしろ」
「いっ、いいのか!?」
「どうせなにを言っても好き勝手やる気だろ、なら諦めた方が早い」
「ずいぶん素直じゃねぇか!美味いもんたっぷり作ってやるから楽しみにしとけよ、じゃあな!」
簡単な回想シーンはこれで終わり。つってもこの会話はほんの二時間前ぐらい前のやつだ。俺はジイさんの家を出た後、脇目も振らずにマーサの営む花屋へと駆け込んだ。
マーサは若い頃に旦那を病気で亡くしてからずっとこの花屋を切り盛りしてきた女主人だ。小耳に挟んだ話だが、若くして未亡人になった彼女には山のような再婚依頼の手紙が毎日きたそうだ。それは素直に納得できる。今でこそ皺が目尻や口元にくっきりと見えるがそれでもマーサの笑顔は人を惹き付ける魅力がある。自分のことを「おばあちゃん」だと言っているがこんな町外れの花屋が今でも繁盛しているのがその証拠だ。
――
あと、俺なんかのことを「坊や」と呼ぶ肝っ玉の持ち主でもある。
「急にどうしたの、坊や」
マーサの声にハッとして俯いていた顔を上げた。不思議そうな顔してこちらを覗き込む彼女の視線から隠れるようにカウボーイハットを顔の前に持ってくる。そうしてやっと落ち着いてからジイさんとの会話をマーサに伝えた。
「あら、あらあら」
楽しそうなマーサの声にぐっと喉を詰まらせる。
……
こういうのは苦手だ。楽しそうなマーサには悪いが彼女が想像しているようなロマンティックな展開になることは爪のかけらほども無いってのに。
「
……
マーサ」
一人で盛り上がる彼女を咎めるように名前を呼ぶ。
「大丈夫よ、坊や。きっとあなたが思ってるよりも素敵な日になるわ」
くすくすと笑いながらマーサは俺のカウボーイハットを手に取りポール状のコートハンガーの一番上に乗せた。
~~~
俺は今、ジイさんちのキッチンに立っている。
――
だがジイさんは家にはいない。
約束をしていた二十四日、俺は言った通り晩飯を作るためにジイさんちを訪れだ。そしたらどうだ、あのクソジジイ。俺の顔を見たとたん驚いたように目ん玉をひん剥いて「本当に来たのか」なんて言いやがった。俺は自分で取り付けた約束を破るような男じゃない。
……
まぁ、たまに、頭やらどこかしらをぶち抜かれて記憶が曖昧になることはあるけど、それはそれこれはこれ、だ。しかも俺がなにも言い返せないでいるとジイさんは「ちょっと出てくる」ってコートとマフラーを引っ掴んで出て行った。
信じられるか? 出て行ったんだぜ、この俺が約束通り飯を作りに来たってのに。歓迎はされなくともそれ相応の対応はしてくれると思ってた俺からすればダメージはそこそこデカい。しょうがないから予定通りキッチンをお借りして今に至る。
「あンのクソジジイ、帰ってきたら問答無用で部屋の飾りつけさせてやる」
食材以外にもこの殺風景な部屋を彩る装飾品を馬鹿ほど持ってきた。どんなに嫌な顔をしても絶対にやらせると息巻いていると手に取った調味料の缶からカラカラと軽くて高い音がなった。嫌な予感がする。祈るような気持ちで缶の中身を確認するとそこには小さなスプーンしか入っていなかった。この缶には見覚えがある。昨日、準備をしている時に中身がなかったから詰め替えたはずだったんだが
……
どうやら持ってくる方を間違えたらしい。
「
……
マジか。こんな簡単なミスするとか浮かれすぎかよ」
あんなに忘れ物はないかって確認したってのに肝心の中身が入ってなきゃ意味がないだろ、昨日の俺。
「マーサんとこにあるかなぁ」
ここから一番近いのはマーサの花屋だ。きっと料理好きな彼女なら俺が欲しい調味料を持っているはず。でもこの場から離れるのは
……
まてよ、別に鍋の火は消して行くし、鍵がかかっていないとはいえ、あのウルヴァリンの住処に泥棒だのそういった奴らが近付くか? それにここは山奥だ。普通の人間がここまで来ることはそうそうない。鍋の火を消して念のために持ってきた食材をもう一度確認した。よし、無いのはさっき手に取った調味料だけみたいだ。ほっと胸を撫でおろし、外へ出る。
「うっし、行くか」
とっとと行って、とっとと戻ってきて続きをやろう。幸いなことに今日は晴れているし風も強くない。上手くいけば一時間程度で戻ってこれるはずだ。
誰だよ上手くいけば一時間程度で戻ってこれるはずだった言ったのは、俺だよクソったれ。
問題も、大問題。なぜかジイさんがマーサの花屋の店先にいる。そして俺は少し離れた木の陰に隠れている
……
なにが起こってるんだ? あのジイさん、花なんぞ買うようなタイプじゃないだろ。季節柄の挨拶って言ってもわざわざ店にまできてやるモンじゃない。なら、なんでジイさんはここにいるんだ?
――
もしかして、マジで花を買いに来たのかあのジイさんが?
ぐるぐると考えているとマーサが小さな花束を持って店から出てきた。
「ごめんなさいね、待たせ
――
かしら」
「別に
――
ない」
距離があるからか二人の会話がよく聞こえない。
「
――
は素敵な
――
になるわね」
「どうして
――
」
「まぁ、
――
坊やが
――
」
マーサの口から俺の話題が出てきてビクリと肩を揺らす。おいおいおい、辞めろよマーサ。しっかり口止めしなかった俺も悪いが頼むから黙ってくれ。
「それは
――
が勝手に
――
んだ」
「あらあら、
――
じゃないのね」
「
――
迷惑だ」
空気が詰まってひゅっと喉が鳴った。ドクリドクリと心臓の音がやけにうるさく感じる。たぶん、マーサが今日は俺が晩飯を作ってるんだろうって言って、それに俺が勝手に言ったんだってジイさんが返して、それで、それで
――
「迷惑だ」頭の中で響いた声にぎゅっと胸が締め付けられる。そうだ、ジイさんは迷惑って言ったんだ。
ジワリと歪む視界の中でそのまま二人を眺めているとジイさんはマーサから小さな花束を受け取ってこちらに背を向けて去って行った。どこに行くんだ、ジイさんの家は俺が来た方向にあるってのに。
――
もしかして女だろうか。ここ最近、浮ついた話は聞いていなかったが
……
あのジイさんが柄にもなく花束なんぞを買い求めたんだ。きっと相当惚れているんだろう。
なら始めから面と向かって迷惑だと言ってくれたほうがマシだった。そうすればマーサにケーキ作りを教わりに行かなかったし無駄な期待もしなかった。始めから言ってくれれば
……
あぁ、言えなかったのか。俺がジイさんの返事をちゃんと聞かずに無理やり話を進めたから。もしかすると俺が予定を聞いた時はまだ意中の女を口説いていた途中だったのかもしれない。それで最近になってようやくその女がジイさんを受け入れて
――
「
……
馬鹿みたいだ」
口から零れた声はいつもの俺からは信じられないくらい小さくて震えていた。
道中のことは全く覚えていないが俺はいつの間にかジイさんの家に戻ってきていた。
テーブルの上に並べられた料理達をじっと見つめる。
「
……
迷惑、かぁ」
口から出てきた言葉は自分でもわかるほど小さくて、掠れていて、落ち込んでいた。
わかってはいた、わかってはいたがずっと目を逸らしてきた事実だった。今日という日を楽しみにしていたのは俺だけだってことは、本当は初めからわかっていた。だって俺から話を出して、ジイさんから予定がないって言質を取って、そこに付け込んで家に押し入った。この流れの中でジイさんは一回も「楽しみだ」なんて言わなかった。顔を合わせればいつも以上に眉間に皺を寄せ、口も開かず、どこを探しても嬉しそうな感情は見当たらなかった。それに俺が今日、家に行ったら驚いてたじゃないか
……
もしかするとあの顔は驚きじゃなくて嫌悪だったのかもしれない。いつだってそうだ、俺はいつだって独りよがりのクソガキだ。
しばらくぼんやりとしていたがじわじわとジイさんの家に戻ってきた理由を思い出してきた。
「
……
片付けねぇと」
グラタンも、マッシュポテトも、食材を入れてきた麻袋に皿ごとぶち込んでいく。ぐちゃだのべちゃだの不愉快な音が聞こえてきたが無心で机の上にあるモンも、キッチンに置いてあるモンも手あたりしだい片付けた。
最後に残ったのはチーズケーキと赤ワインだった。その二つを何度も麻袋に入れようとしたが
……
結局できなかった。だってこれはマーサが俺に教えてくれた死んだ旦那との思い出がたっぷりと詰まったケーキとワインだからだ。さすがの俺にだって良心と罪悪感くらいはある。でもここには置いていけない。それに早くしないとジイさんが帰ってきちまう。
……
まぁ、女のとこに行ってるだろうから帰ってくる確率のが低いが、それはそれでこっちに都合がいい。だがどうしたもんか、これだけは他と同じように麻袋に入れるわけには
――――
そうだ、マーサんとこに持って行こう。
作り方を教わった時に年を取ってから一人で食べるのが大変になったと言ってたじゃないか。俺が作ったやつだから気に入ってくれるかはわからないが
……
たぶん彼女なら受入れてくれるはずだ。「いらっしゃい、坊や」なんて言いながら歓迎してくれるかもしれない。
チーズケーキと赤ワインを気まぐれで持ってきていた、そこそこ綺麗な白い箱に入れて慎重に腕に抱える。すっぽりとおさまったそれに思わずくすりと息が漏れた。そしてチラリと麻袋を見て「ごめんな」と小さく呟いた。
腕には白い箱、そして隣には無造作に地べたに置かれた麻袋。麻袋は何重にかしたから汁だの油だのは漏れてないと思うがさすがに中には持って入れない。それに地べたに置いたモンは汚えだろ、どう考えても。
……
待てよ、汚えのが中に入れないなら俺もじゃないか? ドクリと心臓が跳ねる。マーサの営む花屋のドアを開けるのにここまで緊張したことはあっただろうか。喉がカラカラに渇き、ドアノブに伸ばしていた手が震える。
俺は、ここにいちゃ駄目なんじゃないか。でも他に行く場所なんて思い付かない。自分の家に帰る? ンなの鉛玉の無駄使いだ。こめかみぴったりに愛銃をくっつけてぶっ放す未来しか見えないし、このケーキとワインをそんな血みどろパーティー会場に招待するわけにはいかない。なら、どうすれば、俺は、俺は
――
「あら、坊やじゃないの」
さっきまであんなに重そうに見えていたドアがカランとドアベルを鳴らしてあっさりと開いた。そしてそこからマーサがちょっとばかし驚いた顔をしてこちらを見上げている。
俺はそんなマーサから少し顔を背けて口を開いた。
「すまねぇ、マーサ。せっかくお膳立てしてくれたのに台無しにしちまった。聞いてくれよ、あのクソジジイ待てども暮らせども全くもって帰ってくる気配なんぞ毛ほどもありゃしねぇ。どうせ今頃、好みの女としっぽりずっぽり一緒にいるんだろうぜ。そうならそうって言ってくれりゃあ俺だってこんな、こんな
……
っ、一人で、勝手に」
震える唇を噛みしめた。マーサの前でこんな情けねぇ姿晒す気なんぞこれっぽちもなかったのに勝手に視界がぼやけやがる。
――
あぁ、クソったれ! そうだよ、俺はいっちょ前に傷ついてんだ! 勝手に予定を決めて、勝手に舞い上がって期待して、いつも勝手に振る舞ってた罰が当たったんだ。俺なんかがジイさんの隣に立てるだなんてそんなのは叶わない願望だったんだ。
そりゃそうだ、俺はジイさんにとっちゃ迷惑なクソガキなんだから。始めから俺の望みは叶うわけがなかった。
「坊や、ここは寒いでしょう」
いつの間にかマーサが俺の両頬に手を添えていた。マスク越しにほんのりと伝わってくる熱に沈んでいた意識がハッキリとしてくる。
「こんなに冷えるまで気付かなくてごめんなさい。さぁ、早くいらっしゃい。温かいココアはいかが?」
「
…………
マシュマロは?」
「ふふっ、もちろん入れるわ。今日は特別にみっつ、ね」
俺はマーサに促されるまま大人しく店の中へと入った。
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