orikoriko1125
2025-12-31 22:58:40
4594文字
Public カキゼイ
 

三界への出奔

怖い姉が嫁に行っていないから年末年始実家でのんびり過ごそうと思ったらウザい義兄がなぜかいた
↑ここまで副題

カキゼイなのにぜゆは全然出てこない

 一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなった。夢の中でも仕事をしてたから。手元にあったはずのアカデミーに提出する書類がなくて、焦ってぐるりと見回した景色はバスの中。 
 そうだ、やっと仕事も収めて最低限の荷物と実家へのお土産を詰めたキャリーを引っ張って、パルデアを発ったんだ。キタカミへ向かうバスは一日二本。あのクリニックの車内広告、俺が小さい時からずっと同じ。
 悪夢の影響は少しづつ消えて、ふうと深呼吸すれば見慣れた風景が飛び込んできて長旅の疲れも吹っ飛ぶ。色は塗り替えてるけど、ずっと変わらないバス停。
 ただ珍しいことにキタカミにいないポケモン、カイリューが近くをふわりと飛んでる。野生でもこんなとこまで飛んでくんだな。
 でもじいと見てたらこの子が俺の知ってるカイリューであることに気がついてしまった。
 やっと落ち着いたはずの心臓が急にばこばことうるさい。なんで、嘘、気の所為であってくれ。停留所、通り過ぎねえかな。
 けどここは終点。当然のように止まるし、停留所のベンチにはよく見知った男が、ひらひらと俺に手を振ってきた。

「なしておめえがここにいんの!?」
「よお、長旅おつかれさーん! にーちゃんが迎えに来てやったんだからもっと喜べって」
 一緒に降りたのはお隣の娘さん、俺たちをチラと見て会釈したのでそれに倣う。
 カキツバタのカイリューが嬉しそうに俺の周りをチョロチョロ、これはかわいい。
……ねーちゃんは? 今年はキタカミに帰らねえって言ってたべ」 
「ゼイユはイッシュ。オイラの実家にいる」
「なして!?」
 今年この男と結婚した、うちのねーちゃん。なんでカキツバタなんかと付き合って結婚したのかは、俺には理解できねからもういい。不思議なことがこの世界にはいっぱいあるのは身を持って知ってるから。
 で、ニューイヤーのホリデーは新婚らしく二人でパルデアで過ごすっていうのは聞いてた。
 だから俺は久々にキタカミの実家で、うるさい姉にアゴで使われることなくゆっくり年末年始を過ごせると思って仕事さ頑張ったんだ。
 まさかウザい義兄が来てるのはエスパータイプでもわからねえ。
「まあまあ、家に戻るまでゆ〜っくり話すからよ。長え話だ……
 寂しげに白いまつ毛が伏せられる。何があったのか、全く予想もつかなくてそのただならない様子に頷くしかできね。
「喧嘩しちまって、一緒に過ごすの嫌だからって怒って一人でイッシュに行っちまった。……しゃーないからキタカミ来た」
「短いし、全然意味わかんないべ!」
 まだスイリョクタウンの入り口にすら着いてない、目の前の電線にはヤンヤンマが異常に止まってて心配になるくらいたわんでる。
「そーゆことで、オイラは昨日からおまえさんたちの実家に世話になってんのよ」
 空港でばーちゃんに電話したときはなんも言ってなかった、最悪のサプライズ。
 いつの間にかキャリーはカキツバタが引いてて、道中すれ違ったご近所さんにも普通に挨拶して返されて。たった一日で馴染んでる姿に、こういうことはすげーなって改めて思う。尊敬するようなことは昔も今も一秒足りともないけども。
「ただいま〜。ばーちゃん、スグリ帰って来たぜい」
「ただいま……。なして言ってくんなかったの!!」
「カキツバタくん、ご苦労さま。スグリちゃん、おかえりなさい」
 半年ぶりに会ったばーちゃんはいつもより若干、浮足立って見える。理由は明白で、カキツバタがうちの家族と初めて会った時「オイラ、ばーちゃんいないんで嬉しいっすね」とかほざいたお陰で、ばーちゃんは一瞬で陥落したらしい。こんな奴を軽々敷く家に入れんな。
「疲れたでしょう。お茶煎れるからね」
 再び、カキツバタと二人きり。うちのちゃぶ台に肘付いて座る姿もやたらと馴染んでて、最早元々この家の子のような風格すら感じさせる。
「ねーちゃん、迎えに行かねえでいいの?」
「うーん……。そうしてぇのはヤマヤマなんだけど、オイラの実家にオイラの味方がいなくてねぃ。悪もんはほとぼりが冷めるまで、雲隠れ」
 菓子盆のせんべいを取るとばり、と噛んだ。噛むことすら億劫そうにしてたのに、大人になったんだなと感心した。いや、せんべい喰って感心されるってどんな人間性だ。
「おお、スグリ。おかえり」
……ただいま。畑行ってたの?」
 縁側から顔を出したじーちゃんの籠には野菜がいっぱい。じーちゃんもやっぱり嬉しそうにしてる。
「カキツバタくんとスグリに食べさせてやろうと思ってね」
「じーちゃん、ありがとさん。ばーちゃんのとこ持ってくな」
「悪いね」
 よっこらせ、と立ち上がって当たり前のように籠を受け取る。これじゃカキツバタが本当の孫以上に孫だ。ねーちゃんは実家にいれば尻と座布団が一体化してるような女だし、俺だってそのねーちゃんが今回はいないから、動かないつもりで帰ってきた。
「全く、ゼイユはこんないい旦那さんがいて何が不満なんだ。向こうのご実家にまで押しかけて……
 居間のテレビでは古いドラマの再放送。可愛らしい若妻が姑にいびられて、泣きながら長い廊下を水拭きしてる。うちのねーちゃんはこんなこと絶対しねえ。いびられたらいびり返す、百倍返しだ。
 スマホロトムを呼び出して、ねーちゃんにメッセージを送る。なんでカキツバタがいるんだよ、という怒りは『仲良く過ごしなさい』と原因である自覚が全くない返信しか来なかった。
「そんなことしなくていいのに! 座ってなさいよ〜」
「いや、ばーちゃん一人で大変だろぃ。いっつもゼイユと二人でやってっから」
 野菜を持って行ったまま、ばーちゃんの夕飯の手伝いまで初めてまるで孝行孫息子。
 一人で暮らし始めて料理がこんな大変だって思い知った。ペパーにしょっちゅう心配されて、アカマツに少しづつでいいよ、なんて色々教えて貰ってる間にカキツバタはねーちゃんの尻に敷かれた結果を発揮してる。俺はお手伝いなんてロクにしたことなかったな。大変だ、このままじゃ尊敬してしまいそう。
 いつもウキウキのばーちゃんが豪華な食べ物を用意してくれて、俺はそれを当たり前に貰うだけ。でもお手伝いする? と聞いても二人に休めと言われて、今日はそれが居心地悪い。テレビの中の若妻は相棒のウルガモスに命じて、婚家にだいもんじを打っていた。

「はい、お待たせ! 熱いから気をつけてね」
 夕飯は俺の大好きなメニュー、いつもなら帰ったその日はねーちゃんが好きな物が並ぶからちょっと新鮮で嬉しい。
 矢継ぎ早にじーちゃんとばーちゃんから近況の質問があって、食事の合間に答えて、それ眺めてるカキツバタがなぜか一番嬉しそうに笑ってる。考えるのも非常に悔しい感情が出てくる。
「カキツバタくんから見て、スグリはちゃんと……できているのかな」
 じーちゃんから水を向けられたカキツバタが、一瞬止まる。俺も止まって、またバス停に到着した時みたいに落ち着かない気分。
 カキツバタとねーちゃんが付き合ってるのが、ほんの少し嫌だったのは、あの頃の俺のむしゃくしゃをぶつけてたから。
 そして謝っても「謝られることされてねえから」なんて躱されて。ねーちゃんとは別の種類で頭が上がらない。
……スグリは昔も今も、誰よりも楽しくポケモン勝負して、努力家で。頑張り屋すぎてちぃーと心配にゃなるけど、ものともしないタフさもある。ずっと自慢の後輩で義弟っすね」
 じーちゃんとばーちゃんのカキツバタを見る目が益々キラキラするし、俺は居た堪れないのとめちゃくちゃ嬉しいのに脳が忙しい。鍋が熱いフリして顔を仰ぐ。
「スグリちゃん、よかったわね。小さい頃にお兄ちゃんが欲しいってずっと言ってたでしょう」
「夢が叶ってよかった」
 そして非常に悔しい感情を思い出させて来た祖父母と、ニヤニヤしてるカキツバタに囲まれてその後は必死に目の前の料理をかき込むしかできなかった。

「なして俺の部屋で寝てんべ」
「客間は片付け中で、ゼイユからは「あたしの部屋に入ったられいとうパンチ喰らわすから」って言われてんだよ」
 言わなきゃバレなそうなのに律儀に守る姿に、コイツもねーちゃんが怖いのかと愉快になる。そして俺もねーちゃんが怖いせいで、姉の旦那と枕並べるハメになった。
 オレンジ色の灯りを眺めながら一日を振り返って眠りにつく癖のせいか、ちょっと珍しいシチュエーションのせいか、カキツバタが起きてるのを確認して呟いた。
……カキツバタの方が本当の孫みえてだった。俺、もう大人のつもりだったけど……まだまだだべ」
「本当の孫だから、座っててのんびり過ごしゃいーんだって! 孫娘の亭主が単身来たら気も遣うだろぃ。お手伝いするくらいでちょうどいいってもんよ」
……ねーちゃん、カキツバタの実家でお手伝いとかすんの?」
「しねえだろ。ゼイユは綺麗だから居るだけでみんな喜ぶし、ドラ孫息子が帰ってくるよりいいだろ」
 ふわあとあくびの声。やっぱりあのねーちゃんが他所の家で他所の人に気を遣うなんて、全く想像できねえ。迷惑かけてそうなのは想像つく。
「それによ、スグリ。もし本当に大人だったら、年末に嫁に逃げられてねぇから……
「それもそうだな。……頼むから明日迎えに行ってやって、きっと引っ込みつかなくなってると思う。それに、カキツバタのじーちゃんもおめーがいねえと寂しいだろうし」
 隣ではは、と笑う声が聞こえて「世話焼けるヤツばっかで参っちまう」と呟く声がオレンジの闇に消えていった。
「それにしても、なんだか修学旅行みてーだねぃ。恋バナとかする〜?」
「死んでも嫌」

 隣にカキツバタがいたせいか、やたらとよく寝れて目が覚めたのはいつもよりずっと遅い時間。隣の布団に包まってる男を揺さぶると「……はえーよ」と文句を言う。
 叩き起こして一緒に居間を覗くと、信じられないものがいた。
「あんたたち何時まで寝てんのよ。朝ご飯全部食べちゃうわよ」
「ねーちゃん!?」
 当然のようにいる、けどいつ来たのか。確かに朝一のバスの時間は過ぎているけど。数日ぶりに見ても見た目も性格もうるさいのに、この家のちゃぶ台に座る姿はやっぱり一番様になってんな。
 手に持ったみかんを一房、口に放り込むと勢いよく俺たちへと向かってきた。
「こんな美人の嫁が来ても、ドラ孫息子がいないとみーんな寂しいみたい! しょうがないから連れ戻しに来てやったわよ」
 最後まで尻に敷かれてるべ。ねーちゃんを見てからきまり悪そうに俺の後ろにいたカキツバタが、ゆらりと出てきた。
……世話が焼けんのはオイラか。悪かったな」
「本当に! 高くつくわよ」
 昨日の夜、余計な気ぃ回したのバカみてえ。仲直りは一瞬で終わったらしくて、こういうのなんて言うんだっけ。イワンコも食わねえ?
 手を繋いで帰る二人を見送って、やっと俺の平穏と休暇が来てくれた。せいせいした、寂しく感じるのは気の所為。お手伝いするのもまねっこじゃねえから。

 それにしても喧嘩の原因がカキツバタがねーちゃんの楽しみにしてた高いアイスを知らずに横取りした、というあまりの下らなさに引き続きこの先も尊敬しないと固く誓った。