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みすみ
2025-12-31 20:39:43
3361文字
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負けず嫌いな子ども
ハッピーホリデーarhmシャアム
頬を撫でる風が冷たい。
ひとり社屋から出て立ち止まり、シャアはマフラーに顔を埋め靴の先に視線を落とすと、大きなため息を吐いた。今日も定時で退社することができなかった。
きらきらとシャンパンゴールド色に輝くイルミネーションが美しいオフィス街をのろのろと歩く。
――
アムロに会いたい
……
。
この数週間、心の中で何度繰り返したのか覚えていない願いが今日もシャアの頭の中を占めていた。
以前はライバル会社の開発担当のエースだったがすっぱりと仕事を辞め、いまは悠々自適な生活を送るアムロはともかく、ネオ・ジオンの商品開発部本部長という役職に就くシャアはこのところ多忙を極めていた。一時期は居留守を使われるほど頻繁に食事や遊びに誘っていたシャアがアムロと会う時間を捻出できないのだから相当だ。
夜空を見上げ、アムロに最後に会ったのはいつだっただろうと考える。そうだ、あれは先月のシャアの誕生日だった。今日のように雲が少ない月がよく見えた夜、珍しくアムロに誘われ、珍しくアムロの自宅に招かれ、シャアはアムロに誕生日を祝われたのだった。
その日、アムロの家は以前訪ねた時よりもきれいに整えられているようにシャアの目に映った。わざわざ掃除をしてくれたのかもしれない。あのアムロが、シャアのために。アムロは用意したシャンパンを開けると、シャア好みのオードブルとケーキと赤い薔薇の花を前にシャアにプレゼントを渡した。照れ笑いを浮かべたアムロに「誕生日おめでとう」とプレゼントされたネクタイを、シャアはいまだに箱から出せずにいる。使うのが惜しいのだ。
アムロがシャアのことを考えてすべてを用意してくれたことへの喜びと同時に、シャアが知り得ないいまのアムロを形成した過去の人間関係や経験のすべてを呪った日。これまでアムロはどんな人間を好きになり、付き合ってきたのだろう。その人間になにを乞われたのか、どう触れたのか。考え始めると気が狂いそうだった。
普段大雑把なアムロが案外記念日を大切にする男だということをシャアが知ったのは、ふたりが付き合い始めてからだ。当然、クリスマスについても話に上がったが、シャアが忙しいことを察したアムロにさらりと話題を変えられてしまった。ああ見えて、気が回る男だ。かつて自社を業界のトップにまで押し上げるヒット商品を開発しただけのことはある。
「ん?」
ふと振り向くと、ちょうど路肩に車が停まった。タクシーだろうかと足を止め、見慣れた真っ白なオープンカーに目を見開く。迎えを頼んだ覚えも、迎えに行くと言われた覚えもない。シャアは一瞬だけ、疲労の末に見えた幻覚を疑った。会いたいと強く思っていたひとが突然目の前に現れたのだ。咄嗟に幻覚を疑っても仕方ないだろう。
「アムロ
……
」
「お疲れさま。ほら、早く乗れ」
「えっ、あっ、ああ」
弱々しく名前を呼んだシャアに、アムロは普段と変わらない様子でハキハキと行動を促した。シャアは慌てて車の助手席に乗り込む。ヒーターの熱が背中や足もとを暖め、自然と身体の力が抜けた。アムロが横目でシャアがシートベルトを締めたことを確認して小さくうなずくと、ペガサス号は心なしかいつもよりゆっくりと発進した。
「突然どうしたんだ? 約束はしていなかっただろう?」
「いつもいきなり誘ってくるやつに言われたくないな。たまにはいいだろ。そんなことより、今日もこんな時間まで仕事なのか?」
「仕事がなかなか終わらなくてね」
いつもと同じトーンだったが、アムロからは労わる気持ちが伝わってきた。
「夕飯は? もう食べた?」
「いや、まだだ」
「どこかに寄ってなにか食べていくか? それとも買っていく?」
「一応家に作り置きがある」
「相変わらずマメな男だな」
「君はズボラすぎる」
会えなかった時間を埋めるように他愛もない話をしているうちに、あっというまに目的地に到着した。気がつくとシャアの家の前で驚いた。アムロといるとシャアはいつも時間を忘れてしまう。もっとアムロと話していたかったのに、もっと運転するアムロの横顔を眺めていたかったのに、冬の冷たく澄んだ空気が気持ちのいいドライブはすぐに終わってしまった。
このままアムロは帰ってしまうつもりなのだろうか。家に寄っていってほしい、という気持ちでシャアは恐る恐る運転席をうかがうと、いつのまにかハンドルにもたれかかり助手席をじっと見ていたアムロと目と目が合った。すべてを見透かすような瞳に、心臓が跳ねる。
「アムロは夕食を食べたのか? 君がよければ今日は泊まっていくといい。軽く飲みながらゲームをしよう。私は明日も仕事だからあまり夜更かしはできないが
……
」
「クリスマスに恋人を家に誘ってゲームで夜更かしって、シャアって意外と色気がないよな」
おかしそうに笑ったアムロはコートのポケットから三枚の紙をとり出しシャアに手渡した。今日のアムロは唐突な行動ばかりする。首をかしげ、シャアは受けとった紙を広げた。
チケットに似たそれには、アムロの字で「キス・ハグ券」「手作り弁当券」「マッサージ券」とそれぞれ記入されていた。所謂なんでも券だ。期限は無期限。
「サプライズプレゼントだ。大切に使えよ」
「さぷらいずぷれぜんと
……
」
「もちろん今日は泊まっていくつもりだし、特別にシャアの髪も身体も洗って乾かして、寝かしつけまでしてやる。疲れてるんだろ。今年のクリスマスはこれで我慢してくれ」
すっかり冷えてしまったシャアの頬と風で乱れた髪を軽く撫で、サングラスをとり上げたアムロは、満足したのか前を向き再びハンドルを握った。シャアの頬と髪を撫でたアムロの手つきは、アムロがシャアの愛猫であるナイチン・ゲールを構う時を思い出させた。思わずこのまま甘えたくなる。慣れた様子で駐車場に向かうアムロの横顔から目が離せない。
シャアのアムロは、今日家に泊まってくれるのだと笑った。それが当たり前だという顔で。普段は周囲の人間に世話を焼かれることのほうが多い男が、今夜はシャアをとことん甘やかしてくれるらしい。シャアの年下のかわいい恋人は期待を裏切らないどころか、なんの前触れもなく期待を遥かに超えていく。
以前アムロとのカラオケ大会にハマーンを誘った際に、彼女に「中学生男子」と指摘されたことがあった。シャアはその時、上手いことを言う、とひそかに感心したものだ。
アムロのそばにいると、シャアはたびたび子どものようになってしまう。どうしてなのかはわからない。そればかりか、子どもの時ですら感じたことのない高揚感と安心感に包まれた。外食もキャンプも昆虫採集もペアルックも、アムロだからいっしょにしたいと思うのだ。なにもかもが新鮮で、それでいて心地好い。
じわじわと、目の奥に熱が集まるのを感じる。
紙にしわが寄ることがないように用心しながら、受けとったばかりのなんでも券を両手で大切に握りしめた。アムロの思いつきで作られたチケットは、シャアにとっていま世界でいちばん輝くものだった。
「私は今年も来年も君がいればなにもいらない
……
」
車に乗り込んだ時よりも更に弱々しいシャアの小さな呟きに、アムロはぎょっとしたように一瞬だけシャアに視線を向けた。そのたった一瞬で、サングラスをアムロにとり上げられたシャアの目もとが光っているのが見えたのだろう。
「はあ? シャア、お前まさか泣いてるのか?」
「泣いてなどいない
……
」
困惑しながらもスムーズに駐車を終えたアムロは、シャアの目もとを指先でそっと拭った。
「そんなに疲れてたのか
……
。肝心な時にわかりにくいやつだな。ほら、もう泣くなよ。来年のクリスマスはツリーもケーキもプレゼントもいっしょに用意しような」
「
……
約束だぞ、アムロ」
助手席で泣き始めた恋人を慰めるアムロの声は柔らかい。シャアの年下の恋人は、かわいいだけではなくかっこいいから困る。
アムロは知らないだろう。アムロが思い描く未来に自分が存在することに、シャアがどれほどの喜びを感じているのか。
しかし、受けとるばかりでは性に合わない。来年のクリスマスは、シャアからアムロへサプライズをしてやるのだ。
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