chuahaaan
2025-12-31 20:24:34
2925文字
Public AC6
 

モチはよく噛め

ハンドラー・ウォルターがモチを喉に詰まらせるシチュエーションが好きなんです。

「カメムシ共!用意はいいか!!」
 ミシガンの号令と共に雄叫びが上がった。窓は震え、熱気であたり一面が白く曇っている。
「第一回目投入せよ」
 ナイルの指示に従い、レッドガン隊員達は慎重に布袋を運び、金属の容器に移したーー湯気をもうもうと立てる蒸篭だ。
「朝から大変でしょうが、こちらも最後の段階へ行きましょう」
 五花海は白く輝くほど純度が高く依存性のあるザラメを豆が煮える鍋に入れていった。

「そろそろ来るか?」
 イグアスは迫り来る湯気に混ざる餅米と砂糖の香りの強さに眉間の皺を深くさせた。
『こちらヴォルタ、イグアス、取れるか』
「おう、まだか?」
 耳にかけた通信機のスイッチに触れる手は緑色のゴム手袋に覆われている。
『湯気のせいで遅れたけどよ、まあ、そのうち着くーあ!おーい!!』
「無線で大声出すな!てめえら!さっさとセットを渡していけ!」
 濡れた砂利をゴム長靴で踏み鳴らしながらイグアスがタンクトップ姿のヴォルタに向かう。その後ろを水に濡れた臼と杵と水入り桶をそれぞれ携えた隊員が追いかけていく。
 今日はレッドガンの餅つきだ。

◯⬜︎◯⬜︎

「もう少し早く来ればよかったか」
「計ったような良いタイミングだハンドラー・ウォルター」
 蒸気の下の雑談や餅の配布書に飛びつく若人達の盛況ぶりを見下ろしながら進行状況を記しているミシガンの隣に二人の客人が現れた。ハンドラー・ウォルターと所有物の強化人間、レイヴンだ。
「G13、調子はどうだ」
 ミシガンは老人の向こうに立つ黒い存在に声をかける。平均的な体型のウォルターと比較しても頭から足まで防寒具に覆われたそれが細く弱い存在であるとその輪郭が物語っている。
 G13レイヴンはフードの下でうなづいた。
「モチを食べる時は気をつけろ、詰まったらうちの若い奴が何とかするだろうが、勢い余ってお前を殺しかねん」
「ミシガン、そのあたりは俺が管理する、気にするな」
「新年を迎えるために欠かせん餅米の新米を守り抜いた恩人を気に掛けない訳がなろう」
 ルビコン3に製造拠点を持たない星外企業が侵攻を続けるには外からの補給に頼らざるを得ない。しかしながら惑星封鎖機構は星域に近づいた補給便を見つけ次第破壊しているし、到着した物資はルビコン解放戦線が奪取を目論み、回収の前に一線交えるという手間がさらにかかっている。
「なに、俺達も食費が浮いて好都合だ、それにこいつにとっても良い経験になるだろう」
「“良い経験”か……いかん、そろそろ次のモチつきが始まる!さっさと配布場所に行け、でなければ歯が抜けるほど固くなった餅を食べる羽目になるぞ!」
 蒸気の中では杵で潰された餅米が軽快な音と共に白く艶やかな餅へと変化を始めていく。

◯⬜︎◯⬜︎

 配布所ではつきたてのモチが小さく千切られ、あんこ、きな粉、チーズ、ピザソース、さまざまに味付けされていく。仕事の合間の腹ごしらえにとやってきた隊員達は腹と心を満たすモチを求めて列に並び、愛らしいモチが盛り付けられた皿と湯気を立てる茶を手に飲食場所のテーブルセットへ向かう。
 レッドの指揮がなければアリのようにモチに群がる無法者が多いレッドガンだが気の利く者はいるようで、足が悪いウォルターが席を探している姿を見かねた隊員が受け取り口近くの席へと案内し、注文を取り継いだ。
 硬い椅子に腰掛けた二人に会話はない。レイヴンは防寒着の中で微動だにすらしない。ウォルターが持つタブレット型端末でのバイタルチェックと調整の最中なのだ。
「お仕事中失礼いたします、ハンドラー・ウォルター、独立傭兵レイヴン」
 湯気を立てるお盆を持ったレッドが立っていた。
「貴殿らのお陰で我々は良い年を迎えられるだろう、心ゆくまでモチを楽しんで新年を迎える準備を整えてくれ」
 レッドは配膳を終え、追加の注文はメッセージで直接送るようにと指示をすると慌ただしく配置に戻って餅を求める隊員を捌き始めた。
 ウォルターは割り箸とスプーンを取るとプラスチックの椀の中の餅を小さく千切っていく。しばらくして器とスプーンをレイヴンの前に置いた。
「この汁粉ならお前でも食べられるだろう」
 フードの下の目が椀を覗く。甘く煮た豆の香りを含んだ湯気がほんのり立ち上がり、皮を取り除いた均一な赤紫色の水面から小さなモチの丸い頭がのぞかせている。
「命令だ、伸ばして楽しむのもいいが、飲み込む前にはよく噛め、詰まるぞ」
 レイヴンはスプーンを取り、ぎこちなく汁粉を口に運ぶ。一瞬体が強張り、ゆっくりと咀嚼を始めた。顎の動きは離乳食を食べ始めた赤ん坊よりも下手だった。
 ウォルターはレイヴンの咀嚼を見守りながら大根おろしがまぶされた餅を食いちぎる。米の優しい味が濃縮された舌触りの良いモチが大根おろしの辛味のある汁と共に舌の上を滑り、あっという間に胃へと滑り落ちていく。咀嚼が終わらないレイヴンを尻目に一個目を食べきり、次の茶色く光る餅に箸を伸ばす。
「いつか試してみろ、砂糖醤油に焼きノリの組み合わせは絶妙だ」
 手のひらに広げた焼き海苔に砂糖醤油で照りが出た柔らかなモチを乗せると器用に片手で包んで頬張った。
 レイヴンは流動食くらい滑らかになり始めたモチを噛み続けながらノリと呼ばれる黒い紙を口にする所有者を凝視している。パリパリと噛み砕かれた紙は唾液とモチの水分を吸って音を失い、喉へと押し込まれていった。
「んっ?」
 甘辛いつきたてのモチを楽しんでいたウォルターの顔が顰められ、喉がゴロゴロと鳴り始めた。心地よさを感じた猫の真似ではない。手はテーブルの上の茶を急いで掴むが苦しさに体が大きく揺れて口にほとんど届かない。
「っっ!んぐっカッッ……
 わずかな酸素で思考して立ち上がったウォルターは体を勢いよく折り曲げて喉に詰まったモチを吐き出そうと試みる。
「詰まった!」
「救護班!モチが詰まった!!!」
 レッドガン隊員達がにわかに騒ぎ出す。ある者は救護を呼び、またある者はウォルターの背を強く叩き続けて詰まったものを吐き出させようと試みる。
 所有者の危機にレイヴンも立ち上がり、歩み寄るが、それだけだった。知っているのは戦い方だけだ。脳天に弾を撃ち込む以外に苦しむ人を救う方法を知らない。
「どけ!」
 人混みからレイヴンを押し除けた大柄な隊員がウォルターを後ろから抱え上げた
「爺さんがんばれ!」
 大声で奮い立たせながら顔色が悪いウォルターの腹を何度も強く突き上げる。力は強く、体はくの字に折れ、手足はぬいぐるみのように揺さぶられた。
「お゛っっがっあっっはぁっごほっ」
 ベチャッーーペチャーー白い塊と黒い塊が吐き出された。
「ぅおおおおおおーー!」
「取れたーー!」
 歓声が湧き上がる人の壁の間から担架が割って入り、顔色が戻りつつあるウォルターを運んでいった。レイヴンと食べかけのモチは残された。
「独立傭兵レイヴン」
 なすべき事が分からずルビコンの寒空の下に立ち尽くす背にレッドが声をかけた。2人はモチを手に担架が消えた建物へと向かった。