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鳴上
2025-12-31 18:17:45
4069文字
Public
ナツシン
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ひととせ年の瀬
年末のナツシンです。クリスマスナツシンを兼ねてもいます。
「朝倉シンクイーズ!」
「はあ?」
「だから、朝倉シンクイズだよ、クイズ!」
目の前でウキウキと楽しそうに手を動かすシンに、夏生はそうと分かるようにため息を吐いた。白い吐息が真っ暗な闇へと溶けて消える。
いきなり呼び出されたと思ったらコンビニで温かい飲み物と肉まんを買わされ、風が冷たく手が悴むような夜だというのに、人気のない公園で二人ベンチに腰掛けている。改めて言葉にしても意味の分からない状況だ。咄嗟に着てきたダウンが良いやつなのでまだ何とかなっているが、マフラーに耳当て、暖かそうなダウンという重装備のシンには敵わない。
冷たい風にぶるりと体が震え、持っていた缶のコーヒーをさらに強く握り込んだ。シンは買ってやった肉まんを頬張りながら、ピンと指を一本夜空へと向けた。
「デデン! 第一問、朝倉シンが尊敬している人は誰でしょう!」
夏生の反応を無視して続けるシンに、仕方ないので付き合ってやるか、と瞬きをした。
「分かりやす
……
。坂本だろ」
「せいか〜い! セバ選手、幸先いいスタートを切りました」
「何でこんなに寒いのにそんなテンション保ってられんだよ」
今年の冬は例年と比べてもかなり冷え込む。気温は低いし風は強いし雪だって降るし、できることなら部屋の中に閉じこもってこたつの中で過ごしていたいのに、夏生はなぜかこの寒い公園にいる。テンションの高いシンに酒を飲んでいるのかと考えたら、「飲んでねーよ!」と勢いの良い返事が返ってきたので、なおさらその元気さに驚く。歳上のはずなのに、歳下のように元気が良い。
肉まんを食べ終えたシンは、レジ袋からホットレモンを取り出すと、一口、ゆっくりと飲み込む。少しだけ空いた口から吐息が漏れて、白が真っ黒な夜空へと立ち上り消えていく。自分と同じ窒素や酸素、二酸化炭素の混ざったものなのに、なぜか目が離せなくて、最後の一筋が消えるまで宙に視線を彷徨わせた。
同じ光景をどこかで見たな、と、ふと思う。あれは確か今年の春、と言っても春というにはまだ肌寒い日だった。例の如く突然呼び出されて居酒屋に連れ込まれたことがある。二人きりのその飲み会は深夜まで及び、そろそろ帰ろうという夏生の言葉にシンが頷いた時には、日付はとうに回っていた。まだ冬の匂いがしている夜の時間帯に、一緒にコーヒーを飲んだ。自販機で買った百四十円の缶コーヒー。何でもない記憶なのに、なぜか夏生はその時、このまま時が止まっても別に良いな、と思った。やりたいこともやらなければいけないこともたくさんあるけれど、なんかまあ、別に良いな、と。
「デデン、第二問! 朝倉シンの好きな食べ物はなんでしょーか!」
突然シンが夏生の方へと振り向き、二問目を提示した。思考が現実へと戻る。またしても簡単なその問いに何の意味があるのか、分からないまま答えを口にした。
「
……
わたあめ」
「すげー、これも正解!」
「前、自分で言ってたじゃねーかよ」
以前一緒に夏祭りに行った時、ずらりと並ぶ屋台を片っ端から買っていったシンが言っていた。まだラボにいた頃、シンの言ったわがままを聞いてくれて、朝倉のおっさんがわたあめの機械を買ってきてくれた、と。やったことがなくて上手くできるまでに時間がかかり、いくつもの失敗作ができたけど、一番美味しいと思った食べ物だったらしい。
ふーん、と軽く相槌を打ち、その話は終わったのだが、夏生はずっと覚えていた。決して幸福な生い立ちとは言えないシンの、数少ない幸福な記憶。その一端を共有してもらえたことに、どこか優しく、湧き上がるような気持ちになったことを忘れられないでいる。
「デデン、第三問! 朝倉シンの趣味は?」
「筋トレとか、映画鑑賞とか、そこらへん」
「さすがセバ選手、迷うことなく答えます!」
「まじで何の時間だよ、これ」
映画といえば、こんなにも寒くなる前、少し風が冷たくなってきた頃にシンと映画を観に行った。昨年配信で観てかなり面白かったアクション映画の続編だ。ポップコーンを作り部屋を暗くして観たその映画をいたく気に入ったシンは、続編が来年やるから絶対に一緒に行こうと強く言っていた。夏生もそれなりに気に入ったので、今年公開日の次の日に予約して観に行ったのだ。
結果としては「
……
まあ、続編がそうでもないってのはよくあることだよな」という評価に落ち着いたのだが、肩を並べて大きな音と大きな画面で観る映画は悪くなかった。狭い部屋で小さい画面で観る映画も、決して嫌いではないけれど。
「じゃあ最終問題!」
シンの明るい声に、再び思考を現実へと戻される。今日はよく思考が飛ぶ。その自覚は最初からあった。
さてこれが最終問題らしい。シンのよく分からないクイズはこれで終わる。最後くらい真剣に答えるか、とシンの方を向いた。シンは夏生を見ていなくて、ただ真っ直ぐ、暗い空を見上げていた。沈黙が落ちて、それからゆっくり、シンの視線が夏生の視線とぶつかった。
「
……
朝倉シンが、付き合ってる人は?」
ひゅ、と息を吸い込んだ音が聞こえた。数秒遅れて、それが自分の喉から鳴った音だと理解する。住宅街にある小さな公園はやっぱり人気はなくて、それ以外の音は少しも存在していなかった。小さく口を開き、だけど言葉が出てこなくて閉じ、それからまた開く。
「
……………………………………
おれ」
「へへ、だいせいか〜〜〜い!」
バカみたいに明るいその声を聞いて、張り詰めていた息を吐き出した。知らない間に入っていた肩の力が抜ける。急に静かになった気がしていた公園には、二人分の気配がちゃんと存在していた。
なんだ、こいつ、ちゃんと自覚あったんだ。
数週間前、夏生はシンに、所謂告白というやつをした。それは独白でもあり、吐露でもあった。エスパーに隠し通せるわけがなかったその思いをぶち撒けて、それからシンは小さく「うん」と頷いた。
夏生は歓喜した。ずっとこのまま伝えず、ただの友人として生きていくつもりだったのに。耐えきれなくなり溢してしまった言葉は、きっとシンが知らないふりをしてくれていたものなのに。思いがけず拾われ、まさか打ち返してもらえるとは思ってもみなかった。
そう喜んで、シンからの返信がなくなった。今までは連絡すれば数時間後には返ってきていた。それどころか向こうから、頻繁にしょうもない内容のメッセージが届いていたというのに。
それなのに連絡が取れなくなり、ただ商店には普通に出勤しているということを弟づてに聞いた。何も変わった様子はないけど、と真冬から言われた時は、さすがに目の前が真っ暗になった。「うん」と言っていたのに、なかったことにされたのだ、と。
だけど今日、突然連絡があった。「今から駅まで来れる?」と、簡単なたった一文だけで、心が躍ってそれから沈黙した。何を言われるのだろう、と想像するだけで胸が痛かった。
それなりにモテてきた人生だった。告白されて付き合って、なんか違ったと振られ、また告白されて。どの子もそれなりに好きだと思っていた。普通に恋愛をしているのだ、と。だけどそうではなかった。シンのことを好きだと自覚してから、それまでのは全然これっぽっちも恋愛じゃなかったと気がついた。元カノたちに悪いことしたという気持ちさえ芽生えた。それくらいの衝撃だったのだ。
そして胃の痛さを抱えたままシンと合流し、今までと変わらない笑顔のシンに嬉しさと苦しさを覚え、訳の分からないまま肉まんと飲み物を買わされた。
その答えが今、目の前にある。
ぐあ、と体温が上がる。冷え切っていた手が、今は血が巡りじりじりと痛む。頬も赤くなっているかもしれないが、きっと寒さで元から赤くなっているだろうからバレていないはずだ。
「全問正解の素晴らしい朝倉シンマスター勢羽夏生くんに、プレゼントです!」
「
……
なにくれんの?」
「
……
俺と一緒に年末年始を過ごす権利とか、
……
えっと、その、どーすかね」
今までの威勢はどこへ行ったのか、シンが吃り徐々に頬を赤らめる。ちらりと夏生を見るその視線に、自分と同じ感情が乗っているのが分かって、微かに唇が震えた。
「ケーキとチキン、買ってあるから」
「それはクリスマスだけど
……
」
「お餅とおせちも、一応、ある」
「正月じゃん
……
」
「うん、ダメ?」
「ダメ、ではないけど。
……
なんで連絡くれなかったんだよ。返信すらないし」
「
……
ごめん、なんか恥ずかしくて連絡できなかった。今も、なかなか言い出せなくて奢らせたり寒い中変なクイズ出したりしちまって
……
わりぃ、セバ」
夏生の悩みに悩み抜いた数週間は、どうやら本当に無駄なものだったみたいだ。だけど恥ずかしいから、と連絡を無視するシンに、頬を赤らめてこちらを見ようともしないシンに、嬉しさを感じてしまっている時点で夏生の負けだ。普通なら破局案件だぞ、と教えてやることもできるが、その必要性は感じなかった。だって夏生はシンが好きで、シンは夏生が好きなのだから。
だから夏生はわざとらしくため息を吐いて、少し声を張り上げた。
「ほんとにな。てめーのせいで余計に疲れた師走だったんだけど」
「うん」
「だから責任とってお前の家、連れてけよ」
「
……
っ、まかせろ!」
これから二人で年末年始を過ごす。きっと、一緒に過ごすはずだった、付き合いたての熱い一ヶ月を取り戻すみたいに。
ベンチから立ち上がり、「ん」と手を差し出す。察したシンも立ち上がり、その手のひらに恐る恐る自身の手のひらを乗せた。冷たいかと思っていたシンの指先は、夏生の指先と同じくらい熱くて思わず笑ってしまいそうだった。
クリスマスも年越しもお正月も、全ての時間をお前にやるから、お前の時間もちゃんとくれよ。
そう頭の中で呟いたら、シンが小さく「うん」と頷いた。
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