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ナスカ
2025-12-31 13:04:12
6370文字
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砂漠の王子よ、星砂を掴め③
前回の続きです。
「確かに
……
靴を履いているハイリア人など、聞いたことがありませんね」
翌朝日が昇ると、ガノンドロフの私室へコウメとコタケがやって来た。アストルは瓜二つな双子の大人を見て一瞬ギョッとしたが、ガノンドロフが「オレの育ての母だ」と言うと幾らか安堵したようである。
「だろう? 服装も全く異なる。故に、アストルはハイリア人ではないと思うのだ」
苦い顔をしつつも理解を示すコウメに、ガノンドロフは胸を張って堂々と主張した。
「アストル君、といったわね。お家はどこなの? お父様やお母様は?」
「
……
父さんは、いません。母さんと一緒に暮らしていました」
「ではお母様は今どこに? きっと心配しているはずよ」
「母さんは
……
今
……
」
そこからアストルは無言になり、俯いてしまった。うぅ゙、と喉から小さく絞り出たのは嗚咽に似ていて、『良くない事情』があると感じざるを得ない。
ガノンドロフは「大丈夫だぞ」とアストルの両肩に手を置き、ジロリとコタケを睨んだ。
「あまり詰め寄るな。アストルが辛そうだろう」
「しかし身元がわからないのは
……
」
「なあアストル、無理して話さなくても良いのだ。話せるようになったら話してくれ。それまではオレの側で過ごすと良い」
「ガノンドロフ様、そのようなご勝手は
……
」
「オレの命が聞けぬのか!」
眉を吊り上げ、ガノンドロフは大声を張り上げた。あまりこういった言い方は良くないと、アルディから咎められたことがある。だがそれと同時に、必要な時にだけ使いなさいとも言われていた。その必要な時とは何時かと問えば、『誰かを守る時』だと説かれた。
自分は大きな権限を持っている。コウメとコタケに任せていては、アストルが良い扱いを受けるとは思えない。彼を守るためには、己の持つ権力をかさに立てるべきだ。
「
……
畏まりました、許可致します。ですがガノンドロフ様、彼にも家があるというのをお忘れなきよう」
「わかっている、オレも愚かではない。アストル、探検に行かぬか?」
「
……
たんけん?」
もそ、とアストルが顔を上げる。
「そうだ。ここで過ごすなら、どこに何があるのか知っておいたほうが良いだろう? オレが一緒にいてやるから、探検しよう!」
「たんけん
……
うん! 探検、する!」
アストルはパッと笑顔になり、ガノンドロフは安堵した。二人は手をつなぎ、コウメとコタケをその場に置き去りにしてガノンドロフの部屋を出て行った。
✽✽
謁見の間、調理場、武器庫、スナザラシ小屋
……
宮殿の中を丸々探検し尽くした二人は、街へと繰り出した。ガノンドロフとアストル以外は老いも若いも幼いも、皆女性ばかり。通りを行き交う女たちは、店の呼び込みをするやら買い物をするやらで、活気ある賑わいを見せていた。
「宮殿の外がこの街! オレたちゲルド族の都だ」
「みやこ、ってことは
……
ここの外にも住んでいるの?」
「おぉ、アストルは鋭いな! その通りだ!」
見てみろ、とガノンドロフはある二人のゲルド族を交互に指し示す。
「あの二人の違い、わかるか?」
「えっ? うーん
……
」
アストルは身を乗り出して、軽やかに会話をする二人の女性の違いを探す。聡い様子を見せたアストルならばきっと見つけられるだろうと、ガノンドロフは自信たっぷりに笑った。
しばらくしてアストルの睫毛が、発見によってピクとする。どうやら何かに気がついたらしい。
「もしかして
……
顔の模様が違う?」
「正解だ! あっちは砂漠の東に住む部族、そっちは砂漠の南に住む部族。部族ごとに、異なる化粧をしているというわけだ」
「みんなが一緒に住んでいるわけじゃないんだね」
「砂漠は厳しいからな。皆が一箇所に定住して、そこが大打撃を受ければ絶滅も免れん。故に、ゲルド族は複数の部族に分散して生活を営んでおるのだ」
やや堅苦しい話になってしまったと、ガノンドロフは己の語り口を省みた。本当はアストルに楽しんでもらいたくて、安心してほしくて探検に連れ出したのに。
「じゃあ、ガノン君は未来の王様だから、みんなのことを護るんだね! 凄いなぁ」
アストルのふにゃりと脱力した笑顔に、ガノンドロフの気持ちもほぐれていく。まただ。嬉しいような照れるような、不思議な感覚だ。見えざる手によって、心がマッサージを受けているような気分になる。彼と出会うまでこんな気持ちになるなど、一度も無かった。
アストルがこうして敬ってくれるならば、望んで王になってやってもいい気がする。腰に手を当て胸を張り、ガノンドロフはツンとした鼻を上向きにさせた。
「そ、そうだな。皆のため、ゲルドのため、最大限力を奮ってみせよう!」
「あら。そう仰ってくださるなんて嬉しいですわ、ガノンドロフ様」
称賛と落ち着きが伴った声に、ガノンドロフはギクリとした。暑いのに、背中が冷や汗をかいている。恐る恐る振り向けば、穏やかな笑みを浮かべてアルディの母が
……
現族長が立っているではないか。聞かれたくない人物の耳に、出任せな宣言が入ってしまった。
「セ、セラジェ」
「これからは一層、王としての勉学に励んでくださるのですね?」
やや怖いくらいの笑顔で迫る族長殿になんと答えよう。それは自分が日々好き勝手していることの代償なので仕方なくはあった。
彼女は決して悪い人ではない。むしろ立派に政務をこなす、子どもであるガノンドロフが言うのも変な話だが、よく出来た族長だ。その上、次代の王たる自分へのフォローも欠かさない。
だが今の状況では、口元は笑いの出来損ないを作ったまま強張るし、手足はギクシャクしている。最悪だ。アストルの手前で格好悪いところは見せたくない。しかし、下手なことを言って学びに縛り付けられるのも御免である。
「あの、はじめまして」
突然アストルがそう言いながら、ペコリと頭を下げた。ガノンドロフの陰になっていたために気づかれなかったらしい。セラジェは「あらあらまあまあ」と言いながら、膝を石段につけた。
「ぼく、アストルっていいます。こんにちは」
「サヴァーク、アストル君。ガノンドロフ様、この子は一体?」
これは助け舟に違いないとガノンドロフは確信した。アストルの紹介をすれば、多少は話を逸らせるかもしれない。
「昨夜、オレがいないと騒ぎになったろう。その時に出会ったのだ。空から降ってきたんだぞ!」
あぁ、あの時の
……
とセラジェは納得した様子を見せる。そしてアストルをまじまじと観察しだした。
「まさかこんな愛らしいハイリアのヴァーイ
……
いや、『ぼく』ということは、
……
ヴォーイ?」
「あぁ、アストルは男だ」
ガノンドロフはしれっとした顔で言ってのけてやった。確かにアストルは可憐な顔をしている。だが男だと見抜いたのは今のところ自分だけだ。このセラジェよりも見る目がある
……
ということにガノンドロフの眉が優越感で軽やかに上下した。
「彼が此処にいるということは、コウメ様とコタケ様はご承知を?」
「勿論だ。退っ引きならぬ事情があるらしくてな。行き場が無いなど哀れだろう。オレが守ってやるのだ」
「成程。
……
それで、本日は如何されるのでしょうか?」
話を逸らしきれず、「ぅ、」とガノンドロフは呻く。なんの返しも思いつかない。俯きかけたその時、自分の身体が少し大きな影に入るのを感じた。
「かか様」
「あら、アルディ」
腕を後ろに持っていったアルディがニコニコしながら立っている。ガノンドロフはアルディが何を言い出すものかと、緊張で息を呑んだ。
「外の民と交流を深めるのも、王に必要な学びだと思います。どうかガノンドロフ様に御容赦を」
胸の中で張り詰めていた糸が、一気に緩んだ。セラジェの顔を見ると、実子の意見に一定の理解を示したようである。
「まあ
……
それもそうね。じゃあアルディ、付いていてあげるかしら? 貴方にも良い機会でしょう」
「わかりました」
アルディは和やかに母を見送る。完全に力の拔けたガノンドロフは、肩を大きく落としながらこれまた特大のため息をついた。
「すまぬアルディ、助かった」
「気にするな。私も
……
その、噂のヴォーイに会ってみたかったんだ」
アルディの口元から好奇心と興奮が滲み出ている。アストルはガノンドロフよりも更に背の高い少女を見上げた。ポカンと開いた唇が、もよもよ動いて疑問を紡ぐ。
「お姉さんはだぁれ?」
「私はアルディ。先ほどの
……
族長セラジェの娘だ」
「オレが成人するまで、アルディが支えてくれることになっているのだ。オレがヴァーイだったなら、一族を率いるのはコイツの役目だからな」
アストルがガノンドロフとアルディを交互に見る。自分より背のある者ばかりがいて、果たして不安にならないだろうかと、ガノンドロフは思い始めた。ゲルド族の自分たちならまだしも、アストルはより小さい。
だがアストルはセラジェにしたのと同じように、アルディに頭を下げた。
「ぼく、アストルです。よろしくお願いします」
アルディはクスリと優雅にひとつ笑うと、アストルの丸い頭をさらりと撫でた。
「よろしく。
……
それで、ガノンドロフ様? どこに行く予定だったんだ?」
「いや、特に何も考えてなかった。あちこち見て回ろうと思っていただけでな」
「そうか
……
。アストル君は、どこが気になる?」
膝を曲げて、アルディはアストルに視線を合わせた。アストルはキョロキョロ辺りを見回し、良いものを見つけたのか
……
眠そうな目がやや見開く。
「んっと
……
あそこ
……
」
「あれは
……
アクセサリーの店だな?」
アルディは意外そうな顔をした。ヴォーイは宝石などに興味を示さないと思っていたのだろう。だがアストルの目は煌めいて、薄い唇は柔らかに笑みを描いていた。
「キラキラしてて
……
お星さまみたいで綺麗」
「ならば行こう! それに、アストルに必要となるかもしれぬからな!」
善は急げとばかりに、ガノンドロフはアストルの腕を引いて、街へと繰り出した。
✽✽
「まあガノンドロフ様、ようこそいらっしゃいました」
アクセサリー屋の主人は恭しく頭を下げ、未来の王の来訪を歓迎した。ガノンドロフは傅かれた主人の頭を見ながら満足そうに笑っている。
「それにアルディ様まで。して
……
隣の方は?」
職人の一人がアルディとアストルに言及した。ガノンドロフはニヤッと笑って、アストルの小さな両肩に手を置いて彼を前に突き出す。「わっ」とアストルは少しばかりつんのめった。
「アストルというヴォーイだ! オレの庇護下におる故、それを心得ておくように」
「まあヴォーイ? こんなに可愛らしいのに」
顔を上げた主人はアストルの頬をもちもちと手のひらで包んだ。だがアストルは、その視線を壁や棚に飾られたアクセサリーへ注いでいる。
「宝石にご興味がお有りで?」
「きれいなのを、近くで見てみたくて
……
」
「ではこちらをご覧くださいませ」
主人はアレやコレやと、大粒の宝石を使ったアクセサリーをアストルの前に持ってきた。高いものを買わされそうだと思ったアルディは、大丈夫か? とガノンドロフに耳打ちする。だが、ガノンドロフから返事は無い。見ればガノンドロフは、アストルの表情ばかり追いかけているではないか。
アルディはガノンドロフを軽く小突いた。
「痛っ
……
、何だよアルディ」
「これからもっと痛い目を見そうだがな」
「別に見るだけなら構わないじゃないか。アストルは空から降ってきたんだ。星に似たものが恋しいのだろう」
「降ってきた
……
?」
アルディが狐につままれたような顔をしている間に、ガノンドロフは主人に話しかけた。
「アストルはゲルドに来たばかりだ。暑さを凌げるようなものがほしい。サファイアを使ったものを見繕ってくれ」
輝きに目を奪われていたアストルは驚いてガノンドロフを見た。慌てた顔を見るのは初めてだが、それも可愛らしく見応えがある。
「そ、そんな! ぼく、買ってほしいわけじゃ
……
」
「お前を護ると言ったのはオレだ。ならば、安全に過ごせるよう手配せねばならぬ。ゲルドは灼熱と極寒の国だからな」
やがて主人は幾つかの小箱を持ってきた。アストルの顔に緊張が満ちていく。
「サファイアなら、こちらなど如何でしょう?」
「ふむ
……
試させてやってくれ」
「畏まりました」
あっという間にアストルはカチコチになってしまっが、主人は構わず首飾りや頭飾りを試着させていく。ガノンドロフは顎に手を当て、その見目を吟味した。だがどれもしっくりこない。恐らく、『サファイアそのもの』とアストルの相性が良くないのだ。
「あの、ガノン君
……
」
「ん?」
「そ、そんなに見られると恥ずかしいかも
……
」
白白とした頬が、かぁっと赤くなる。それが映えて見えるのは、彼が常時冷気を纏うように見えるからだろう。サファイアが似合わないのは、きっとそのせいだ。何より、サファイアを与えたいというのは、ガノンドロフの勝手な思いに過ぎない。
「ぼく、本当に見たかっただけなんだ。だから、もう
……
」
ふと、アストルの視線がガノンドロフの背後に集中する。何かと思って振り向けば、まるで星空を掬い取って氷室で固めたような石がコロリと置いてあった。
「あぁ、それは瑠璃にございます。まだ原石の状態で」
「瑠璃か
……
」
アストルは静かに、瑠璃の置かれた棚に歩み寄り、しゃがみ込んで見つめている。ガノンドロフから見ても、瑠璃は店に並ぶどんな宝石よりも星空に近い姿をしていた。透明さこそ無いが、それが却って『らしさ』を感じる。
もしかすると、アストルは本当は星の精霊で、故郷に似たものを求めているのかもしれない。
「
……
気になるのか?」
ガノンドロフはアストルの隣にしゃがんで訊ねる。アストルは一瞬躊躇いながらも「
……
うん」と答えた。
「
……
怖くなくなるの」
「『怖くなくなる?』」
アストルは頷いて返事をした。
今更ながら、とんでもない拾いものな気がする。名前以外の情報がハッキリしない彼は、一体何処の誰なのだろうか。
「星は
……
暗くても見えるから」
月色の瞳に、涙の膜が張る。
何処の誰なのかはわからない。けれど、アストルに『真の友』であることを求めるのなら、自分もそう在らねばならないのでは無かろうか。アルディの言った通り、痛い目を見た。ガノンドロフはアストルの手を取る。
「泣かせてすまない。これからは
……
アストル、お前の話をちゃんと聞く」
「ううん
……
ぼくも、泣いちゃうと思わなかったんだ」
アストルはゴシゴシと手の甲で目元を拭った。ガノンドロフは主人に向き合うと、深々頭を下げる。次代の王に頭を下げられ、主人は狼狽えた。
「騒がせたな。またの機会にさせてくれ」
「いえ! そんなとんでもない。こちらこそ、お目に叶う品が無く、申し訳ない限りでございました」
「いずれまた世話になりたい。それまで、その瑠璃を取っておいてはくれぬか?」
勿論にございますと主人は瑠璃の塊を抱え、店の奥へ消えていった。アストルはアルディをチラリと見上げると、「せっかく聞いてくれたのに
……
」と申し訳なさから目を伏せた。
「いいや、アストル君は悪くないよ。この調子乗りヴォーイが、ちょっとやらかしただけさ」
ガノンドロフはそのからかう言いように不満そうな顔をした。が、間違ってはいない。反論は控えるべきだろう。
「綺麗な石、たくさん見せてくれてありがとうございました」
アストルはペコ、とその場にいた職人に頭を下げる。職人が「またいつでも来てちょうだいね」と笑って答えてくれたのを見て、ガノンドロフは赦された気持ちになった。
続く
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