飯釜
2025-12-31 02:09:13
1598文字
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八重響という人間


八重響。16歳。高校1年生。身長169cmで、体重は56kg。誕生日は10月3日。血液型B。5人家族。両親と兄弟2人。次男。八重家の出来損ない。

 失望されてばかりの人生だと思う。
 自分は成績で学年トップ5に入ったことがない。スポーツの大会で優勝したこともない。描いた絵が賞を貰ったことも、音楽のコンクールで入賞したこともない。何かで一番になったことがない。兄弟たちは、涼しい顔で賞やトロフィーを搔っ攫っていくのにね。

 俺の家系はエリートの家系だ。政治、商業、工業、研究、スポーツ、文芸エトセトラ。多くの分野のトップ層に俺の親戚たちは居る。そして俺の家族も例外ではなかった。
 優秀な父と優秀な母と優秀な兄と優秀な弟で優秀な家庭。俺は違う。
 俺が92点のテストを見せたとき、皆は俺に何故こんな簡単な問題を全部解けないんだと言った。俺が描いた絵が佳作賞を受賞したと言えば、皆は佳作程度では意味がないと返してきた。スポーツの県大会で3位を取った俺の横で、兄は全国1位になっている。
 何をやっても比較され、何をどうしてもケチがつく。俺が必死で努力して得た結果を、あいつらはただちょっと練習なり勉強なりしただけで追い越していく。今まで手放しに誉められた記憶がない。

 だから自分がオーヴァードなる存在に成ったと分かった時、「勝った」と思ったのだ。俺はとても速く動ける。ずっと遠くの音を聴くことが出来る。身軽に跳び回れるし、他人の頭を揺すってある程度感情をコントロールしてやることだって出来る。俺はお前らよりも上の存在だ。
 そういう風に、何の苦労も無くあっさりと手に入れた力に俺は浮かれた。そして同じくらいあっさりと、その浮かれた気分は粉砕された。
 何のことはない、いつものようにテストの点数で兄弟や他の優秀な奴らに負けて、いつものように失望の言葉を投げかけられただけだ――「高校生にもなったのに、勉強ですら一番になれないんだね」
 聞きなれた叱責だ。でも俺を正気に戻らせるには十分な威力を持っていた。

 『より進化した存在になったはずなのに、テストで100点を取ることも出来ねえのかよ』
 
 嘲るような自分の声が、重なって聞こえた。

 『テストでしょうもない点数取って、兄貴には哀れまれて弟には馬鹿にされて、親には失望されて、悔しくてブルブル震えてる。何だこのザマは?オーヴァードっていう存在は勉強が出来ないよ~って泣くようなのか』

 『お前、頭悪いよな。すごいのはウイルスであってお前じゃないんだよ。思い上がってんじゃねえ、ゴミ!』

 なんて言葉だ。慈悲ってもんが無いのか。
 しかし正論だから言い返せない。実際俺は何にも成し遂げちゃいない。速く動けるのも、音を操れるのも、身軽に跳べるもの、感情を操れるのも、全部全部全部全部全部全部ウイルスのおかげ!俺という塵屑が、ウイルスに必死にしがみついている。
 吐き気が止まらない。ベッドから起き上がって時計を見てみると、針は3時10分を指している。すっぱくて苦い味が食道から逆流したから大急ぎで洗面台に飛び込んで口を開けた。出たのは胃液だけだった。臭い。まずい。涙も遅れて出てくる。それでも止まらない。
 そもそも、家族《あいつら》がオーヴァードになる可能性は十分あるし、そうなったら煽って逃げるしか能のない俺はまた負けるんだよな。
 なんだ。なんの意味もないじゃん。
 吐き気が少し治まったから洗面台の鏡を見ると、隈の濃い陰気な顔が変わらずあった。何も変わらずに。無能で卑屈なまま。俺は、オーヴァードになって、あいつらを見返せたんだと、何か出来たんだと、何かを成し遂げられるんだと、何者かになれたんだと、そう思って、あああああ、馬鹿だよな。馬鹿だな。馬鹿だよなあ。


吐きそうだ。


結局その日は一睡も出来なかった。