混雑する駅前を避けるため裏道を通って、行き慣れたスーパーへ向かう。二十四時間営業でコンビニよりも安く食材を買えるから今日みたいな日にはよく使っている店だ。今日みたいに、逢さんの家に泊まる日には。
俺は買い物カゴを持って次々と商品を選んでいった。年末のスーパーは品揃えが普段と違い、蕎麦やかまぼこが売り場に山積みになっている。年越し蕎麦、逢さんも食べるかな? せっかくなら天ぷらも食べたいけれど夜ごはんには重いかも。そう考えながらもそれらを手に取って見ていると、コートのポケットに入れていたスマホがブブッと震えた。取り出して見た着信画面に口角を緩め、すぐに応答ボタンを押す。
「もしもし」
『もう会社は出たのか』
「はい、いつものスーパーです。逢さんはお家にいますよね?」
『ああ。今から行くからそこで待ってろ』
「え? 何か必要なものがあれば買って行きますよ?」
『おまえを迎えに行くだけだ。必要なものがあるわけじゃない』
「……すぐそこですし、わざわざ来なくても」
『何か言い訳が必要なら、酒を買いたいから選びに行くことにするが』
「でも今日は寒いから……風邪を引いちゃうかもしれません」
『引かないように気をつけているし、ちゃんと体を鍛えている。他に俺を諦めさせられそうな言い分はあるか?』
「……逢さんにおかえりって言ってもらいたい」
『……、一緒に帰っても言ってやる。もう家を出たからすぐに着く。中にいろよ』
「もう……わかりました。ちゃんと温かい格好してますか?」
『上着も着てるしマフラーもしてる』
逢さんの家から十分もかからない場所だ。夜遅い時間だけれど俺は男だから危険だなんてこともないし、わざわざ寒い中迎えに来なくたっていいのに。もちろん一人より、逢さんが一緒の方が嬉しいけど。
いつもより時間をかけてゆっくり売り場を回って、お惣菜コーナーにたどり着いたところでまっすぐこちらに近づいてくる足音に気がついてパッと振り向いた。あと数歩の距離にいた逢さんが驚いたように目を見張ってから、ふっと優しく笑みを浮かべる。
「驚かせてやろうと思ったのに」
「……、寒くなかったですか?」
「平気だ。待たせて悪い。まだ何か探してるか?」
「いえ、あとは逢さんのお酒くらいかな」
「ああ、そういえばそうだったな……。由鶴は? おまえももう仕事は休みだろ。飲まないのか?」
「……じゃあちょっとだけ」
「ちょっとと言わず、一緒に飲んでくれ」
逢さんは俺の手から中身の詰まった買い物カゴを奪うとスタスタとお酒コーナーへ向かって行った。
年内の仕事が思ったより順調に片付いたからだろうか。いつになく機嫌がいい逢さんが可愛くて、心臓がうるさい。一人きりのうちに大きく深呼吸をしてから、俺は逢さんを追いかけた。
お互いに好きなお酒を選んで、なんとなくの流れでアイスも選んで、無事に買い物を済ませスーパーを出た。二つに分けた買い物袋を一つずつ持ち隣を歩く。夜が深くなって昼間より気温も下がっているはずなのに、逢さんの隣にいると寒さがあまり気にならない。きっと俺の細胞全部が逢さんに意識を向けているからだろう。
マフラーに口元を埋めた逢さんは鼻先まで赤くして寒そうにしていた。やっぱり家で待っていて欲しかったなとその横顔を見て思う。逢さんには暖かく明るい場所にいてほしい。
「ん?」
「……いいえ。……寒そうだなと」
「寒い。早く帰ろう」
「家で待っていてよかったのに」
「少しでも長く由鶴と一緒にいたかった。まだ聞きたければいくらでも愛の言葉をやるが、こんなところで聞きたいか?」
「っ、……逢さん、やっぱり、今日はいつもより機嫌がいいですか……?」
「そうか? おまえがそう思うならそうかもしれない。ここのところ忙しくて二人でゆっくりできなかったから、おまえと二人きりで嬉しいんだろうな」
「……」
「……、ああ、赤いのは寒いからじゃなく照れてるからか?」
「……もう、ぜんぜん、さむくないです」
「ふ。それは良かった」
くすくすと楽しそうに笑って、逢さんは俺の手を取った。冷えていた指先は逢さんの手と重なり合うとあっという間に温まっていく。年末だからか普段なら滅多に人がいない道にもパラパラと人通りがあって、俺は後ろから聞こえた足音にビクッと肩を震わせた。でも、まだ、この手を離したくない。
「……逢さん」
「ああ」
「……今年、最後のわがままを」
「?」
「家に着くまで、手を繋いでいてもいいですか……?」
「……、由鶴」
「ダメだったらいいんですけど」
言いながら恥ずかしくなって離そうと手を引いたけれど、それ以上の力で逢さんが俺の手を握り締めた。いつのまにか俯いていた顔をパッと上げると逢さんと目が合う。じわりと滲む視界の中で逢さんは俺にだけ向ける甘い顔で笑った。
「ダメなわけないだろう。言われなくても、ずっと繋いでいるつもりだった。そんなのわがままでもなんでもない」
「……でも、誰に見られるかわからないし」
「いいよ。誰に見られたって、俺にとってはおまえが隣にいてくれることの方が重要だ」
逢さんならきっとそう言うだろうと本当はわかっていて、でもそんな自分にばかり都合の良い妄想を考えていないフリをしていたのに、逢さんは俺にまっすぐに言葉を伝えてくれる。
涙を拭いたいけれど両手が塞がっているから俺はぼろっと涙を溢して、その熱さにちょっと笑ってしまいそうになった。
「……来年の目標にします」
「何を?」
「もっと、逢さんのこと信じることを」
「……信じてなかったのか」
「ふふ、ううん、そうじゃなくて。逢さんは俺のこと好きなんだって、信じること」
「……そうだな。もっと俺に愛されている自信を持て」
「頑張ります」
ぐすっと鼻をすすると逢さんは笑って繋いでいた手を離し、俺の頬を優しく撫でた。俺も自分で涙を拭い、濡れた手をコートで拭ってから手のひらを広げて逢さんに差し出す。逢さんはもう一度その手を握って、家に着くまでそれを離さなかった。十分もないその帰り道を、きっと俺はこの先何度も思い出すだろう。
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