彼女の白いドレスは膨らんだ肩口に、レースの付いた袖が愛らしい。それに、胸元には青い宝石のブローチが付けられていた。ドレス自体はシンプルなものだ。代わりに、その茶色の髪を飾る透き通るヴェールには、春の花の刺繍が幾重にも施されている。
彼女は──ミストは今日、結婚する。
私は、今日この日までティアマトと一緒に夜毎ヴェールの刺繍飾りを縫っていた。一針一針に、願いを込めて。どうか彼女が生涯幸せでありますようにと。私はあまり器用ではないから、時折ぷつんと指を針で刺してしまって、その度にティアマトにあらあらと手当をしてもらっていた。
アイクに手を引かれて、司祭を務めるキルロイと、花婿……ボーレの元へ歩むミストは、綺麗だった。うん、ボーレなら良い、ボーレなら、ミストを任せられる。なんてね。───ヴェールを彼の手で上げられたミストは、式の途中なのに「うっ」と嗚咽を漏らした。一番そばにいたアイクとボーレが、慌てたように彼女の肩を支える。
「おい、大丈夫か」
「どうしたんだよ、体調でも悪いのか?」
「ち、違う、違うの」
花道からそっと背伸びしてミストの様子を伺う私たち傭兵団の皆には、彼女の表情はわからない。どうしたのだろう、今さら結婚が嫌になったのだろうか。
「だって、私……」
二人に支えられ、ミストは私たちの方を見る。その大きな瞳には大粒の涙が潤んでいて、頬は薔薇色に染まっていた。そして彼女はこう言ったのだ。
「『とっても幸せ。みんなありがとう』ですって。ミストったら、こっちまで嬉しくなっちゃう。刺繍、頑張った甲斐があったわ」
「指先がボロボロですよ」
「いいの。勲章よ」
「そうですか」
太陽の下の結婚式が終わり、静かな月夜が来て、私は私の好きな人に温いお茶を淹れた。カップを受け取った彼、セネリオの顔にはほんの少しだけ疲労の色が見えていた。
「騒がしいのは苦手?」
「苦手です」
「ふふ、でも最後まで参加してくれたわよね。ありがとう、セネリオ」
「どうしてあなたが感謝するのですか」
「だって私、ミストのこと大好きだもの。ミストがこれからたくさん幸せになっていくと思うと、たまらない気持ちになるの」
「はあ」
曖昧な返事をして、セネリオはカップに口をつけた。何か考えていても、何も考えていなくても、彼は黙っていることが多い。話すとしたら、軍略のことくらいで、"なんでもない話"をすることはあまりないのだ。だから今こうして、ほんの少し、ぽつぽつと話してくれているだけで、胸があたたかくなる。
「……ラティ、あなたの」
「?」
「あなたのヴェールは、誰が縫うのでしょうね」
「私の……?」
「……。いえ、何でもありません」
「え、しっかり聞いちゃったわよ」
「聞かなかったことにしてください」
「ええ? 無理よ……」
私の、ヴェール。
……私も、いつかミストのように花嫁になるのだろうか。そうなれば、花婿は誰だろうか。できることなら、私は……ああ、でも。
「私、ヴェールはあってもなくても良いわ」
「……」
「私は、好きな人が私のそばにいてくれるだけで良いから、ああいう儀式的なものは無くてもいいの。あっても、嬉しいけれど」
「そう……ですか」
私の好きな人は、私と目を合わせずに返事だけをする。そう、別に私はドレスもヴェールもいらない。
だって、彼は騒がしいのは苦手だもの。もし私たちが結ばれることがあるならば、それは密やかで静かであるべきだ。
できることなら、春のやわらかな風の中で。とは思うけれど。
「セネリオ」
「……はい」
「私、あなたが好きよ」
「知っています」
「あなたは?」
「……」
少しからかいすぎてしまった。彼は私にむすっとした顔を向け、空になったカップを差し出してくる。
「おかわり?」
「はい」
「ふふ、はあい」
そんな彼のほんの少しの仕草が、私に心を開いてくれている気がして、ああ、私はやっぱり彼のことが好きだと、結ばれたいと、そう思ってしまうのだ。
私も、『とっても幸せ』になりたい。
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