日向翔陽の目に映る宮侑は、大胆不敵で、千変万化だ。
初めて侑と邂逅したのは、日向が高校一年生で出場した全日本バレーボール高等学校選手権大会──春高の会場だった。
二回戦目に戦ったシード校のセッター。影山同様に全日本ユース候補に選ばれるレベルの、所謂全国区の選手。当時はそんな印象ばかりが先行していたし、影山のようにユース合宿などで接点があったわけでもなかったため、パーソナルな部分まで知る機会はなかった。
それが時を経た今、縁あって同じVリーグチームに所属して、仲間としてコートの上に立っている。
もちろん昔の日向は、そんなことはこれっぽっちも想像していなかったが、最初に顔を合わせた春高で優勝候補だった稲荷崎高校を烏野高校がセットカウント2ー1で下したあの熱戦の直後、侑は『いつかアンタにトスを上げる』と日向を名指しにして宣言した。疲労困憊で意識は朦朧とする中でも、日向はその宣言を意外にはっきりと覚えていた。
同じチームに所属してからしばらくして「あのとき、なんであんなこと言ったんですか?」と、日向は侑本人に尋ねたことがある。
ちなみに侑の回答は「ん? まあ、なんとなく?」とあっけらかんと言ってそれで終わったため、本当にただの〝勘〟だったらしいことがわかって、面白い人だなあと思った。
思い返せば日向はこれまで沢山の人間の手からトスを上げてもらった。
特にビーチバレーに転向していたブラジルではあえて色んな選手とコンビを組むことで、多種多様なトスを打った。
トスを上げてもらう。
トスが、自分に上がる。
シンプルに幸せなことだと、日向は思う。
そしてその幸せに選ばれるための努力を、日向は昔も今もこれからも決して惜しまない。
なぜならセッターが自分にボールを託して、上げる。それはスパイカーへの最上級の信頼であり、誉れだからだ。
そのためならスパイカーは空振りしたって、踏みしめる地面がある限り跳ぶ。何度でも。
トスは、そのセッターの性格が如実に出るものだと、日向は思っている。
たとえば影山なら「お前が必ずボールを地面に叩きつけるためのトスだからな」と有無を言わさない強気なセッティングが特徴的で、その強烈で一歩も引かない負けん気がそのまま出ているなと思う。
使うのか、使われるのか。いつだってその攻防だった。
なにせ影山とは同じコートの同じネット側にいるくせに常に競い合っていて、互いに誰よりも負けたくないライバルで、同時に誰よりも自分という選手を知る理解者だった。
勝利への執念はエベレスト級。人に対してとても不器用だけど、それでも呼べば、手元にぴたりとボールを届けてくる。お前はもっと跳べるよな?と、空へ引き上げてくれるトス。どんなに苦しくたってその自由な宙を跳ばずにはいられない──そんなトスを、自分に寄越した。
あんなにも脅迫的な信頼を当然のことみたいに託してくるセッターを、日向は影山くらいしか知らない。
いまも代表召集になれば影山と同じネット側でプレーする機会はある。それでもほぼ毎日のようにあのトスを打っていた高校三年間が少しだけ、懐かしくなる。
「贅沢だったんだなあ
……」
「およ。もっと贅沢な具のやつがよかった?」
「え⁉ ハイっ! じゃなかった‼ いいえ‼」
「いやどっちやねん」
おもろいなぁ、翔陽くんは。
そう言って笑う表情も、口から出てくる関西弁も、いま日向に毎日のようにボールを届けてくれる仲間であり先輩でもある侑と瓜二つの店主が、カウンター越しに立っている。
ここは彼が構える飲食店で、兵庫県といっても大阪寄りという立地もあり、我が家のように侑がチームメイトたちを連れてやって来る。日向もそれに漏れず連れてこられたひとりで、今では侑が一緒でなくとも、こうして店を訪ねることも増えた。
「腹は膨れた?」
「ハイっ! めちゃくちゃ腹いっぱいになりました! あとメニューにないものまで出してもらってますよね?」
「ははっ、そらよかった。もう昼の営業は閉めるとこやったから、むしろ仕込みが切れててな。出来合いのもんになってもうた」
「閉めるとこに無理やり駆け込んできちゃって、むしろすみませんでした
……!」
「フッフ、ええよ。オフの日にわざわざ寄ってくれるなんて嬉しいやんか。翔陽くんには、ツムも世話になっとるしな」
「お世話になってるの、完全に俺の方ですけどね」
「そう? あいつ、あんま人の世話とかできんやろ」
「してますしてます!」
「え〜〜、ほんまに?」
「だって侑さん、びっくりするくらい尽くしてくれるトスくれるじゃないですか」
カウンターの内側でひとり後片付けをする治の、その流れるような動作を見つめながら日向が脳裏に描くのは、侑の手から生まれるどこまでも誠実で、献身的なトスだった。
宮侑は、影山と同じく日本代表に招集されるセッターのひとりだ。
ふたりのスタイルがまったく異なることは、いまの代表の強力な武器とも言われていて、日向もそれには異論ない。セッターが変わればリズムも戦略も変わり、慣れてきたと思った頃にまったく違うタイプのセッターの攻略と対峙しなければならないのは骨が折れる。もし影山と侑を同時に相手にする側だったらと考えると、厄介すぎてワクワクしかしない。
そんな侑はといえば、性格も影山とは正反対で賑やかでよく喋るし、表情もころころと変えた。
そのバレーはどこまでも強気で、勝ち気で、貪欲。
そのあたりは影山とあまり変わらないが、至るためのアプローチが異なる。侑は、まるで全力で遊んでるようにバレーボールを触る。それがどこまでも自由で、強さとは自由なんだと、侑のトスを貰うといつも思い出す。
侑が運んでくれるトスは、大胆かつ苛烈。
なのに、驚くほど繊細だった。
上げてもらって初めてわかる、宮侑というセッターのセッティング。その精度。
スパイカーが欲しい打点であるのは当然。さらにブロックを鮮やかに欺き、時に泥臭く引っ掻き回してお膳立てした上で、最後はスパイカー本人に委ねる。手厚くきめ細やかな一連のプレー、そのまるごとが緻密で、かつどこまでも真摯だ。
スパイカーの力量を軽んじることなく、ただただ欲しいと思うその場所に「どうぞ」と差し出す献身。最後の1秒まで手を抜かないバレーへの誠実。
ある時に、日向が「侑さんて、これくらい当然ですけど?って感じで、どんぴしゃのトスくれますよね」と言葉にしたことがあった。
てっきり「せやろ〜?」と侑は自信を滲ませてニヤリと笑いかけてくるかと思ったが、意外にもゲンナリとした顔をしたのが印象的だった。
「侑さん、こう言ったんです。『必ずお前のボールが来るって知ってる、なんて地獄みたいなことをな。どっかの誰かさんにも言われてた後遺症やな』て。しかめっ面してましたけど、俺にはどこか嬉しそうにも見えました。最後の1秒までスパイカーを信じて、その瞬間でできる限りの最高のトスをくれる。俺は、そういう侑さんのなんやかんや口では言いながら丁寧だったり誠実だったりするとこは、バレーやってるときに限らないなって思います」
「
……まあ、そういうとこもあるのかもわからんけど。でもそれ、相手が翔陽くんやからってのもあると思うで」
「俺ですか?」
「おん。ほら、お茶どうぞ」
「あざーーーっす!」
カウンターに乗せられた冷えた湯呑みをありがたく受け取りながら日向は、はて、と首を傾げる。
店主は動かしていた手を止めて、もう一つ湯呑みと、それからおにぎりをふたつ乗せた皿を、日向の隣席のカウンター台に置いた。それから帽子とエプロンを取って「隣で昼メシ、食ってもええ?」と尋ねてきたので「もちろん!」と日向は大きく頷いた。
ニッと笑って返した治は、店の出入り口に掛けてある札を商い中から支度中に裏返しにしてから日向の横に座る。そして、自身の握ったおにぎりを頬張りながら。
「アイツはな。誰彼構わず、大事にだいじにトス上げてるかっちゅーと、そうでもない。ようはオモロイか、オモロくないか。オモロイなぁ、はしゃいでまうなぁってなればなるだけ、アイツもとことん、やろうとすんねん」
懐かしそうな表情を隠さずに言われてしまえば、日向にも思い当たることはなくもない。
侑はどんなときも、どんな状況でも、誰に対してだって手を抜かない。けれど調子がいいスパイカーには怖いほど要求が高くなっていくし、テンションをこれでもかと上げていく。
「せやから翔陽くんがそう感じるのは、アイツが翔陽くんのこと〝一緒に燥ぎ甲斐のあるヤツや〟て思うてるからやな」
大きくて形のいいおにぎりは、大きな治の手によって握られたものだが、大きな一口が何回かであっという間に一個めが消えた。シンプルな塩握りだった。日向と治の湯呑みの中身は冷たい緑茶で、まだ夏の残り火みたいな気温が続くと天気予報が言っていた。
「翔陽くんが入団するって知ったとき、アイツめっちゃ嬉しそうに言うてきたで。またオモロイ子がひとり増えるって。あとアイツは自分が認めた人間しか、ここには連れて来んねん。けど、翔陽くんのことはホンマすぐ連れてきよった」
このおにぎり宮に初めて連れてきてもらったのは、確かに入団してすぐのことだった。
まだシーズンも始まらない、今日のようにまだ日中は汗ばむ日。侑が嬉々として「連れてきたい店があんねん」というのでついていったら、あれだけ春高で戦った宮兄弟の片方が、おにぎり屋を切り盛りしていた。
なにも知らずに訪ねた日向は普通に驚いたし、挨拶の次くらいに「髪の色!」と思わず口からこぼし、その場で治を爆笑させた。なんでも戻した当時の周りのリアクションを思い出したとかで、懐かしかったらしい。
そしてあのときは侑がそのまま酒を飲み始めて、日向にとっては初めて侑と酒を飲み交わしたタイミングでもあった。
「侑さんって、オンオフ結構ありますよね」
「兄弟やし、あんましわからんけど。翔陽くんはどうしてそう思ったん?」
「ここで初めて侑さんとお酒飲んだ時のこと思い出したら、そういえばここでお酒飲むときと、外で飲む時とだと全然違うなーって」
「へぇ、そうなんや?」
「他の店で飲んでるときは素面なんじゃないかってくらい、侑さん、しっかりしてます。いつも酔っ払ってる人の介抱とかしてくれるし。でもここに来て飲んでるときは、結構しっかり酔っ払ってるから」
「まあ、身内の店やからな。実家みたいなもんやし。あと一緒に飲んでんのが翔陽くんやからなぁ。アイツは翔陽くんが入ってきてから、ほんまずっと楽しそうにしてんねん。一緒にはしゃげる仲間が増えて
……嬉しくてしゃあないんや」
俺は、ほらこのとおり。
コートじゃ、もうあいつと燥いでやれんから。
治が、味噌汁の碗を片手で持ち上げて啜りながら、一言一言を丁寧に紡ぐ。
まるでいとおしくて仕方ないものに言祝ぐように。
「あれは警戒心も強いし、基本他人はどうでもいいとか思ってる人でなしやけど。でもそんなアイツが、翔陽くんのことは気ぃ置かんでええ相手やって思ってる。せやから面倒いときもあるかもわからんけど、これからも仲良おしたってな」
自分は蚊帳の外とでも言いたげにな物言いに、日向は「うーん」と腕を組んで唸る。
すると隣の店主が軽く首を傾げるので、日向は「これは俺の話なんですけど」と前置きをしてから、箸をおいた。
「いまだからあの時間は──影山ってセッターに、のべつまくなしトスをあげてもらうことが当たり前だったあの三年間は、とっても贅沢だったなって思えるんだろうなって、思うんです」
案の定、治はぱちくりと目を瞬かせる。
でもそのあとに続くだろう日向の言葉を、残りのおにぎりを頬張りながらじっと待っていた。
日向は自身の手のひらを見つめ、初めて影山のトスを打った日のことを思い出す。
いつだって鮮明に思い出せる。
だって、この手が覚えているからだ。
「俺は、影山のトスがないと使ってもらえなかった。だから、影山のトスがなくても選んでもらえるようにならなきゃならないことを知った。アイツのトスを打ち続けて、前への進み方を知りました。アイツのトスを毎日のように打ってたのは、たった三年間だけです。それでもいまの俺のバレーがあるのは、烏野のみんなに会えたことと、悔しいですけどアイツに──影山にたくさんトスをもらって、打ってきたこの手が、あるからです」
「
……翔陽くんのバレーには、いまも、飛雄くんがおんねんな」
毎日のように会う侑よりもほんの少しだけ灰色が強いその瞳が、ふっとやわらかく目尻を下げて言うので、日向は「それです!」と人差し指を立てた。
「侑さんのトスって、本当に打ちやすいです。ここってところに届いて、こんなところに俺って打てたんだ!って未だに感動することめちゃくちゃあります」
「アイツはほんま、人づかいが荒いように見えて、お前はここもええやろ? お前はこれがええみたいやけど、これもほんまはいけんねんで?って、打つ方も気づいてないようなコースが見える球、どうぞって置いてくるよなぁ」
「でもそれって、応えてくれる治さんがいたからだと思います。ずっとずっと、当たり前に来ると思って何度だって跳んでくれる相手がいた。めいっぱいで託すトスをあげたいって思える相手がいてくれた。でもそれは
……みんなが当たり前じゃないです。俺は高校に入るまで、ずっとひとりでバレーしてました」
ぴたりと治の手元が止まり、それを見た日向はああやっぱり、と自分の手のひらをもう一度見つめた。
土台なのだ。
歳を重ねていけばその上にさまざまなものが乗っかっていくけれど、底で支えになるものなんてそう変わらない。
「俺は現役でなくなっても、じいちゃんになっても、どこに行っても絶対バレーやるんですけど」
「めっちゃ想像つくわ」
「その一生やるバレーの土台にあるのは烏野でやったバレーで、影山のトスを打ってたあの時間です。俺はもうアイツのトスを公式戦で打つ機会が何度あるのかわかんないんですけど。でもいつだって俺のバレーには、アイツとのバレーがあります。当たり前じゃなくなった今の方が──よりそれを感じる。たぶん、侑さんもそうなんじゃないかなって思うんです」
聞いていた治の瞳が、大きく大きく見開かれていく。そんなことは少しも考えたこともなかったと言わんばかりに。
日向はニッと口角を上げた。
そして告げる。
いま宮侑のトスを呼び、跳ぶ者として。
「治さんも、いつだって侑さんがそこに上げると思ってて。信じる信じないとかじゃなくて、そこに来ると思って何度だって跳んだから。だから侑さんは、いまもトスを上げる。だから、コートの中にいる侑さんはいまでもずっとずっと、治さんと一緒にバレーしてるってことです!」
あまりに潔く言い切る日向に、治が見開いたままだった瞳を少し伏せ気味にすると残りのおにぎりを大きな一口で入れきって咀嚼し、ずずっと椀を啜る。そして。
「俺にトス、あげてたのなんてもう何年も前やから、もうさすがに忘れるよなぁ思わんこともないけど。でも
……、アイツのバレーを作る材料に俺がおったってんなら、悪い気せえへんな」
ご馳走様でした、と手を合わせてから頬を緩ませる横顔に、日向は既視感を覚える。そしてそれがすぐに、大好きなものを、大好きだと話すときの侑の横顔と瓜二つなことに日向は気づいたが、何か言うより前に治が一足先に、自分の使った食器をカウンターに上げて席を立った。
立った治は、キッチン奥の従業員用スペースに続く小上がりの方を見て、わかりやすく驚いた顔をしたため、日向も一緒になって立ち上がってみる。そこには。
「あれ⁉ 侑さんだ! おつかれさまです!」
小上がりの段に腰掛けて、じっと黙って日向を、というより隣の治を見つめている侑がいた。驚きの静けさに、日向は侑がいつからそこにいたのかまったくわからなかったし、それは治も同じだったらしい。
「翔陽くん、おはようさん。よお来たな」
「お邪魔してます!」
「腹へったんなら黙ってそんなとこ座っとらんで、声かけろや」
「昼時終わったんかなあ〜って降りてきたら翔陽くんの声聞こえて、なんや話し込んどるから」
(オフの日も、けっこうはやくから治さんのところに来てるのかな)
という素朴な疑問と感想は言葉に出すことなく、日向は軽く一礼してまた着席すると、残りの小鉢の中身を口に運ぶ。隣に立つ治はといえば小さく嘆息すると、すぐにカウンターの内側に回って、侑が座るキッチンの奥へと向かった。
日向の位置からはちょうどカウンター越しの治の上半身しか見えないが、その足元には侑が座っているはずだ。
「昼メシ食うやろ」
「おん」
「なにがええの」
「なんでもええ」
「なんでもええてなんやねん。米がいいとか、パンがいいとかあるやろ」
(おにぎり屋さんなのに、侑さんのためにパンの用意があるんだなー。確かに実家の至れり尽くせり感)
「
……俺が食いたいもんくらい、わかれ」
「いや、わからんし。なに拗ねとんねん」
「拗ねとらん」
「拗ねとるやないかい。そんな腹減って機嫌悪くなんなら、最初っから声かけえや」
「サムじゃあるまいし、べつに腹減って機嫌悪なっとるわけやないわッ
……‼」
(侑さんの機嫌が悪いって言われればそんなような気もするけど、言われないと全然わかんなかったな)
「じゃあなんやねん。言わんとわからんやろがい」
「
……俺の」
「おまえの?」
「サムの特別な飯、俺のだけとちゃうん」
「お前に出すのはいつも特別な飯やないかい」
「けど翔陽くんにも出しとった」
「そんで妬いとったんか。へえー。かわええとこあるやん」
「言い方ッ‼」
(侑さん、妬いてたんだ⁉ っていうか俺のご飯が原因じゃん⁉)
「珍しく素直に白状した褒美に、言われんでも、お前の好きなモン出したるわ」
「出せるんやないかいッ‼」
「わかったわかった。そんで?」
「
……」
「そのツラは、まだなんかあるんやろ? 言いたいこと」
(言いたいこと?)
「
……俺が」
「おまえが?」
「俺が‼ サムにトスあげなくなって時間経ってるし忘れてると思う〜って何やねん! アホか! ほんっっっま、こんアホ‼ クソサム‼」
「罵りの語彙が乏しすぎるやろ。小学生か」
治が呆れたようにぼやくと、侑は「喧しいわっ‼」と一言叫んで、それから。
「どんだけ俺がお前とのバレー、失くしたくなかったか。お前は知らんから、そんなこと言えんねん
……! お前のバレーを一番惜しんで、一番なくしたくなくて、一番忘れたくなかったんは俺や‼ ふざけんな‼」
意を決したように心の内を吐露したから、ごっくんと、日向は口の中にあった白あえを飲み込んだ。
日向の位置からは侑の姿が見えないこともあり、耳が余計に音だけで情報を拾おうとする。そのせいか、声の微かな震えまで鮮明に聞き取ってしまった。
聞いたことがない侑の、その感情が剥き出しの声に少し驚く。
宮侑という選手は大胆不敵で、千変万化だ。
相手をこれでもかと揺さぶることはあっても、その内の揺らぎは誰にも悟らせない。
どれほど厳しい試合だったとしても、どれほど内容が悪い試合でも、感情のまま喋ることは意外にも少ない。
むしろそういったときほど、怖いくらいに冷静だ。何が悪かったのか、どこを直せばいいのか、このあと自分は一体何をすべきなのか。とんでもないスピードと集中力でもう次のことを考えている。調子や内容がよくて興奮しているときの方が、まだそのまま感情が表に出る。
その侑が、こんなにも不安定さを隠さず(あるいは隠せずに)いることが珍しくて、日向は無意識に息を潜める。治も侑も、日向がいることを忘れてはいないだろうけれど、どうにも盗み聞きをしてしまっている気分になった。かと言って「ごちそうさまでした!」といきなり会話を遮るように言い出すことも難しくて、日向はちらりと治の横顔を盗み見る。
すると灰色がかった金色の目がふわっと緩んだかと思えば、それからあやすようにやわらかな声が「侑」と呼んだ。
「悪かったな、ツム」
「ほんまや。俺が、お前とどんだけバレーやってきたと思うてんねん」
「すまんて」
「仮にお前がもう忘れたって言うても、俺は
……俺だけは、忘れん。忘れようとしたって、できへんねん。俺のバレーにはお前とはしゃいできた時間が込み込みやねんから。そんくらいわかっとけボケカス
……‼」
「そこは、疑うとこちゃうかった。せやから、機嫌なおしぃ」
しゃがみ込む侑の視線にあわせるためか。治もその場でしゃがんだようで、日向の視界から消える。
(? なにして
……)
と思ったのも束の間。治はすぐに立ち上がると、カウンターの内側のキッチンに戻ってくる。そして日向とばちりと目が合った。
「わっ! あの、すみません
……! ごちそうさまでした!」
反射で謝ってしまった日向がアタフタとしていると、やや照れたように苦笑いを浮かべる治が「身内の口喧嘩に付き合わせてしもうて悪かったな、翔陽くん」と言って、冷凍庫から小皿を取り出すと、日向の前に置いた。
「口直しの柚子アイス。サービスな」
「へ⁉ いや、でも」
「もらっとき、翔陽くん。サムがええって言うてるときは、ほんまに大丈夫やから」
日向が戸惑ってアイスとカウンター内の治を交互に見つめていると、キッチンの奥でようやく立ち上がった侑が促してくる。
その表情はすっかり〝いつも日向が顔を合わせている宮侑〟だ。違うところはといえば整髪料でセットされていない降りた前髪だとか、ゆるっとしたオーバーサイズのTシャツにハーフパンツ一枚というラフな格好くらいだ。
ゆったりと歩いて日向の隣、先ほどまで治が座っていたカウンター席にどかりと腰を下ろした侑は「翔陽くん、ありがとうな」と言って笑う。寝起きだからか、普段より張らない声の割にはすっきりと晴れやかな笑顔だった。
一体なにに感謝をされているのかはちっともピンと来ていない日向だったが「はい! よくわかんないですけど、よかったです!」と元気よく返事をしたことで、侑と治をケラケラと笑わせる。
「侑さんも昼ごはん食べに来てたんですか? にしては、なんかコンビニ行くみたいな格好すね」
「あー
……食べに来たっちゅーか。昨日はココに泊まっててん」
「お泊まりだったんですね! けっこうあるんですか? うちも妹が時々泊まりに来たりしますけど」
「次の日が休みんときは大体来とるかな
……? いやほら結局うまい飯食いたい思うたら、ここ来んのがいちばん手っ取り早いし」
「ですよねー。いいなぁ、家族がごはん屋さんって」
「フッフ、せやろせやろ〜? サムの飯は、ほんまにウマいからなぁ〜」
「なんでお前がドヤっとんねん。テメェの店ちゃうわ」
「あれ。でも侑さん、溺愛の彼女さんとも休みには必ず会ってるって言ってませんでしたっけ。はっ! もしかして彼女さんもここに来るとか⁉ 家族ぐるみ的な!」
「
……えーっと。まあ、そんなかんじ
……?」
「へえーー? 溺愛の彼女さんねぇ」
「し、翔陽くん
……! ちょっっっとその話、一旦やめとこか⁉」
「まあまあ、ええやんかツム。なぁ翔陽くん、聞かせてや。ツムはその溺愛しとるカノジョのこと、なんて話してんの?」
「あんまり彼女さん自身のことは話してくれないんですけど、でもこの前なんかは」
「わーーーーー‼ あかんあかん‼ 恥ずいって‼」
終