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ちゆき
2025-12-30 13:25:05
11636文字
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イタズラなんて言わないで
これはイタズラ?それとも本気?
*pixiv閲覧制限国の方用にpixivから持ってきました
*セバスチャンと一緒にイタズラしたかったお話
*スピリットイブ
「ねぇセバスチャン、明日一緒にみんなをおどかそうよ!」
雪が降るまであと数日といったところだろうか、この谷に冬の静けさが訪れようとしている。そんな秋の終わりのとある一日、一通の手紙を握り締め私は重苦しい地下室の扉を勢いよく開け放った。
地下室と言っても自分のものではない。まだ今年引っ越してきたばかりの自宅にそんな贅沢なものなどなく、ここは友人の一人であるセバスチャンの部屋だ。定位置である自らのPCの前でなにをしていたのかは知らないが、ずかずかと遠慮なく室内に入り込む私を彼は煙草を燻らせながらちらと一瞥しただけだった。
「今充分に脅かされたよ。ほら満足したか?」
「まだ早いから! ねぇお願い、一緒にイタズラしよ?」
ね、と手に持っていた便箋を差し出す。それは今朝ポストに投函されていた町長からの手紙だ。そこに書かれてあるのは明日の夜に行われるスピリットイブという祭りへのお誘いで、なんでも大きな迷路やモンスターの展示などが行われるらしい。昔住んでいた場所でも似たようなイベントがあったがそんなに大掛かりなものではなかったのでこの胸も期待にはち切れんばかりだし、そんな特別な夜をせっかく仲良くなれた友人たちと楽しんでみたいのだ。
セバスチャンがその手紙に目を通している間、私は近くにあった椅子に腰掛けてうきうきとしながら返事を待つ。そうかからないうちに彼は一枚の手紙を元どおり便箋へ丁寧に戻した。
「
……
ちなみになんで俺なんだ?」
「だって私達の中で一番頭いいじゃん」
ずる賢そうだから、とは言わなかった。もしかすると言外に伝わっているかもしれないが、そうでないことを願いたい。誤魔化すように体を揺らし首を傾げてみせればセバスチャンはまだ少し残った煙草を消した。ふうんと一瞬見せたなにか言いたげな様子が引っかかったが、灰皿を遠ざけ机に頬杖をついて僅かに微笑み頷いた。
「まぁいいよ。で、どんなことをしたいんだ?」
「ほんとに? あのね、サムとアビゲイルを驚かせたい!」
嬉しいとかハッピーじゃなくてびっくりやスクリームの方だと胸の前で小さく拳を握るとセバスチャンはその続きを目で促してくる。続きなんて言われてもこの手紙を読んですぐここまで来たのだ、私がとぼけるように肩を竦めると彼は小さく溜息を吐いて首を振った。
「あんな勢いで訪ねてきたからにはなにか計画があったんじゃないのか?」
「ないから来たんだけど
……
」
呆れるセバスチャンの言うことは確かに尤もで、その場でううんと考える。モンスターの檻なんて開けようものならサムたち二人だけではなく町全体が阿鼻叫喚に包まれるだろうし町長やギルドの面々からこっ酷く怒られるに違いない。酒場の主人の作る最高の料理になにか手を加えるようなことはしたくないし、だとするならばあとはもう音に聞く巨大な迷路くらいしかない。
「迷路で隠れて脅かすとか?」
「
……
えらく原始的だがまぁ人混みから離れられるしいいか」
展示は観たかったけどな、だなんて珍しく彼が興味を持ったようなことを言う。この間の大きな祭りのときは辟易したような感じだったのに、クラゲが寄港したときといいなにか珍しいものを見るのが好きなのだろうか。
「じゃあ脅かし終わったら一緒に観に行こうよ」
「お前と?」
「だめ? 一人で観たいなら仕方ないけど
……
」
その場合はアビゲイルと一緒に回ればいいし(もちろん彼女がイタズラに怒っていない場合の話だけれど)、サムと一緒に彼の弟と遊ぶのもいいかもしれない。いつも酒場に屯している住人達とともに酒や料理を楽しむのもよさそうだ。そんな風に考えを巡らせているとセバスチャンが考えるそぶりも見せずに頷いた。
「いや、いいよ。俺が見るものなんかお前にとったらつまらないんじゃないかと思ったんだ」
「なに見るの?」
「去年はガイコツがいたからずっとそれを見てた」
「鉱山にいるやつ? 普通に見たい、いつも骨かなんか投げてくるからあんまりちゃんと見たことないんだよね」
自分にとっては鉱山の奥でいつも煮湯を飲まされる敵だって彼にとっては少年のように目を輝かせいつまでも眺めていたい相手なのだ。生きているのか死んでいるのかわからない骸骨の生態も気になるけれど、それよりも隣でそんな珍しいセバスチャンを眺めてみたいとぼんやり考えていると、なぁ、と彼が少しだけ身を乗り出した。
「あいつらを牧場で飼うなら教えてくれよ、見に行くからさ」
「いいけど飼っても多分次の日には肥料にして畑に撒いてるかも」
「
……
お前を檻に入れた方がいいんじゃないか」
どういうことかと唇を尖らせるとセバスチャンはふと軽く声に出して笑った。最近はずっとこんな調子だ。今ここにはいないけれどサムやアビゲイルという共通の友人と彼と私、大人なのにどこか幼い私達が一緒に、ときには悪ふざけをしながら楽しく過ごすこんな日々を思いの外気に入っていた。
***
夜の十時という時間は普段であれば町中の灯りもほとんど消え、夜空に瞬く星と月が我こそはとその輝きを見せつける時間だ。しかし今日ばかりはそれらを遠くへ追いやるように橙色の灯りを焚いて、人々はその密やかな雰囲気にどことなく緊張した様子で一夜限りのこの祭りを楽しんでいた。
「待ち合わせ場所はどこって伝えてあるの?」
他の人達よりも少し早めに会場入りした自分とセバスチャンはテーブルからいくつか酒や料理を分けてもらい、それを抱えながらふたり薄暗い迷路を進む。彼は慣れた様子で少し先を歩いていて、今もこっちだと当然のように入り組んだ垣根を曲がった。
「迷路の奥で待ってるって伝えてある」
二人にはセバスチャンがあらかじめ待ち合わせという形をとって伝えてくれているらしい。迷路の奥で隠れて酒盛りでもしないかと誘ったとのことで、酒も飲まない男からのそんな誘いをどちらも疑うことなく了承したそうだ。そのため自分達はその二人を待ち構える適当な場所を探し歩いていた。
少し開けた場所の更に先へ進むとなんとも気味の悪い虫のオブジェがいくつも設置されていて、やはり歩みを止めてしまう。それに気づいたセバスチャンはこちらを振り返り、二の足を踏む私の元へと戻ってきた。
「なにやってるんだ?」
「いや見ててそんなに気持ちのいいもんじゃないなって
……
」
「あぁ
……
なら服でも掴んで目を閉じてればいい、抜けたら教えるよ」
「いいの? 本当にありがとう
……
」
持つべきものはセバスチャンだと感謝の念を込めパーカーのフードを握ると、彼はちょっと待てと慌ててそれを制止した。
「なに?」
「お前が転んだら俺が死ぬから袖か裾にしてくれ」
転んだりなどしないと反論したかったが目を開けた拍子に驚いてひっくり返らない保証はないので大人しく従うことにする。なるべく道を逸れないよう腰回りの裾をきゅっと握り瞼を伏せた。
しかし少し待ってもセバスチャンが動く様子はなく、目を閉じたままセバスチャンを見上げるようにした。
「どうしたの?」
「
……
いや、なんでもないよ」
行こうかと掴んだ裾が引っ張られる感触がして、彼が歩き出したのを知る。だから私もそれについて歩いた。
彼の歩みはゆっくりとしたものだった。どうしても隣のおどろおどろしい気配を感じないわけにはいかないが、それでも彼が時折大丈夫かとかもう少しだと声をかけてくれるので思ったよりは安心できて、そういえば彼の母親がああ見えて意外と根は優しいのだと言っていたのを思い出した。それが今ならわかる、いや、むしろずっと知っていたのかもしれない。私が今夜なにかをしたいというときに一番に思い出したのがこの人だったのもきっと
——
「
……
なににやにやしてるんだ?」
「ん?!」
「通り抜けたからもういいぞ」
その声にはっと目を開けて辺りを見回すと確かにまた薄暗い通路に踏み込んだところで、目の前ではセバスチャンが馬鹿にしたようにこちらを見ていた。
「嫌だって言うから連れてきてやったのになんでにやついてるんだよ」
「は?! にやついてないし!」
「怖がらせようとしてるのか? 確かにこんな場所で後ろににやついてるやつが歩いてると流石の俺でもぞっとするな」
違うと必死で否定しても彼の方こそ口角を上げ揶揄うようにしてくる。前言撤回だ、なんにも優しくない。恨めしく思いながらセバスチャンを睨んで早く行こうと先を歩いた。
そこから更に少し進むと道の傍に看板が建てられていた。近づいてよく見るとはてなマークだけが描かれてあって、自分の頭にもはてなが浮かぶ。その看板自体に仕掛けがあるわけでもなさそうで様々な角度からそれを眺めていると、セバスチャンが看板のそばの垣根に手を突っ込んだ。
「あった」
「なにが?」
「穴だよ、わかりにくいけど通り抜けられるんだ」
ほらと手招きをするセバスチャンの横で同じように手を差し込むと、確かに枝に突っかかることもなく空洞になっているようだ。そういえば森に住む魔術師が作ったと聞いたのでなにか特別なギミックなのかもしれない。不思議に思い腕をぐるぐる掻き混ぜるようにしているとセバスチャンがそのまま奥に入ってしまったので、自分も慌ててそのあとを追った。
「
……
すごい、ここまで来たらもうすぐ出口なのかな」
「その穴の奥だよ」
垣根を超えた先はぽっかりとやや広い空間になっていて、赤く木の葉の色づいた木が一本立っていた。その先にたった今セバスチャンが顎で示したとおり暗い洞穴が続いている。私がきょろきょろと辺りを見渡す中、セバスチャンは食料の入った袋を木の近くにおろしその場に座り込んだ。
「でもよくそんなに迷わずに来られたよね」
「まぁ毎年似たようなもんだからな」
「そんなこと言ってさ、来年から難しくされたらどうするの」
さあねと笑って煙草に火を点けるのを見て匂いや煙でばれてしまうのではないかと思ったが、セバスチャンはまだ大丈夫だと白煙を吐き出す。だから自分もその隣に座り、包んでもらった焼き菓子を取り出してそれを一口齧った。
「それでどう脅かすつもりなんだ?」
「いろいろ考えたけどねぇ、これどう?」
じゃん、と鞄から取り出したのは水鉄砲だ。すでに水もたっぷり入れてある小銃タイプのそれを一丁セバスチャンへ渡す。そして自分の分を構え二、三度トリガーを引いてみた。そうするとそれなりの勢いで水が発射され、その辺りにぱたぱたと落ちていく。動作にも問題はない。よし、と私が頷く横でセバスチャンは物珍しそうに水鉄砲をくるくると回しながら眺めていた。
「よく持ってたな、子どものとき以来に見たよ」
「でしょ? 平和なイタズラにしとかないとね」
落とし穴のようなトラップも考えないわけではなかったが、こんな暗がりで怪我でもしたら楽しいイベントも台無しだし、また小さな子ども達が引っかかってもいけないのでなるべく怪我もせず迷惑のかからない形を模索した結果がこれだ。
「とりあえずサムが来たらこれで水をかければいいんだな」
「そうそう股間にね、お漏らししたみたいに見えるように」
「
……
本当に誘ってもらえてよかったと今心の底から思ってるよ」
恐ろしいものを見る目でセバスチャンがこちらを見遣る。だから怖くないよと微笑んでみせるが逆効果だったようで、彼はサイコパスだとぼそりと呟き首を振った。
「なに、セバスチャンで試してもいいんだよ?」
「嫌だよ、勘弁してくれ」
そう言いながらセバスチャンも試し撃ちで何度かトリガーを引いている。勢いはともかくそんなに飛距離はないため、撃つならもう少し入り口のそばだなとなんだかんだ乗り気のようだ。そういえばサムはセバスチャンを夏の終わりの海に突き落としただとか言っていた気がする。どっちもどっちだな、なんて思いながら残りの焼き菓子を口に放り込んだ。
しかし待てど暮らせどサムやアビゲイルが訪れる様子はまるでない。それどころか他の住人が来る気配すらなく、完全に手持ち無沙汰だ。みんなで食べようと思っていた食料に手をつけすぎた感も否めず、セバスチャンにもよく食べるななんて馬鹿にされてしまった。そんな彼はちょっとそこまで見に行ってくると迷路に戻ってしまって、今は大きな木の下で自分一人文字どおり膝を抱えて待っている状態だ。少し伸びている草を靴の爪先でさわさわと揺らし弄る。こうなったらお酒も飲んでしまおうかと考えていると、不思議な垣根からセバスチャンがひょこりと現れた。
「どうだった?」
「いや、あいつらどころか誰もいない」
「そっか
……
もうだめかなぁ」
実際にイベントが始まってからもう一時間が経つだろうか、自分達は少し早めに迷路に入ったので他の人達と出会すことはないのはまだわかるが、待ち合わせをしているサムとアビゲイルまでまだ来ないとは思ってもみなかった。まさに大誤算だ。煙草を取り出したセバスチャンの足元まで膝をついて進むと、彼はこちらを一瞥してそのまま箱をしまってしまった。
「吸わないの?」
「あぁ
……
煙が立つからな」
そう言い彼は辺りを見渡すようにする。同じく手持ち無沙汰なのだろうか、少し彷徨いたあと木のそばに置きっぱなしだった荷物の方へ向かって持っていた水鉄砲を置いた。自分も垣根の外へ首だけ出してみるも足音ひとつしていない。この辺が潮時のようだ。諦めてセバスチャンの見たがっていたモンスターの檻まで戻るのもいいかもしれないと首を引っ込め後ずさるようにしながら内側へ戻った。
「残念だけどそろそろ
——
」
町に戻ろうか、そう声をかけようとしたときだった。四つん這いの腹部になにかが伸び強い力で引かれた。だからわけもわからぬまま後ろに倒れ込み尻餅をつく。背中まで引っくり返らなくて済んだのは背後に支えるものがあったからで、鳩尾に走った僅かな痛みの原因を見ると白くすらりと伸びる指が食い込んでいる。それはこんな不気味な夜だからといってお化けやモンスターの類ではなく、紛う方なくセバスチャンのものだ。
すっぽりと包み込まれるようなその心地、つまり今自分はセバスチャンに後ろから抱き締められている形を取っていることになる。そう理解はしているがどうしてこうなったのか彼の意図まではまるで理解ができず、目の前にちかちかと星の飛ぶようだ。崩れた体勢に思わず手を突こうとするも地面の固さではないものに触れ、それが彼の太腿だと気づいた私はそのとき初めて声を上げた。
「
……
驚いたか?」
「は?!」
「せっかくだからイタズラの気分だけでも味わわせてやろうかと思ってさ」
右側からセバスチャンの声がして控えめにそちらへ顔をやると、彼が覗き込むようにして笑っている。それはなんとも意地の悪いもので、あまりの至近距離に思わず顔を背けた。
「
……
イタズラしたかったけどされたかったわけじゃないし!」
こんなに近くで、耳元で囁かれるように会話をしたことはない。それどころか触れたことだってほとんどないのに今セバスチャンは後ろから私を抱き締め、腹部に回された腕が解かれる様子もない。両腕の自由は効くけれど彼の脚の間に体が挟まれているものだから行き場もなくて、反論の声も情けなく上擦った。顔が熱い。触れられているお腹も背中も、耳にかかる彼の吐息も今がもうすぐ冬の訪れる真夜中であることを忘れさせるほど熱くて、揶揄われたのがどうにも悔しかった。
「とにかく驚いたからもういいでしょ! わかったから離して
——
」
「
……
イタズラじゃないって言ったらどうする?」
「え?」
その真面目な声音につい顔を向けてしまった。それを待っていたとばかりにセバスチャンの指がこの顎を捉える。一瞬ぱちりと目が合ったかと思うと、すぐ伏目がちになった彼の視線の先はこの唇か。こんな距離じゃちょっと待ってと声も出せない。細いくせに自分よりも大きな体に捉われて逃げる場所もないし、それでもどうにかならないかと手を突いた先はやはり彼の太腿で、その脚が砂を蹴り私の膝裏に差し込まれより体が密着する。そして同じようなタイミングで、顎にかかっていた指先がそのまま輪郭をなぞるように滑って首へと回された。
なにこれ、キスするの? 私とセバスチャンが? なんで、どうして
——
唇が触れるか触れないかのその間際、私達二人の名を呼ぶ大きな声がこの静寂を切り裂いた。
「なぁおいセバスチャン、こっちにいるのか?!」
はっと息を呑んだのは彼が私か、それとも二人一緒にだったのか。突如として響いたその大声のせいでセバスチャンの動きが止まった。サムだ。つい今し方まで待っていたその友人が近くまで来たようで、今もずっとああだこうだと叫んでいる。
もちろんおかげさまで私達もそんな雰囲気ではなくなってしまい、顔を離したセバスチャンは溜息を吐いた。
「
……
あいつ本当にうるさいな」
そうしてそのままなにもなかったように立ち上がると衣服の土を払いながら垣根の外へと出て行く。そうしてこっちだと呼んでいるようだ、サムの嬉しそうな声が少し遠くから聞こえて私も大きく息を吐いた。
胸元を押さえる手が震えているのは冷たい夜風のせいではない。今のは一体なんだったのだろう、キスをするつもりだった? 冗談で? いや、イタズラじゃなかったらどうすると彼は言っていた。どうする? どうしたかったのだろう。待っては欲しかったけれど、振り払ってまで逃げたいとは思わなかった。ふざけないでなんて怒鳴る気もまるで起きなくて、むしろ私はあのままでも
——
「なんだよ、こんなとこに道があったのかよ!」
「なんで気づかないんだ? 去年もその前も同じだっただろ」
「なんならそれも初耳だ」
少し腰を屈めながら最初に入ってきたのはサムで、こちらに気づいた彼はようとご機嫌に声をかけてくれた。けれどうまく返事ができない。私の視線はサムよりも先にセバスチャンを探してしまっていて、サムのあとに続いて戻ってきた彼と目が合った。なのに彼はやっぱり何食わぬ顔でいて、反対に私の方が意味深に顔を背けてしまう。そんな様子に気づいたのか、サムが私のそばにしゃがみ込み顔を覗き込むようにした。
「なぁ、どうしたんだ? 今日はいやに静かじゃないか」
「
……
へ? いやその普通だけど」
しどろもどろになりながら視線を彷徨わせると、遅れたから怒っているのかとサムが少し申し訳なさそうな顔をする。だからそうじゃないと口をひらこうとしたとき、セバスチャンが若干不機嫌そうにサムの後ろ姿を膝で軽く小突くようにした。
「お前が来たからだよ」
「はぁ? 俺?」
「ねぇそういえばアビゲイルは?!」
私が咄嗟にそう大きな声を出すと、サムがああ、と笑って元来た道を指差した。
「アビゲイルは噴水あたりにいたぜ。一緒に行こうって誘ったけど無理だってさ、だから呼んできてくれって言われたんだ」
「まぁそんなことだろうと思ってたよ、お前が来られたのも奇跡だしな」
そうと知らなかったとはいえ可哀想なことをしてしまっただとかこれ以上待たせるわけにはいかないだとか、思うことはいろいろあった。けれど自分が一番に引っかかったのはたった今セバスチャンがサムに向かってしれっと言い放った言葉だ。今度こそ煙草に火を点けようとしている彼を見上げねぇ、と声をかけるとその視線が降りてくる。しかしそれもやはり涼しいもので、私の疑念を更に膨れ上がらせた。
「
……
最初から二人が来られるはずないって思ってたの?」
「さぁな」
「なにそれ!」
「お前が選んだんだろ、そういうやつをさ」
そう小馬鹿にするように口角を上げ煙を吐き出すのがこれまた様になっていて腹が立つ。腹が立つけれど、なにも言い返す言葉がない。水鉄砲で火が消えるほどその顔に水をかけてやりたい。でもそんなことをしたら今度はなにをされるのか
——
どうしたって今は煙草を咥えるその唇に目がいってしまうから、私はセバスチャンから視線を外し膝の上で握り締めた自分の拳を見つめた。
「まぁとにかくゴールまで行ってからアビゲイルのところに戻らないか? あんまり遅くなるとあいつも拗ねちまう」
そうなったら面倒だろとサムがセバスチャンにそう投げかけると、彼もまた頷いて地面に置かれっぱなしになっていた荷物を拾い上げる。立ち上がったサムがどうぞと私へと手を伸ばしてくれるのでありがたくそれを取ったがセバスチャンに触れられたときのように胸が高鳴ることはなく、気づけば当然のように私の視線は彼の姿を追っていた。
***
奥に続いた暗いトンネルを潜り抜けた先にはこれまでの苦労と勇気を讃えるかのように宝箱がひとつ置かれてあった。それを開ける役目を二人から譲ってもらえたのでおそるおそると期待に胸を膨らませながら蓋を開けるとそこには黄金に輝くカボチャが入っていて、それがお金になるらしいことをセバスチャンから聞いた。なので売り払ったお金で後日みんなと酒場でご飯でも食べることにして、アビゲイルの待つ広場へと踵を返した。
「さっきも思ったけどそれ便利だな、指輪か?」
「うん、でもずっと光りっぱなしだからなんか恥ずかしいよね」
その自ら光を放つ指輪を嵌めた左手ごと掲げてみせると、サムはそれをまじまじと見つめたあと、目がやられたと騒ぎ始めた。その声がトンネル内に反響するのを静かにしてくれとセバスチャンが嗜めて、それに私が笑う。そうかと思えばサムが横の岩肌にぶつかりそうになっているので危ないと手を伸ばそうとしたが、それよりも先にセバスチャンがサムの腕を捕まえた。
「ばかやってないでちゃんと歩けよ」
「いや目がおかしいんだって
……
」
「サム、外まで連れてってあげようか?」
「そんなことしなくていい、放っておけば治るし真っ直ぐ歩けば着くからな」
にべもなくそう言い放つセバスチャンに、どうしてお前が返事するんだとサムが目を擦りながら文句を言う。とんだ災難というよりは自業自得というべきか、とにかくそんなサムを後ろから二人で押したり引いたりしながらなんとか蝋燭のあたたかな光が差し込む出口まで連れて抜けることができた。
「帰り道の方が早く感じるよね、こういうの」
「なんでだろうな
……
指輪外したか?」
「あぁごめん、外しとくね」
先ほどの木の下で瞼をぱちぱちと瞬かせるサムはようやく視界もおさまったようで、また目がおかしくならないよう元は鞄の奥深くにしまってあった指輪を外す。そうして光の漏れないよう鞄を弄っていると突然サムがまた叫び声を上げた。
「ばっ
……
なんだよそれ!」
「なにって水鉄砲だよ、目が痛そうだから洗えばいいんじゃないかと思ってさ」
振り返って見ればセバスチャンの手には先ほど渡した水鉄砲が握られていて、そういえば持たせたままだったのを思い出した。それは彼が提げていた食料袋に突っ込まれていたようで、今もまた楽しそうにサムに向かって水をかけている。サムはそれを腕で庇いながら必死で濡れた顔を拭っていた。
「だからっていきなりかける奴があるかよ!」
「俺なんかまだましだぜ、こいつは漏らしたっぽく見えるよう下半身狙えって言ってたからな」
「えへへ
……
」
「鬼かお前ら!」
そうは言うもののサムは水鉄砲に興味があるようで、休戦を要求したかと思えばセバスチャンの手の中にあるそれを腕を組んでしげしげと眺めている。やはり男子の心をくすぐるものなのだろうか、案の定あとで貸してくれないかとサムが言った。
「なんか使うの?」
「あぁ、ヴィンセントが迷路はだめだって言われて拗ねてるからな。あとで遊んでやろうと思って」
「それなら私の貸したげるよ」
「今セバスチャンのでもいいぜ」
「絶対に嫌だね」
仕返しを恐れたのかセバスチャンがふいとそっぽを向く。この調子だと今自分の分を渡せば争いが起きてしまいそうなので、とりあえずここを出てからの話にしようと不思議な仕掛けの垣根を抜け今度こそ帰路についた。
別に無理に忘れようとしたわけでもなかったことにしようとしたわけでもない。普段の友人同士のやり取りの中に身を置いてもう一度考えたかったのだ。先ほどの彼の真意を、感じた胸の高鳴りの原因を
——
そして彼を拒まなかった理由を。
サムとセバスチャンがくだらない話をしているのを後ろで聞きながら歩いていた帰り道、嫌な気配のする曲がり角に差し掛かって私は足を止める。あ、と小さく声を漏らしたのにいち早く気づいたのはセバスチャンだ。彼はサムの話など気にも留めずこちらを振り返り歩み寄ってきた。
「あぁ
……
どうする? 今度はサムにするか?」
「いや、えと
……
」
「なんだ、どうかしたのか?」
「こいつもここが通れなかったから視界に入れないように引っ張って連れてきてやったんだ」
「へぇ
……
」
どうする、と聞いてきたのは先ほどの件を踏まえてだろうか。そう尋ねられるほど私は浮かない顔をしていたようで、そういうことではないのだと伝えたかったがうまく言葉が出てこなかった。セバスチャンは至っていつもどおりで気まずさの欠片も見当たらないが、そのせいで却ってあれが冗談だったのかどうかも読めない。同じく歩み寄ってきたサムが腰を屈め俯く私を覗き込んだあと、ふと笑って首を振った。
「いや、どう見てもその役目は俺じゃなさそうだ。俺は先に行くから二人はゆっくり来ればいい」
そう私の頭をぽんぽんと軽く叩くと、サムはセバスチャンから荷物を受け取りそのまま一人で先へと進んで行った。
そうして再びふたりきりになった私達の間に不自然な静寂が訪れる。いや、不自然なのは自分だけだ。セバスチャンは俺達も行こうと来たときと変わらず腕を差し伸べてくれている。
これを掴めば終わりだ。きっと明日にはこの迷路も綺麗さっぱり消えてなくなっているように、あの時間のあのふたりもいなくなって元どおりになるだろう。一夜の魔法やイタズラで、それはそれでいいじゃないか。イタズラがしたいと言い出したのは自分だし彼はそれに乗ってくれただけで、悪巧みをした自分は童話のように因果応報を味わわされた。それでいいはずなのに。
「
……
セバスチャン」
私が出したのはその袖を掴む手ではなく、彼の名を呼ぶ声だった。うまく彼を見られないのは変わらなくてずっと視線を逸らしたままだ。なにを言おうか決まりきらないうちに声をかけてしまったから金魚のように口を動かすばかりで、聞き取れないと思ったのかセバスチャンが首を傾げる。
「なんだ?」
「その、さっきの」
「さっきの?」
「
……
ううん。ごめんね今日、うまくいかなくてさ。やっぱり慣れないイタズラはよくないね!」
けれど結局話を切り出せない私にセバスチャンはなにも言わなかった。ただ手を伸ばせば触れられる距離でずっとこちらを見つめるだけだ。だから私も精一杯の笑顔を作って首を振った。
少し離れた場所でアビゲイルの叫び声がする。多分サムに驚かされたみたいだ。そういえば先ほどセバスチャンから引き取った袋には水鉄砲が入ったままだったはずだから、今度はアビゲイルが被害に遭ったのか。本当なら私がその役目を担うはずだったのに。セバスチャンと、ふたりで。
締めつけられて落ち着かない胸の内をどうにか鎮めようとしながら足早に横を通り過ぎたとき、私の腕を掴む強い感覚が走った。
「本当だよ、うまくいかなかった」
そしてそのまま強く引かれたものだから体勢を崩しよろめいてしまう。けれど倒れてしまうことを恐れなかったのはその原因がわかっていたからで、私はまたも背後から包まれるようにセバスチャンの腕の中へすっぽりとおさまってしまった。セバスチャン、と私がその名を呼ぶより早く彼は私の腰に手を回し、そうして振り返る私の唇にその人差し指を押し当てた。静かにしろという意味なのか、やわらかく微笑んで。
「なぁ、だから今度もう一度だけチャンスをくれないか
——
イタズラだと思われたままなのは不本意だ」
後ろから抱き締めたままこちらを覗き込むセバスチャンはそう言うと、私の髪にキスをひとつ落とした。今度はそれだけで解放されたが言葉を失い固まる私を見て、彼はまた意地悪く笑っている。
そして少し先へ行ったかと思うと思い出したかのようにこちらを振り返り、袖か裾かどちらにするのかと問うてきた。先ほどの彼の言葉が本当にイタズラなどではないのならどちらも選ぶつもりはない。差し出された袖から覗くセバスチャンの指先をそっと握って俯き、私は小さく頷いた。
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