うすねず
2025-12-30 01:31:56
1834文字
Public 殺戮刑事
 

殺死杉さん夢

お医者さんにいきましょう!
と言う殺死杉さんが見たかっただけ

昨日はせっかく終電に間に合ったのに、結局寝ることができなかった。
薄暗い部屋の中、このままでは動けなくなってしまう予感がしたのでいつもより数十分早く玄関を出ることにした。
遅刻だと怒鳴られない範囲内で少しでも出社時間を遅らせたくて、普段は乗らない遠回りの電車に乗ってみる。
まばらな人影、朝の白い日差し。吹き付ける風に身を震わせる。
今日はどんな風に怒られるのだろうか。どんな風に間違えるのだろうか。
どこまでも落ち込んでいく気持ちを抱えながら電車に乗り込み、ぼんやりと車窓の外を眺める。
空は青く澄み渡っていて、町は灰色に淀んでいた。
ああ、しにたいなあ。
ガタンと音を立てて流れる景色が止まり、外気がひやりと頬を撫でる。

「ケヒャアーーーー!!!!」

冷たい空気を引き裂くように、大きな音がした。
咄嗟にホームに視線を向けると、スーツ姿の男性が大きく口を開けて笑っている。さっきの音は、どうやら彼の笑い声だったらしい。
…………殺戮刑事だ)
よく見れば男性のまわりには溶けかけた人のようなものが転がっていた。
きっと殺戮刑事に殺された加害者たちだろう。彼らが本当に犯罪者だったのかは、私には分からない。
周りの乗客たちが少しでも危険から遠のこうと、隣の車両へなだれ込んでいく。
私も速やかに遠ざかるべきだ。
しかし、その悍ましいはずの景色が、私にはとても眩しく見えた。
軽やかに舞う手足、彼の手元で煌めく銀光、心の底から人生を謳歌している笑い声。
私には得られない、私の周りにはいない、生き生きと生きる人。
ああ、うらやましい。うらやましうて、眩しくて、彼から目を離せない。
釘付けとなった私へ恐怖が追いつく前に、再び電車が走り出した。
徐々に遠のく光景を名残り惜しく感じながら目を閉じる。
耳の奥にはあの笑い声がまだ残っている。
世界が少し鮮やかになった気がした。


殺戮刑事を見かけてから幾ばくかの日が経過した。
私の日々は特に変わりない。
今日も上司は怒鳴っているし、指示の内容はころころ変わるし、濁った眼をした同僚も私も終電に間に合う日は少ない。
ただ、少しだけ、眠れる時間が長くなった。
(家に帰れた日は)違うルートを使って出社するようになった。
あの笑い声が頭を木霊する。それだけでほんの少し体が軽くなるのだ。
ただ、それだけなのだけれど。

「殺戮刑事だァーーーっ!!!!」
誰かの大声が響く。
大声自体は珍しくもない。誰かへの罵倒ではないのを理解するのに数秒かかった。
……殺戮刑事?なぜ?
疑問が湧くが、仕事を止めることはできない。少しでも手を止めているのが上司に見られれば一時間は怒鳴られ続けるのだ。
社長が殺戮刑事と話しているのが聞こえる。
どうやら私たちのしている仕事は人を殺すものだったらしい。
そうか、私たちは人殺しだったんだ。なら、このまま殺戮刑事に殺されるのかな。
視界の端で血しぶきが飛ぶのが見えた。遠かったはずの悲鳴や叫び声が徐々に私のもとへも近づく。
ちらちらと見える姿からすると、どうやら殺戮刑事は黒いスーツを着ているようだ。
悲鳴に混ざって聞こえる笑い声が私の鼓膜を揺らし、どこか聞き覚えのある声に心臓がどきどきと跳ねる。
あっ部長が倒れた。
逃げようとした課長も倒れた。
上司がいなくなったので、私も同僚もやっと仕事の手を止めることができる。
きちんと視界に収められるようになった職場は、まさに地獄といった有様で、真っ赤に染まった床にかろうじて溶け残った肉塊がぽつりぽつりと落ちている。
隣で同僚が吐く気配を感じながら、私は目を奪われていた。
あの日と同じように伸びやかに、軽やかに舞う人影に。響き渡る笑い声に。
ああ、やっぱり彼だ。生き生きと笑う彼だ。
そうして、黒い嵐が私たちの前にもやってくる。
なんだか視界がぼやけるな。
誰よりも近くであの笑顔が見たいのにな。
滲む視界の中、彼の手に握られたナイフの煌めきだけがあざやかで――
「えっどうしたんですかァ?!」
彼は、素っ頓狂な声を上げて止まった。


「お医者さんに行きましょう!」
いつのまにか涙を流していた私の拙い身の上話に対して殺戮刑事の彼……殺死杉刑事はそういった。
「アナタたちもですよォ!……とはいえ、逮捕は免れませんがねェ」
横で吐いていた同僚たちにも声をかけると、殺死杉刑事は困ったように笑う。
そうか、彼は、こんな風にも笑うのか。