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みがきにしん
2025-12-29 23:34:52
6975文字
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アルカディアの王者
「生身の挑戦者」とザ・タイラントのお話です。
「生身の挑戦者(ヒカセン)」の姿の描写はしていません。男性でも女性でもそれ以外でもどの種族でも読めると思います。
3層、前半と後半で全く攻撃が違うのが好きで、それってどうしてだろう?と思って書きました。
新生アレクサンドリア連王国にはあるだろ…SNS!と思ってSNSの話もしています。当然捏造です。
見たいよなあ、アルカディアンSNS!!!見たいよなあ、ナマセンアンチのお気持ちnote!!!
「生身の挑戦者」の存在とその対戦カードが発表されたとき、アルカディアのファンコミュニティは、少し荒れた。
その挑戦者は障壁の外から来た人間で、武王ゾラージャの起こした騒乱を収める助力をした実力者だという触れ込みはあったが、魔物の魂を使わないという一点で、これまでの試合とは異質すぎたからだった。
まず、大抵のファンは困惑していた。「魔物の魂を使った派手な試合」はアルカディアの肝だ。試合によってはリングごと破壊されることも多いそこに、何の魂も使わない生身の人間が入り込んだところで何ができる? そんな懸念や、好きなコンテンツが変わっていくかもしれない不安を、SNSに投げた。
一方、古参のファンは昔を懐かしむような言葉を述べた。かつてのアルカディアは、生身の人間同士が戦っていた。それが廃れた後、魂の再現体同士を闘わせるようになり、最終的に魔物の魂を使用する現在の形に落ち着いたのだ。そんな歴史を思い出しながら、けれど大抵のファンと同じように、挑戦者が魔物の魂を使用せずにどう戦うのかについては分からずにいて、不安は滲ませながらも運営に対しては期待を込めた応援をしていた。
アルカディアのアンチは大喜びだった。「オワコンのアルカディア、とうとう色モノマッチを開催!」と雑な解説動画やまとめ記事を作ってばらまいた。事実無根の「チケットが売れ残っている」「人気闘士が引退するという噂がある」「オーナーにスキャンダルが起きて、金に困っている」といった情報がSNSに氾濫し、ファンの神経をひっきりなしに逆なでした。
そんな状況であったから、最初の試合であるブラックキャットとの対戦はひどく注目され、チケットは即完売した。悪い意味でも良い意味でも、誰もがその人間を見たいと思っていたのだ。
そしてとうとう「生身の挑戦者」が会場に現れた時、観客たちはどよめいた。その人は、どこからどう見ても、レギュレーターを装着していなかったからだ。
新生アレクサンドリア連王国の人間であっても、レギュレーターを装着しない人は居る。が、ここはアルカディア、命を使った試合をする場だ。そして対戦相手は魔物の魂を使用し、その魔物の力を得た闘士。そこに本当に生身、かつレギュレーターも付けないなど、もはや命知らずという言葉さえ霞むほどに愚かな所業だと誰もが思った。過去の闘士たちの魂を複数人実体化するという、ハンデにもならないハンデの存在も、また観客を困惑させた。
――
一体この人間は何を考えている? 魔物の魂もレギュレーターもなしで、何ができるというんだ?
確かに初戦の相手であるブラックキャットはライトヘビー級で最下位の選手ではある。しかし、その爪はリングさえ容易に切り裂くことができ、動きは魔猫らしく素早く、相手を撹乱するのも得意だ。そんな相手に対して、ただの生身の人間などひとたまりもない。
だからその場にいたファンもアンチも、二つの思いを腹の中に抱えていた。
「もしかしたら、この挑戦者は死ぬんじゃないか?」「いや、でもこれは興行だから、負けるにしても、アルカディアはきっと何か対策をしているはずだ」と。
だが結局のところ、それらの予想はあっさりと裏切られることになる。
生身の挑戦者の劇的な勝利によって。
その日、ザ・タイラントは朝早くからの雑誌の取材に答え、入念な自主トレを終えてから帰宅した。当日に「生身の挑戦者」とブラックキャットの試合があることは知っていたが、今日のスケジュールは数ヶ月前に押さえられたものだ。自由な振る舞いで有名なあの兄弟ならばともかく、統一王者が自身の都合を優先してしまっては、アルカディアの名前にも傷が付く。
だが実際のところ、試合を見ずとも勝負の行方がどうなったのか自体は知っていた。何せ、SNSはとてつもない騒ぎだったからだ
――
「生身の挑戦者」の勝利によって。
ファンたちは大騒ぎしていたが、タイラントは驚いていなかった。他でもないオーナーが探し当てた人間だ。こんなところで負けるならばそれまで、そうでないならばやはりオーナーの審美眼は正しかった、ただそれだけのことだ。
だが、後から振り返ってみれば、むしろそう思い込みたかったのかもしれない。オーナーの意思を汲めなかった自分の代わりがとうとう見つかったことを、どうにか飲み下すために。
映像端末をつければ、すぐに今日の試合が映し出された。数時間前に行われたはずのその試合の再生回数は、すでに通常の試合を大きく超えている。
ネットでは「魔物の魂を使って負けるはずがない、八百長だ」と主張するファンもそれなりの数いた。が、それは違う。そんなことをオーナーが許すはずもないし
――
それ以上に、最新鋭のエレクトロープ録画装置によって映し出された「挑戦者」は、本当に生身なのか疑うほどに洗練された動きをしていた。
ブラックキャットのトリッキーな動きにもすぐ対応して見せ、相手が隙を見せれば果断なく攻撃を打ち込み、引くべき時は引いて致命的な一撃を許さない。
まともに当たれば死ぬ攻撃を掻い潜り、しかし相手を殺すことなくダウンまで持ち込む
――
それは「生身の挑戦者」は、魔物の魂を使った闘士に引けを取らないどころか、闘士を超える実力を持ち合わせている、何よりの証左だった。
興奮したメテムの実況を最後に配信が終わり、過去の試合ダイジェストが始まっても、ザ・タイラントはしばらく画面を見つめたままでいた。
本当に現れたのだ。
オーナーの願いを叶えるに足る人間が。
「生身の挑戦者」が勝ち上がる度、アルカディアのファンコミュニティは揺れた。
「八百長試合」「手を抜くな」「普通の人間にすら負ける最弱の闘士」「ナメたことしてるんじゃねえ!」「もう闘士やめろ」等々、最初に負けたブラックキャットは特にひどく叩かれた。負けたこと自体もあるが、彼女は試合の後、挑戦者のセコンドとして名乗りを上げたため、余計にファンの間で強い批判の的になったのだ。
が、ハニー・B・ラブリーが負け、ライトヘビー級王者のブルートボンバーも敗れた後、乱入してきたヘビー級闘士ウィケッドサンダーが退けられた時、流石に多くの人が、これまで吐いてきた暴言を呑み込まざるを得なかった。
闘士たちが手を抜いているわけでも、まして八百長でもない。あの「生身の挑戦者」は本当に強く、だからこそ闘士たちは負けたのだ。魔物の魂などなくとも、ただの生身であったとしても、人はあそこまで強くなれるのだ。
それはアルカディアの既存コミュニティを大きく動揺させ、同時に多くの新たなファンを呼び込んだ。熱心かつ模範的な既存ファンはそれでも各闘士たちを応援し、チケットを買い、配信を見て、アルカディアにやってきた「生身の挑戦者」を見て理解ある声を掛けすらした
――
が、SNS上は毎日のように論争が起きていた。
「生身の挑戦者」と闘士の試合は、魔物の魂を使った闘士同士が戦う派手な試合とはその性質に大きな差があったし、挑戦者のジャイアントキリングは、続けば続くほど各闘士たちに付いたファンの反発を招いた。ましてライトヘビー級王者となった「生身の挑戦者」がクルーザー級に挑戦し始めると、その人と戦って敗れた闘士たちは揃って引退を匂わせたり、口にし出し始めたのだ。ファンの心が荒れるのも当然だった。
SNSでは生身の挑戦者に物申す匿名の『お気持ち』が毎日のようにバズった。多くの「生身の挑戦者」を批判するファンたちは、彼らより少ない挑戦者の擁護勢と延々と口論を続けたし、どこからかやってきたアンチがそれを煽った。
疲れたファンが癒やしを得ようとウェブコミックを読めば、人気作家のガブロがこれまたアルカディアを取り扱った(しかもウィケッドサンダーやハウリングブレードが戦いの末消滅する)漫画を書いている。
――
生身の挑戦者のファンではない、既存のアルカディアのファンたちは動揺し、そして未だ陥落していないヘビー級闘士と、その王者に期待を寄せるようになった。彼らなら、いや統一王者ならば、きっとあの簒奪者を圧倒的な力でねじ伏せてくれるはずだ、と。
①魔物の魂を注入し続けることによって魂蝕症を発症してしまった闘士を、リンドブルムの核が持つ再生能力を以て救う。
②魔物の魂を使用することによって人気を得た「アルカディア」という場の人気を可能な限りそのままに、生身の人同士が戦うかつての形へと回帰する。
③そのために、リンドブルムとなって戻れなくなったオーナーを倒せる人間を、アルカディアという場で選定し、ファンに認めてもらう。
これらがオーナーの目的の全てだと、ザ・タイラントは知っている。他の全ては方便に過ぎず、そのためならば、文字通りその身も命も投げだし、死後残るだろう汚名も引き受ける覚悟がかの人にはあった。元より、私のせいで君たちは魂蝕症になってしまったのだから、とオーナーは本当に申し訳なさそうに述べた。
けれど本当ならば、ヘビー級闘士たちでリンドブルムが倒せれば全てが解決していた。魂蝕症も治り、オーナーも汚名を着ることなく去ることができた。
ああ! そうできたのならどれほどよかったか!
統一王者は歯噛みした。リングの上で挑戦者を待ちながら。
闘士となってから努力を怠ったことはない。魔物の魂を使いこなす術を他の闘士たちから吸収し、元から身につけていた多種多様な武器を扱う技巧を磨き、よりらしくあれるように、強者然とした振る舞いも言葉遣いも身につけた。
そうして戦ううち、ただの若いエレダイト族はアルカディアの圧制者になっていた。オーナーの作り上げた
王国
アルカディア
で、彼は正しく、誰よりも王者だった。
魂蝕症という不治の病が明らかになり、オーナーがその解決策を求め、リンドブルムと化して戻れなくなるまでは。
――
ザ・タイラントにとってオーナーは代わる人のいない恩人だった。駆除人として働いていたただの若いエレダイト族を見いだし、アルカディアでの戦い方を教え、スポットライトの当たる目映い場所に連れて行ってくれた。
だからこそ彼を送り出すのは自分でありたかった。
ありたかったのに、ザ・タイラントは勝てなかった。
リンドブルムの再生力は凄まじく、ベヒーモスの魂を以て挑んでもなお上回った。生成した武器で、メテオで、あるいは周辺の全てを使って戦っても駄目だった。傷を付ける度にオーナーは仰け反り苦しみ、咆哮を上げ
……
そして次の瞬間にはそれが癒え、むしろ傷口から新たな頭や腕が生えて、リンドブルムの細胞がまき散らされた。それらの細胞に取り付かれたと思った次の瞬間には視界が暗転し、オーナーの駆使するアウトランナーに揺り起こされるまで、リングの上に倒れ込んでいた。
勿論、それで諦めたわけもない。
それからも折に触れて、ザ・タイラントはリンドブルムに挑み続けてきた。自主トレの内容を増やし、武器の扱い方を洗練させ、他の魔物の魂も片端から試した。自分が成長したと思うたび、玉座の防衛に成功するたび、ザ・タイラントはリンドブルムに挑んだ。
それでも勝てなかった。
オーナーを、恩人を、あの恐ろしい蛇の怪物から解放したいというのに、そして魂蝕症などというつまらないものに煩わされることのないようにしたいというのに、ザ・タイラントの力は、いつまで経とうと届かない。
そしてオーナーはとうとう外部に、いつ来るかも知れない救いを求めた。あらゆるものが殆ど自動化されたこの国で、戦闘技能を磨く人間はほんの一握り。その上、この国には障壁があり、国の外から入り込める存在はまずいない。それでも、魔物の魂を使うアルカディアという王国を破壊し、燃やし尽くす
存在
ゲームチェンジャー
を求めて、そのための筋書きをオーナーは書いた。そんな『誰か』が、闘士たちを救ってくれると信じて。
だから、ザ・タイラントは自身の王国の門番になることにした。
王者の立場は偽りだ。自分さえ倒せなければ、オーナーに挑んでアルカディアを壊す資格などないのだから。そうしてこの魂の限界が来るまで、その役割に徹することを自らに課した。
己の心が、悔しさと疑問を叫ぶのには蓋をして。
――
果たして『それ』は来た。
既存のアルカディアに風穴を開ける本物のゲームチェンジャー。生身であってなお闘士たちにも負けない、生ける炎のような人間。ザ・タイラントがどれほど足掻こうと届かなかった、オーナーの期待を背負って立てる力を持つかもしれない「挑戦者」。
悔しかった。己の力のなさが。羨ましかった。オーナーから選ばれた相手のことが。
それでも、門番の役割を投げ出すつもりはなかった。ザ・タイラントに求められているのは、既存のファンたちには「生身の挑戦者」の立場を強く意識させ、挑戦者のファンたちには魔物の魂を使用せずとも人を引きつける闘いはできるのだという表明をさせること。その上で「生身の挑戦者」と闘うことだ。そうすることで生身の人間の闘いが放つ輝きというものが、よりファンの目に焼き付くことになるのだから。
ザ・タイラントは拳を握りしめた。
諦めたわけではない。救えるのならば自分の手でオーナーを救いたい。
だが、魂蝕症の進行は止まらない。特に、ウィケッドサンダーことユトロープの症状は深刻で、もはや隔離措置を講じるしかなかったとオーナーは述べていた。まだ試合自体に支障は出ていないが、他のヘビー級闘士たちも病状は進行している。自分も含め、あと数年は到底持たない。今が瀬戸際なのだと、ザ・タイラントはよく理解していた。
理解していた、つもりだった。
「生身の挑戦者」は強い。攻撃の威力も、見切りの正確さも、防御の精緻さも。それはこれまでの試合で十分以上に分かっていることだ。だが、それでも実際に闘ってみると全く予想と違っていた。
「
……
っ!」
有効な攻撃がほぼ当たらない。与えているはずのダメージが通っている気がしない。相手からの攻撃が、ベヒーモスの力を得てこれ以上なく強固なはずの皮膚を貫く。陽動により攻撃の対象を攪乱させられ、牽制が一撃必殺の技の威力を刮ぎ取り、捕らえたと思った次の瞬間には離脱されている。
その一撃一撃は、生身の人間としてはこれ以上なく重いといえど、こちらの膝を折るほどではない。けれど、僅かずつ、けれど確実に追い詰められていく。選択肢を奪われ、徐々に首を絞められるように、終わりへと追い落とされていく。
そうしてミールストームが凌がれ、元駆除人としては奥の手であったウェポンアバランチが避けられた時、纏っていた余裕が剥がれ落ちていくのを、自覚していながら止められなかった。これまで闘士として構築してきた王者然とした振る舞いが、言葉遣いが、オーナーに依頼された役割が、全て頭から吹き飛んだ。
なぜ貴様はそうも強い! なぜ私の力は届かない! リンドブルムにも
――
貴様にも!
「私は絶対王者だッ! 負けることなどあるものかァァ!!」
厳重に封じていたはずの悔しさと疑問が、理性で糊付けした蓋を容易に弾き飛ばす。常ならば生成した武器を使って闘うのがザ・タイラントとしての主要な戦い方であり、必要以上に魔物の力に頼ることなどしない。が、もはや自分がどう見られるかなど、とうに頭から消えていた。
魂が悲鳴を上げるのを無視して、ベヒーモスの力を更に行使する。メテオを落とし、爆発させ、有り余る力に任せてステージを破壊し、力の限りに暴れ回る。
それでも、ああ! なお「生身の挑戦者」は倒れない!
武器を握り、ザ・タイラントをまっすぐに見つめる。その目には諦観も無力感もなく、ただ強い視線が統一王者を貫く。
「魔物の意地と、生身の覚悟のぶつかり合い! どちらが勝ってもおかしくありません!」
メテムが何かを叫んでいる。けれどもう何も聞こえはしない。
どうして、なぜ貴様はそこまで強くなれた? 生身でありながら魔物にも負けないほどに。努力を続ければ、あるいはなれるのか? 貴様のように。
――
それとも、目指すべきは最初から貴様のような人間だったのか? そうすればオーナーも救えたのか?
そんなことなど、あっていいはずがない。
「この魔物の力あってこそ、アルカディアなのだッ!」
一瞬脳裏によぎった疑問を掻き消すために、ザ・タイラントは喉も裂けるほどに叫んだ。そうでなければ
――
そうでなければ、私は、このアルカディアは、守り続けてきた至天の座とは一体何だったのだ?
統一王者になって初めて、ザ・タイラントは、一切の手加減抜きで攻撃した。相手が生身であることなど忘れ去り、全霊で相手の存在を消すために力を行使した。
炎が逆巻く。ステージが抉れ、岩に見立てたエレクトローブが削り飛ぶ。その炎と岩を掻い潜って、「生身の挑戦者」が眼前に迫る。
その姿は強く、そして脳裏を焼くほどに目映い。
『これが「生身の挑戦者」か
……
』
次の瞬間、ザ・タイラントの視界はぐるりと回った。
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