クライデは曖昧に微笑んだ。それがまるで、かのアフターグローの街角で酔漢に絡まれでもしたかのような表情だったものだから、ツェルニーは眉をしかめて彼を睨み据える。自分は酔っていないし、妄言を吐いたわけでもない。
「……繰り返しになりますが、クライデさん。あまりエーベンホルツさんを甘やかすのはおやめなさい。彼のためになりませんよ」
彼らの事情は、ある程度知っている。
つらい境遇を支えあい過ごした友人と、こうして十数年ぶりに再会できたのだ。アフターグローで起きてしまった悲劇も力を合わせて乗り越え、こみ上げるものもあるだろう。それは理解できる。
だが最近のクライデは、どうにもエーベンホルツに対してかいがいしすぎるのだった。
「……僕、そんなに変なことをしてしまっていますか?」
「逆に教えてほしいのですが、あなたがたの年頃の友人は、昼寝に膝を貸してやるものなのですか?」
「すみません。僕もずっと友人がいなかったので、よくわかりません……」
困り顔で笑うクライデの膝を枕の代わりにして、エーベンホルツが丸くなっている。
夢見が悪く、頭痛があると言っていた。
確かにひどい顔色をしていたので、そんな状態ではまともな音も出せないだろうと判断したツェルニーは、エーベンホルツを休ませることにしたのだ。すると彼は這うように防音室の壁際へ向かい、そこでチェロの用意をしていたクライデの服の裾を引いた。
クライデは驚きもせず楽器から離した手でエーベンホルツの体を自然な体勢に転がし、膝の上に頭を置いて具合よく落ちつくようにさせてやった。彼が額に触れて熱を確かめ、低く何かを囁くころには、エーベンホルツはもうすっかり眠りこんでいたのだ。
ふたりがあまりに自然にそこまで済ませたため、不覚にもツェルニーからエーベンホルツへの叱責が遅れた。結果としてクライデにふたりぶんの苦言を投げかけてしまっている。
「……このままでは、いつかエーベンホルツさんはあなたのスプーンから食事をするようになるかもしれませんね」
ははっ、とクライデは朗らかに笑った。
笑うよりも否定をしてほしいとツェルニーは思った。
「僕は本来エーベンホルツが受けるべきだったものを今渡しているだけですよ。ツェルニーさん」
クライデの手がエーベンホルツの肩を撫でている。
「僕が祖父に抱かれて眠っていたとき、エーベンホルツは広く大きなだけのベッドにひとりきりでいたんです。怖い夢を見ても、背を撫でてくれる手なんてきっとなかったでしょう」
感染者の存在がこの大地における忌まわしい恥部だとすれば、エーベンホルツの肩書はことリターニアにおいてそれすら凌駕するほどの意味をもつ。
体調が悪いと訴えて縋りつける存在など、当然周囲にあるはずもない。
ツェルニーはクライデを見る。
白い癖毛のキャプリニーは、黒髪の、似たような癖毛のキャプリニーの頭を慎重に膝に乗せたまま、にこっと笑った。
「それに、甘えているのがエーベンホルツだけというわけではありません」
「……そうですか。では勝手になさい、私はエーベンホルツさんが目覚めたときに課す課題を用意しておきますから。……もちろんあなたもですよ、クライデさん」
「はい。ありがとうございます」
嬉しげに声を弾ませたクライデの指先は、くるくると黒髪を巻きつけて遊んでいる。その指の陰で眠るエーベンホルツの眉間に皺が刻まれているのをツェルニーは見た。
ふん、と鼻を鳴らす。
一丁前に深刻な顔でいるようだが、それならばせめてクライデの膝を枕にする習性を忘れてからにしてもらいたいものだ。
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