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やまだ
2025-12-29 14:32:46
2628文字
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ゼンゼロ
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ライアキ
『僕は今とても腹を立てている、ライカンさん』
「
……
確かにそのようなお声でいらっしゃいます」
うん、と、きっとスマートフォンの向こうで重々しくアキラは頷いただろう。あと十分ほどで終わる十月四日に合わせて就寝しようとしていたライカンのスケジュールは、どうやら最後の最後で狂いそうだ。
もうベッドの上におり、義足は外している。ライカンは腿までしかない両脚の片方をもう片方の上に乗せてから、さらにそこへ肘を置いた。自室の外ではとても許されないだらしなさで背を丸める。目を閉じるとぶすっと機嫌悪く膨れた若者の姿が浮かぶようだ。微笑ましい。
「どうなさいましたか、アキラ様。もしやライカンは何かあなた様へ不調法をいたしましたでしょうか」
アキラからの返事は沈黙だった。
ただし、おそらくこれは否定の沈黙だろう。なぜならここしばらくライカンはアキラと顔を合わせてすらいないからだ。彼の「仕事」の関係で、何日か郊外へ向かうと聞いていた。
ところがアキラの返事を聞いて、ライカンは耳と尻尾を勢いよく立てることになる。
『うん。とんだ不調法だ』
今度はライカンが黙りこむ番だった。
誓ってライカンはこの数日、彼に対して何もしていない。ライカンはライカンなりにアキラのいない日常を、業務に家事に励んで過ごしていたのだ。
『ライカンさん』
「はい」
もはや姿勢を崩して通話している場合ではない。ライカンは職務中のごとき礼儀正しさで私室のベッドに背筋を伸ばした。脚は今は投げだすしかできないのでできれば見逃していただきたい。
『僕があなたのことをとても好きなんだと、あなたはわかってくれているはずだね?』
「ええ。大変喜ばしく、そして誇らしく感じております」
『そして僕の勘違いでなければ、あなたも僕を好きでいてくれているだろう?』
「もちろんでございます」
つい質問を食うように返事をしてしまった。彼からまだ勘違いかもしれないと思われていることに静かな衝撃を受ける。
『それじゃあミスター・ライカン、もうひとつ質問だ。あなたは今日がなんの日だったか覚えているかい?』
「今日でございますか? 特に何も
……
」
『
……
何もないなんて言うつもりなら、僕は今後二度とあなたとプライベートで会ったりしない。そのつもりで答えてほしい』
地の底から湧き上がるような声だった。そしてライカンはその声音よりも語られた内容にこそ肝を冷やす。
今更、ここまでアキラのひととなりを知った今になって、仮定であっても彼から見捨てられる想像は耐えがたい苦痛を伴う。動揺のあまりスマートフォンを握り潰すところだった。
外装の軋む音が伝わったのかもしれない。ふ、と溜め息をついたアキラの声は、先ほどよりは幾分柔らかいものになっていた。
『
……
あなたにとって昨日と大して変わらない今日だったというのは理解したよ』
「
……
申し訳ありません」
だが本当に心当たりがない。目覚めてから同僚と挨拶を交わし、食事を摂り、いつものように仕事をしただけだ。夕食時、エレンとカリンがわざわざ用意してくれたというデザートが美味だった。よい一日だったと満たされた気持ちでベッドに入り、そのまま眠るだけのはずだったのだ。
『
……
今朝リナさんは、カリンは、エレンは、バトラーは、あなたにお誕生日おめでとうと言ったんじゃないのかい、ライカンさん?』
アキラの声はいっそ疲れきっていた。こめかみでも揉んでいるかもしれない。そして彼に促されてようやく、ライカンは今日という日の意味に思い当たることができた。ああ、とつい独語が漏れてしまう。
「
……
あなた様は私の誕生日を気にかけてくださったのですね」
『そうだよ。
……
というか、僕がこんなにやきもきしているのに、どうして当のあなたがここまでいつも通りなんだ』
「この歳になりますと、もう誕生日も特別めでたいものというわけでもなく。もちろん、祝っていただけるそのお心遣いは大変嬉しく思いますが」
『僕はその、あなたには全然特別でもなんでもない日を、特別に祝いたかったんだ』
悔しさの滲み出たアキラの声に、ライカンの尻尾がベッドの上でぱたんと跳ねた。
『実を言うと、前からあなたの誕生日がいつなのかは知っていたんだ。これでも僕はプロキシだからね。だけどあなたの口から聞きたくて、教えてくれるのを待っていた」
「それは
……
申し訳ありません」
もういいよ、とアキラはスマートフォンの向こうで溜め息混じりに笑っていた。弱々しいような笑声がたよりない。
『変な意地を張らず、もっと早く素直におめでとうと言えばよかった。勝手に腹を立ててすまなかったよ』
「
……
いいえ、アキラ様」
ライカンもまた深く深く嘆息した。自分への憤りのあまり、腹が煮立つようだ。
「どうかお怒りください。あなた様は、あなた様だけが私の不義理を責めなじってよろしいのです」
『もういいと僕は言ったよ。わざとじゃなかったと知れたから、いいんだ。安心できた』
つまりはアキラは今日一日、ライカンのせいでそわそわと落ちつかない時間を過ごしていたということだ。ふがいなさに目まいすらする。
「
……
アキラ様。お願いがございます」
『なんだい?』
「あなた様から誕生日プレゼントをいただきたいのです。よろしいですか?」
もちろん、とアキラは朗らかに笑った。さすがに今日はもう遅いので、明日以降の都合のいい日で会う約束をする。
『ちょっとしたプレゼントは用意してあるけれど、ほかにライカンさんから何かリクエストはあるかい? あまりいいものは難しいけれど
……
』
「いえ、私にとってはあなた様とお会いできることが最高の贈り物になりますので」
『
……
会うだけでいいのかい?』
ふふ、と吐息で笑う音が随分と深夜にふさわしい色をしている。ライカンも小さく笑ってそれに応えた。
「どうぞ念入りにおめかしをしていらしてくださいませ」
『おめかし?』
ライカンが冗談を言ったと思ったようだ。楽しそうに語尾を上げて繰り返す声の主へ、見えていないと知りながらライカンは会心の笑みを浮かべる。
「ええ。プレゼントの醍醐味は、美しいラッピングをゆっくりとひらいていくところにございますから」
アキラが息を呑んで黙りこんだ。
彼の返事を待ちながら、ライカンは壁掛け時計の長針と短信がじわじわ重なっていく様子を楽しく眺めている。
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