やまだ
2025-12-29 14:32:23
1686文字
Public ゼンゼロ
 

No title

ライアキ

「ホロウの中と同じよ。あなたといると安心するわ」
 六分街の路地裏でアンビーからなんてことないような口調で言われた言葉を思い返している。雑談の途中、彼女一流の淡々として聞こえるあの声音で教えられた信頼は、アキラの胸をほっこりとあたためてくれた。
 人から頼られるのは嬉しい。それが友人であればなおのことだ。これからも彼女の信頼に応えられる自分であろう、と決意を新たにするアキラである。
「ご機嫌ですね、アキラ様」
「うん。今日はいいことがあってね」
「左様ですか」
 六分街を出て、アキラは今は僅かに目尻を下げて笑うライカンとルミナスクエアを歩いている。これから一緒に映画を観る約束だった。
「友達が、僕といると安心すると言ってくれたんだ」
「ああ……それは、私もわかる気がいたします」
「ライカンさんが? 僕に?」
 それはかなり意外だった。
 目を丸くするアキラが仰ぐオオカミ執事は、いつものように優雅で余裕たっぷりで格好いい。迷惑をかけることは多々あれど、彼にアキラが安心を提供できているとはとても信じられなかった。
 今日だってアキラは手ぶらでルミナスクエアまでやって来たが、ライカンは映画館の入場チケットと数種類のドリンク、とりどりの菓子をどこかに隠し持っているはずだ。そのうっとりするほどおいしい菓子類のためにアキラはしっかりと朝食を抜いている。我ながら頼もしさや安心感のかけらもない。
 ところがライカンは訝るアキラへ深く頷いた。
「あなた様はどなたに対しても思いやり深い方です。お兄様だからでしょうか、周囲の方に気を遣わせまいとご自分の意見を我慢しがちなところがあるようで、そこは少々心配ですが……
……あなたは誰の話をしているんだい、ライカンさん?」
「もちろんアキラ様について述べさせていただいております」
 自分から映画に誘っておいて、その相手にチケット代を払わせるような男とは思えない、実に立派な青年の話を聞かされている。アキラは彼の爪の垢を煎じて飲むべきだ。
……僕があなたの前でそんな遠慮をしたことがあったかい? 自分で言うのもなんだけど相当図々しいだろう、僕は」
「図々しいとは思いませんが、ええ。あなた様がライカンに対して気を遣う必要などないと理解してくださっていることは、大変喜ばしく」
「喜ばしいのか……
 それにしても、と思う。アキラがライカンと交流をもつのはこういった短い空き時間と、あとはホロウ内をほかのエージェントたちと探索してもらうときくらいだ。さすがと言うべきか、アキラごときの言動をよく見てくれている。
「あわよくば、と待ち構えているところなのです」
 すれ違う人ごみからアキラをさりげなく庇ってくれながら、ライカンは上品に微笑んだ。優雅な表情と彼にしてはいささか直截的な台詞が釣り合わないようで、アキラは少し首をななめにした。
「何をだい?」
「いつか肩の荷に耐えきれなくなったそのとき、あなた様がガス抜きの相手として真っ先に私を選んでくださることを、でございます」
 アキラは微笑むライカンをまじまじと見つめた。
「無論、そのような日が永劫訪れないことを第一に願ってはおりますが」
……僕は何があっても折れたりしない」
「そうでしょうとも」
 ライカンは微笑んでいる。アキラがこれを聞かされればどう答えるかをとっくに知っているという顔だった。
 アキラの肩がすとんと落ちる。瞬きをしてから改めて見上げるライカンのさらに頭上で、空が青かった。久しぶりに空を見た気がする。
……だけどライカンさん」
「はい、アキラ様」
 幼児が親にねだるようにライカンの左手を探した。大きくてふかふかの掌中にぎこちなく右手を滑りこませると、すぐに柔らかく包みこまれた。その温度にほっと息をついたことも、おそらく知られているのだろう。
「僕はあなたが甘えさせてくれることに、安心しているみたいだ」
「左様ですか」
 ライカンはアキラの手を引いて歩きながらふっと笑った。
「どうやら私にも良いことが起きたようです、アキラ様」