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やまだ
2025-12-29 14:29:14
2585文字
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ゼンゼロ
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ライアキ
好きな人に好きだと言って好きだと返してもらった。
それから少しずつ一緒に過ごす時間を増やして、少しずつ隣を歩くときの距離を詰めた。少しずつ、世のかわいらしい恋人たちが街中で手を繋いだり腕を組みたがる気持ちも理解できるようになった。
さて、そこで、とアキラは思ったわけである。
「ライカンさんは僕とキスとかセックスをしたいとは思わない人なのかな?」
ライカンの手から剥きかけの桃がころりと逃げた。
アキラは彼と同じソファーに腰かけてはいたものの、両手がコーヒーカップとソーサーで埋まっていたので咄嗟に動けない。あ、と思って見守るうちにサイドテーブルで跳ねた桃は落とした本人の手がなんなく回収していった。
桃を掬い上げる手から腕、肩へと目を上げていくと形容しがたい表情をしたライカンがいる。この人もこんな顔をするんだなあ、とちょっと微笑ましくなって、アキラは目で笑いかけた。
「びっくりしたかい?」
「
……
いたしました。それはもう」
だけどこんなあけすけな話をするには今日はうってつけだと思うのだ。エレンは学校で、リナはカリンのメイド修行の監督として外へ出ている。ヴィクトリア家政のホームにはアキラとライカンしかいないのだ。
そういう状況を告げた上でライカンはアキラを招いたのだ。アキラがうっすら緊張しながらライカンの私室に足を踏み入れたのは、まったく正しい反応のはずだった。
ところが部屋に案内されてから今まで、丁寧に焙煎したコーヒーを淹れてもらい、たくましい肩に寄りかかりながら世間話をして、頂き物ですがとするする桃を剥く器用な手を眺めるだけだ。あまりの居心地のよさにアキラの緊張感はすっかり霧散してしまった。
すると純粋な好奇心だけが残る。
「僕もあまりこういうことに詳しくないから申し訳ないけれど、普通はふたりきりになったらするのかなと思ったものだから。それとも僕が前のめりすぎるのかな?」
「いえ
……
いえ。そのようなことは
……
」
「そうかい? じゃあライカンさんは
……
」
「アキラ様。
……
アキラ様、申し訳ありませんが少々お待ちいただけますか」
問いかけの途中で、それを遮るように声を被せられてしまった。ライカンがこんな真似をするのは非常に珍しい。
アキラが何度か瞬く内に、ライカンは果物ナイフにカバーを装着して剥きかけの桃を氷水の中に沈めた。布巾で丁寧に手をぬぐい、それから上半身をひねってアキラを正面から見る。
「
……
失礼いたしました。続きをどうぞ」
「
……
ライカンさんはあまりそういう接触が好きじゃないのかな、と」
「決してそのようなことはございません」
否定は力強かった。気圧されたアキラはコーヒーカップを口に運んで少し顎を引く。
「
……
咎めるつもりじゃないんだ。強要して、あなたに無理をさせたいわけでもない。これはただの確認だよライカンさん。これから一緒にどう過ごすかを考えていくのに必要だろう?」
「アキラ様」
コーヒーカップとソーサーがぱっとアキラの手から消えたと思ったら、なぜかライカンがそれをサイドテーブルに戻している。
噛んで含めるようにアキラを呼ぶ声は、普段よりも少し低いようだった。
「決してそのようなことはございませんと申し上げました」
「
……
キスを?」
「はい」
「
……
セックスも?」
「ええ」
じゃあどうして、と目で訊ねるとライカンは困ったような、悩むような顔をした。今ここで言い逃れをされては何も変わらないので、アキラも目を逸らさない。
やがてライカンは難しい顔のまま、人さし指で自分の頬を叩いた。正確に言えば口元を拘束する黒いベルトを突いている。
「
……
少々お見苦しいものをお目にかけてもよろしいでしょうか、アキラ様」
アキラが頷くのを待って、ライカンは慣れた指さばきでベルトの金具を外した。
はらりと顔の右側に垂れたベルトをそのままにして、オオカミ執事はアキラの目の前で縦に大きく口を開けてみせる。ずらりと並んだ牙の鋭さ、犬歯の思いがけない太さを、改めてアキラは間近で感心しながら眺めた。
「なるほど」
と頷いた顎の下にふわふわした感触がある。ほんのり桃の香りを残したライカンの指が、アキラの顎をくっと持ち上げて支えている。
「そもそもの規格が合っていないのはよくわかったよ」
「牙を当てずに
……
というのも、申し訳ありませんが少々難しく。となると方法が限られてまいります」
ライカンの顔が近くなり、ふっとアキラの唇の上を柔らかくなめらかなものが掠めていった。あまりに気安い接触をぺろりと舐めて確かめたところ、その舌をしまう前に唇ごとべろりとやられてぎょっとする。
この人はそんな無作法をしないと、すっかりそう思いこんでいた。
「舌を」
鼻先がライカンの声でぬるく湿る。その距離にライカンがいる。じん、とアキラの頭の奥が痺れた。
「お口を開けて、舌を伸ばしていただけますか」
請われたまま幼児のように出した舌を、先端から根元まで丁寧に舐め上げられる。薄く長い舌はアキラの口内に溜まってあふれた粘つく唾液も受け止めて、一滴たりともソファーに落とさなかった。
舌を垂れてはふはふ言うアキラのほうがよほど犬のようだろう。隻眼がじっとアキラから目を逸らさないので余計に息が上がる。
無意識にライカンのジャケットを握りしめていた。
「
……
あまり行儀のよい行為ではございませんが、お嫌では」
甘い香りの親指が優しくアキラの口の周りをぬぐってくれる。桃が食べたいな、と思って、その思いのまま口を開けた。ぱくりと味のしない桃に吸いつく。
「アキラ様」
たしなめるように頬の内側をくすぐる指を含んだまま、アキラはライカンへ目で笑いかけた。
顔は熱いし鼓動は速い。息苦しくて、照れ臭くて、そして叫びだしたいくらいに嬉しかった。
「もう一回して、ライカンさん」
ライカンの三角耳がゆらっと揺れる。
「もう一回、僕のせいで行儀の悪いあなたになってくれ」
ライカンは一瞬だけきつく眉を寄せたようだった。ベルトの外れた口角にちらりと覗くのは牙だろうか。
だが、怒らせてしまったか、と考える前にライカンはアキラの望む通りにふるまってくれたので、もしかするとただの見間違えだったのかもしれない。
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