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やまだ
2025-12-29 14:28:52
1996文字
Public
ゼンゼロ
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ライアキ
「だったらうちに来たらいいじゃないか」
アキラはけろりとそう言った。思わず左右に揺らしてしまったライカンの尻尾を一瞬だけ眺めた目がぐうっと上がり、ほぼ真上を見る。戸惑って返事に迷うライカンと目を合わせる。
六分街の地下鉄駅でたまたま出会った青年は、この街でライカンと鉢合わせたことに驚いたようだった。親しげな笑みとともに駆け寄って当然のように隣へ並んだ彼と、中心街の方向へ歩く。
「一時間後にお客様との約束があるのです。それまでカフェで本でも読んでいようかと」
「そうなのかい? だったらうちに来たらいいじゃないか」
「それは
……
ご迷惑では」
「迷惑ならこんなこと言わずに黙っているよ」
アキラは朗らかに笑った。
「実はね、うちの駐車場でイアスと友達が遊んでいて朝から車が出せず困っていたんだ。もしあなたがよかったら、休憩ついでに彼らを説得するのを手伝ってもらえないかな?」
少しほっとする。無償の厚意はライカンにとって恐縮の対象のため、こうして交換条件を出してもらえたほうが気楽に甘えることができる。そしておそらく、アキラはライカンのそうした性質を理解した上でこの提案をしてくれた。
彼のこういう押しつけがましさのない親切は非常に居心地がよかった。
「そういうことでしたら、ええ。喜んでお言葉に甘えさせていただきます」
「よかった。助かるよ」
感謝をこめて微笑むと、アキラも目を細めて柔らかな笑みを浮かべた。
遠慮がちな笑声が駐車場に落ちてころころと散らばっている。ふふ、くく、と肩を震わせているのはもちろんアキラで、彼の視線の先にいるのは誠に遺憾ながらライカンだ。正確に言えば、地面に片膝をついたライカンの尻尾や腿を枕にしてくつろぐ、イアスを始めとしたボンプたちに彼のまなざしはそそがれている。
「人気者じゃないか。羨ましいな、ライカンさん」
「ご冗談を
……
」
駐車場で鬼ごっこに興じていたボンプたちのうちで、ライカンに真っ先に反応したのはイアスだった。にこにこ駆け寄ってきたイアスに挨拶するうち、ほかのボンプたちもおそるおそるライカンを取り囲み、そしていつの間にかこうなっていた。
「写真を撮ってもいいかい?」
「
……
ご随意に」
アキラが満面の笑顔でスマートフォンを構える。目を伏せてカメラの起動音を数えるライカンを、下からボンプたちが興味深げに窺うのがいたたまれない。
「ライカンさん、耳がしょんぼりしているよ」
嫌だったかい、と穏やかに詫びる声が心地よかった。そういうわけではないので小さくかぶりを振る。
「いえ」
俯く視界の隅に現れたスニーカーはアキラのものだ。ライカンの真正面で膝を抱えた彼は、申し訳なさそうな笑顔を少し傾けさせていた。
「すまない。僕が調子に乗りすぎた」
「そのような
……
嫌というわけではございません。私個人の問題なのです」
「
……
どういうことだい?」
素直な視線に観念した。ライカンはながながと嘆息する。
どうせもう、取り繕いようのない状態になっているのだ。これ以上悪化しようがない。
「
……
つまらぬ見栄と申しましょうか。あなた様が目を留めてくださる際の私は、どうもかわいらしい物と共にあるときばかりのような気がいたしますもので。つくづくと己の外見を憂えていたところでございます」
ななめになったアキラの相貌がみるみる丸くなる。
かつてルミナスクエアで犬猫に群がられるライカンを見たときも、アキラは大喜びで写真を撮っていた。ボンプの外見のほのぼのしさは言わずもがなだ。
ライカンがもう少し小柄なイヌやネコのシリオンであれば、アキラは彼らに向けるような目でこちらを見てくれただろうか。真上を仰ぐようにではなく、同じ高さで視線を交わすことができただろうか。
決してオオカミのシリオンとしての自分が厭わしいわけではないというのに、そんなくだらない考えがどうしてもぬぐえない。
情けなさを噛み締めながらライカンは心のうちを吐露したが、すると目の前で瞠目する若者はなぜかみるみる顔色を紅潮させていく。
首をまっすぐに戻したアキラは、にこにこしながら赤い顔をライカンへ近づけてきた。鼻の頭が触れる近さだ。
「ライカンさん」
「
……
なんでしょうか」
つん、と鼻を触れ合わせたアキラはそのままにっこりした。
「安心してくれ。どんなものより、あなたが一番かわいいよ」
アキラは鼻を合わせたままとろけるように笑っている。
ライカンの尻尾でくつろいでいたボンプたちは急に振り落とされて不満そうだ。だがライカンは耳と尾をぴんと立てた格好のまま固まって動けない。彼らに謝罪できる余裕などまったくなかった。
六分街の昼下がり、ヴィクトリア家政フォン・ライカン痛恨
——
あるいは会心の自失は、これからたっぷり十五分続くことになる。
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