やまだ
2025-12-29 14:27:45
2475文字
Public ゼンゼロ
 

No title

ライアキ

 六分街のビデオ屋は裏側に駐車場を備えている。ただ、ここはあくまで従業員のためのスペースのため、来店時に車を利用する際には少し先にある有料駐車場を使うことになる。
 うららかな日の射すその駐車場で、ライカンは今停めたばかりの車から降りて助手席側のドアを開けている。うやうやしく頭を垂れ、手をさしのべる。
「長らくのドライブ、お疲れ様でございました。イアス様」
「ンナナ!」
 助手席から飛び出したボンプは軽やかにライカンの手のひらへ着地する。そのままととと、と腕を駆け登り、曲げた肘の部分を椅子代わりにして落ちついた。初めて共に「仕事」をしたときから、イアスはライカンのことを移動する巨大な椅子だと認識しているようだった。
 短い足をちょこちょこと上下させてくつろぐイアスは行儀よくもかわいらしい。眺めていると彼の主人たちのひととなりが想起されて、つい気が緩んでしまう。
「イアス様。お手数ですが、あなた様のご主人様のお呼び出しをしていただけますか?」
「ンーナ、ンナ」
 イアスが小さな手を空へとまっすぐ伸ばす。
 何をしたのかライカンには不明だが、イアスがそうした直後にビデオ屋の裏口ドアが軋み、アキラが微笑みながらひょっこり現れた。
「おかえりイアス。ライカンさんも、わざわざありがとう」
「もったいないお言葉です。こちらこそイアス様とおふたりのお陰で、無事にホロウからの帰還が叶いました」
 ふふふ、と目を細めて含み笑うアキラの手が、ライカンの腕からそっとイアスを引き取っていく。
「また何かあれば、ぜひ僕たちパエトーンをご贔屓に。絶対にあなたたちをがっかりさせたりしないよ」
「ええ、存じております」
 ライカンたちヴィクトリア家政としても、叶うならばホロウ探索のナビゲーターに毎回彼らを指名したいところではある。ただ何しろ依頼主から支払われる資金にも限りがあるため、なかなかそういうわけにもいかないのだった。ヴィクトリア家政は一流エージェントを自認するが、アキラたち兄妹もまた一流のプロキシだ。ギャランティは能力に比例する。
「イアス、バッテリーは平気かい? 充電は?」
 とはいえ、こうしてボンプを撫でながらにこやかに語りかけるアキラは穏やかな青年にしか見えない。ンナンナとはしゃぐイアスも、彼に大切にされているからこそこれほど素直な性格が構築されているのに違いなかった。
 彼の妹も、とても明るく屈託のない性格の娘だ。兄妹で互いをよく思いやりあっている。そういう健全さはライカンにはとても眩しく、手の届かない美しいもののように映った。
「ライカンさん、まだ時間はあるかい? 少し休んでいってくれないか」
 その美しいものがライカンに向けて笑いかけている。ライカンも少し微笑み、ぜひ、と頷いた。
「イアス様はアキラ様を非常に信頼なさっているようです」
「うん。うちにいるボンプたちの中でも、一番付きあいが長いし……僕にとってはもうひとりの弟妹みたいなものかな」
「なるほど。リン様にとってもイアス様にとっても、あなた様は素晴らしいお兄様なのですね」
「そうかな……そうだったらいいけれど」
 イアスを抱きかかえたまま、眉を下げてはにかむ様子が少し幼かった。妹やボンプから見れば頼もしい兄であったとしても、ライカンにとってはアキラも守るべき若者だ。しみじみと彼を見下ろし、彼に撫でられたがっているボンプを見る。アキラは乞われるまますぐにイアスの頭に手を置いた。
 ……断じて、ライカンはそれにつられて動いたわけではない。
……ええと、ライカンさん?」
 アキラの声が大いに戸惑っている。表情はわからなかった。ライカンが彼の小さな頭に手を置いて俯かせたまま、静かに自分の行動に驚愕しているからだ。
 こんな触れかたをする気などなかった。ライカンとアキラは友人だが、友人は普通こんな真似をしないだろう。
 常識として、それはわかる。
 わかっているのに手をどかすことができない。それどころかライカンの手はアキラのまるい頭をくるりと撫でてしまった。細い首が撫でる動きに合わせてゆらゆら揺れると、髪の隙間から覗く小さな耳朶が血を集めて赤くなっているのが見えた。
 一度始めてしまえば止まらなくて、ライカンはそのまま繰り返しアキラの頭を撫でつづける。逆にイアスは撫でてくれる手が止まったことに戸惑っているようで、それは少し申し訳なかった。
「あなた様は立派に努めておいでです。ですが、どうかたまにはご自身のことも労ってさしあげますよう」
……そうかな。できているかな」
「ええ。できていらっしゃいますとも」
 引き離しがたい意志を抑え、どうにか手を離す。気まずげにライカンを見上げるアキラは、耳どころか額も頬も熟れたようになっていた。
……すまないライカンさん、見苦しいね」
 困ったように笑う顔がイアスの陰に隠れてしまう。それを惜しいと思っても、さすがに顎に手をかけて上げさせることはライカンも控えた。
 その、と、じたばたするイアスの後ろから小さな声がする。
「ええと……誰かに頭を撫でられるのがとても久しぶりで、しかも相手があなただろう。本当にごめん。誉めてもらえて嬉しくて、照れてしまった」
「アキラ様」
「なんだい?」
「相手が私だから、とおっしゃるのは、どういう」
 イアスを抱えたまま、とうとうアキラはアスファルトにしゃがみこんでしまった。ライカンもそれを追いかけて片膝をつく。
「アキラ様」
……ライカンさん」
「はい」
「僕の答えを聞かなくても、あなたはどうせわかっているんだろう」
 もごもご響く声に滲む羞恥はライカンの口元をどうしようもなく微笑ませた。
「さて……
 気遣わしげにアキラに声をかけているイアスの耳元を撫で、その手を伸ばして柔らかな髪をひと筋掬い上げる。現れた赤い耳へ向け、ライカンは静かに囁いた。
「アキラ様、私もまだ自信がございません。もしよろしければ答え合わせにお付きあいいただけますか?」