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やまだ
2025-12-29 14:26:01
2150文字
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ゼンゼロ
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ライアキ
人を好きになるというのは、もっと優しい、澄みきって美しい感情なのだろうとアキラは思いこんでいた。
かわいい妹のリンを思うとき、アキラは他人に少し優しくなれる。それに似て、それよりももっと純度の高い気持ちを分けあうようなものだといい歳をして夢見ていた。
現実はだいぶそれとはかけ離れている。奥歯でティーミルクのストローを噛み潰しながら、アキラはそっとルミナスクエアの雑踏へ目をやった。ライカンを見ていられる気がしない。それでも彼を置いて帰ってしまうことはできなくて立ちつくしている。
複数の女性に取り囲まれた、彼女たちへ丁寧に断りを述べつづけるライカンが、自分のもとへ戻って来てくれるときをみじめに待っている。
噛みすぎたストローが頬の内側を刺す痛みで、かろうじて自制の心を保つありさまだった。必死に今朝の妹とのやりとりを思い出そうとするのは、ライカンに優しくなりたいからだ。好きになった人に嫌な態度をとりたくない。
「アキラ様」
視界を埋め尽くす人々を片っ端から数えているうちにライカンの「用事」が終わったようだった。すまなそうにアキラの傍らに戻ってきた彼は、アキラのティーミルクから伸びるぼろぼろになったストローを目に留めて少し動揺したようだった。
「お待たせいたしました。
……
新しいストローと交換いたしましょうか?」
「いや、いいよ。もうすぐ飲み終わるから」
うまく笑えたと思う。実際、映画館へ着くまでにカップは空になるはずだった。
「ライカンさん、もしかしていつもこんな調子なのかい? もてすぎるのも大変だね」
茶化してみるとライカンは苦々しくかぶりを振った。
「お戯れを
……
皆様、狼のシリオンが物珍しいだけでございますよ。私は上背があるのでよけいに目立つのでしょう」
「目立つのは嫌かい?」
「私はあるじの影に控えるべき執事でございますから
……
それに、今はあなたさまと休暇を過ごす最中です」
真摯で真心のこもった返答に、うん、とアキラも頷いた。ありがとうとは言えない自分のせせこましさが嫌になる。
笑顔が引き攣りかけて慌てて俯いた。ティーミルクを啜るふりをする。
ふりをする顎に、柔らかな肌触りの指が慎重に触れてきたので、アキラはぎょっと身を固くした。
顔を下げるにはライカンの指を跳ね除けねばならないし、かといって上を向くわけにもいかない。ストローを咥えたまま、顎の下をくすぐるように撫でる指の毛並みのことを考える。それしかできることがない。
「お怒りであれば我慢などせずに、どうぞ遠慮なくおっしゃってください。あなた様以外を目に入れるな、会話をするなと仰せでしたら私は必ずそのようにいたします」
アキラが懸命に取り繕おうとしていた部分がライカンにはとっくに見抜かれている。かっ、と一気に顔が熱をもった。きっと耳まで赤いだろう。気恥ずかしさでくらくらする。こんな、まるで、思春期の子どものような。この人の前で。
「僕
……
僕は、そんなことはしたくない」
そんなみっともないことはしたくない。ライカンを困らせたり、窮屈にさせたいわけではないのだ。アキラはライカンがたまに見せてくれる、ほんの少し緊張を解いたくつろいだ表情が好きだった。命令なんてしてしまえば、彼はきっとアキラの前でそういう顔をしてくれなくなってしまう。
「アキラ様」
ライカンの指がアキラの頬を親しげにくすぐった。
「どうかお命じください、と私が申し上げましたら、あなた様は叶えてくださいますか?」
どこまでも優しい声に涙が出そうだった。
「できないよ」
人を好きになっただけだ。それ以外は何も変わっていないアキラのままだ。それなのに、そのたったひとつがアキラの内側で暴れ回って感情を跳ね散らかせる。胸に汚泥のごとくべったり貼りついたこれが恋慕だというなら、世の恋人たちを心から尊敬する。
「ライカンさん、あなたはどうして僕にこんなによくしてくれるんだろう。僕はこんなにみっともなくて、執念深くて、幼稚だ。
……
あなたと過ごすようになるまで、僕自身にもわからなかったけど」
おっかなびっくり顔を上げてみる。まだアキラの頬を撫でながら、ライカンは隻眼を細めて微笑んでいた。
「やっとお顔を上げてくださいましたね」
「僕のこと、面倒だと思っているかい? 子どもっぽいとか」
「とんでもございません。アキラ様、あなた様のお傍にあって面倒だと感じたことなど一度もありませんよ」
アキラの頬に添えられていた手がティーミルクをそっと回収していく。道ゆく人の目を奪ってならない、上品に微笑む狼執事は、優雅に尻尾を揺らして言った。
「あなた様の中で私の存在が執心に値するものであると知ることができました。
……
数多の魅力的な方々と交流のあるあなた様が、ライカンのみを特別な他人として区別してくださっている。この凄まじい優越感、ご理解いただけるでしょうか?」
アキラはそれに返事をすることができなかった。
両手で顔を覆って天を仰ぐのに忙しかったのだ。
ティーミルクを持ったままであれば大惨事になっていただろうな、と考える余裕ももちろんなく、ただ胸に貼りつく不快感が消え失せたことだけはご理解していた。
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