やまだ
2025-12-29 14:24:06
1673文字
Public ゼンゼロ
 

No title

ライアキ

 ライカンがほんの一瞬だけ瞠目したところを、リンは見逃さなかった。目ざとさには自信がある。リンとアキラはふたりで「パエトーン」だ。
「ごめんねライカンさん、忙しいのに」
 ルミナスクエアの人混みを泳ぎきって、どうにか待ちあわせ場所のニューススタンドにたどり着く。肩で息をするリンを、ライカンはごく自然に日陰のベンチまでエスコートしてくれた。
「いえ、ちょうど私も所用がありましたのでお気になさらず。……お久しぶりでございますね、リン様」
「そうだねえ。でもお兄ちゃんとは結構会ってるんだよね?」
 ええ、と狼執事は慇懃に微笑んだ。数時間レンタルするだけでアキラとリンの食費数ヶ月ぶんがすっからかんになるような人なのに、どこそこでライカンさんと云々という話を兄からよく聞いている。
「お兄ちゃんじゃなくてごめんね」
 リンが彼から依頼されていたホロウの探索データの入った端末を渡しながら言ってみても、その微笑は揺るがなかった。
「とんでもございません。あなた様もアキラ様も、私どもの大切な友人であることに変わりはありませんよ」
「でもお兄ちゃんとお付きあいしてるでしょ? 彼氏的には会いたいものじゃない?」
 優雅な白銀の狼シリオンは、礼儀正しく微笑んだまま今度こそ時が止まったかのように硬直した。
「あっ、やっぱりそうなんだ」
……お兄様からお話があったわけでは」
「ないない、まさか! お兄ちゃんがそんな律儀なタイプに見える?」
「はい」
「見えるかあ……
 ライカンがあまりに真摯に頷いたものだから、リンはそれ以上言わずにおくことにした。ライカンと一緒にいるときの兄がどんな様子なのかはリンも知らないし、もしかしたらまだ猫を被っているかもしれないので。リンのせいで兄の春が終わってしまうのは避けたい。
「あのね、私別に嫌じゃないからね。それだけは早めに言っておかなきゃって」
 兄もだが、ライカンもかなり真面目なのは見ているだけで伝わってきた。どうせ種族だの年齢だの性別だので悩んでいたに違いないから、せめてそこから妹の反応に関する不安くらいは取り除いてあげようと思ったのだ。
……よろしいのですか?」
「何が? よろしいよ。ライカンさん、お兄ちゃんのこと大事にしてくれるでしょ?」
「もちろんでございます」
「当然お兄ちゃんも、ライカンさんのこと大事にしてるんだよね?」
「ええ。私にはもったいないほど、大変よくしていただいております」
「じゃあいいじゃない。違うの?」
……おっしゃる通りですね」
 ライカンがどこからか魔法のようにペットボトルのジュースを取り出し、キャップを開けてから手渡してくれた。不思議なほどよく冷えている。
「私にとってお兄ちゃんって、これまでもこれからもずーっと、優しくて頼りになる大好きなお兄ちゃんなの」
 世界で一番リンのことを知っていて、世界で一番リンを大事にしてくれる人だ。
 その兄がライカンを選んだ。リンは世界で一番兄のことを知っていて、世界で一番兄のことを大切に思っているので、ちょっぴりその理由がわかる気がする。
「だけどライカンさんといるお兄ちゃんは、お兄ちゃんしなくていいんだね。そうしてもいいんだって思えるようになったなら、私もちょっと嬉しい、かな」
 リンの前にライカンがひざまずいている。ジュースをひと口飲んでから、リンは優雅かつ精悍なシリオンへにっこりと笑いかけた。
「お兄ちゃんのことよろしくお願いします。……でも絶対絶対、絶対に、悲しませないでね! 私は世界で一番お兄ちゃんが大事なの!」
「奇遇ですね。私もリン様と同じでございます」
 常に礼儀正しいライカンが不敵ににやりと笑った、ような気がした。すぐにうやうやしく頭を垂れてしまったので確かめられないけれど。
「お約束いたします。このライカン、リン様もアキラ様も決して悲しませなどいたしません」
「うむ。よろしい!」
 ひざまずくライカンの耳はぴんと立ち、ゆたかな尻尾は誇らしげに、ゆったりと、左右に揺れている。