A4
2025-12-29 13:35:59
3992文字
Public 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
 

誕生日の当日に/ 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ

誕生日おめでとう!

目覚ましの音が鳴る。
手を伸ばして止めようとする。
その手を取られる。
ぎょっとして目が覚める。
この間、3秒。
「おはよう、ライトさん。そして、ハッピーバースデー」
覆い被さっているのは仕事仲間であり、目下、想いを寄せている青年、アキラであった。
……おはよう」
頭を緩く振って起き上がる。
アキラは澄輝坪の適当観にいるはずだ。どうしてブレイズウッドにいるんだと問いかけて、はたと思い出す。彼はハッピーバースデーと言った。つまり、誕生日だ。誰の? ライトのだ。そして、先日、彼と会ったときに祝いたいと言われて、チャンスとばかりに所望したのだ。アキラそのものを。
「今日はいつも頑張っているライトさんがスムーズに活動できるよう、僕がアシスタントを務めることにした。お腹は空いている? かんたんだけれど朝食を準備したから食べるといい」
アキラはライトの手を引きベッドからすぐそばの丸テーブルにライトを導いた。そこには、できたての朝食が並んでいた。軽く焦げ目のついたトースト、目玉焼き、カリカリのベーコン、ヨーグルト、チーズ、サラダ、そしてコーヒー。
「豪勢だな」
「切って焼いただけのものだ。隣の空き家を借りたよ」
「気づかないわけだ」
「えーと、ここで、バースデーソングでも歌う?」
「いや、いい」
「うん、あれはクライマックスにこそふさわしいから、カリュドーンの子の主催するパーティーまで待っていた方がいいだろう」
ライトは椅子に座って食べ始めた。ありきたりのものだが、誰かに作ってもらったものは美味しい。とりわけ、アキラが用意したと思えばなおさらだ。あっという間に平らげる。アキラは向かいに座ってにこにこしてライトを眺めていた。
「あんたは食べないのか?」
「これを作る最中につまみぐいをたくさんしてしまったんだ」
「なるほど」
「でも、コーヒーは一緒に飲もう」
セカンドハンドの店で手に入れた不揃いのマグカップにコーヒーが注がれた。それをゆっくりと味わう。……実のところ、コーヒーを飲む習慣はあまりなかったのだが、アキラと過ごすうちにたしなむようになった。
アキラはデバイスを取り出すとその画面を見ながらてきぱきと話し始めた。
「今日は午前中、ライトさんは仕事があるんだよね。シーザーに許可をもらってるから僕もそれに同伴する。その後昼食をどこかで取って、いったん解散。ライトさんはカリュドーンの子の誕生日パーティーに出てもらう。それから、あまり遅くならないうちにここへ戻ってきてほしい」
…………
「疑問点や不明点があるなら、今のうちにどうぞ」
「いや、その、ちょっと、待ってくれ」
ライトは押しとどめるように手をアキラに向かって突き出した。
「これは、どういう状況なんだ?」
「あなたが言ったんだろう。僕が欲しいって」
アキラは腕組みをして少し頬を膨らませた。不満げな様子もかわいい……と見とれかけて、いかんいかんと我に返る。
「正確には「あんたがいい」だったかな? おかげで僕はあなたにプレゼントをあげる計画を一から練り直すハメになった」
「それは……
「欲しいとかいいとか言われたところで具体性が何もない要求に応えるのはなかなか骨が折れる。そのため、あなたの課題解決に僕を活用するということを考えた。誕生日限りでできることは少ない」
アキラは淡々と言った。
「まず一つ、おはようからおやすみまで僕をアシスタントとして使うのはどうかと考えた。が、ルーシーに確認したら、あなたは誕生日に有給休暇を取らずに働いているという。なら、そのサポートをする。そして、予定としては貴方が主賓のパーティーがある。僕はあいにくこれには出席できない。……誘われたけれど、陣営の邪魔をしたくない。それに、メインはその後だと考えれば、数時間は距離を置いた方がいい」
どうかな、とアキラは首をかしげる。
ライトは言葉もなかった。かなりの勇気を持って、しかしどこか軽い気持ちで、断られても傷つかないよう迫ったことが、このように返ってくるとは、誰が想像できただろうか。「あんたがいい」と言えば、「今日は一日、好きにして♡」とエロティックなサービスで返ってくるのが一般的ではないか。が、この青年はいつだって斜め上に行ったかと思うと半回転している。
「さあ、ライトさん、仕事の時間だよ。早く支度をして。無精ひげは生えたままでいいのかい。段取りは僕がしておくから」
洗面所に送り出されて、まだライトは事情が飲み込めない。
わかっていることは、ほぼ一日、彼がそばにいるらしいということだけ。
鏡の中に映った自分に「どうしてこうなった?」と問いかけるが、返答はないのだった。



猪突猛進の配送サービスで、ホロウの中を通り抜けねばいけないルートがあった。
いつもならカリュドーンの子の懇意にしているプロキシや調査員からキャロットデータを取得して仕事をするのだが、今日はそれも必要ない。助手席に座ったアキラがリアルタイムでホロウの中をスキャンしてデータを生成する。
「生身で入れるようになったからこういうこともできるんだよ」
車に乗り込むときに、アキラは得意そうに行った。修行の成果が出ているということらしい。
ふだんはライトはバイク便担当だが、年末年始は物量が多くなるため、ここ数日はトレーラーを運転していた。
「すごいな。トレーラーって寝られるようになってるんだ」
アキラは後ろを振り返って感嘆の声を上げる。トレーラー輸送は長距離が多く、一日かけて走ることが多い。いつでも仮眠が取れるようリクライニングもきいているし、ハイルーフでなかなか快適なのだ。
ホロウの入り口に入ってから、二人で軽口を叩きながら道を進んだ。エーテリアスが現れたところでライトは外に出て戦う。これはホロウを通り抜けるルートでは日常茶飯事のことだが、アキラといると、ほぼ遭遇することがなかった。
いつもより最短で目的地に到着し、ライトは隣に座ったアキラをまじまじと見つめた。
「どうかした?」
「あんたはすごいやつだ」
「プロキシならできて当然だろう」
「誰でもできる芸当なのか」
「僕らはパエトーンだからね」
自信たっぷりに言われて、ライトは舌を巻いたのだった。
外見や物腰の柔らかさに彼らを侮るものは多いだろう。
だが、一度でも仕事をすればわかる。
この兄妹は、本物なのだ。
荷物を届け、その入れ替わりに引き受けて、トレーラーの中をチェックする。これもアキラが手伝った。持ち運びはまったく役に立たなかったが、それ以外は完璧だった。
戻る道すがら、ふと隣を見ると、アキラは窓枠に肘をついて外を眺めていた。その目線はどこか遠くにある。
「何が見える?」
尋ねると、アキラはこちらも振り向かずに答えた。
「遠く」
「え?」
「遠くを見てるんだ」
なぞなぞのような返しだった。
以前にもこのようなやりとりをしたことがある。
インプラントを施した目で何を見ているのか。
が、はぐらかされているとは思わなかった。
アキラが「遠く」と言ったときは本当に遠くを見ているのだ。景色と言わないところが彼らしい。
ブレイズウッドに戻ってくると、バーニスが二人を出迎えた。
「おかえり! 早かったね」
「プロキシのおかげだ」
「さすが。うちの専属になってくれたら、最高なのになあ……
バーニスがおねだりをするように首をかしげたが、アキラは笑ってはぐらかした。
「僕らはとても高いから、単発の依頼の方がいいと思うよ」
「むう」
「ライトさん、伝票の類いは僕がルーシーに渡しておこう。みんなあなたを待ち構えているよ」
ライトから書類の束を奪う。
バーニスはチートピアに向かった。
トレーラーの前で立ち尽くすライトに、アキラは顔を寄せてささやいた。
「部屋で待ってる」
その場で抱きしめたくなったが、アキラはくるりと背を向けて、事務所に向かった。
パーティーに集中するなんて、とてもできそうになかった。



あたりがすっかり暗くなってから部屋に戻る。
パーティー会場(いつものチートピアだ)から出るときは余韻を楽しむような足取りだったが、自分の部屋に向かううちに足早になり、走って部屋に入った。
部屋の中は真っ暗だった。規則正しい寝息が聞こえて、ライトのベッドで眠りこけているアキラの姿があった。
そっと傍に寄り、グローブを外す。指の背で目にかかった前髪を払う。アキラがぱちりと目を開けた。
「おかえり、ライトさん」
「ただいま。遅くなった」
「そんなことないよ。楽しんだ? たくさん祝ってもらったかな」
「ああ。あんたにも来てほしかったとみんな、言ってたぞ」
「うん……。これは僕のわがままだけれど、その場所に僕はいたくなかったんだ。あなたを祝いたくないわけじゃない。みんなと一緒にいたくなかったわけでもない。ただ、僕はここで待ちたかったんだよ」
深いため息をついて、アキラは身を起こした。
そして、両腕を広げる。
「さあ、ライトさん、抱きしめてあげよう。これが僕からのプレゼントだ」
「これだけ?」
「まさか。でも、物事には段階というものがある」
窓からの明かりがうっすらとアキラの顔を照らしていた。
穏やかに微笑んでいる。
瞳の中に自分が映っているのが見えた。
彼が今、見ているのは自分なのだ。
ライトはアキラの身体を抱きしめる。
背中に回された手に力がこもる。
熱が伝わる。
触れなければ、わからない。
ライトはアキラにキスをしようと顔を傾けた。
それをやんわりと手で止められた。
「アキラ」
「嫌じゃないよ。僕からしよう。それが作法というものだからね」
そう言って、アキラがそっと唇で触れた。
もし時が止まるなら、今、この瞬間がよかった。