Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
のたり
2025-12-28 17:53:29
2762文字
Public
hrsz
Clear cache
チャラ谷さんと真面目な雫さん
「おねーさん」
つい反射的に振り返る。けれど視界に該当するような人はいなかった。自分にかけられた声とも限らないことに気付いてバツの悪さを感じたとき、もう一度「おねーさん」と声がした。
「こっち、こっち」
言われるままに視線を下げたらガードレールに座っている女の子と目が合った。
「
……
」
にこ、と彼女が笑う。まるでメッセージに使われているスタンプみたいな笑顔だった。
「その制服、宮女だよね」
「
……
どうして?」
「このへんで宮女の制服知らない子なんていないよ」
可笑しそうに笑って、地面を軽く蹴るように立ち上がる。私より少し身長は低い。それでも顎をあげて少し見下ろすような視線に息が詰まってうまく動けなくなる。
「こんなところでなにしてるの?」
『こんなところ』という言葉に身体が強張る。ここは、そんなところなのかしらという疑問と、じゃあ彼女はどうしてこんなところにいるのかという疑念が渦巻く。
「おねーさん」
腰を曲げて、今度は顔を覗き込むように見上げてきた。大きくて、とても
……
綺麗な目。
「
……
」
「ーーもしかして、迷子?」
言い当てられてびくっと肩があがった。それを見て彼女はふふっと笑う。
「どこに行きたいの?」
背筋を伸ばして、一歩踏み出して、私の前に出た彼女が私の方へ手を差し出す。
「
……
」
おそるおそる手を重ねたら、彼女は満足げに目を細めた。
「どこにだってつれていってあげるよ」
胸がとくんと動きだした。
駅に行きたいのと言うと、じゃあこっちだよと彼女が歩き始める。手を引かれながら後ろをついていく。落書きだらけの打ちっぱなしのコンクリートの壁は、すぐにお店の並ぶ雑踏に変わっていった。
その風景にホッとして彼女へ視線を戻す。落ち着いた動きだけれど、軽い足取りはまるで踊っているよう。短い青い髪が彼女の歩きに合わせてふわふわと揺れる。毛先が触れる頸。首元が大きく開いたアウター。シルバーのイヤーカフスとネックレスと、
…
‥黒いチョーカーかしら。
彼女が一際大きい商業施設の前で足を止めて、くるりと振り返った。
「
……
ホルターネックだったのね」
「え?」
きょとんとした彼女に、思ったことをそのまま声に出してしまっていたことに気付いて口元を隠す。
「ごめんなさい、なんでもないわ」
「いいよ、なにに謝ってるのかわからないけど」
本当になにも気にしていない様子に気が緩む。そのままネックレストップに目が行った。
「もしかしてあなたもイニシャルがHなの?」
「『あなたも』?」
「私もそうなの」
「そうなんだ。名前、なんていうの?」
「日野森雫。ね、Hでしょう?」
「そうだね。でもそんな簡単に名前教えちゃダメだよ」
「えっ」
「いろいろ危ないからね」
あなたが聞いてきたのに。共通点をひとつ見つけた喜びがしゅんと縮む。
「あの階段を降りたら駅に着くから」
彼女が商業施設の手動のドアを開けて、私に入るよう促した。
「
……
ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って彼女は前髪をかきあげた。
「じゃあね、雫」
その言葉に押されるように、私も歩き出す。彼女が言った通り、階段を降りたらすぐに駅だった。家の最寄り駅に向かう線の案内板を見つけて、人混みの中、矢印が示す方向へ歩いていく。
不思議な感じがした。今まで迷子になったって、こんなことは思ったことはないのに、どこか寂しくて、心許ない。
さっきまで前を歩いていた彼女を思い出す。軽やかな足運び、白い頸、深い海みたいな青い髪。もう会えないのかしら。今から引き返したら、まだ見つけられるかしら。
「
……
あら?」
いつのまにか案内板の中から行きたい路線の文字が消えていた。
もっと進んだらまた出てくるかしら、と思いながらそのまま歩いていく。しばらくしたら駅とは違う雰囲気になってきて、また迷ってしまったかもしれないと思うと同時に、また声をかけられた。
「ーー雫?」
振り返るときょとんとした彼女と目が合った。
「どうしたの? 駅、向こうだよね?」
「
……
」
「もしかして、また迷っちゃった?」
驚いた。まさかこんなに早く会えるなんて。
「
……
ごめんなさい、そうみたい。私、元の場所に戻っちゃったのね」
「そうじゃないよ。通り過ぎちゃったんだと思うよ」
「通り過ぎた?」
「うん。戻ったら、左手側に改札が
……
」
そこまで言って、彼女は言葉を止めた。少し考える素振りをしてから、私に提案をした。
「雫、よかったら、付き合ってよ」
「え?」
「予約したケーキを受け取りに行くところなんだけど、一緒に来てくれない? その後、ちゃんと改札まで送るから」
「ええ、私でよければ」
「じゃあ決まり」
今度は歩きはじめた彼女の隣を歩く。ケーキ屋さんは目と鼻の先だった。ショーケースに並ぶケーキはどれも綺麗で美味しそうだった。眺め終わる前に彼女はケーキを受け取ってきた。
「おまたせ」
両手に大きな袋がふたつ。今日はパーティーなのかしら。
「よかったら雫も一緒にどう?」
「
……
あ、でも
……
」
いきなりお邪魔しちゃ悪いし、正直怖い気持ちもあった。彼女は悪い人ではなさそうだけれど、遊んでいる雰囲気がある。人は見かけによらないとわかってはいるけれどーー。
「ここの駅ビルの屋上でどう?」
「駅ビルの屋上?」
「結構穴場だし、座って食べられるよ」
思いもよらなかった場所の提案に、じゃあ、と頷いてしまった。
予約したケーキは全部彼女がひとりで食べるつもりだったらしい。
「雫はひとつでいいの?」
「ええ、ひとつで十分」
少食だね、と言って、彼女はチョコケーキを手にした。
屋上は少し風が強くて、でも日差しが気持ちよかったし、抹茶のケーキはとても美味しかった。
「なにか飲み物買ってくればよかったわ」
「これでよかったら」
そう言って彼女が飲みかけのペットボトルを差し出してくれた。
「ありがとう」
受け取って一口飲む。じっとこっちを見られているのに気付いて手を止めた。
「
……
なぁに? 全部飲んだりしないわ?」
「そうじゃなくて、これって間接キスだなって思っただけだよ」
「え?」
彼女がにっ、と少し揶揄うように笑う。
「ーー意識した?」
きっと誰にでもこんなことを言っているんだろうと思って、ほんの少し気持ちが拗れる。
「
……
意識した」
そう言い返してもう一口飲んだ。
「雫、私のこと、好きになっちゃうかもね」
「そうね、好きになっちゃうかもしれないわ。ーーあなたは?」
一瞬、彼女が息を詰まらせる。その後、まるで取り繕うように息を吐いて微笑んで、目を逸らした。イヤーカフスをした耳朶が赤く染まっていた、きっとそれが答えで、ペットボトルに触れた唇が熱くなってかすかに震えた。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内