みすみ
2025-12-28 17:31:59
3103文字
Public
 

同じ羽を持つ鳥は群れる

現代AU学生シャアムララ

「アムロは髪を結ぶのが上手ね」
「ララァにたくさん練習させられたからね」
 きれいに編み込まれた髪にそっと触れ、ララァは手鏡から顔を上げた。振り返り笑顔を向けると、照れた様子のアムロも不器用な笑みを浮かべている。
 閑散とした図書館の片隅で、一日の授業を終えたふたりはシャアを待っていた。待ち合わせ時間からずいぶんと経つが、シャアからの連絡も、やって来る気配もない。
 頬杖をつき、目を伏せて耳を澄ます。風で窓がガタガタと音をたてている。壁にかかった古い時計の秒針の音に、時折思い出したようにノートのページをめくる音。遠く離れたグランドからは、運動部のかけ声がかすかに聞こえた。賑やかさからは遠い図書館は、ララァとアムロのお気に入りだった。
 窓の外は空の色が変わり始めている。橙色に染まる夕焼け空が美しい。いつのまにか太陽が沈む時間が早くなった。
「先輩はまだかしら」
「シャアのやつ……。どうせまた告白だよ」
 拗ねた口調のアムロにララァは目を細める。早く会いたい、と思っている気持ちが同じであることがアムロからしっかりと伝わってきたからだ。
「仕方ないわ、アムロ。先輩はみんなに優しいもの」
 幼馴染みであるふたりはそれが誇らしくもあり、同時にもどかしくもあるのだった。
 出会った頃からそうだった。それぞれ事情は違うが家族と離れて暮らしていたララァたちは、出会ってすぐに打ち解けた。ララァとアムロよりも社交的なシャアは常に周囲の人間たちに慕われ、一見するとシャア自身も満更でもないように見えたが、シャアと親しいふたりにはその振る舞いこそ彼を守る仮面なのだと知っていた。シャアにその自覚があるのかはわからない。
 ララァとアムロよりもひとつ上の学年であるシャアは、来年卒業してしまう。そのせいか、進級してからというもの告白する生徒が学年も性別も問わず後を絶たない。向けられる真剣な気持ちに誠実に対応しているシャアの多忙さを間近で見ているララァもアムロも心配はしているが、基本的には素知らぬふりを貫いていた。ほかでもないシャアがそう望んでいるようだったから。
 大きなあくびをするアムロの目尻ににじんだ涙をぼんやりと見つめていると、廊下から慌てたような足音が聞こえた。図書館のドアが開き、ふっと冷たい風が室内に流れ込む。珍しくひたいに汗を浮かべたシャアは肩で息をしていた。
「ララァ、アムロ」
 しばらくして呼吸を整えたシャアは、ララァとアムロの名前を呼んだ。ふたりがそこにいることを確かめるように。
「先輩!」
 名前を呼ばれた瞬間、ララァは気がつくと椅子から立ち上がっていた。
 いつもこうだ。シャアを目の前にすると、ララァは気持ちよりも先に身体が動いてしまう。アムロとふたりでシャアを待つ時間が好きだ。それ以上に、ララァはアムロとシャアと共有する時間を希求している。
「もういいのか?」
 机の上に広がったヘアゴムやヘアコームや、ほとんど転がっていただけのペンとノートを片付けながら、アムロは落ち着いた声でシャアに問いかけた。シャアは「ああ。待たせてしまって悪かったな」とひたいや首すじに浮かんだ汗をていねいにハンカチで拭っている。
 ララァはシャアの前に立ち、くるりとその場で回った。スカートの裾が広がるのが視界の端に映る。
「見てくださいな、先輩。アムロが髪を編み込んでくれたんですよ」
「よく似合っているよ、ララァ」
「そうでしょう?」
 シャアのあやすような声と、うなじを撫でるいつもより体温の高い手がくすぐったかった。ついくすくすと笑い声がこぼれてしまう。ララァに釣られるようにシャアも笑う。
 手早く荷物をまとめて立ち上がったアムロは、コートとマフラーを身につけるとララァを呼んだ。
「ララァ、マフラーを忘れてる。外は寒いよ」
「あら、アムロに巻いてほしくてわざと忘れたのよ」
「もう……ララァったら……
「お願い、アムロ」
 呆れたというポーズをとりながらも、アムロは優しく手招きをした。ララァが素直にアムロのそばに戻ると、お気に入りの黄色いマフラーを慣れた様子で巻いてくれる。
 生活の多くのことに無頓着なアムロは、ひとから世話を焼かれることのほうが多い。しかしララァが今日のように髪を結んでほしい、マフラーを巻いてほしい、と甘えることを繰り返すうちに、アムロも当たり前の顔をして甘やかしてくれるようになった。手をつなぎたい、アムロが入れたお茶が飲みたい、眠れないから声が聞きたい。たくさんの小さなわがままを、ひとつひとつすくい上げて叶えてくれた。
 すべてを理解している、きれいな目をララァは見上げる。
「どうもありがとう」
「どういたしまして」
 いつのまにか隣に並び、ララァとアムロのやりとりをうらやましそうにじっと見ていたシャアは、おもむろに巻いていた赤いマフラーを外した。首をかしげるアムロにマフラーを手渡す。
「シャア?」
「アムロ君、私にも巻いてくれ」
「あなたね……
 アムロは今度はシャアに呆れた顔を向けながらもマフラーを受けとり、少し考えた後「届かないから屈め」と凄みを利かせる。
「これでいいかな?」
「よろしい」
 おとなしくアムロの言葉に従ったシャアの首に、アムロはマフラーを巻きつけた。ララァとは違う巻き方だった。あっというまにきれいなリボンの形になった赤いマフラーに、アムロは「よし、できたぞ」と満足そうにシャアの後頭部を軽く引き寄せ「おまけだ」とひたいに唇を押しつけた。不意を突かれたシャアは、きょとんと目を丸くしている。
「まあ、先輩ばっかりずるい」
 咄嗟に不満げな声を出すと、アムロはいたずらっぽく笑ってララァのひたいにも軽く唇を落としてくれた。離れていく乾燥した唇に、後でリップクリームを塗ってあげなければと思った。
「アムロはマフラーを巻くのも上手ね。お似合いですよ、先輩。プレゼントみたいで素敵」
「ああ、初めてにしては我ながらよくできた。かわいいぞ、シャア」
「ララァ、アムロ……
 自ら任せた手前、アムロが選んだ巻き方が嫌だとは言えないシャアは、アムロにキスされたばかりのひたいを片手で覆った。顔が赤くなっている。図書館に入ってきた時とは違う弱々しいシャアの声に、ララァとアムロは目配せをしてこっそりと小さく笑い合った。




 先ほどよりも強く目を閉じ深く息を吸うと、いまでもララァの前には宇宙が広がる。
 刻が見える。苦しかった、悲しかった、うれしかった、出会えて幸せだった。忘れられない、忘れたくはない日々。最期の瞬間。果てのない願いの先。
「見ず知らずの少年のために躊躇いもなく泥に膝をつくことができるひとだったから、〝大佐〟は蓮の花にも手が届いたのでしょうね」
「ララァ」
 ララァの呟きを咎めるようなアムロの声の響きに、ララァは笑顔を向けた。
 いまも昔もアムロはララァに甘く、弱い。大概のことは黙認してくれる。普段、ララァがアムロに叱責されることはほとんどない。こうして、前の人生について口にした時以外は。
 どんな世界でも、どんな姿でも、優しく傷つきやすい彼らのそばにいたい。
 変わっていくことがあったとしても、もう怖がることはなにもないのよと伝えることが役目なのだと思っているから。
 少し先を歩いていたシャアが振り向いた。突然足を止めたララァとアムロを不思議そうに見つめている。ララァはアムロの手をとりシャアを追いかけた。一歩が大きいシャアとの距離は、ララァが立ち止まるとすぐに離れてしまうのだ。