雪華
2025-12-27 20:30:00
3995文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】お酒の失敗

お酒の勢いで同衾してしまった、付き合ってないオルサイの話です。オルは若い頃はそれなりに経験があって、でもホ国を出てからはご無沙汰だった説を私は推しています(異論は認めます)。お題箱にいただいたお題をもとに書きました!ありがとうございました!

トントン、トントン、何かを叩く音が聞こえる。まだ覚醒したとは言い切れないような靄のかかった頭の中で音の正体を探っていると、次第にそれは不規則に、大きくなっていった。

「オルベリク、サイラス! まだ寝ているのか?!」

それがハンイットの声で、彼女が居室の扉を叩いているのだと理解した瞬間、オルベリクは文字通り飛び起きた。すぐに声を出そうとしたが、こめかみがズキンと刺すように痛んでうめき声しか出ない。数拍置いてから、ようやく謝罪の言葉を絞り出す。

……すまん……今起きたところだ……
「あなたらしくもない! 全く、わたし達だけだから良いものの……
「サイラスはともかく、オルベリクまで寝過ごすなんて珍しいわね」

呆れたようなハンイットのため息に、プリムロゼの不思議がるような声色が続く。――彼女達の声を聞いている内に、徐々に思考が回り始めた。昨日は四人と一匹で街に滞在し、今日の昼頃に年少の仲間達と合流する予定にしていた。旅の直接的な目的のためだけではなく、時に人助けや、旅の資金を得るために別行動をすることはままある。しかし珍しく年少の仲間達の手が離れたことで、気が緩んでしまっていたことは否めない。彼らを庇護しなければならないとは決して思っていないが、それでも最年長の自分が手を貸せる場面は多く、いつでも力になれるように気を張っている面があった。

(そうか、サイラスは……?)

あやふやな記憶の糸を手繰り寄せる。酒場で夕飯を摂った際、サイラスと酒盛りをしたのだ。途中でハンイット達が宿に戻り、暫くして酒場の店主から店仕舞いを告げられると、サイラスがワインを一本買ったのだ。部屋でもう少し飲もうと言って……
隣の寝台に目を遣るが、毛布が畳んで置かれていて使われた形跡がない。自分と同じか、もしくはそれ以上に酒に強い可能性があるサイラスまで酔い潰れてしまったのだろうか。

「ん……

ぎ、と小さく軋んだのは、まさにオルベリクがいる寝台だった。ぎこちなく首を動かして視線を向ける。寝返りを打った拍子に毛布が捲れて、生白い彼の肌が室内に差し込む朝日に照らし出されていた。その時に初めて、オルベリクは自身が下着しか身に着けていないことに気付いた。

「な……っ?!」
「どうした、大丈夫か? もし気分が悪いのなら、水でも貰ってくるが」
「い、いや、問題ない! サイラスは今から起こすから……悪いが、少し時間を潰しておいてくれ」
「しょうがないわね……。後で埋め合わせをしてもらいましょう」

二人と一匹の足音が遠ざかっていったことにひとまず胸を撫で下ろしたが、目の前の問題は全く解決していない。部屋に二人きりで、互いに下着しか身に着けていないというこの状況。一体何が――なんて、あまりにも白々しい。酩酊していたとはいえ、昨夜の行為は鮮明に覚えていた。

……サイラス、朝だぞ。サイラス……
「うーん……

毛布越しに背中を叩いても、サイラスは唸るだけで起き上がる気配はない。意を決して細い肩を掴み、軽く揺すった。

「サイラス! ハンイット達が起こしに来た。早く支度をしなければ、また小言を言われる」
……ああ……もうそんな時間か……

状況を理解しているとはとても思えないような、のんびりと間延びした声で返答して、サイラスが体を起こす。長い睫毛に縁取られた空色の瞳が目の前にいる男を映し、その名を呼んだ。

「オルベリク……?」
『オルベリク、もっと……

寝起きの掠れた声に、昨晩の熱に魘されたような甘い響きが想起させられた。――部屋で二人で飲みながら、他愛もないことばかりを話した。その内にサイラスが『ファーストキスの味を覚えているか』と言い出して、嘘か真か彼自身はしたことがないのだと宣うから、からかうつもりで唇を合わせてみたのだ。しかし唇を合わせただけで味が分かるわけもない。互いに一頻り笑って、今ならワインの味だろうかと言いながらまた口付けて。その内に暑くなってきたからとそれぞれ服を脱いで。それから、それから……

(サイラスは覚えているのか……?)

その玉体を組み敷かれ、誰にも犯されたことのない秘所を暴かれたことを、この聡明な学者は覚えているのだろうか。いっそ彼が忘れ去ってしまっていれば、全てがなかったことにできるのかもしれない。

……

祈るような気持ちでサイラスの反応を窺っていたが、彼がはっと目を瞠り、白い肌から血の気を引かせるさまを見て己の浅はかさを悔やんだ。こんなとんでもないことをしでかしておいて、何と無責任なことを考えていたのだ。オルベリクはシーツに両手を突くと同時に、深々と頭を下げた。

「すまなかった……! お前にとんでもないことをしてしまった!」
「いや、私の方こそ申し訳なかった!」
「年長者として俺が律するべきだった。責任はこちらに……
「そもそも部屋で飲み直そうと言い出したのは私だ。だからあなたのせいではないよ」
「いや、だとしても……

まるで鸚鵡返しのように、いやいやと相手の言葉を否定しては謝罪を重ねる。非があるのは自分の方だと言い合っている内に、埒が明かないと判断したのかサイラスが咳払いをした。

……事が起きてしまった以上は仕方がない。ひとまず、落ち着いて事実関係を確認しておこう」

恐る恐る顔を上げると、サイラスは至って真剣な面持ちをしていた。その眼差しにオルベリクに対する侮蔑の色はなく、普段通りの深い叡智を秘めている。

「まずは……飲酒で判断能力が著しく低下していたとはいえ、合意はあったと私は考えている。その点は相違ないだろうか?」
「あ、ああ……

なし崩し的にもつれ込みはしたが、一方が強引に迫った訳ではないと記憶している。まあ、寧ろどちらも拒否しなかったからこうなってしまったと言った方が正しいか。サイラスは変わらず神妙な顔で頷き、再度問いかけてきた。

「私達は既に成人同士で、且つ同性同士であることから、異性間にあるような責任が生じる恐れもない。つまり、行為に及んだこと自体は誤った判断だと言えるが、大きな問題ではない。そのような認識で合っているだろうか」
……その通りだと思う。ただ、俺が手を出した側になるから、それらは全てお前がそう思っているならという前提になるが……
「私は今述べた通りの認識でいるよ。もちろん、あなたに異論があるのなら聞かせてもらいたい」
「いや、全く異論はない」

サイラスが冷静に事態を分析してくれたから、少し気持ちが落ち着いてきた。大切な友人のひとりであり、それ以上でも以下でもない彼と同衾したというのはやはり問題がある。しかし幸か不幸か日頃から多大なる信頼を置いている相手だけに、オルベリクもそうであるように、サイラスもこちらに嫌悪感を抱いたり、憎んだりしているような気配はない。現に、彼はオルベリクの言葉にほっと安堵の息を吐いた。

「そうか、良かった……。とりあえず、これは二人だけの秘密にしておこう。皆の前でも変わらずに振る舞うということで良いだろうか?」
「もちろんだ。……本当に、すまなかった」
「オルベリク、これ以上は謝らないでくれ。私達の責任は平等なのだから、これは痛み分けだよ。私ももう謝らないから、あなたも気にしないで」
「わ……分かった。とにかく、支度をするか……ハンイット達を待たせてある」

そう言うと、昨夜脱ぎ捨てた服を手早く着用する。ホルンブルグ王国軍に居た頃は、有事の際には朝方だろうが深夜だろうが短時間で身支度して出勤するのが常だった。そのためオルベリクの支度は早いが、反面サイラスはあまり急かされたことがないのだろう。欠伸をひとつして、ゆったりとシャツの袖に腕を通していた。
落ち着かない気持ちで彼の支度を待っていたが、その腿に赤い痕があるのに気付くと居ても立っても居られなくなった。逃げるように体の向きを反転させ、ドアノブを掴む。

……顔を洗ってくる。お前もできるだけ早くな」
「ああ、そうするよ」

後ろ手に扉を閉め、足早に洗面所へ向かう。昨夜サイラスの柔い腿を掴み、唇を寄せたことを覚えている。何年ぶりかも分からなくなるほどご無沙汰だった人肌は優しい熱を孕んでいて、オルベリクが手をすべらせる度に小さく震えた。不安と期待に揺れる眼差しに見つめられ、乞うように名を呼ばれると目眩がしそうなほど興奮した。
こんなことはもう二度としてはいけないと思う反面、もしも機会があればまた望んでしまいそうな自分もいる。一体どうしてしまったのかと己に問いながら歩いている内に、気付けば洗面所を通り過ぎてしまっていた。

***

「はぁ……

独り残された部屋の中、サイラスは小さくため息をついた。内腿に残る赤い跡を指でなぞると、ここに触れた柔らかな唇の感触がまざまざと蘇ってくる。――すっかり混乱しているオルベリクを前にして、せめて自分は冷静でいようと言い聞かせたばかりなのに。彼が出て行って気が緩んでしまったからか、頬に熱が昇っていくのが止められない。

……良い子だ、サイラス』

これまでに聞いたこともないような、低く掠れた甘い声が耳から離れずにいる。節くれ立った大きな手が存外優しく肌を撫でるものだから、気付けばもっととねだって、たくましい首に腕を回していた。本当に信じられないような出来事だ。

……これから、どんな顔をして話せば良いのだろう」

とてもではないが、いい大人のすることではなかった。しかし正しくない行いだとは理解しているはずなのに、不思議と嫌悪感がないどころか、快かったとすら思ってしまっている。顔の熱を冷まそうと長く息を吐き、のろのろと衣服を身に纏った。





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