冬暁
2025-12-26 14:08:40
2637文字
Public 鳴保
 

パーティーの泡沫

げんほし開催ありがとうございます🎉
展示作品のSSになります。
9号災害後、パーティーに呼ばれた二人のお話。

 重たげなシャンデリアが吊り下がり、暖かくも華やかな光が会場を照らす。音を吸い込むレッドカーペットの上には、着飾った男女が歓談していた。普段無骨なものばかり見ているからか、目に眩しいほどの絢爛さだ。
 息苦しさを覚えて礼服の襟を引く。本音を言うならば今すぐにでも帰りたい。パーティーに参加するよりも、積み重なっているだろう仕事を処理する方が何倍も気が楽だ。
 曇り一つなく磨かれたグラスを傾ける。爽快な炭酸はノンアルコールにも関わらず風味豊かだ。
 幾度目の溜め息を飲み込む。防衛隊の代表として来ている以上、無様な態度を晒すわけにはいかない。
(出番までまだあるなぁ……
 9号災害の祝勝と復興支援を兼ねたパーティーだ。功労者として保科は招待を受けている。パーティーの終わりにマイクを向けられる予定で、それまでは抜けたくても抜けられない。出動要請も余程の怪獣でない限りは入れられないはずだ。
 はぁ、とまた出そうになった溜め息を飲み込む。
 保科家は長く続く家だ。保科の名に相応しい振る舞いは叩き込まれてきた。しかし、こういった場は幾つになっても好ましいとは思えない。
(そういえば、鳴海隊長どうしてるんやろ)
 直前の討伐で会場入りがズレたため、今日は顔を合わせていない。遠目に見かけたから来ているのは知っている。
(鳴海隊長もこういう堅苦しいのは好きやなさそう……。つまらんって顔しとらんよな?)
 会場をグルリと見渡す。人が多く見つからないだろうと諦め半分だったが、意外にも近くにいた。
 恰幅のいい男性と話しているが、保科にはそれが誰かはわからない。笑顔で何かを話しているが、相手はどこか腰が引けているようだった。対する鳴海の表情はここからは窺えない。
 男性が口を閉じる。鳴海が何か話しているらしい。
(ホンマに大丈夫か……?)
 不躾な態度を取っているわけではなさそうだが、かといって愛想を浮かべているわけでもなさそうだ。
 心配になってきて壁から離れる。
————若手も育ってきていますから、そう心配なさる必要もありません」
————!」
 心臓を鷲掴みにされたような、そんな心地がした。
「急成長していく彼らの姿に、ボクも日々精進せねばと身が引き締まる思いです」
 凪いだ湖面を思わせるように静謐で、冬の海を思い浮かべるような低く怜悧な声だった。
 息を飲みながら足を進める。その横顔が目に入った時、男性の笑みの理由を知った。
 つまらないと不満そうにしているわけでも、愛想を浮かべているわけでもない。怒りも喜びも全て削ぎ落としたかのような、——無。
————ッ!?!?」
 顔が整っているだけにその迫力は一入だった。
 普段感情がコロコロと変わる様を見ているだけにその衝撃は大きい。
 愛想笑いなど出来る男じゃないと思っていたが、同時にこうも感情を削ぎ落とせる男だとも思っていなかった。
 ふらり、と足元がふらつく。雷にでも打たれたような気分だった。
 そんな保科を鳴海の瞳が捉えた。いつもの彼であれば、その眉を釣り上げ子供のように声を荒げるだろう。
 しかし、その目は揺らぎ一つ見せず静かに離れた。
「防衛隊のこれからに期待していただければ幸いです」
 挨拶を交わした鳴海が保科へとつま先を向ける。顎で壁際を示され、再び壁の花に戻った。
……本物の鳴海隊長ですか??」
「偽物なわけないだろ。他に誰がいるんだ」
「影武者?」
「戦国時代かよ。正真正銘本物の鳴海弦だ」
 会話のテンポこそ普段のものに戻ったものの、表情は何も変わらない。いっそ不気味なくらいだった。人形か何かにすら見える。
「鳴海隊長、マナーとか知っとったんですね。表情筋終わってますけど」
「ボクを誰だと思ってるんだ。第1部隊隊長ともなればこの手の誘いを受けることもある」
 続けて、口の中に閉じ込めるほどに小さく「面倒極まりないが」とぼやいたのが聞こえた。
 軽快な音楽が人々の声と共に踊っている。
「昔、功さんに教わった」
 彼らの楽しげな様子とは裏腹の静かな言葉に、保科は目を閉じた。今は亡き前長官。功さんと彼は呼ぶが、二人の関係性を保科は知らない。教えられるような関係でもない。
 ただ、凪いでいたその瞳に懐かしむような温かな色が宿ったのが見えた。瞬きの間に消えてしまったそれが、保科は知らない絆の証のように思えた。
 鳴海は手持ち無沙汰にグラスを回す。小さな気泡がふつふつと浮いては消える。
「みっともないマネはするな、と」
 珍しいことだった。彼がその胸の内を打ち明けるなんて。保科は驚愕に口を閉じ、それを悟らせぬようにグラスに口つける。
「ボクは作り笑顔は苦手だから、それなら初めから笑わなきゃいいと思ってな」
「それで今のスタイルに?」
「感情を表に出すよりはマシだろ」
「鳴海隊長もそういうこと気にするんですね」
「喧嘩売ってるなら買うぞ、帰ったら覚えとけ。……ボクだってTPOは弁える」
「忘れときます」
「クソオカッパ」
「口が悪いですよ、鳴海隊長」
 つい喧嘩腰になるのはこの数年で染み付いてしまった癖なんだろう。流石の保科も場は弁える。弁えているはずだが、妙に調子が狂う。こうして口論しながらも眉一つ動かず、声の起伏も薄いからかもしれない。
 子供のように感情を露わにする鳴海がひどく恋しく思えた。
「誰のせいだ」
……すみません」
 あかんな、とは自覚している。鳴海が場に相応しい態度をしているのに、今度は自分の方ができてない。こっちの方がタチが悪いだろう。
…………、お前の方こそ影武者じゃないのか?」
 驚きを示すような間と、僅かな声の揺らぎに顔を上げる。
「自分の非を謝れんようなアホちゃいます。この場に相応しくない態度をした自覚はあるんですよ」
「ふっ、珍しいものを見た」
 口角が微かに上がっている。それを隠すようにグラスを持ち上げてはいるものの、真横にいる保科にははっきり見えていた。
 頬に影を落とすように伏せられた瞼、シャープな輪郭に、きめ細やかな肌。精巧な人形の如く色を失っていた人に、息を吹き込んだように感情が宿っている。
 そうしたのが自分だと思うと一気に熱が上がった。
(こっちこそ珍しいもんばっかや……!)
 今日は鳴海に振り回されてばかりだ。
 感情を振り払うようにグラスを煽れば、炭酸の甘さが妙に纏わりついた。


Posted by 冬暁/薄明