24日はどちらも忙しいからという理由で前日の夕方に天堂に会うことになっていた黎明は「教会に来い」とだけ送られてきたメッセージに、冷や汗が止まらなかった。現在、約束の時間からすでに三時間以上経っている。まずい。殺されはしないだろうけど天堂は怒りと手が直結しているので出会い頭殴られてもおかしくない。
遅刻する気は毛頭なく、頻繁に徹夜する黎明でも寝坊するような時間帯でもないし、そもそもきちんと時間内に着けるよう自宅も出た。
その待ち合わせ場所に向かう途中、人につけられている気配があった。よくある視線。ストーカーである。恐らく家も知られているので、捕まえてもよかったのだが、時間に遅れることを考え、すこし遠回りをして撒いた。最寄りまでの電車に乗る前に、再び視線を感じた。別人だが同じような感覚に二人目のストーカーだとわかる。
ただ着いてくるだけではなく、心中するつもりだったのか人通りの少ない道で刃物を取り出してきたので、返り討ちにして地面に転がしておいた。よく見てくれるしキリがないから何人か泳がせていたけどさっさと片付けておけばよかった。
そこからは運が悪かった。電車を一本逃したせいで人身事故が発生。乗っていた電車は止まり、遅れる旨を伝えるため取り出したスマホは充電器がうまく刺さっていなかったせいかバッテリーが切れそうになっていた。
ごめん、のご、を送ったところで画面は真っ暗に落ちた。
日が落ち切って真っ暗な中、とりあえず待ち合わせ場所には到着したが、天堂の姿は見当たらない。適当な店に入り、充電器を使って見たスマホにはその一行だけ届いていた。
チェーン店のドーナツ20個を詫びの品として持ち、黎明は教会に向かう。入ってすぐの大部屋にも住居スペースにもいない。となれば残るのは仕事部屋だろうと思って向かった。
扉の鍵は開いていた。
いつものモニターの前に座っていた天堂がゆっくり椅子を回して振り返る。
白を基調とした格好は、いつもと違うせいもあったが異様に目を引いて、おとぎ話に出てくる雪の女王のような格好だなんて思った。
一般的に美しいと称されるだろう姿はしかし、至る所にべったりとついているくすんだ赤い色と手に持った凶器が全てを台無しにしていて、色も表情もない整った顔のせいで余計に狂気的だった。
「……随分、遅かったな、黎明」
「……あー、ごめん、色々あって……」
身構えたが軽く見てとりあえず殴られる心配はなさそうなので近づいてドーナツの箱を差し出した。さっそく開けて天堂は食べ始める。
「どうせお前の周りをうろうろしていた人間に気づいていたのに放置していたのだろう。それに襲われて、電車に乗り遅れ、事故でもあったか?
あとはスマホの充電が切れていた、そんなところだろう」
淡々と話す天堂の口調とは裏腹に目が座っている。寒い中待たされたのとたぶんその返り血が原因なのだろう。それとそのあたりに無造作に転がる黒い複数の袋。
三時間。
「待たされたのはいい」
全くそう思っていない声色で口にした天堂は、黎明の買ってきたドーナツを片手にもう一方にはてらてらと血が光る鉈を持って話を続ける。
「あまりにもお前が遅かったから声をかけてきた男に暇つぶしについて行った。女と間違えたのだろうな、車に押し込まれて、攫われそうになったのだが……」
そこまで聞いてもう結果はわかる。白いコートで体型が隠れているからわからなかったのはほんと運が悪い。自業自得で同情の余地も、どう見てもつまらない存在に意識を割く価値もないが。
ただまだ動いているその人体の入った袋を一瞥してからすこし離れたところにある切り取られたそれら、を見て、男として、生理的に身震いはした。
「他にもこの愚かな咎人たちに拐かされた哀れな人間がいたようだ。そんな罪人でも神は寛大だ。救ってやってもいいとは思う。それでも反省は必要だろう? 粗末なものを切り取るのは不快であったが、これで少しは救済を望むに違いない」
呻き声。天堂は見もしない。
大袈裟に話しているが単純にきっと苛々していたのだろう。黎明は来ないし寒いし腹は減る。そこに現れた罪人を殴って、服は血まみれだ。咎人の悲鳴に怒りをぶつけうさを晴らしていたのが目に浮かぶ。
それに想像より天堂は今日のことを楽しみにしていたらしい。下ろしたての服で身を包み、遅れてくることがわかっている黎明を待つくらいには。
「それで、黎明? 誰のせいでこんなことになったのだろうな?」
今まで無表情だった面が歪な笑みを飾った。鉈を持ったままの天堂の視線の先、を知りたくない。黎明はこの時ばかりは、自分の非を全面的に認めて、降伏した。
水しぶきが跳ねた。温い湯と共に泡が流れて、足元に落ちる。長く白い髪は絡れもなく、さらさらと指の間を通っていく。
「きちんと流せ」
「はいはい、わかってるよ」
茶を入れろ、風呂を沸せ、服を脱がせろ、髪を洗え。黎明は天堂の要求を粛々とこなしてきた。さすがの黎明も三時間寒空の下で待たせたのを悪いと思う気持ちくらいはあるし、日付を跨いで、誕生日を迎えた天堂の言うことくらいぜんぶ訊いてやろうと思った。楽しみにしていたらしいホテルのアフターヌーンティーからドーナッツ20個になったし。
「水を軽く切ってから、トリートメントをつけろ。流す前にコームで梳かすのを忘れるな」
「いつもこんなめんどくせーことやってんの……」
「当然だ」
神さまだから美しくあって完璧なのが自然で何一つ苦に思っていない口ぶりだった。黎明が手持ち不沙汰になったとき、たまに触れるけれど艶やかなその感触は嫌いではない。三つ編みを黎明は上手に作れる。結構嬉しそうだったななんて思い出しながらそのあとも天堂の指示通り髪を濯いで、体も洗わされて、最後は浴槽につかるからと追い出された。
天堂の家に置いてある部屋着を身に着け、スマホ片手にソファで出てくるのを待つ。
扉が開く音にたぶん、次は髪を乾かせ、だろうなと思って、ドライヤーを手に天堂の元に向かう。
「神の声を訊く前に、準備しているとはよい心がけだな、黎明」
「ここまでしてるんだからもうなんでも訊いてやるよ」
椅子に座った天堂にオイルだのヘアミルクだのなんだの再び、指図を受けてその通り動く。
傅かれるのは気分が良いらしく、機嫌も大分戻ってきている。髪のあとには手の爪先の手入れをして、最後に足の爪へと移る。整えられた形は黎明から観測しても欠けひとつ見当たらない。
「お前を見下ろすのは気分がいいな」
「オレも毎日、神さまを見下ろしてるのは気分が良いよ」
肩を蹴られた。小突く程度ではなく、普通に痛い。
爪を整え立ち上がると天堂は、鷹揚に黎明を頭からつま先まで見て、わざとらしく嘆息した。
「寝台に運べ、というつもりだったが」
憐れんだ眼差しが黎明を突き刺す。この怪力神父と比べるから劣って見えるだけで平均程度の筋力はある。はずだ。
「落としても文句言うなよ」
「殺す」
その言葉に本気を潜ませて笑んだ天堂は、横に抱き上げないと怒り出すのは目に見えていたので、腕を差し入れて持ち上げる。甘い香りが首筋に纏わりついてさらさらとした髪が肌を撫でた。
抱き上げるまではそう難しいことでもなかった。
ただ歩くと全身が軋む。反射的に口をつきそうになった語を呑み込んだ。重い、なんて言ったら絶対殴られる。まあ天堂相手には思っただけで手遅れだが。
「神に対し不遜な考えだが今回は赦してやろう」
「そうしろよ、今なんかしたら落ちるのはユミピコだからな……!」
一歩一歩ゆっくり進んだ。愉快そうにその様を腕の中で眺める天堂をねめつける暇もない。
寝台までの距離がそれほど離れて居なくてよかったと心から思った。
天堂を敷布の上におろして隣に並んだ黎明は項垂れて深い息をつく。
「二度とやらねー」
痺れる腕をさすりながら頭を上げれば、すぐそばに笑っている天堂の顔があった。
「褒美だ」
口と口が軽くくっつく。
「こんだけ?」
大嫌いな肉体労働の割に合わないと思って、今度は黎明から近づけた唇を深く合わせる。さっき塗った保湿のリップの味がした。べたべたするのが嫌いな黎明は剥ぐように舐めて、舌先を咥内に差し入れる。おなじものと絡ませながら、そのまま肩を押そうとして。
びくりともしなかった。
思わず唇を離して、顔を見た。薄い笑み。
「しもべの役目はまだあるだろう?」
全体重をかけられて、後ろに倒れ込む。腰に跨った天堂の顔が迫って、黎明の手入れした髪が頬をくすぐった。
「神が満足するまで奉仕しろ、黎明」
ちかちかと視界が明滅した。自身の荒い呼吸が遠くに聞こえる。
吐き出したばかりのそこをきつく締め付けられて快楽で飛んだ意識を乱暴に呼び戻される。
心臓が痛い。さっきからずっと、達してはまた引き戻される、それの繰り返しだった。
「ッ……ユミピコ、うごくな、って……!」
愉しげな笑い声が耳元を撫でた。
「出すなと言ったのにお前が気をやったのが悪い」
熱っぽい声色でそう囁いた唇が耳朶に触れた。舌先が内側を舐めて、歯が食い込む。それだけでもぞっとして、顕著なその反応が面白いのか、天堂は無作為に唇を落とす。いつもなら反撃に出るのだけど、思考も体も上手く動かない。そのせいで今は天堂の方が早くてすぐに抑え込まれる。
「いつもそれくらい正直な方が愛でるかいがあるぞ、黎明」
「うるさ、……ぅあ……」
首筋を強く吸われただけなのに、脳内が真っ白になる。わざわざ黎明の両眼を覗き込んで笑みを飾る神様は心底愉しそうだった。慈悲深い神さまを演じるくせに絶対、人が苦しんでるの好きだろコイツ。
「次はもっと持たせろ」
咥えていたものをぎりぎりまで引き抜いて、落とし込む。
強い快感が思考すら焼き切って、意識を染めた。
根元まで呑み込んで揺れる腰は激しさを増す。
もういっぱいなのに詰め込まれていく快楽は息苦しいくらいで、勝手に視界が滲んだ。
「ああクソ、いい加減にしろ……!」
存外簡単に位置を変えられて、けれど体の下に来た天堂の表情に弱々しく歯噛みする。
ああ、駄目だな。誘われた。上で跨るのが飽きただけだ。
「神の意思を汲むとは、いい子だな、黎明」
自分で引っ掛けたくせに、誰もが想像するような聖母みたいな顔で子どもをあやすように天堂は頭を撫でる。
首筋に腕が巻きついた。
「無理、ほんっともう無理、…ッ、だ、から、うごく、なって……!」
頭の中がぐらぐらする。もう出るものもないのに、吐き出させようとする締め付けに、また意識が飛んだ。天堂の肩口にぐったりと頭を預けて、息をつく。
もう今日ばかりは好きにすればいいと思った。
そう誕生日だ。
上手くまとまらない思考の中でも祝いを口にしてなかったことをふと思い出す。
「おめでとー、ユミピコ……」
一瞬、瞬かせた瞳が弧を描く。
同じように歪んだ唇が黎明のそれを塞いだ。
達したばかりの鋭敏な感覚のままで咥内を掻き回されると頭の中もぐちゃぐちゃになった。
もう意識を立て直す気力もなくて、与えられるままにその快楽に身を沈めていった。
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