asaumi
2025-12-26 06:42:14
4416文字
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転生したら猫になりプレミアのついてるしのぶちゃんを金を積んで手に入れる童磨

こういうありえない設定も好きです

死した魂が禊を終え転じる来世を神仏が決めているとするならば、その目は節穴もいいところだ。
全然の最愛の姉とまた血を分かち、この世でも姉妹となれたのには感謝しているが、猫として今世の一生を得たことは最後の最後で輪廻の調合を間違えたとしか思えなかった。いや、遠い前世の記憶があるからには材料からしくじっている。
『神仏は、必要であり乗り越えられる試練しか与えない』
その説法が正しいとすれば、育った早々に姉と生き別れることは何を意味しているのだろう。問い質して、是非とも答えを教えて欲しい。
頑丈な檻に入れられたまま、胡散臭い人間の手を介せば介すほど姉の存在が遠くなり、焦りは増す。猫を閉じ込めるしては頑丈な鍵で、檻から出ることは叶わなかった。
そして、私が今置かれているところは希少動物を専門に扱うバイヤーの店だ。建物の一番奥の部屋に宝石のごとく仰々しく飾り立て、売られている。やり手のバイヤーらしく、物欲や所有欲を満たすべく客は後を絶たずやって来た。ここはそのなかでも、お眼鏡に選ばれた上客だけが通される部屋なのだと思う。それでも朝から晩まで客が訪れては、うっとりとした目を向けられている。
どいつもこいつも吐き気がする。大抵の客は取り憑かれたかの如く惚れ込むが、掲げられている値札を見るや否や、後ろ髪を引かれる思いで諦めていった。帰る姿を見ては、ほっと胸を撫で下ろす日々だ。
しかし、このまま見世物になっているわけにはいかない。姉を探し出したかった。それには、まずはこの頑丈な牢獄から出ないことには始まらない。だから考えた。猫であるのなら、そのことを最大限に利用するしかない。

作戦決行の日が来た。
これぞという金持ちの人格者が現れたのだ。途端に猫らしく猫なで声で甘え、懐いて売り込む。心を掴んで即買いさせた。やっと、狭い牢屋から解放される。後のことは、もらわれた先でじっくり練ろうと考えてた矢先だった。
引き渡しが明日に迫った夜、ひとりの男が通された。ちょうど、気持ち良く昼寝をしていたところだった。物音で起こされて頭の中がぼーっとしていたが、訪れた人物を見るや一気に目が覚めた。
衝撃が走る。
「わぁ、綺麗な猫だね!」
この声だ。そして白橡の髪に、虹色の瞳、何一つ忘れてなどいない。鬼殺隊の柱である自分を殺し、取り込んで、滅ぼされた挙句に恋をしたと宣った男が、まさしく、目の前にいる。
ただ唯一の違いは瞳の中に上弦の刻印がないことだった。
そう、鬼ではなく、人間の姿をしていた。
「体が小さいけど、子猫なのかな?」
「いえ、人間で換算すると十八歳くらいです」
へぇ、と相槌を打つ。
「黒猫なのに毛先は紫なんだね。いいね、藤色みたい」
あ、うなじの模様、蝶みたいだね。回り込んで眺めたから、見えないようにそっぽを向いた。
「ええ、それが人気のひとつです」
「顔も可愛いね。雌? それとも雄かな?」
「雌です。ただ、難点が一つあって、見た目と違って気性が荒くて……飼い主に懐かないかと心配してます」
「それがいいんじゃない」
ニカっと笑って答えた。
「一目惚れしたよ、この子が欲しい」
その言葉にぞぞっと毛を立たせて、威嚇する。男から一番遠くなるよう、檻の奥へ後ずさった。それでも虹の目が輝きを増す。
「生憎ですが……その……
「ん?」
「この子の買い手は決まっておりまして……申し訳ございません。明日の開店早々に引き取られるんです」
ざまあみろ。
食い入るように見つめる男の瞳を、強かに見返した。
……いくら?」
目線を外さずに男はバイヤーに訊ねる。
「はい?」
「そいつ、いくら払ったの?」

人の良さげな大富豪にもらわれていくはずが、前世の宿敵に飼われることになる。どんな悪夢だ。
男が買い手の数倍の金額を掲げると考える間もなく快諾したバイヤーは火だるまになれ、と何度も恨んだ。
男は上機嫌で、付き人ではなく自らの手で持ち運び用のゲージを持った。馬鹿でかい車で連れて帰る時も、座った横にゲージを置いて離さない。絶望に打ちひしがれる私を覗き込み、鼻歌まで聞こえてくる始末だ。
長いドライブの末に辿り着いた住居は、都会にそびえる高層ビルだった。エレベーターに乗って昇る途方もない時間は、逃亡する希望をことごとく削いでいく。
「ここで俺と暮らそうね。大丈夫、幸せにするよ」
決して人格者ではないが、富豪であることは間違いない。連れて来られた男の部屋を見て、神仏はことごとく魂の采配が狂っているし、もはやそんなものは存在しないとすら思った。
ゲージに引きこもることも考えたが、窮屈なのは懲り懲りだった。それに、逃げるには広い方がいい。男の手が触れないよう、広い部屋に降り立った。
「君の名前を決めなきゃね」
うるさい。
「何だか似てる気がするんだよね。俺の特別な女の子に」
男はうっとりと眺めている。
「だから〝しのぶちゃん〟て呼ぶね」
ーーっふざけるな、馬鹿。
言葉が喋れたらいいのに。
フーッと総毛立ち苛立っては、部屋の隅に逃げて男から距離をとった。

男の差し出すご飯とミルクは美味しかった。一日は飲まず食わずを貫いたが、ここで餓死してしまったら姉には会えないし、男の近くで死に様をさらすのも御免だと手をつけることに決めた。男が獣医を連れてきた時に完食して面目を潰してやったと思いきや、獣医そっちのけで喜んだ男を見て、潰れたのは飛行機を乗り継ぎ遠路はるばる来た世界有数の名医の労力だった。良心が咎めた。
それから、男のいる時には絶対に口にしないが、席を外した瞬間を狙って食べていた。
だが、それが結構大変だ。
一日の大半を一緒に過ごして、可愛がりたがる。逃げようとも他の部屋には行けないようにドアはきっちりと施錠していた。高いところに飛び逃げても、なんせ男の身長が高いから手が届いてしまう。俊敏さでは、こちらのほうが少し優位だが、長い時間逃げ続ける体力がなかった。一方で追いかけている男の体力は底なしだ。息つく隙をついて、筋肉質な腕に抱き寄せられれば、もう逃げられない。
捕まったら最後、男が満足するまで離してもらえなかった。
今や手足の爪は綺麗に削られて、唯一の武器をとりあげられている気分になっている。前に一度、思いっきり腕に噛みついたが、血が幾筋も流れ出てるにも関わらず男は怒ることもなく、柔らかく微笑むばかりで不気味さと人の身体を傷つける後味の悪さだけが残った。

絶対認めてなるものかと抗ってはいるが抱かれながら、身体中を大きな手で撫でられるのが気持ち良かった。そう思う自分がまだ許せない。
こいつは前世は鬼で、姉を殺した上、私を吸収した。仇討ちは果たしたが因縁を思い出していると首筋の弱い部分を指で丁寧になぞり、優しく愛撫して憎んでいる思考を途切れさせてくる。
日を追うごとに、この男は自分の気持ちいいところを一つずつ学んで、そして知り尽くして開発していく。声を殺しきれず甘い声で短く、鳴いた。
「可愛いね、しのぶちゃん」
頭に頬ずりされて、ニャっと慄いたが盛る筋肉質の腕から一向に逃げられなかった。
こうなったら、金だけは持て余しているであろう男を酷使して、姉を探し出す方法はないだろうか。

長く身を置く環境に慣れて順応しなければならない。それは生きていく上で、必要最低限の処世術だ。言い聞かせながらも、男が寝るときに寝室へ連れられては、一緒のベッドに引きずり込まれることは一生をかけても慣れたくない。しかも、向こうは裸ときた。私をベッドに放り込んで、自分も潜り込む前にご丁寧にも脱いでいく。暴れても重い腕に挟まれると逃げられなくなるし、苦しい。一週間もしたら、目と心を閉ざして抱き枕になった方が賢明だと悟った。
何も見てないし、感じない。顔面に押しつけられる、厚い胸板、そして温かい体温も知らない。
猫は夜行性である。なのに、月が昇るころにはくたくたになっていて瞼が重くなるのは、昼間に追いかけられて、生活リズムが人間である男に合うように作り替えられてしまったからだ。こうして、一日が終わる。

致命的な齟齬が生じたのは満月の夜だった。
いつもの如く男の抱き枕となり、深い眠りへ身を委ねていた時だ。血が逆さに巡るいやな寒気と、心臓が破裂するのではと怖くなる動悸が襲う。
ああ、また、この男の腕のなかで死んだのかーー恐る恐る目を開ければ、そこは天国と地獄の狭間の黄泉ではなく、代わり映えしない男の寝室だ。カーテンからのぞく欠けることない月が見える。明るい月明かりに照らされたなか、太い男の腕の下に白く華奢な腕が見えた。はっとする。人間の手、動かせば指の一本まで意図のまま動く。それは紛れもなく、自分の身体だった。
猫が人間に変身した?
子供向けのお伽噺で使い古された逸話だが、いざ、そうなると目と口を見開き立ち竦むしかない。科学的にまったく説明のつかない事柄に対して、必死に頭を働かせ整理するがとても追いつかない。しかも、裸だ。猫は服など着ないが、人間に戻すのであればそこまで考慮して欲しかった。
急いで毛布をたぐり寄せて身体に巻き付ける動きで、男が目を覚ました。
…………
…………
虹色の目は何度か瞬きをして、言う。
「これじゃあ」首を傾げる。「首輪は人間用を作れば良いのか、猫用にするのか迷うなぁ。どっちがいい?」
「くたばれ、糞野郎」
「猫用にしたら人間になったときに首が絞まっちゃうし、人間用だったら猫にはぶかぶかだろうし」
「地獄に堕ちろ」
「もう堕ちてきたよ」
ははっ、と嬉しそうに言う、こいつの順応能力は科学的論拠を超越していた。
「でも、この世でも償おうと思ってるんだ」
「ーー何を」
「カナエちゃん」
……っ、お前が名前を呼ぶな」
「血統書を見たよ。お姉さんと生き別れちゃったんだね、可哀想に……」迷える信者を導く教祖らしく、優しく微笑む。「だから俺が探すのを手伝ってあげる」
そのつもりだったでしょ、そう言わんばかりだ。瞬時に見抜き、面白可笑しくほざく男が癪に障る。こめかみに青筋を立てて睨み付ける、自分に言う。
…………っ」
逃げたくても、人間になったのが初めてで慣れないせいか、身体がいうことをきかない。指は動くのに手足は棒のようだった。ベッドに崩れ落ちてしまった。
「触るなっ」
「しのぶちゃんに、噛むのも、引っ掻かれるのも癖になってきた」
身体を起こしてのしかかろうとする男の身体はあまりにも大きい。
自分を見下ろして笑った顔はあまりにも禍々しくて、喉元からひゅっと短く息が漏れる。背筋を冷や汗が流れた。
「猫のしのぶちゃんも可愛いけど、人間になれるのならもっと愉しめそうだね」

神仏は乗り越えられる試練しか与えない。果たして、本当だろうか。