アサヒ
2025-12-26 03:38:54
1545文字
Public 忍たま(鉢雷)
 

お題『匂い』

鉢雷ワンライ(#8828_1draw )に2025/8/28に投稿したもの。
(Web向けに改行だけ追加しています)

もう夜も遅いというのに、ふわりと甘い匂いがする気がして首を捻った。
菓子だろうか、覚えがある匂いだ。
こんな時間に珍しいな……と思っていたところで、長屋の戸が開く。

「雷蔵!ねえ、ちょっと見てごらん」

うきうきした声の三郎を振り向くと、その手に載せられていたのは綺麗な焼き色のボーロだった。

「わあ!どうしたんだい、それ」
「そうだろう。実はこれ、私が焼いたんだ」
「へえ!……美味しそうだねぇ」

三郎が菓子を焼いてくれたのは初めてかもしれない。興味しんしんに近寄る。
遠目に見ても上手く焼けていると思っていたけど、近くでみるとますます美味しそうなボーロだ。
夕飯を食べてからそれなりの時間が経っていたこともあり、香ばしい匂いが空腹をこれでもかと刺激する。
お腹がきゅうと小さく鳴ってしまったのを、えへへと笑って誤魔化した。

「食べてみないかい?」
「僕が食べてもいいの?」
「勿論さ、これは君のために焼いたんだからね!」
「そうなの?それじゃあ、遠慮なく頂くよ」

特に菓子を贈られるような覚えはないのだけど、小腹も空いていることだし、貰えるというならばありがたく頂く所存だ。
機嫌よくボーロを切り分ける三郎をわくわく見守る。
大ぶりに切られた一切れを差し出されたので有り難く受け取って、まずは遠慮なく一口。

「んー、美味しい!」

口いっぱいにふんわりと優しい甘さが広がる。
こんな時間に甘いものを食べるという背徳感も相まって、ものすごく美味しい。ちょっと感動してしまった。

「すごいよ三郎、お前は菓子を作るのも上手かったんだねぇ」
「ふふん、君に食べてもらうために練習したからな」

……随分僕が食べることにこだわるけど、僕、三郎に菓子をねだったことがあったっけ?
美味しくボーロを頂きながらも内心首を傾げる僕に、三郎は心なしか自慢げに胸を張った。

「今日のボーロはなかなか上手く焼けたと自負しているんだ。中在家先輩にも負けない出来だろう?」
「確かに、すごく美味しく出来ているよ。……でも、どうして僕にボーロを焼いてくれたんだい?」

こんなに上手く焼けるようになるのは容易いことではなさそうだけど。
そう思って尋ねた途端に、三郎はどこか拗ねた素振りを見せた。

——だって君、いつも図書委員会で菓子が振る舞われる度に『今日も中在家先輩がボーロを焼いてくださった!』って嬉しそうに帰ってくるだろう」

言われてみればそうかもしれない。
なんたって甘味は貴重だし、中在家先輩のボーロは美味しいし。
もぐもぐ口を動かしながら納得する僕を半眼で見ながら、三郎は重々しく頷いた。

「君を幸せにするのはいつでも私でありたい。だから、君がボーロを好むというならそれを習得するまでだと思ったのさ」
「はあ、なるほどなぁ……

そのためだけに、こんな見事なボーロを作れるようになるまで努力を重ねただなんて。
分かってはいたけど、愛が重いやつだなぁ。
でも、その重さが嬉しいというのも確かだ。愛情がいっぱいに詰まった塊を咀嚼して、ごくんと呑み込む。

「君の好みに合わせてこれからも改良していく所存だから、なにか意見があったら遠慮なく言ってくれ」
「うん、分かった。でも、お前が僕のために頑張ってくれる気持ちがいつでも一番嬉しいよ」

するりと僕の口から出た言葉に、帳面を片手に何かしら書きつけようとしていた三郎がぎし、と固まった。
ぽい、と筆を投げ出して飛びついてくるのを前進で受け止める。

「雷蔵!大好きだ!!」
「はいはい、僕もお前が好きだよ」

部屋に漂うボーロの甘い余韻に浸りながら二人でごろごろと転がる。
こんな幸せな夜が、この先も幾度となく訪れますように。