雪成はす子
2025-12-25 23:56:49
2734文字
Public 🐧🐬
 

逃亡先のサンクチュアリ

🐧🐬
現パロ。カノジョに振られた🐬が🐧の所に泣きつくところから始まる話
⚠ほんのり夜の匂わせ(朝チュン)です
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 街の雑踏の中を、彼女は冷たい目で俺を見つめる。
「シャチ、この人ね、あたしの婚約者なの。ごめんね、だからもう一緒にはいられないわ」
「一緒に、って。じゃあ」
「ごめんね、シャチ。でもあたしはもっとあたしを大切にしてくれる人と一緒にいたいの。分かってくれる?」
 そう言って男の腕を掴んだまま、彼女は立ち去っていく。
 クリスマスキャロルが聞こえる街の片隅で、彼女だったひとに振られた憐れな男はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。

  ***

 ピンポーン、とインターフォンが鳴り終わらないうちに扉が開いた。
「ああ、おかえりシャチ」
 そう出迎えてくれた笑顔にほっとすると、ぼろりと涙が零れてしまう。ペンギンはそんな俺に苦笑すると、とりあえず中に入れ、と俺の手を引いた。ぽんぽんと俺の背中を叩く手に、ほっと安心する。
 コートを脱がされ、ペンギンに促されるままにこたつの中に入った。冷えた足先がじんわりと温められ、じんじんと痺れてくる。「お前が来るって聞いてから準備してた」とほかほかと湯気の立つココアを渡され、俺は一口啜った。温かなミルクと、カカオと、ほのかなシナモンの香りにほっとする。じんわりと体の内側から温められてくると、またじわりと涙が込み上げてきた。
 ココアを飲みながら、ひっくひっくと泣きじゃくる。ペンギンは何も言わず、ぽんぽんと俺の背中を撫でた。
「ペンギン……お、おれ、ふられちゃ……
……うん、辛かったよな」
「おれ、何が駄目だったのかな……今度こそ、上手く行くと思ってたのに」
「そうだな。でも、彼女には伝わらなかった。なら、もう彼女の事は忘れてしまえばいいよ」
「うん……
 ペンギンの言葉を聞きながら、ココアをこくりと喉に流し込む。あったかくて、甘くて、ほっとする味。ペンギンがいつも作ってくれるココアが、俺は大好きだった。
 彼女が出来てから、ペンギンのココアを飲む機会はすっかりなくなっていた。なのに、不意打ちで、しかもクリスマスの夜にいきなり連絡してきた俺の為に、ペンギンはまたココアを用意してくれた。

 ――その事が、とてつもなく嬉しいなんて、どうかしてる。

 ちっちゃい頃から、ずっと俺の世話を焼いてくれたペンギン。
 でも、大人になって、お互いに仕事を持って、周りから結婚の報告をされるようになって――このままじゃいけないって思っていたのに。
 俺に彼女が出来たら、ペンギンも彼女を作っていずれは結婚して幸せになれるんじゃないかって思っていたのに。
 ――それなのに、結局ここに戻ってくるなんて。
 彼女に振られて泣きつく俺を、いつもと変わらない態度で慰めてくれる事が、こんなにも嬉しいなんて――本当に、俺はどうかしてる。
……ごめん、ペンギン」
「何が?」
「今日、いきなり連絡して……また、俺の世話させちまってごめん」
「何かと思えばそんな事か。俺は好きでやってるんだから気にするな」
「でも、ペンギン、俺の事ばっかりじゃん……だから、俺の世話から解放されてくれるようにって思ったのに、全然できなくて……結局、ペンギンに縋っちまう。だから……ごめん」
……そうだな。その事は、俺も残念に思ってるよ」
 ペンギンの静かな声が降ってくる。マグカップの底に沈むココアパウダーを眺めながら、俺はひぐ、とまたしゃくり上げた。


「俺からシャチを解放して上げられなかった事はさ、俺は本当に済まなかったって思ってる」


 けれど続けて言われた言葉に、俺ははっとしてペンギンを見上げた。
 ペンギンは俺をまっすぐ見下ろしたまま、何かを諦めたような苦笑を浮かべている。
「彼女がこのままお前を連れ去ってくれれば、俺はお前を解放してやるつもりだった。でも、そうはならなかったな、シャチ」
「な、んの、話」
「なあ、俺がクリスマスだってのに一人で過ごしていた事に、お前は疑問を持たなかったか? シャチ」
「え……でも、今日は仕事だったって」
「ああ。仕事だった。……因みにだが、俺が恋人を作らなくなったのはいつ頃からだと思う?」
「いつ頃、って……俺が、美容院で、働き始めてから……え?」
 ぐるぐると混乱する俺を他所に、ペンギンは俺の手の中のマグカップを取り、こたつの上に置く。
「シャチ」
 ペンギンの顔が、これまでにないくらい近くにあった。唇が触れ、吐息が重なる。
「え……? ん、む、ぅ……
 薄く開いたままだった唇に、そっと舌が差し入れられた。訳が分からないままに舌を引きずり出され、じゅるっと吸われる。ぞくぞくと背筋を駆け上がる快感に、俺はきつく目を閉じた。
 ペンギンの唇が離れると、俺の体から一気に力が抜けていく。くたりと力の抜けた俺の体を支え、ペンギンは言葉を続けた。
「シャチ。お前が嫌なら俺はこれ以上は何もしない。今あった事は犬に嚙まれたと思って忘れてしまえ」
「な、ん」
「シャチ、俺はな。俺はもう、お前以上に大事な奴なんて居ないって気付いちまったんだ。でも、お前はそうじゃない。お前は色んな奴に好かれるし、彼女が切れた事も無い。だからそのままお前が逃げ切れたのなら、俺はそのままお前を解放するつもりだった」
「解放、って」
「お前が結婚したら、俺はずっとこのままでいようと思った。――でも、お前はここに来た」
 トン、と胸を押され、力の入らなくなった体がカーペットの上に落ちる。上から覆い被さってきたペンギンが俺の腕を押さえた。
 俺を腕の中に閉じ込めたペンギンは、今にも泣きそうな顔で俺を見下ろしている。

「もう一度言うぞ、シャチ。嫌なら俺を押しのけてここから逃げろ。そして二度と俺に近付くな」

 今にも泣きそうな顔で。
 ペンギンは、そんな事を言う。
……ッ」
 唇が震えて、まともに言葉が紡げない。
 力の抜けた俺に覆い被さって、またペンギンの唇が降ってくる。
 抵抗する暇はなかった。
 再び吐息を吸われ、舌をゆるく噛まれる。涙が止め処なく溢れ、なすすべもなく俺はペンギンに縋りついた。

  ***

 朝起きると、そこはいつもの見慣れたペンギンの部屋の天井で。
 慣れない腰の鈍痛に苦戦していると、ペンギンがそれはもう甲斐甲斐しくも俺を気遣ってくれた。
「昨夜は無理させちまったな。すまん」
……そうだな。お前が底なしの絶倫とは思わなかった。淡白な顔してスケベなんだな~ペンギン」
「そりゃ、積年の想いが叶った訳だしな」
 にんまりと笑ってそう宣ったペンギンの顔は、本当に嬉しそうで――一方の俺はと言えば、昨晩の記憶の中のペンギンを思い出し、かあっと頬が熱くなった。