べるどくん
2025-12-25 23:14:47
4719文字
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寂しくなんかないけどさ

セルフワンドロ推敲なし 兵部+ヒノミヤ写経

 アンディ・ヒノミヤ青年の人生は波乱万丈ではあったが、なにも生まれたときからそうという訳ではなかった。
 コメリカ合衆国で生を受け、お茶目な母と快活な父に愛情いっぱいに育てられ、ミドルスクールまでごく普通の少年としてすくすく大きくなった。そんな陽だまりのような家庭に影が差したのは、ヒノミヤがハイスクールに上がるときに受けた健康診断からだ。超能力の発現が認められ、軽度ならいいねと連れられた大病院では計測不可。超能力の内容も不明瞭といった具合で、困惑したのはヒノミヤの両親だった。
「それまではさ、ごく普通の家庭だったと思うぜ? 毎朝、母親がチーズのサンドイッチを持たせてくれて。日曜に親父とバーベキューしてさあ」
 ――と、ヒノミヤは半地下のバーでロックグラスを揺らす。モナーク王国を出て南オフラーンスにある行きつけのバーは、クリスマス当日の夜でもヒノミヤを受け入れてくれた。当然、それは客だから。いつもより度数の高いウイスキーを注文するヒノミヤに、バーのマスターは苦笑ひとつ漏らさず相槌を打つ。
「詳しい能力は分からなくても、おまけみたいなリミッターをつけてさ、ハイスクールに通ってたんだ。そこからだったな、能力なしとか言われはじめたの。実際、超能力無効化能力っていうのが分かったのは、超能力者とつるんでからだし」
 当時の両親は、超能力という特異がとにかくヒノミヤの青春を妨げないよう腐心していたのだという。少年だったヒノミヤからすると、自分が原因で顔を暗くする両親というのは非常に胸が痛むものだった。同級生からは超能力以前にオッドアイでからかわれたものだったが、そこは生まれつきだったので、小さな頃から親のケアがあったのだとウイスキーを煽る。
「左目に天使がキスをしたのよ、って言われて育ってね」
 だから左目だけ特別な金色なのよ、とヒノミヤの母親は笑っていたのだという。自分もそれを信じていられたから、からかいも上手くいなすことができていた。
 ただ、超能力は違う。もとから備わっていた素質とはいえ、表出化したのは思春期頃だ。なぜ自分が、どうしてこんな目に、自分がいるから両親は……そんなことを毎晩考えていたら、いつの間にか両親と疎遠になってしまっていた。
 ロックグラスの中で、琥珀色の酒が氷を溶かしていく。風の揺らぎを描いたかのように混ざり合って、酒はどんどんと薄くなった。
「運が良かったのは、正面で喧嘩する前に俺がハイスクールを卒業して、親元を離れることができたこと」
 きっと反抗期のまま喧嘩をしていたら、取り返しのつかないことになっていただろう。そこまで“耐えられた”のも、ヒノミヤの家庭環境が良好だったからとも言える。今も積極的に両親と連絡を取っている訳ではないが、ヒノミヤ自身は彼らのことを好意的に受け止めていた。あの頃、両親から受けたものはどれもこれも愛情由来のものばかりだった。
 だから、ヒノミヤは家族という共同体が好きだった。そして、だからこそ――クリスマスという行事をひとりで過ごすことに、一層の寂しさを抱えている。
「だからってクリスマスに実家に行くワケにゃいかねぇしぃ~……!!」
 ばん、とバーカウンターに突っ伏す。マスターは同じウイスキーを注ぎながら、自身のグラスにも少しだけ分けた。このマスターからすると、ヒノミヤは最近モナークへ引っ越してきた若い男性だ。眼帯がいかついが、人懐っこいオーラと甘い笑顔が相まって、不思議な魅力を醸している。この風体にコロッといく女性は多かろうが、ヒノミヤ自身がそれを求めていないようだから救えない。マスターという立場からできるのは、こうしてヒノミヤと同じ酒で乾杯することだけだった。グラスがかち合う、小気味のいい音。
 半地下の店内にはシーリングファンが回っており、夜長の空気をゆったりと回している。ヒノミヤが突っ伏したまま動かなくなるのを見て、毛布でも取ってこようかと考え視線を上にしたときだった。シーリングファンの奥に細長い天窓があり、そのまた奥にはクリスマスの月が見えていた。その月の前を、鳥か、コウモリかが通ったように影が過ぎ去る。
 なんだろうか、と立ち止まっていれば、扉につけていたドアベルが鳴った。来客だ。
 マスターは背筋をぴんと伸ばしたが、現れた姿に拍子抜けしそうになった。扉の向こうからやってきたのは、真っ黒な上下揃いの服に身を包んだ少年だったからだ。見慣れない服については、日本のコミックスで見たことがある。制服という、未成年の学生らが着用するものだ。ただマスターが呆気に取られたのは、未成年がバーにやってきたことではない。彼の相貌が、月夜の湖畔のように美しいからだった。
「やあ」
 かけられた微笑みにギクリとする。あまりにも整っているものが愛想を振り撒くと、魅了されるより先に警戒が来てしまうのは職業柄か。バーカウンターの中に守られながら、マスターはどうもと返した。さてどう追い返そうかと考えていたが、なんということはない足取りでヒノミヤの肩に手を乗せる。なんだ知り合いだったのか、そう思える仕草だった。
「おい。飲み屋でくだ捲くようなトシじゃないだろ、なっさけねぇな」
 くだけた言い方に思わず笑いを零して、彼らを見守ることにした。うたた寝をしているヒノミヤの意識は半分も覚醒せず、おーい、と少年は耳元に唇を寄せた。夢のような美貌が近付くものだから、マスターはなんとなく、彼がヒノミヤの左目にキスをしたら何色になるのだろうか、と片眉を上げる。銀色だろうか。少年の髪色のような。
「ったく……起きないからこのまま連れていくよ。勘定はツケといてくれ」
 ひょいと片腕でヒノミヤを持ち上げるので、この少年も超能力者なのかとあたりを付ける。このバーにとってヒノミヤはとても良心的な客で、一度もツケをしたことはなかったのだが、これも良い機会だからと頷いた。ヒノミヤなら、これをまた尋ねてくる理由にしてくれるだろうから。
 それじゃあ、という少年を最後に呼び止める。
 天使かと思いましたよ。そうおどけるマスターに、少年は奥ゆかしく小首を傾げた。
「堕天使の方だがな」





 ヒノミヤがうたた寝から目を覚ますと、揺り籠のなかにいた――というのは錯覚で、そこは波間に揺れるカタストロフィ号のプールサイドだった。
 いつかヒノミヤが突き落とされたプールは、今やスケートリンクに改造されている。そこら中にカラフルな電飾が吊り下げられ、仕上げと言わんばかりに巨大なクリスマスツリーが突き立っていた。
「どっから持ってきたんだよ、真木さん……
 ああいう手合いは全て真木がやっているのだということを、ヒノミヤは知っている。任されたときの真木の感情とリンクして、ヒノミヤはげんなりした目をカタストロフィ号のクリスマスパーティー会場に向けた。
「そりゃフィンランドからだぜ。当たり前だろ?」
「兵部……
 デッキチェアを覗き込んできたのは、この船の暫定主。クッションや毛布の敷かれたデッキチェアから体を起こせば、ヒノミヤの様子に気付いたパンドラメンバーたちが手を振ってくる。応えるように、ゆるゆると振った。
「紅葉たちがね、君も呼べってうるさかったんだよ。まあ僕も働くトナカイが増えるならいいかと思ってね。そしたら君、ひとり寂しくバーになんかいるじゃないか」
「うるせーな! 寂しくはなかったの! 人の気配を感じたかっただけなの!」
「合衆国じゃそれを寂しいとは言わないらしいな?」
 ひとまず、と兵部はシャンパングラスをヒノミヤに差し出す。言われるがまま二人で乾杯するが、香る匂いにふらついた。
「シャンパングラスにミルク入れんなよなー……
「少しでも情緒を出してやってるんじゃないか。感謝しろよ」
 発泡性もなにもない、健康的な飲み物が注がれている。酒用のグラスでミルクを飲んでみるが、ようやく酔いがさめたというのに、頭が変になりそうだった。
……で、トナカイって?」
「今夜、子供たちが寝静まったらプレゼントを枕元に置くミッションがある」
「サンタじゃん!?」
「サンタは僕だ。君は荷物係」
「なんだそりゃ……
 テレポートで飛んできたトナカイの角のヘアバンドが、ヒノミヤの頭に馴染む。兵部はいつもの学生服で、頭になにもつけていない通常仕様だ。プールサイドでわあわあとはしゃぐパンドラメンバーたちは一様におめかしをしていたので、兵部の姿は対比的に闇に溶けて見える。ただ、浮かれるメンバーを眺める瞳は、誰よりも慈しみがあるように映った。
「ていうか、パンドラもこういう行事やるんだな。あ、誕生日会もやってたっけ」
「子供たちがやりたがるからな。それに……パンドラは家族だし」
「家族、ねえ」
 グラスの中身を一気に飲み込む。健康的な気分になってしまって、勢いをつけてデッキチェアから立ち上がった。豪華客船のスケートリンクなんてそうあるものではなく、ヒノミヤは少しだけ遊んでいこうかなと屈伸し始める。なんだかんだ子供たちとも久々に会うから、忘れられないように遊んでもやりたかった。
 そんな様子を察してか、兵部も特に咎めることはしなかった。いよいよヒノミヤがシャンパングラスを置いたとき、呼び止めるように呟く。
「パンドラなら、君の超能力に苦労する親はいない」
 ふ、と白い息を伸ばして振り向く。煌々としたイルミネーションの影で、兵部が試すように笑っていた。ごまかしがてら――斜に構える兵部への意趣返しのように、ヒノミヤは頭上にあったトナカイのヘアバンドを兵部に装着する。少なくとも、闇のなかに消えていきそうな風情は掻き消えた。
「なんか聞いてたか? バーで」
「ううん? 何をだい?」
……やっぱいいや。ヤブヘビしそう」
 兵部が指を鳴らすと、ヘアバンドも一瞬でヒノミヤの頭に戻されてしまうことだし。
 パンドラという組織において、兵部は家長でありメンバーの親代わりだった。けれど、兵部は誰の親にもなろうとしない。もう死んでいるようなものだからと、ぽつんとひとりでいる癖に、こんな風にぎこちなく勧誘してくる。誰よりも求めているのに、その一番近くにいるというのに、抱き締めようとしないのはどれだけの苦痛を伴うのだろう。あんたこそ寂しいだろうよと思いながらも、ヒノミヤは口にすることはなかった。
「あんたスケートできんの?」
「はぁ? でき……る、あんなの靴に板つけただけだろ」
「お、言ったな!」
 やろうぜ、と兵部の手首を掴む。兵部は十通りの文句と悪口を叩いてきたが、やがて観念したのかスケート靴に履き替えていた。
 ヒノミヤは、兵部に寂しいか尋ねることはしない。それよりも今を共に過ごすことこそが、彼の未来になることを知っている。今の自分が、過去の思い出から作られているように。
 兵部はがっつりとスケート靴からサイコメトリーをすると、即席のスケートリンクに揚々と降り立った。ほうらな、と気を良くした兵部が赤と緑のライトに照らされている。ヒノミヤが靴ひもを結ぶのを待ちながら、兵部はその場で一回転した。
「そういや、ヒノミヤ、普通人の親とは今どうなんだよ」
「どうって」
 からかい混じりに滑っていく兵部を追う。スケート靴が氷を削っていく音が気持ちいい。刺すような寒さの海風が、ふたりの頬を冷ましていった。
「今度、モナークの部屋を見に来る予定だよ」
 ヒノミヤの人生は波乱万丈だったが、現在進行形ですべてが、すこぶる良好だ。