Nagisa_burn
2025-12-25 23:01:21
3768文字
Public
 

Stille Nacht, heilige Nacht.

ユハ一 / 2025一護受けアドベントカレンダー企画様参加作品
消失篇より前に会っていたふたりと星の話です。


これを、と差し出されたものを前にして、一護は呆れたふうに笑ってみせた。すでに賑やかなクリスマスマーケットを回ってあれこれ楽しんだあとの帰り道で、静かなカフェに腰を落ち着けたところだというのに、男は今になってあからさまなラッピングに包まれた袋を取り出している。
……まだあんのかよ。これまでがメインじゃねえの」
「プレゼントはいくらあってもよいものだろう?」
手ざわりの良い袋に入った大きめの箱を、一護は手ずから受け取った。「開けても?」と聞いて首肯を返されてから刺繍が施されたきらきらしたリボンを慎重にほどき、白い箱を開ける。緩衝材の中に埋もれていたのは、アーチ型の木製品だ。土台となる円形台座が複数個連なり、アーチを繋いでいる。その上には小さな家と木があって、アーチには大小異なる穴が点々といくつも空いていた。
「シュビップボーゲンだ」
「シュ、……ボーゲン?」
「元は窓辺に飾るキャンドルだが、まあ、どこでもよい。気に入らなければ次に会う時にでも突き返してくれ」
「そんなことしねえって」
名前があやふやなまま、慌てて箱の中にしまう。台座の底にスイッチが見えたので、明かりがつくのだろうか。帰ったら調べようと決めながらソファに座り直して姿勢を正す。
……その、ありがとな。飾ったらまた写真送る」
「ああ、興奮して体調を崩さないように」
「崩さねえよ、ガキじゃねえんだし!」
言い返せば男は笑ってカップに口をつけた。その口角が上がっているのを見つけながら、一護もまた手もとのフォークをケーキに突き立てる。クリスマスの時期らしくチョコレートとイチゴに彩られたロールケーキは、一分の隙もなく一護の好みど真ん中だった。


帰宅した一護は、寝る前に改めて箱から中身を取り出した。どうにか聞き取れた音で調べてわかったのは、これがシュビップボーゲンというドイツ発祥の木工民芸品であること。キャンドルを立てて明かりを灯し、人々を迎え、クリスマスを祝うためのものであることだった。
購入もできるオンラインサイトで目に入ってしまった値段は見ないようにして概要を読み、スイッチを入れる。途端「うわ」と声が漏れて、一護は半ば慌てながら、部屋の電気を消しに行った。すぐに部屋は真っ暗になり、その中でひときわ、それが輝きを放つ。
満天の星だった。アーチに空けられた穴のひとつひとつは星々を模しており、中から漏れ出した光を散りばめて輝いている。土台に建つ家の窓には明かりが灯り、そばに生える木々や置かれた家具や、外に立つ人形を照らしていた。
完成された工芸品を前に、一護はぼんやりと感嘆の息を吐いた。気に入らなければ突き返せと言われたが、これを返す者はいないだろう。
あの男が、どんな顔をしてこれを選んだのかと考える。性格はそうでもないが、顔はとことん気難しい男だ。真面目な顔をして、滲み出る雰囲気で店員を圧倒しながら商品を吟味したのだろうか。
ユーハバッハと出会った時のことを思い出す。あの日は少々気が立っていて、うなぎ屋のアルバイトの帰りに四人の男に囲まれて辟易していた。売られた喧嘩を買おうとして半ば連れ込まれるようにして路地に入ろうとしたところで―――……どこか懐かしさを覚える、ユーハバッハに声をかけられて止められたのだ。
『つまらぬことに力を使うな。おまえがそのような奴らの相手をする必要はない』
それが始まり。ありきたりな出会い。刀を向けることもなく、敵対するようなこともなく、仲間だとうなずきあうこともない、凡庸な日常。戦いの日々から遠のいた今の己にとってはあざやかな、日常の中に紛れ込んだほんの少しの非日常。
一護は時折、ユーハバッハと会うようになった。なんてことはない、くだらない話をしたり同じ本の感想を言い合ったり、たまに映画に付き合ってもらったり、軽い食事をともにしたり。どれも大したことではないが、だからこそ楽しさばかりが募っていった。親しい友人たちとは異なるタイプの大人は、一護にとっては好ましいものだった。
しばらく考えてから、灯りをつけたままベッドに入る。いつもの天井は点々と光に彩られ、プラネタリウムを思い起こさせた。そこまで眩しいわけでもなく、常とは違う夢見心地に目を閉じる。
―――……不思議なことに。それ以来、つけたままにして眠ると寝つきがぐっとよくなった。遊子や夏梨も驚くほど、また自分でも見てわかるほど顔色がよくなり、睡眠に影響を与えているのが明らかだった。
実際のところ、起きると忘れてしまうのだが、いい夢をみていることはわかっていた。少なくとも悪夢ではない。誰が出てきたか、何をしたかはあやふやだが、楽しかったというふわふわした感覚だけは残っている。
その理由はわからずじまいのまま、スイッチを入れて眠ることは習慣になった。クリスマスが終わっても、正月を通り越しても、冬が明けて春になって、桜の花が新緑のいろへと変わっても。
それから、たくさんのことがあった。絶望と慟哭ののちに力を取り戻し、ほんの少しの平穏を経て、雨の中で再会し、刀を向けて。
―――……そしていま。一護は己の意志で、霊王宮に立っている。


「よう。……ひさしぶりっつーのも、変な話か」
そこに鎮座するものを仰ぎ見る。もの言わぬ霊石に佇む姿に思うところが無いわけではないが、一護は努めて明るく口をひらいた。手持ち無沙汰に提げた袋を弄りながら、ぐ、と胸を張る。
「大変だったんだぜ、ここに来るの。ただ行きてえだけだって言ってんのに手続きがすっげえ複雑で、ややこしいのなんの。それだけならまだしも、資格がどうとか倫理がどうとかいろいろ……、とにかくいろいろ言われてさ。斬月たちが援護してくれなきゃ諦めてたぜ」
霊王宮にはおいそれと立ち入れない。間違っても今回の一護のように"行きたいから"なんて理由は認められない。理詰めで塞がれて諦めそうになった一護の背を押したのは他ならぬ愛刀たちと一心、浦原だった。
目に見える形は無くしたとはいえ、一度は王鍵を正式に与えられた身であること。霊王宮へと参るための手段を司る家の血縁であること。それらをぺらぺらと説明してくれる胡散臭さで他の追随を許さない剣の師。
使えるものはすべて使い、一護は過去いちばんの我儘を叶えた。
「あんまり時間もねえんだ。だからその、なんつーか、……あー、これ!」
意を決して頭を掻き、一護は袋の中から箱を取り出した。金糸の刺繍が入った緑のリボン、赤い包装紙に包まれた箱。まぎれもないクリスマスプレゼントの封を、男の前で切る。
「貰ってばっかは癪だった、だからこれは正当なお返しだ。結局あれ以来、忙しくなったとか何とか言って会えなかったし。今にして思えばいろいろ暗躍してたんだろうけど、……まあ今はいいや、とにかくこれ、俺からな。こんな寂しい所にずっといるんだから、インテリアくらいあったほうがいいだろ」
取り出したそれのスイッチを押して床に置く。天幕が張られた大内裏は薄暗く、だからこそそれの存在が際立った。
シュビップボーゲン。人々の帰りを迎えるための祈りの灯。アーチ型ではなくドーム状を選んだのは、この光景を見たかったからだ。中に詰めた一護の霊力を電力に変換する装置は、頼み込んで作ってもらった。
「おかげでしばらく、いい夢をみた。だから星のお返しだ」
大内裏の天井に星々が映し出される。腰に手を当ててちいさな星の明かりを見上げ、それから笑う。これはどこまでも自己満足で、押しつけだ。こうしたかったから、というだけの独善的な我儘。
プレゼントを贈るという行為は、ある種そういうものだろう、と。己の愛刀のひとりからもお墨付きをいただいている。
だって一護は、ユーハバッハと話していて楽しかった。裏切られた気持ちはあったが、覚えた感情は嘘ではなかった。過ごした時間は無駄なものかもしれなかったが、決して無為なものではなかった。それだけで、一護にとっては充分だった。
目を覚ますたびにあやふやになる、多くの夢をみた。多くのもしもをみた。起こり得たかもしれない未来、選ばなかった分岐、いつか至るかもしれない道の先。
未来はいつだって不確定だ。そんなこと、この男には釈迦に説法孔子に悟道、まったくもって今さらなわかりきった事実だろうけれど。
星の数ほどある砂粒から、ひとつを選んでここにいる。これまでもこれからも、ささやかな選択を積み重ねて生きていく。そうして組み上がる人生という星図が、どうか輝かしく見えるものであることを祈る。
「じゃあな、ユーハバッハ。来年もまたどうにかしてプレゼントみやげばなし持ってくるからさ、楽しみに待っててくれよ!」
せいいっぱい笑ってみせる。仰ぎ見たおとこの顔が、先よりも呆れているように見えた。おまえに子ども扱いをされる謂れはないだとか、おおかたそんなところだろう。とにかく自信だけはたっぷりの、世間知らずで妙なおとこだったので。
手を挙げて振ってから、空へと身を躍らせる。ばたばたと音を立てる死覇装の襟元を握り首をすくめながら、いまさらだけど赤いコートでも羽織ってくればよかったな、なんて。そんなくだらないことを考えた。