よっち
2025-12-25 23:00:23
6005文字
Public
 

私の瞳の中で踊れ

ドラロナ 
ドは大切なものを見せびらかしたいと思うのか、誰にも見せたくないと思うのかどっちなの!?どっちもあるよね!っていう気持ちで書きました。





「私も行くと言っているだろう!」
 



 珍しく週バンではない撮影の仕事が入った。
おしゃれな名前の横文字のファッション誌に「退治人ロナルドの甘い素顔」という特集を組みたいとのことだった。

 ギルドから連絡があった時は、俺でいいのか?という思いが拭えず、気後れと不安が先立ったが、マスターに「あなたの活躍が認知されていると言うことですよ」と言われると、照れ臭くも誇らしいような、落ち着かない気持ちでいっぱいになった。

 さて、話を冒頭に戻そう。あの煽り雑魚吸血鬼になんとなく気恥ずかしい気持ちを隠しつつそのことを伝えたら、なぜか「私も行く」と言い出した。

「昼間の撮影だからお前は寝てるだろ」と言っても引かず、「ファッション誌に興味が湧いた」などと嘯いている。しまいには、黒いゴミ袋を持ってきて
「これで運んでくれ」とまでいう始末だ。

……今度はどういう魂胆だ?」とジロリと睨むが、奴はどこ吹く風で
「ジョン、このシャツの方が誌面映えすると思わないかね?」「ヌー!」と世界一愛くるしいアルマジロと楽しげにコーディネートの相談を始めていた。

「お前の写真じゃないぞ」と怒鳴りつけると「何を言うか若造!私ほどのハンサムであれば、現場で是非ご一緒にと、声がかかるに決まっているだろう!」と自信満々に叫び、
「かかんねぇよ、ばーか!連れてったとしてもお前はずっとゴミ袋の中だ!」と言っても、「望むところだ!」と鼻を鳴らし、
「私は袋の隙間からでも私のも……ファッションへのこだわりを披露してみせようではないか!」と息巻いた。

「いや、意味わかんねぇよ!袋の隙間からどうやって披露すんだよ」尚も引かないドラルクに、内心焦っていた。
吸血鬼が当たり前に溶け込んでいるシンヨコならいざ知らず、東京という洗練された、しかもファッション誌というおしゃれな現場に「ゴミ袋に入った吸血鬼」なんて珍妙なものを持ち込めば、正気を疑われかねない。
いや、でも一応コンビでやってることになってるし(不服)、騒ぎにはならないか?などと考えていると、ドラルクは「やれやれ」と大袈裟に肩をすくめて見せた。

いいのかい、ロナルドくん?ジョンもこんなに、行きたがっているというのに!ねぇジョン」
「ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌヌンヌヌッヌヌーヌヌヌヌヌヌヌ!(ドラルク様と、ロナルドくんのかっこいーところ見たいヌ!)」

 期待に満ちたジョンの丸くて可愛らしいつぶらな瞳に、抗えるわけもなかった。
……っ、チクショウ分かったよ! 入れよ、その袋に!」
「話が分かるじゃないか」
「その代わり!」と安物の薄いゴミ袋をひったくって
「妙な真似したら殺すからな」とドラルクをさくっと殺して袋に詰めた。

 
 
 
「こんにちは、吸血鬼退治人のロナルドです。本日はよろしくお願いします!」
東京の閑静なビル街にあるスタジオの扉を開けた瞬間、ロナルドは眩しさに目を細めた。白一色の壁に、最新の照明機材たち、そこで働くスタッフたちは皆、雑誌から抜け出してきたような洗練された身なりをしていた。

 さすが東京だぜ。べ、別に緊張なんてしてないぜ!
 
「あ、ロナルドさん! お待ちしておりました!」
「わあ、アルマジロだ!可愛いー!」
女性スタッフの黄色い声に「ヌー!」とご機嫌に応えるジョン。
その横でやはりジョンの愛らしさは東京、いや世界でも通用するとしたり顔で頷いていると、視線がこちらに向いていることに気づいた。いや、正確には脇に抱えた「真っ黒なゴミ袋」を見ていた。

……ええと、ロナルドさん。その、大きな荷物は……?」この場にあまりにもそぐわないものに当然の指摘が入る。
「あ、いや、これは……その、私物というか、備品というか」しどろもどろに誤魔化しながら「今日の撮影ってこの服で撮る感じですかね」と話題をそらした。
「あ、今回はこちらの衣装でお願いいたします!」と渡された服を手に、逃げるように更衣室へ向かった。



鍵を閉めた瞬間、抱えていた袋からドラルクが顔を出した。
「いやぁ見事なまでの挙動不審っぷりだったな、キョドルドくん!」人差し指をこちらに向けながら、これでもかとバカにしてくる。

殺す。絶対に殺す。

「てめぇーのせいだろ! おいボケ砂くそ砂、騒いだらてめぇの砂で蕎麦打つからな」
「おやおや怖いねぇ。まぁ安心したまえ、私は袋の中で君のモデル(笑)っぷりを高みの見物させてもらうからね」
ドシャッ! スナァ!
 ドラルクを再度袋へ押し込み、先ほど渡された衣装をまじまじとみる。
手渡されたのは、普段の赤いコートとは真逆の、ふんわりとした上質なカシミヤのセーターと少し薄めの青いジーンズだった。汚さないように気をつけないとと思いながらゆっくり袖を通していく。
セーターは編み目の大きなざっくりとしたデザインで、触っただけで高級なものとわかる。ジーンズもまた、体のラインを強調するようなタイトなシルエットで、洗練された作りだった。

鏡に映る自分は、白すぎるセーターに膨張して見え、タイトなジーンズは脚の形を強調しすぎていて、なんだかひどく落ち着かない。
……なんだよ、これ。俺が着ると変じゃないか?」
思わず独り言をこぼした瞬間、足元の袋の中から「……これはまた……」と、ドラルクが小さく息を呑むような気配がした。
「おい、なんか言ったか?」
袋を揺すってみても返事はない。俺は自分の見慣れない姿に顔をしかめながら、着心地の良さだけを心の拠り所にして更衣室を出た。



 撮影が始まってからは、ドラルクのことなど構っていられなくなった。
時折、袋が微かに震えたり、中からガサゴソと動く音が漏れたりしていたが、それ以上に、慣れない華やかなスタジオ、今まで受けたことのない繊細な指示、向けられるレンズの威圧感が、俺の思考を真っ白に染め上げていく。
 自分でも引き攣っているとわかる笑顔を浮かべ、ガチガチのまま不自然なポーズを決める。

「ロナルドさーん、もう少し肩の力抜いて!」
「あ、はい、すい、すみません!こうっすかね?」

謝れば謝るほど体が強張っていく。
『彼女と二人で過ごす夜、時折愛おしげに見つめる瞳』って何だよ!と半ばパニックに陥りながらもカメラマンから、あれこれと指示を受ける。
 そもそも、誰かを愛おしげに見つめるなんて経験が、果たして俺の人生のどこにあったというのか。
 心の中で悲鳴を上げながら、表情筋を動かし続けた。

「もっと柔らかい感じで!好きな人のこととか、思い浮かべながらこっちに視線ください」

好きな人。その言葉が引き金になったかのように、脳裏にあの居候吸血鬼の顔が過ぎり、慌てて首を振った。
いや、待て。違う、あり得ない。なんで今アイツが出てくるんだ。
 
期待に応えられない焦りと、脳裏に浮かんだアイツに動揺し、カッと目の奥が熱くなり、視界が涙で滲みそうになった。

 
 その時だった。
スタジオの隅から空気を漏らすような、低く笑いを噛み殺す声が聞こえてきた。そちらを見れば、ゴミ袋がガサゴソと激しく蠢いている。「結び目が固い!」と言いながら隙間からサラサラと奴がこぼれ出てくる。

「まったく、見ていられんなぁ。そんな凶悪ゴリラ顔をしていたら彼女に逃げられるどころか通報されて檻に入れられるぞ」
「おまっ、出てくんじゃねぇ……!」
俺の制止など耳に入っていない様子で、ドラルクは優雅にマントを翻し、スタジオの中央へと進み出た。

「きゅ、吸血鬼!」スタッフたちの顔から血の気が引いているのが見えた。シンヨコならいざ知らず、ここは東京だ。突如として出現した「高等吸血鬼」という異常事態に、誰もが呼吸を忘れたように固まっている。「あいつは虫も殺せない雑魚だから安心してください」落ち着かせるように声をかける。
その状況を楽しむように眺めていたやつが、不遜な笑みを浮かべて、綺麗に一礼をした。

「ご機嫌よう、皆様。我が名は真祖にして無敵の吸血鬼ドラルク!以後お見知り置きを。さて、ゴリルドくん。愛おしいものを見つめる瞳というものがどんな瞳か教えてあげようじゃないか」

 ドラルクは言葉の途中でふっと表情を緩め、呆然と立ち尽くす俺に一歩、また一歩と近づいてくる。
ハッと我に帰り、ふざけやがって!また茶化しに来たのかと、語気を荒らげようとした。

 だが、ぐいっと鼻が触れそうな程の至近距離まで顔を寄せた、自分を見つめるその赤い瞳を捉えた瞬間、怒声が喉の奥に張り付いたまま出てこなくなった。

射抜かれた。

 そこにあったのは、狂おしいほどに熱に浮かされているような、しかし静謐な光を帯びた瞳だった。

……っ、お、お前……
 
 あまりに直球なその瞳に自分でもわかるほどに、頬が熱を帯びていく。
 周囲の音が遠のいて、二人だけの世界にいるようだ、なんて馬鹿げたことを思った。その赤く燃える瞳から目が離せない。

 ドラルクは、俺の動揺を愉しむように、鼻先を擦り合わせて、ゆっくりと顔を傾けた。反射的に目を閉じた俺の目に、最後に映った奴は、僅かに目を見開きそして、ふっと笑ったように見えた。

 ドラルクの吐息が唇の表面に触れて、脳みそがくらくらする。カシミヤのセーター越しに、ドクドクと早鐘を打つ俺の心臓の音が伝わってくれるなと念じた。
 
 触れる
 
だが、待っていたのは柔らかな感触ではなく、勝ち誇ったような囁きだった。
……ほら、できたぞ、最高の『愛おしげな瞳』が、ね」
 耳元で響いたその声に、弾かれたように目を開ける。ドラルクが視界を埋め尽くす距離で、いたずらに成功した子供のような、不敵な笑みを浮かべて、スッと身を引いた。
……っ!」
 演技だったのか?残されたのは、熱を持った顔で唇を戦慄かせ、今さら逃げ場を探して泳ぐ俺の視線だけだ。
……あ、今の! ロナルドさん、そのまま!」

 俺がどんな顔をしているのかなんて、自分じゃ分からない。ただ、カメラマンが取り憑かれたようにレンズを向けてくるその熱量だけで、今の俺が「退治人ロナルド」でも「ロナ戦のロナルド様」でもない、ただのひでおとして、剥き出しの顔を晒していることだけは理解できた。
 
 空想の彼女への愛なんて、どこにもない。目の前の吸血鬼に翻弄された自分の心臓が、耳元でうるさいほど跳ねている。
 中途半端に与えられた温もりに、脳が激しく揺さぶられて何も考えられなくなった。
 
 


 
撮影が終わり、すっかり日が落ちた東京の街を、駅へ向かって歩いていた。
 スタッフたちの、熱に当てられたような、「おつかれさまでした」が妙に温かく、その視線を背中に浴びながら、落ち着かない気持ちで外に踏み出した。
 
 人通りの途絶えた夜道で、隣をひょうひょうと歩くドラルクを睨みつけたが、奴は呑気にジョンに話しかけていてこちらを気にもとめていない。
……おい。てめぇ、結局今日は何しに来たんだよ。あんな袋に詰まってまで、わざわざ……
 あんな風にかき乱して、撮影現場をパニックにさせて、自分にあんなことをして
 ドラルクは立ち止まり、夜風にマントを揺らしながら不敵に笑った。

決まっているだろう。指導だよ、指導。我がドラルクキャッスルの下働きが無様な姿を晒すのは見過ごせなかっただけさ。」
「誰が下働きじゃ、殺すぞ」

 それ以上言うことはない、と言わんばかりに歩き出したドラルクの腕を掴んだ。

……ほんとは、何しにきたんだよ、あの時のお前全部嘘だったのかよ。」
声は情けなく震えていた気がする。
 
振り返った奴の顔は、夜の闇に沈んで見えない。
……あんなの、ずるいだろ」

問い詰める俺の胸元を、ドラルクは指先で軽く突き、目を細めた。

君、ほんとバカだねぇ」
するりとドラルクの手が頬を撫でる。そのまま俺の頬を両手で挟み込み、逃がさないとばかりに顔を寄せた。
 あの「瞳」が視界を埋め尽くす。

――んむっ……!?」 

触れそうで触れなかった、あの「熱」の続きが、押し付けられた。
 脳みそが沸騰するような音を立て、心臓が肋骨を突き破りそうなほど跳ね上がる。羞恥とパニックがごちゃ混ぜになって、視界がチカチカした。

「~~っ、てめ、……この、ボケ砂ぁぁぁ!!」
「スナァ!?」
 渾身の力でドラルクを殴り殺した。路地裏に、砂が散らばる。

……はぁ、はぁ、何しやがる……!」
 砂から再生したドラルクは、乱れたマントを優雅に整えると、ニヤニヤと満足げに笑みを浮かべた。

「ヌヒャーッ!」
足元では、一部始終を目撃したジョンが両手で顔を覆っている。
(……っ、あ、あああぁぁぁ!! ごめんジョン、今の、今のは見なかったことにしてくれぇぇ!!)

「やはり君のその顔は見ものだねぇ、ウブルドくん! スタジオであのまま口を開けて固まっていた時といい、今の茹で上がったタコのような顔といい……。いやぁ、わざわざゴミ袋に詰まってまで見に来た甲斐があったというものだよ!」

「っ、てめぇ……!やっぱりそれが目的かよ! ていうかお、お前、ジョンになんてもの見せてんだよ!!」
「おや、最高の表情を引き出したのは私だろう? 感謝してくれたまえよ!ジョンは大人マジロだから大丈夫」「ヌー!」
 そう言って、ドラルクは何事もなかったかのように悠然と歩き出した。
「殺す!百万回殺す!」俺は怒鳴りながら追いかけた。
「っ、お、おいドラルク! てめぇ、待て!まだ話の途中っ……!逃げんな!」


 





 
 
 (……何しに来たか、だって?)
 追いかけてくるロナルドの声を背に私はそっと小さな吐息を漏らす。
(君が私の知らない『誰か』を想った写真を撮られるのを、阻止しに来たに決まっているだろう)

 
 ロナルドは一生、知らないままでいい。
あの場で見せた私の熱も、その後の言い訳も、そしてこのキスも、すべては彼という男の想いを一欠片も渡したくないと言う執着の表れだと。

(君が愛おしげな瞳を向ける相手は、空想ですら私以外であってはならない。……たとえ、写真の中の君であってもね)

 先ほど強引に奪ったキスの熱が、私の唇にも微かに残っている。そっと唇をなぞり、笑みを深める。
(さっきの彼の顔ときたら!)
 
君のその「瞳」を引き出せるのは私だけなんだから、一生私だけ見つめていればいいさ!
 
 
 




勝利を確信した吸血鬼は、愛しい獲物が腕の中に落ちてくるその時を、静かに待ちわびていた。