mk98LL
2025-12-25 21:37:44
4192文字
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もう、叶わなくても大丈夫

2025年メリークリスマス!!
ということで、名夏のクリスマスです。えっちな事はもちろんキスもしてませんが、名夏です。
二人ともサンタクロースはもちろん、クリスマスをはじめとした家族団欒イベントにはとんと縁のなさそうな過去を生きてきたんじゃないかな…と思ったら筆が走っていた。この先の二人にたくさん、あたたかくて優しいものが満ちますように。

【もう、叶わなくても大丈夫】


「名取さんは、幾つくらいまでサンタを信じていましたか?」

 冬休みに入った直後に訪れた、クリスマスイブ。昼過ぎから訪れた恋人のマンションでそんな質問が夏目の口から飛び出たのは、終業式の日の友人たちとの雑談を思い出したからだ。

「サンタ、って……サンタクロース? どうしたんだい、いきなり」
「昨日は終業式だったんですが、友人──西村がそんな事を聞いてきて」

 ムードメーカーな友人は小学校高学年まで信じていたが、ある年の夜中にトイレに起きたらプレゼントを用意している親と鉢合わせてしまったと肩を落として思い出を語ってくれた。
 そんな彼の様子を笑いながら「お前はどうなんだよ」と聞かれた北本は小学校低学年でサンタの正体を知ったようだが、少し年の離れた妹のためにしばらくは信じたふりをしていたという微笑ましいエピソードがあった。
 その場にいたもう一人の友人、田沼はあまりクリスマスらしい思い出はないという。なにせ寺の息子だ。だが幼い頃に父親がプレゼントを用意してくれた時、「サンタさんかもしれないなぁ」とおどけた様子の父に「お寺にも……サンタさんってくるの?」と真剣に聞いてしまい、大いに笑わせたことがあると頬を赤らめて教えてくれた。
 お前は? と夏目にも話が降られたところで終業式が始まってしまったため、その話題が続くことはなかったが。

「今ちょっと思い出して。名取さんはどうだったんだろう、って」
「サンタさん、ねぇ……

 可愛らしいワードを復唱して口角を少しだけ吊り上げたその顔は、テレビ越しに観ればいかにもこれから面白いエピソードを語ってくれそうだと視聴者から期待が生まれる表情だった。けれど、こうして目の前にして見ればわかる。彼のその瞳が、あまり笑ってはいないこと。
 何か、嫌なことを思い出させてしまっただろうか。
 名取は没落したという祓い屋の家系だ。その事情は一見関係なさそうなクリスマスにまで影を落としているのだろうか。
 質問を取り下げようと夏目が言葉を紡ぐより先に声を発したのは、名取だった。

「母がまだ生きていたころは、信じていたような気もするけどね」
「おかあさん……?」

 名取の母と言えば、彼が物心つき始めるような幼い頃に亡くなった人であったはずだ。ならば母親は、子供の彼にクリスマスらしい行事の楽しみを用意してくれていたのだろうか。
 ふと、気付く。祓い人としての力を失った名取一族の中で唯一妖と関わる力を取り戻し生まれてきた彼は、本家の長男だというのに一族全体と折り合いが悪いらしい。ならばきっと、家族で楽しむような行事なんて……

「──あぁ、そうだ。一度だけね、手紙を書いたことがあった気がするよ」
「手紙、ですか?」

 うん、と頷く名取の目は夏目から外れどこか遠くを見ていて、声もおぼづかないようだ。遠い昔の記憶を引き出しているのだろうか。

「母は……もういなかったかな。適当な紙にね、鉛筆で──『お化けが、見えない目がほしい』って……
「え……
「当たり前だけど、そんなもの叶わなかった。だからたぶん、すぐに破るか燃やすかして捨てたんじゃないかな。それよりは、見えない振りをしていい子でいようって思って、そう過ごしていたような気がする」

 夏目は、名取の思い出、遠い過去の記憶に触れたことがある。一度目は、出会ったばかりの頃に。その次は、名取と共に彼の分家筋の家に潜り込んだ妖を追いかけたときに。
 それから、時々彼から零される言葉の端々で、彼の一端に触れることもあった。それらから察せられる名取の幼少期は、あまりあたたかくて優しいものに満ちていたとは言えないだろう。
 あたたかくて優しいものに満ちた時間を、今の夏目は知っている。けれど、幼い頃は自身もまた……。そんな夏目の心を引き継ぐように、名取が「夏目は?」と問いかけた。

「夏目はどうだったの?」
「俺は……

 名取だって、夏目の幼い頃がまるで少ない街灯の明かりがぽつぽつと落ちる夜道のような、どうしようもない寂しさがまとわりつく、頼るものが少ない世界であったことは察している。なのにあえて尋ねるのは、ここで話を終わらせることで後から「自分一人だけ名取の思い出に踏み込んでしまった」と顔を俯かせる夏目を見越してのことだろう。
 名取のその声は、震えてしまうほどに優しい。一人分の空間を間に開けて座っているのに、夏目はまるで頭を撫でられているような心地になった。

「俺は、あんまり印象がなくて……。預けられたどこかの家が、クリスマス……というか、サンタクロースにそこまで関心がなかったんだと思います。チキンとケーキを食べさせてくれて、欲しいものを一つ選んだら、それをラッピングしてクリスマスプレゼントだよって渡してくれて。あぁ、サンタさんじゃないんだなって、それから思ったというか」

 優しい人たちだった。少し年のいった子供のいない夫婦だったから、子供が楽しむような行事で大いに盛り上がるような家ではなかった。けれど大人として、子供にするべきことをちゃんとしてくれる人たちだった。夏目がする見えないはずの者の話は、いつもひどくひどく悲しそうな顔をされてしまったけれど。
 良い人たちが自分のせいでそんな顔をするのが、夏目にはもっともっと悲しくて。その家の人には迷惑だなんて言われたことはなかったけれど、始めは良くても最後には面と向かってそう言われてしまうような場所もあって。
 だからもし、本当にサンタがいるのなら。欲しいものなんて何もないから。

「俺のことも……連れて行ってほしいな、って……少しだけ」

 そんなことを思った夜も、あった気がする。
 空飛ぶトナカイが曳くソリでやってきて、誰にも知られずにその人が一番欲しいプレゼントを置いて去っていくサンタクロース。そんな不思議な存在なら、きっと、お化けが見えることだって気にしない。
 そんなことを考えた幼き日が、あったような気がする。

……名取さん?」

 今となってはもはや確かかどうか定かでない遠い思い出の箱を見返していると、不意にソファに座った体を温かなものに包まれた。名取の両腕が夏目の肩と腰を抱き寄せ、いつのまにかゆっくりと頭を撫でられている。
 落ち込んでいるとでも思われただろうか。たしかに吹っ切れたわけではないし、こうして思い出すと少し切ないような感覚は胸の底にまだある。けれどかまわないのだ。夏目の中にはもう、それ以上に優しくてあたたかなものがいっぱいになっている。そのうちの一つが名取だった。
 だから「大丈夫ですよ」と言いたくて、自分を抱き寄せて腹の前に回っている名取の腕を、夏目もまたそっと撫でる。

……ねぇ、夏目。私のあの手紙はね、結局どこに行ってしまったかわからないんだ」
「? 破るか、燃やすかして捨てたって言ってたやつですか?」

 抱き寄せられて顔が近づいているせいか、耳の傍でささやかれる声がくすぐったい。頭を上げて名取の方を見上げると、先ほどと同じような微笑でありながら今度は瞳の奥にちゃんと光の見える笑顔だ。

「ごみ箱に捨てたのを、誰かが勝手にポストに投函してたりして。それとも紙屑になって、煙になって、サンタに届いたりしたのかなぁ。明日の夜、叶えに来たりして」
「えっ」

 もしも、名取のあの日の願いが届いていたのなら。彼はどうするのだろうか。きっと彼はそうはしないと思っているけれど、ずっとほしいと思っていたものが手に入るとしたならば──?
 思わず名取に自分から身を寄せて、腹に回る腕に触れる手に力をこめる。今度は名取が「安心して」と言うように、もう片方の手で撫でる夏目の髪に唇を落とした。

「もう、私はそれを望まない。夏目だって知っているだろう?」
……はい」

 わかっていても、こうして言葉にされることで得られる安堵がある。ほっと息をついた夏目と視線を合わせ、今度はうって変わって悪戯げな色が名取の瞳に宿った気がした。

「だからね夏目。もしもサンタが今頃になって私の願いを叶えに来たら……一緒に謝ってくれるかい?」
「あ、あやま……?」
「間違えました、ごめんなさいって。そのお願いはキャンセルしますってさ」
「キャンセル……ッふふ。名取さん、ピザの注文じゃないんですよ! もう!」

 名取の言い方がおかしくて、脳裏にふと、赤い服の老人に揃って頭を下げる自分たちの姿を浮かべてしまって夏目は笑ってしまう。それから自分もまた、同じことを考えた。
 もしも、今になってサンタクロースがやってきて……夏目に『一緒に行こう』と手を差し出してきたとしても。

……俺の時も、名取さんが一緒に謝ってくれますか?」
「うん?」
「俺はもう、十分貰ってしまったからって。どこかに行きたいんじゃなくて、ここにいたいから、だからキャンセルしますって言います」

 一人でどこかへ行って、一人で生きていきたい。幼い頃の願いは形を変えて、「誰か」も「場所」も得た願いになった。
 遠路はるばる来てもらって申し訳ないが、もう二人とも魔法のプレゼントはお呼びじゃない。
 困った顔で、それでも優しくふぉっふぉっふぉっと笑いながら夜空の向こうへ去っていくサンタを心の中で見送る夏目の意識は、ぎゅう、と抱きしめられたことで現実に戻る。少し苦しいくらい一方的なそれに抱きしめ返すこともできない夏目の耳元で、名取の甘い声が響いた。

「大丈夫、私が断ってあげるよ。夏目は私とずっと一緒にいるから、どこかへは行かせませんって」
「ッ! そ、ぁ……恥ずかしくないんですか」
「全然。むしろ誓うくらいの気持ちで言うさ」
「サンタクロースに、ですか?」
「うん。聖夜の、しあわせの象徴にね」

 変なところでこっ恥ずかしい。けれどどこまでもまっすぐな名取の目と声に、夏目の心は嬉しさでいっぱいになる。
 そうだ、自分はもうここにいる。どこかに一人で行くのではなくて、この人と、隣り合って生きていきたい。
 
 ゆっくりと夜に変わりつつある冬の空を窓越しに見上げながら、二人はしばらくの間その熱に身を寄せ合っていた。