syanpon
2025-12-25 19:38:18
2328文字
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微睡みを頂戴

オトスバ
現パロ


 眠れなくなったのはいつからだったか。
 不幸が重なって大学受験が失敗した時だっただろうか、入社した会社が泣く子の涙も枯れ果てるブラック企業で家に帰れる日が片手で足りるような勤務形態の頃だろうか、その会社が潰れた頃だろうか?
 
 そうは言っても眠れないことに慣れてしまった体は思い出せないし思い出す必要も感じていないのだが。体が本能的に警告音を出した時に気絶してそれ以外は夜間警備や内職など。朝の光はオットーには眩しすぎたし夜の時間は長すぎた。
 そして今日はもう一つ、オットー個人がやっている副業のお客との待ち合わせだったのだが。

「ドタキャン……

 待ち合わせの時間から1時間経ったが相手が来ないし連絡も繋がらない。こういうとこは滅多に起きないわけではないが徒労に終わればため息の一つもつきたくなるものだ。大きくため息をつくと左肩にドンと衝撃がはしる。

「あっ、すみません!」
「いえ……っ!? え、怪我しました?」
「あ、いや違うんで……

 オットーにぶつかった少年は目を合わせるなりボロボロと涙をこぼす。いつから泣いていたのかはわからないが赤く染まった鼻は涙のせいか寒さのせいかわからなかった。

「えっと……

 目の前には泣きじゃくる目つきの悪い黒髪の少年、そして表情筋の死んだ自分。
 ……絵面的に誰かから通報されてもおかしくはないわけで。これはそのリスクを限りなく減らすための行動である。何せ時間は困ったことに山ほどあるので。

「話、聞きますよ」

 だからこれは損得勘定であり、断じて自分の中のお人好しな部分が出てしまったわけではないのだ。

 ***

「僕がいうのもなんですけどあんた、運ないですねえ」
「うう……

 少年――ナツキスバルがしゃくりあげながら話したことを簡潔にまとめると半同棲状態になっていた彼女が自分の家で浮気、まあつまりそういうことだ。

「それで帰る家もなく彷徨っていたと」
「とりあえず今日はネカフェとかでもって」
「というか彼女が転がり込んできている形ならさっさと追い出せばよかったのに」
「ゔっ」

 肩をすくめて縮こまる姿を一瞥し、オットーはスバルの前に指を一本立てて口を開く。

「ナツキさん、でしたっけ。どこかで夜を過ごすにしてもこの辺りはホテルもないですしネカフェもあまりありません」
「え、そうなの」
「なので、一晩の宿の代わりに僕を買う……というのはどうですか?」

「お邪魔しまーす……
「寝るためだけに借りてる部屋なので適当に座ってください」

 オットーに案内されたのは殺風景なワンルームの部屋だった。スバルの実家の部屋とは違って物も少なく殺風景な部屋だったがなんとなくこの男らしいなんて感想を抱く。
 後ろで鍵を閉める男は仕事の一つで添い寝屋なるものをしているらしい。泊めてくれるのならば喜んでと財布を出せば「あんた詐欺とかに引っかかりそうでこわい」と顔を顰められてしまった。

「実質仕事部屋ってことだよな」
「相手の家に行く時もありますけど自分の家知られるのは流石に怖いので」
「確かにお兄さんかっこいいしな」
「こんな隈が濃いのに?」
「沼る男! ……みたいな?」

 そう答えれば、また顔を顰められてしまった。

「寝れるならリビングでよかったんだけど……

 オットーのスバルにとっては少しだけ大きい服の裾をいじりながらスバルは困ったように声を上げる。それに対しベッドの淵に腰掛けたオットーは表情ひとつ変えずに自分の隣を叩いてスバルを呼び寄せた。
 
「お金払っておいて僕に仕事させないのはなしでしょう」
「俺もう大学生だぜ? 恥とか照れとかあるわけで」
「お望みなら読み聞かせも無料オプションでありますが」
「いらないいらないいらない!」

 布団に1人潜り込みそんなことを言ってくるオットー、正直表情があきれた時くらいしか動いてくれないからどこまでが軽口でどこまでが本気なのかがわからない。ヤケだとスバルはええいままよと布団に潜りこみ男の背中にぎゅうと腕を回して抱きつき目を固く瞑る。

「おやすみ!」
「え、お、おやすみなさい」

 オットーに正面から抱きついているスバルは気が付かなかったがこれに対して目を見開いて驚いたのはオットーの方だった。入ってこいとは言ったが抱きついてこいとまでは言っていない。この人本当は恥とか照れとかないんじゃないのか。
 抱擁は有料オプションなんだけどな、なんてことを思いつつ照明を落とすと抱きついているスバルの体に手を回し、その背中をトン、トンと一定のリズムで叩いてやる。

「おれ子供じゃないんだけど……
「おや失礼」

 (この人、思ったより体温高いな……

 子供体温というのだろうか、腹の辺りから伝わってくる温もりに釣られて微睡む。

 (微睡む?)
 
 次にオットーが瞳を開けた時、世界は朝になっていた。
……朝?」
「えっと、おはよう……?」
「今何時……
「はちじ」
「!?」

 ガバリと起き上がりスマホを手繰り寄せ、画面を開くとスバルのいう通り時刻は8時をさしている。

 眠ってしまった?
 眠れない自分が?

「うお、びっくりしたなんだよ跳ね起きて。今日なんか用事があったとか?」
「いえ……
「朝ごはんとか食べる人? マップ見たらコンビニあるから一宿の礼になんか買ってくるけど……
 
 ベッドから立ちあがろうとするスバルの腕を掴む。驚きに目を見開く黒瞳をまっすぐに見つめ返したら。

「ナツキさん、当分の生活を保証する代わりに僕に買われてみませんか?」