2015-07-20 23:00:34
1687文字
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おまじない







物心ついたときから、その儀式はずっとやっていたように思う。
見たことがあるだろう。
両親やはたまた兄弟姉妹の誰か、時期によっては同級生や先輩後輩の、その行為。
唇を重ね合わせて、眼差しが絡んだ時に小さく笑って、そして、また濡れた口元を優しく擦り合わせる。
『キス』
自分がその行為を、本当にやるべき人とやる前から、刷り込みのようにやるものなのだと教えられていた。
結局のところ、人は変わりはしないのだけれど。

及川とは、いわゆる、恋人という関係になる前から、キスをするような関係だった。
始まりは本当に些細なことだったように思う。
「『おまじない』?」
「好きな人と、ずっと一緒にいようねって約束なんだって」
子どもの頃の話なんて細かい分別などなくて、ただその言葉を、言葉の通りに受け取るくらいにしかできない。
「だからね!俺、はじめちゃんとキスしたい!」
興奮気味に告げられた言葉に、俺もおう、と応じた。
親愛だろうが恋慕だろうが、好きという感情はひとつしかない。
だから、及川と、帰りのバスを待つほんの僅かな時間は人のいない空間で、薄い唇を触れあわせて、笑いあったのだ。
頬を赤く染めて、お互いの手を強く握りしめて。


そんな初々しいファーストキスがあった及川と俺は、今も同じ時間を過ごしている。
進学先、部活動とそのほとんどの時間を同一にしているのだ。
そんな成長し、倫理というもの、社会規範というものを知った後でも、『おまじない』は続いている。
及川の部屋で、岩泉の部屋で、空いた教室で、夜遅い部室で、電気の消えそうなバス停の傍で、薄暗い体育用具室で。
どんな場所だろうと、小さく声をかけられて一瞬の隙でその『おまじない』は終わる。
幼い頃よりも、回数は圧倒的に増えた。
互いにその思いを伝えた後になると、また一層。

岩泉は恐れている。
いつかこの関係が終わってしまうことを理解して、それを手放すことができない自分の考えに気がついているから、及川の唇に自分のかさついたそれを押し付ける。
稚拙だと言われようと、それが岩泉の精一杯の行為だ。
いつか、いつかと考えながらその先、一歩を踏み出すことができない、更に言えば、踏み出さない。
自分でできることは現状維持ただひとつなんだと知っているのだ。

今日も、及川の部屋で2人、布団の上に座り込んで、指先を触れあわせる。
及川」
「ん?」
ゆっくりと顔が近づいて、唇が自分のそれを掠めていく。
『おまじない』
小さく呟いて俺は視線を下ろす。
いつまで効果があるのかなんてことはわからない。
それでも、止めることはできない。
止めてしまえば、きっとそれは効果をなくしてしまう。
「岩ちゃん」
「あ?」
目線をあげると、及川がこちらを見ていた。
「もう、やめようか」
……
あぁ、そうか。
『おまじない』は、もう必要ないと、そういうことなのか。
小さく息が止まる。
喉の奥が、貼り付く。
目頭が熱を持って、鼻の奥が熱くなって。
情けなあ姿を見られるわけにはいかないと、及川の傍から離れようと、体を少しだけずらした。
「どこ行くの」
その手首を掴まれた。
そしてそのまま。
「ンンッ!」
酸素が薄くなって気付けば天井が目に入る。
その手前には及川のぼんやりとした顔。
その合間、ぬるりとしたものが唇の隙間から入って。
「ん、ふぅッ」
呼吸を奪われる程に深く深く、及川のキスが俺の中を埋め尽くしていく。
酸素が薄くなって、いくらか頭の動きが鈍くなってきたところで、漸く及川の姿に焦点があう。
にやけた姿などなく、こちらを見る及川の視線に、どうやら逃げ道はないようだと、頭の隅では理解した。
『おまじない』はやめると言ったのに、なぜ及川は、それを続けるのかと問いたかったが、それより早く、及川の言葉が降り注ぐ。
「逃げようなんて、考えちゃダメだよ」

「ずっと一緒にいようね」

その翌日、俺は大学の進学先と、その居住地が及川と同じだから宜しくね、と、及川のおばさんから聞かされることとなったのだ。