2014-10-14 22:49:43
4932文字
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想い、お互いに、貴方に


想い、お互いに、貴方に

 気付けばもう、隣にいることなんて当たり前で、微かな表情の動きだけで考えを読み取り、言葉の端に散らばる想いを汲み取ることも、躊躇いもなく、気負いもなくやれるというくらいには、当然のものだ。
 お互いがお互いの傍にあること、その空気に触れることが当たり前すぎて、ふとした瞬間にそれは、本人たちの預かり知らぬところで起こる。


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 小学生の頃からの腐れ縁。幼なじみ。多様な言い方もされはするが、結局のところ長い時間を共に過ごしていることに変わりはなく、どんなことを考えてその行動に移るのか、どんな言葉に反応を返すのか、なんてことは頭で考える以上にもっと端的に行動や表情は物語る。


「岩ちゃん、一緒にお昼食べよう!」
 公立高校に比べれば比較的設備の整っているために普通に開けば静かな扉が金属の擦れる重い音を数秒響かせ、それと同時に廊下から漏れる女子高生の甲高い声を掻き消すように、よく通る声が岩泉の耳に届いた。窓際の後ろから二番目、そこが岩泉が平日の校内で最も長い時間を拘束される場所であり、授業終了のチャイムと同時に机に出していた本日2つ目の弁当を広げようと手をかけていたところだ。白いビニール袋を片手に岩泉からの返事を待たないまま及川は口元を緩ませた表情で彼の前、空いている椅子を横向きにして長い脚を持て余すようにして軽く組み、上半身を捻るようにして岩泉へと向き合う。
 既に10年近くの付き合いになる幼なじみ相手には特に言葉も必要なく、及川が席に座る間にも弁当を開く手を止めなかった岩泉は、きちんと両手を合わせて、いただきます、と発すると同時に飯をかき込み始めた。
「もー、一緒にって言ってるんだから俺が来る まで待つとかできないの?」
「俺はそれを許可した覚えはない」
「でもダメとも言わないもんねー?」
「てめぇのクラスに帰れ」
「岩ちゃんの傍が俺の居場所だよ」
「ウゼェ」
 言葉の応酬はいつだってそのテンポを崩さず、ポンポンと弾む会話となるがそのスピードとは反対に、のんびりとした所作で及川は好物である牛乳パンの袋を開けてかじりつつ、豪快に弁当の中身を口の中に放り込んでいく岩泉の姿を、彼の机に肘をつきながら眺める。
その男らしい外見とは裏腹に岩泉はずっと綺麗に食事をする。主菜・副菜を偏らずに食べるし、主食であるそれなりの量を携えた米だけが最後に残るわけでもない。
 好きなものから食べる自分とは違う、とパンの端に口をつけていると彼の箸に摘ままれた唐揚げに目がいき瞬き数回分それを見やれば、輪郭がぼやけるほどに近く、目の前に現れた茶色の塊に瞼を押し上げて大きく目を瞬いた。おいしそう、と片隅にしかなかった思いが急速に膨らんで、頭で考えるよりずっと早く、及川の体は欲求通りに唐揚げに食いつき、咀嚼する。自然な動作でまた、己の弁当に向き合った岩泉は緩く口角をあげるとかきこむ速度をあげて、最後に両手を合わせて満足げに吐息を漏らして食事の終了を宣言した。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
お前に作ってもらったものなんて何ひとつ ない」
「おいしいお弁当にふりかける最後の調味料  は、俺の愛いぁああ、まだ一口も飲んでない のにぃいい
 じゅーずず、ずるるる、と盛大に空気と共に残り少ない液体を吸い上げる音と共に、元は及川のものであった飲むヨーグルトは中央から大きくひしゃげた姿で持ち主の元へと帰っていった。ひどい、と机に突っ伏して嘆く姿を見ても岩泉は大ぶりの水筒の中身を渡す素振りなど見せない(むしろ見せつけるように飲んでいる)。岩泉が水筒を傾ける度に氷がぶつかり合う、からん、という涼しげな音が響き、まだ中身の多いそれが机と擦れる重苦しい音を鳴らせば恨めしそうに及川の視線はそれを持つ岩泉へと動いた。
 片方だけ深く頬杖をついて、薄いカーテン越しであっても強く差し込む陽光を頭から受けて、柔く目を細めた岩泉の目と、緩く弧を描いた唇が静かに動いた。
ばーか」
 同じくらい柔らかな響きが、及川の鼓膜を揺さぶった。

(そのしせんのさきがおれだけであればいいなんて、なんてわがままな、)


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 人には必ず、範囲の広狭がありはするが、パーソナルスペースが存在する。
 苦手な人間や興味のない人間に対して許容する範囲と、友人や恋人などに対して許容する範囲との違い、と言えばイメージはつきやすいだろうか。一般的にパーソナルスペースが狭い人間は社交的であったり、相手の懐にうまく入り込んでいける人間であることの方が多く、その認識はある1人の人間をもって深く理解されることとなっていた。

「おっもい、どけぇえええっ!」
「痛い!あ、ちょいだだだだだっ!岩ちゃん最近容赦ないよね!」
「今に始まったことじゃねぇよ、ニブ川」
「悪口を略さないで!」
 陽の落ち始めた廊下に賑やかな声が響き、周囲の人間は最初の言葉こそ振り返り、様子を伺うが、賑やかさの元を見つけた途端、苦笑気味に顔の位置を戻した。三年生のクラスが立ち並ぶそこでは、これといって珍しいわけではないからだ。180センチ近くの人間が、同じく180センチ越えの人間に背中からのし掛かられているという、他から見ると珍事であったとしても。
 また、のし掛かられている側の人間が、肩越しに体を引きはがそうと渾身の力を込めて、のし掛かっている人の人の顔をアイアンクローの要領で掴みながら、押し返す姿も。ここでは、至って普通の日常風景のひとつである。
 及川徹はパーソナルスペースが狭い、というのが青葉城西高校では周知の事実であり、彼自身もそれを認めている。人懐こい笑顔と、スキンシップの多さが何よりもそれを物語っていた。なので、彼が幼なじみに背中から腕をまわして抱きつこうが、横に並んでいるときに腰に腕をまわそうが、岩泉の耳元に唇を寄せて楽しげに言葉を囁いていることなどは、大して驚きの標的となりはしない。
 及川徹はパーソナルスペースが狭い。確かにそれは周知の事実ではあるが、過剰なスキンシップが可能となるのは、あくまで、それを相手側が許容することで初めて可能となるのであり、一方通行の関係では当然そのような行動には到底移り得ない。如何に及川のそれが狭かろうと、相手のそれを侵せば表情や時には態度にまで現れる拒絶は間違いなく起こりうるものなのだ。及川はその距離を測り間違わない。周囲に対して自分の外側をひけらかし、適切な距離を表現しているようでいて、自分の内側を見せるのは、相手が自分のスペースに自分を許容した時だけであることを、一体何人が知っているのだろう。
「部活に行きてぇんだから早く教室に戻らせ  ろ」
「えーもうちょっと、イチャイチャしよーよ」
「そんな状態に陥っていた事実なんてものは存 在しない」
「今まさに」
「関節キメてる時間てことだな、よくわかっ  た」
「あだっもー、あ、ちょ、ギブギブッいわちゃ ん、さすがはいってる、ちょ、はいってるっ てかんせつがきれいにいぃいい!!」


(きょりをちぢめたのは、)


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 一人の名前を呼ぶ黄色い声とコーチの怒声と高校生達のボールやチームメイトを呼ぶ声が反響していた。雑多な音声が今は遠く、及川の耳には入っていない。雑音のない世界で及川の目は目の前のボールと、それから、ネットの反対側のコートのラインだけ。頭の中で思い描く試合の風景に当てはめて、細く息を吐いた。
 指先の感覚で跳ね上げたボールをキュ、と甲高く鳴くスパイクで追いかけて、腕を振り上げるタイミングに合わせて飛び上がり上半身を反らす。ボールと頂点に振り上げた手が一瞬重なって次の瞬間には重い打撃音のボールが一年の脇をすり抜け、コートの隅へと突き刺さった。身動きすら取れなかった一年は、弾かれたように動きを再開してすぐにボールを拾いに行き、他からは「ナイ、サー」と声があがるが、集中の切れていない及川の表情には動きがない。
 もう一本、と籠の中の残り少ないボールを手にしたところで、後頭部に衝撃が走り片手で押さえながら不機嫌に振り返った。
「いったいよ、岩ちゃん!」
「何本気出してんだ、このバカ」
「練習だって本気でやらなきゃ練習になんない じゃんか!」
「1年のレシーブ練習も兼ねんだっつったろう が忘れてんじゃねぇよ、このアホ」
「バカとかアホとか言ったほうがそうなんで  すー」
「もう1回その物忘れの激しいめでてぇ頭にス パイクぶち込んでやるよこのボゲェ!」
「いったぁ!」
 岩泉の鍛えられた右腕から強烈なスパイクが及川の頭にぶち込まれたことで、後頭部を両手で庇いながらうずくまり、小さくうめき声を発することとなった主将に代わり岩泉が休憩、と体育館に声を響かせ、それに従って散っていったバレーボール部員は、各々ボトルやタオルを片手に休憩の僅かな時間を過ごすこととなった。
 笑顔を見せない及川の傍に近寄れる者はそういない。同学年の者であっても、レギュラーメンバーを除いて、普段からあまり近づこうとはしないことが、事例としてもあげられる。そんななかで、どんな場合であっても及川に声をかけ励まし、時には窘める立場である岩泉の存在は非常に貴重なのだ。
 後頭部をさすりながらブツブツと文句を言う及川のすぐ横にしゃがみこんで、岩泉はボトルを及川の手に押しつけた。礼を言おうと口を開けたところで、真面目な顔で告げられた岩泉からの言葉に、結局言葉にはならなかったが。
「指、この後テーピングするからな」
「へ……?」
「テーピング。サーブ、狙ったとこに決まん  ねぇんだろ?」
きょとん、と何度か瞬いた岩泉の顔はいつもより幼さが伺えて、かわいいなぁ、と場違いな言葉が及川の頭に浮かんだ。確かに頭の中に思い描いた場所と実際に落ちた場所には修正できないズレがあり、集中したところでそれが修正できないのであれば、それを克服する必要があるのだが、1人もやもやと考えていたところにぶち込まれたボールで全て吹っ飛んでしまった。岩泉がそれを察するのはいつだって動物的な勘だ。理由を問われると弱く、首を傾げながら身振り手振りで説明しようとする姿は大変愉快だが、それ故にその勘は的を得ていて時には知られたくないことまで知られることもある。適わない、と及川が自覚するのは早かった。この幼なじみには、隠し事をすることすら難しいと気付いたのも、幼いと形容していい年頃だったような気がする。
 テーピングを手にした岩泉が目の前に座り、及川の指先に白い線を描いていく。関節を支えるように、筋肉の動きを阻害しないように、人差し指、中指、それから小指にしっかりと巻いていく。何年も続けているテーピングは、どのくらいの固さで巻けばいいのかなどということも本人以上によくわかっているために、その動きには戸惑いなど微塵も感じない。最後にテープを千切って貼り付け、岩泉の及川の手を握って、軽く握りしめた。たったそれだけの行動に、及川の頬は自然と緩んでいく。
「ん、できた。何ニヤニヤしてんだ」
「んふー?岩ちゃんにねー手ー握られてるのきもちいーなーって」
「及川君がクソ気持ち悪いってことがよくわかりました」
「敬語やめて!」
「休憩終わりにすんぞーゲーム始めるからレギュラーは先にコート入れー」
「聞いて!!」
岩泉の言葉に慌ただしく動き出す下級生を見ながら、ふざけた言葉を羅列しながら、及川は目の前の広い背中を見つめる。

(となりにいるよ、ずっとずっと、)

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本人達の自覚無自覚に寄らずとも、空気というものは伝染するものである。ひとつの空気が出来上がれば、そこから脱却することは、その空気を作り出している当人達が行動を起こさない限り不可能なのだ。
「つまりは、バカップルのノロケを延々見せつけられてるってダケだよネ」
「そうとしか言えない」
今日も、青葉城西高校バレーボール部は、平和である。